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第17話
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わずかに目を眇めた南郷の一瞥を受け、鷹津は不快そうに眉をひそめた。互いが、忌むべき存在に出会ったと認識した瞬間に、和彦は立ち会ってしまったのだ。
不気味な沈黙を残した南郷の車が走り去り、鷹津と二人きりになる。
和彦は横目で鷹津を見ると、何事もなかったふりをしてマンションに戻ろうとしたが、案の定、肩を掴まれて引き止められた。
「また、ヤクザをたぶらかしたのか、佐伯」
鷹津の言葉に、パッと振り返った和彦は鋭い視線を向ける。
「変なことを言うなっ」
「そうか? さっきのはどう見ても、でかい図体のヤクザが、お前の色香に迷って襲いかかろうとしているように見えたが」
「……目が腐ってるんじゃないか」
小声で毒づいた和彦に対して、鷹津が意味ありげにニヤニヤと笑いかけてくる。最初は気づかないふりをしていた和彦だが、立ち去ることも許されず、仕方なく水を向けた。
「何か、言いたそうだな……。ぼくは早く部屋に帰って休みたいんだ。用があるならさっさと言ってくれ」
「助けてやった俺に対して、何か忘れてないか?」
鷹津を睨みつけると同時に、和彦の頬は熱くなる。この男が何を言おうとしているか、一瞬にして理解してしまったのだ。
「……茶ぐらい出してやろうかと思ったが、気が変わった。さっさと帰れ」
「そうやってとぼけて、俺を焦らす作戦か」
鷹津に動揺した姿を見せた時点で、和彦の負けだ。
唇を引き結ぶと、促されるまま鷹津の車に乗り込んだ。
鷹津と一緒にいることをメールで賢吾に知らせて、ぼんやりと携帯電話の画面を眺めていた和彦は、ウィンドーを軽く叩かれた音で顔を上げる。先に車から降りた鷹津が腰を屈め、車内を覗き込んでいた。
和彦は携帯電話をコートのポケットに突っ込むと、勢いよく車を降りる。
「ダンナに、しっかり居場所は伝えておいたか?」
「うるさい。ぼくが連絡しておかないと、あんただって面倒だろ」
「いいところで、ヤクザに踏み込まれるのは迷惑だな」
そんなことを言いながら鷹津が歩き始めたが、和彦はすぐには足を踏み出せなかった。やはりまだ、こうして鷹津と二人きりで会うのは抵抗がある。なんといっても鷹津は、相変わらず嫌な男なのだ。
和彦がついてきていないことに気づいたのか、鷹津が肩越しに振り返る。口元には、人の神経を逆撫でるような笑みが刻まれていた。ぐっと奥歯を噛み締めて、和彦は乱暴な足取りで鷹津の隣に並ぶ。
歩きながら、暗い駐車場から古いマンションを見上げる。周囲に建ち並ぶマンションに比べて寂しい印象を受けるのは、電気がついている部屋が少ないせいだろう。この人気のなさを、鷹津は気に入っているのかもしれない。
「車の中で聞くのを忘れていたが――」
薄ぼんやりとした明かりで照らされるエントランスに入ったところで、ふいに鷹津が切り出す。
「さっきの男のことだ」
「……総和会の人間だと言っただろ。それ以上のことは組長に確認してからじゃないと、何をどこまで話していいのかわからないんだ。あんたと相性が悪そうなあの男の名前も肩書きも、今は言えない」
「ムサいヤクザの名前なんて、積極的に知りたくもねーな」
「あんた一応、暴力団担当の刑事だろ」
やる気があるのか、と言葉を続けたところで、鷹津に乱暴に腕を掴まれて引き寄せられた。間近に迫った顔は、真剣な表情を浮かべていた。
「俺が通りかからなかったら、あの男と寝るつもりだったのか?」
あまりに露骨な問いかけに、和彦は呆気に取られる。すると鷹津は、険のある顔つきとなった。
「どうなんだ」
詰問され、やっと和彦は言葉を発する。
「そんなことあるわけないだろっ。あんたは一体、ぼくをなんだと思ってるんだっ」
「ヤクザの男どもを咥え込む、性質の悪いオンナ。ああ、刑事も咥え込んでいるな」
「――帰る」
そう言って鷹津に背を向けようとしたが、一歩を踏み出すことすらできなかった。半ば引きずられるように、エレベーターホールへと連れて行かれる。本気で鷹津が放してくれるとは思っていなかった和彦は、無駄な抵抗をしなかった。
エレベーターを待ちながら、さきほどからずっと気になっていたことを聞いてみる。
「仕事帰りのあんたが、どうしてぼくのマンションの前を通りかかったんだ。……帰り道が、まったく逆じゃないか」
