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第16話
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薄い笑みを浮かべた秦が、自分の口元を指さす。ああ、と声を洩らした和彦は、顔をしかめる。
「君に避けられ続けて、少し落ち込んでいるようだったぞ、中嶋くん。ぼくとしては、困惑する彼の姿を想像して、君は楽しんでいるんじゃないかと思っているんだが――」
「残念ながら、本当に忙しかったんです。しかし中嶋は、先生に対しては素直なんですね。少し妬けますよ」
「……自分の素性を明かしもしないくせに、相手の心の内は知りたいなんて、ずいぶん都合がいいな。それだけで愛想をつかされても、仕方ないぞ」
「手厳しい」
「ぼくだって、彼に隠し事をしていて、心苦しい思いをしているんだ。少しぐらい言わせてくれ」
苦笑した秦に促され、広場に入る。初めて立ち寄ったが、住宅街の中にあるこの場所は、広場とはいっても、整備されたグラウンドがあるわけでもなく、子供がボール遊びをできる程度のスペースと、こじんまりとした遊具がいくつかあるぐらいだ。しかし、景観はいい。花壇や植木はきれいに手入れされ、ゴミ一つ落ちていない。この辺りの住人たちに大事にされている場所のようだ。
ただし、元日の昼下がりに、寒さに震えながら広場で過ごそうという物好きは、和彦と秦の二人しかいない。
和彦はジャングルジムに歩み寄り、パイプに手をかける。ここで、マフラーをしてきたものの、手袋を忘れたことに気づいた。両手を擦り合わせて温めようとすると、すかさず秦に両手を挟み込まれた。
驚いて目を丸くする和彦にかまわず、秦は鼻歌でも歌い出しそうな表情で、優しく手をさすり始める。
武骨さとは無縁のこの手が繊細に動き、どんな快感を生み出すのか、和彦は知っている。それに、この手を本当に欲している男のことも。
「……君がどれだけすごいホストだったのか、よくわかるな」
「相手が先生だと、尽くすほうとしても身が入りますよ」
「どうせ尽くしてくれるなら、下心のない相手のほうがいい」
「三田村さんのような?」
和彦がジロリと睨みつけると、秦はおかしそうに声を洩らして笑う。正月ともなると、誰も彼も機嫌がよくなるものなのだろうかと、和彦は少し不思議だった。
「さっきの話の続きだが……」
「先生は本当に、中嶋のことを心配してくれているんですね」
「彼を振り回している元凶が、何言ってる。……知らん顔はできないだろ。それにぼくも、彼とはちょっと込み入った事情がある」
「その口ぶりだと、わたしのキスをしっかりと、中嶋に教えてくれたということですか」
どう答えるべきなのかと、本気で和彦は悩む。それが何より雄弁な返事になっていたらしく、秦はくっくと声を洩らして笑う。
「おい――」
和彦が声を荒らげようとした瞬間、握られていた手がパッと離される。秦の両腕が体に回され、しっかりと抱き締められていた。
「……ぼくは、君が抱きたい男の〈教育係〉なんて、やる気はないからな」
甘く絡みつくような抱擁が、しっかりと寒さを防いでくれる。秦の腕の中で強気な発言をするのは、なかなか至難の業だ。
自分の美貌の威力をよく知っている秦は、容赦なく和彦の顔を覗き込んでくる。
「先生に接することで、嫌でも中嶋は変わらざるを得ない。貪欲で淫弄な〈オンナ〉の本質に触れて、中嶋はリアルに感じますよ。男と体を重ねるということを。それが決して、綺麗事とは相容れない行為だということも。そういう意味で先生は、生きる教本みたいな存在です。いろんなことを中嶋に教えて、刺激してやってください」
秦の腕に力が込められ、和彦はわずかに身じろぐ。柔らかく艶やかな存在感を放ってはいても、こうしていれば、秦がそれだけの男ではないと感じ取ることができる。明け透けな欲望を知っている分、〈雄〉という表現がしっくりくる。
「ぼくは、ヤクザと、ヤクザに近い連中の言うことは信じないようにしている。ウソの中に事実を紛れ込ませているのか、事実の中にウソを紛れ込ませているのか、それすら読ませない、食えない奴ばかりだからな。だけど、これだけは信じられるんだ」
「なんです?」
「――肉欲。その点は、わかりやすい男ばかりだ。ぼくも含めて。もちろん、君も」
この瞬間、秦の顔から柔らかさが消える。少し余裕を失ったほうが、人間味が増して好感が持てると思いながら、和彦は秦の頬にてのひらを押し当てた。
「本気で、抱きたいと思ってるんだな、中嶋くんを。純粋に、欲望の対象にしている」
甘くぬるい感情の入る余地のない、苛烈なほどの欲望だ。その欲望に、複数の男と同時に情を交し合っている和彦は、心惹かれる。
和彦が向ける眼差しの変化に気づいたのか、秦が顔を寄せ、目を覗き込んでくる。息もかかる距離に、和彦の鼓動はわずかに速くなっていた。
「君に避けられ続けて、少し落ち込んでいるようだったぞ、中嶋くん。ぼくとしては、困惑する彼の姿を想像して、君は楽しんでいるんじゃないかと思っているんだが――」
「残念ながら、本当に忙しかったんです。しかし中嶋は、先生に対しては素直なんですね。少し妬けますよ」
「……自分の素性を明かしもしないくせに、相手の心の内は知りたいなんて、ずいぶん都合がいいな。それだけで愛想をつかされても、仕方ないぞ」
「手厳しい」
「ぼくだって、彼に隠し事をしていて、心苦しい思いをしているんだ。少しぐらい言わせてくれ」
苦笑した秦に促され、広場に入る。初めて立ち寄ったが、住宅街の中にあるこの場所は、広場とはいっても、整備されたグラウンドがあるわけでもなく、子供がボール遊びをできる程度のスペースと、こじんまりとした遊具がいくつかあるぐらいだ。しかし、景観はいい。花壇や植木はきれいに手入れされ、ゴミ一つ落ちていない。この辺りの住人たちに大事にされている場所のようだ。
ただし、元日の昼下がりに、寒さに震えながら広場で過ごそうという物好きは、和彦と秦の二人しかいない。
和彦はジャングルジムに歩み寄り、パイプに手をかける。ここで、マフラーをしてきたものの、手袋を忘れたことに気づいた。両手を擦り合わせて温めようとすると、すかさず秦に両手を挟み込まれた。
驚いて目を丸くする和彦にかまわず、秦は鼻歌でも歌い出しそうな表情で、優しく手をさすり始める。
武骨さとは無縁のこの手が繊細に動き、どんな快感を生み出すのか、和彦は知っている。それに、この手を本当に欲している男のことも。
「……君がどれだけすごいホストだったのか、よくわかるな」
「相手が先生だと、尽くすほうとしても身が入りますよ」
「どうせ尽くしてくれるなら、下心のない相手のほうがいい」
「三田村さんのような?」
和彦がジロリと睨みつけると、秦はおかしそうに声を洩らして笑う。正月ともなると、誰も彼も機嫌がよくなるものなのだろうかと、和彦は少し不思議だった。
「さっきの話の続きだが……」
「先生は本当に、中嶋のことを心配してくれているんですね」
「彼を振り回している元凶が、何言ってる。……知らん顔はできないだろ。それにぼくも、彼とはちょっと込み入った事情がある」
「その口ぶりだと、わたしのキスをしっかりと、中嶋に教えてくれたということですか」
どう答えるべきなのかと、本気で和彦は悩む。それが何より雄弁な返事になっていたらしく、秦はくっくと声を洩らして笑う。
「おい――」
和彦が声を荒らげようとした瞬間、握られていた手がパッと離される。秦の両腕が体に回され、しっかりと抱き締められていた。
「……ぼくは、君が抱きたい男の〈教育係〉なんて、やる気はないからな」
甘く絡みつくような抱擁が、しっかりと寒さを防いでくれる。秦の腕の中で強気な発言をするのは、なかなか至難の業だ。
自分の美貌の威力をよく知っている秦は、容赦なく和彦の顔を覗き込んでくる。
「先生に接することで、嫌でも中嶋は変わらざるを得ない。貪欲で淫弄な〈オンナ〉の本質に触れて、中嶋はリアルに感じますよ。男と体を重ねるということを。それが決して、綺麗事とは相容れない行為だということも。そういう意味で先生は、生きる教本みたいな存在です。いろんなことを中嶋に教えて、刺激してやってください」
秦の腕に力が込められ、和彦はわずかに身じろぐ。柔らかく艶やかな存在感を放ってはいても、こうしていれば、秦がそれだけの男ではないと感じ取ることができる。明け透けな欲望を知っている分、〈雄〉という表現がしっくりくる。
「ぼくは、ヤクザと、ヤクザに近い連中の言うことは信じないようにしている。ウソの中に事実を紛れ込ませているのか、事実の中にウソを紛れ込ませているのか、それすら読ませない、食えない奴ばかりだからな。だけど、これだけは信じられるんだ」
「なんです?」
「――肉欲。その点は、わかりやすい男ばかりだ。ぼくも含めて。もちろん、君も」
この瞬間、秦の顔から柔らかさが消える。少し余裕を失ったほうが、人間味が増して好感が持てると思いながら、和彦は秦の頬にてのひらを押し当てた。
「本気で、抱きたいと思ってるんだな、中嶋くんを。純粋に、欲望の対象にしている」
甘くぬるい感情の入る余地のない、苛烈なほどの欲望だ。その欲望に、複数の男と同時に情を交し合っている和彦は、心惹かれる。
和彦が向ける眼差しの変化に気づいたのか、秦が顔を寄せ、目を覗き込んでくる。息もかかる距離に、和彦の鼓動はわずかに速くなっていた。
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