「お前の周りは何が起きても不思議じゃないからな。あのマンションを、個人的に巡回している。実際今晩は、おもしろい場面に出くわした」
「……あんたが、そんなに働き者だとは思わなかった」
「これでも実は、有能な刑事さんなんだぜ」
「ぼくが知らないと思って、ウソ言ってるだろ、絶対」
不気味な沈黙を残した南郷の車が走り去り、鷹津と二人きりになる。
和彦は横目で鷹津を見ると、何事もなかったふりをしてマンションに戻ろうとしたが、案の定、肩を掴まれて引き止められた。
「また、ヤクザをたぶらかしたのか、佐伯」
鷹津の言葉に、パッと振り返った和彦は鋭い視線を向ける。
「変なことを言うなっ」
「そうか? さっきのはどう見ても、でかい図体のヤクザが、お前の色香に迷って襲いかかろうとしているように見えたが」
「……目が腐ってるんじゃないか」
小声で毒づいた和彦に対して、鷹津が意味ありげにニヤニヤと笑いかけてくる。最初は気づかないふりをしていた和彦だが、立ち去ることも許されず、仕方なく水を向けた。
「何か、言いたそうだな……。ぼくは早く部屋に帰って休みたいんだ。用があるならさっさと言ってくれ」
「助けてやった俺に対して、何か忘れてないか?」
鷹津を睨みつけると同時に、和彦の頬は熱くなる。この男が何を言おうとしているか、一瞬にして理解してしまったのだ。
「……茶ぐらい出してやろうかと思ったが、気が変わった。さっさと帰れ」
「そうやってとぼけて、俺を焦らす作戦か」
鷹津に動揺した姿を見せた時点で、和彦の負けだ。
唇を引き結ぶと、促されるまま鷹津の車に乗り込んだ。
鷹津と一緒にいることをメールで賢吾に知らせて、ぼんやりと携帯電話の画面を眺めていた和彦は、ウィンドーを軽く叩かれた音で顔を上げる。先に車から降りた鷹津が腰を屈め、車内を覗き込んでいた。
和彦は携帯電話をコートのポケットに突っ込むと、勢いよく車を降りる。
「ダンナに、しっかり居場所は伝えておいたか?」
「うるさい。ぼくが連絡しておかないと、あんただって面倒だろ」
「いいところで、ヤクザに踏み込まれるのは迷惑だな」
そんなことを言いながら鷹津が歩き始めたが、和彦はすぐには足を踏み出せなかった。やはりまだ、こうして鷹津と二人きりで会うのは抵抗がある。なんといっても鷹津は、相変わらず嫌な男なのだ。
和彦がついてきていないことに気づいたのか、鷹津が肩越しに振り返る。口元には、人の神経を逆撫でるような笑みが刻まれていた。ぐっと奥歯を噛み締めて、和彦は乱暴な足取りで鷹津の隣に並ぶ。
歩きながら、暗い駐車場から古いマンションを見上げる。周囲に建ち並ぶマンションに比べて寂しい印象を受けるのは、電気がついている部屋が少ないせいだろう。この人気のなさを、鷹津は気に入っているのかもしれない。
「車の中で聞くのを忘れていたが――」
薄ぼんやりとした明かりで照らされるエントランスに入ったところで、ふいに鷹津が切り出す。
「さっきの男のことだ」
「……総和会の人間だと言っただろ。それ以上のことは組長に確認してからじゃないと、何をどこまで話していいのかわからないんだ。あんたと相性が悪そうなあの男の名前も肩書きも、今は言えない」
「ムサいヤクザの名前なんて、積極的に知りたくもねーな」
「あんた一応、暴力団担当の刑事だろ」
やる気があるのか、と言葉を続けたところで、鷹津に乱暴に腕を掴まれて引き寄せられた。間近に迫った顔は、真剣な表情を浮かべていた。
「俺が通りかからなかったら、あの男と寝るつもりだったのか?」
あまりに露骨な問いかけに、和彦は呆気に取られる。すると鷹津は、険のある顔つきとなった。
「どうなんだ」
詰問され、やっと和彦は言葉を発する。
「そんなことあるわけないだろっ。あんたは一体、ぼくをなんだと思ってるんだっ」
「ヤクザの男どもを咥え込む、性質の悪いオンナ。ああ、刑事も咥え込んでいるな」
「――帰る」
そう言って鷹津に背を向けようとしたが、一歩を踏み出すことすらできなかった。半ば引きずられるように、エレベーターホールへと連れて行かれる。本気で鷹津が放してくれるとは思っていなかった和彦は、無駄な抵抗をしなかった。
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「仕事帰りのあんたが、どうしてぼくのマンションの前を通りかかったんだ。……帰り道が、まったく逆じゃないか」
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