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第21話
(20)
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「ぼくはこれでも、モラリストのつもりなんだ。妖しい空気の中、平然となんてしてられない」
「……冗談ですか?」
「本気で言ってるんだっ。君らはぼくを、なんだと思ってるんだ」
和彦がムキになって抗議すると、秦と中嶋は顔を見合わせたあと、大仰に神妙な顔つきとなる。これならまだ、笑ってもらったほうがよかったと、和彦は顔を背けてワインを飲む。
からかわれた仕返しというわけではないが、ここを訪れる前に賢吾と電話で交わしたことについて、中嶋に質してみた。
「――組長に、しっかり報告してくれたそうだな」
「先生と、鷹津という刑事との夜景デートの件ですね」
顔を背けたばかりの和彦だが、たまらずじろりと中嶋を見る。
「本当に、そういう表現をしたのか……?」
「見たままを正直に。長嶺組長からは、そう言いつかっていますから」
「ぼくの側にいて見聞きしたことは、なんでも、か」
「なんでも、ですよ」
和彦と中嶋のやり取りを聞きながら、秦は楽しそうにワインを味わっている。それどころか、こんなことを言った。
「本当に仲がいいですね、先生と中嶋は。なんだか、どちらにも妬けてきますよ」
「……何言ってるんだ」
「職業どころか、本来なら住む世界も違う二人が、わたしの部屋で砕けた様子で話しているのを見ると、今の生活は恵まれていると思えてくるんです」
秦の殊勝な言葉に、すかさず中嶋が乗る。
「それもこれも、全部先生のおかげですよ。俺の頼みを聞き入れて、秦さんを助けてくれたからこそ、今こうしていられる」
その秦は、賢吾と繋がりを持ちたいがために、自分に何をしたか――。ふと思い出した和彦は、どうしても複雑な心境になる。少なくとも、いい思い出とは言い難い。だが、知らず知らずのうちに胸の奥で妖しい衝動がうねっていた。
酔うほどまだ飲んでいないはずなのに、頬の辺りが熱い。和彦は視線を伏せて、ぼそぼそと応じた。
「そのせいで、ぼくはいろいろと大変な目に遭った。……下手をしたら、組長に縊り殺されていたかもしれない」
「だったらわたしは、八つ裂きでしたね」
さらりと言う秦だが、賢吾なら実行していても不思議ではない。そうしなかったのは、艶やかな存在感を放つこの男が利用できると判断したからだ。和彦の遊び相手として身近に置くのも、その辺りに理由があるのだろう。
そして中嶋は、秦が抱える秘密をどれだけ知っているのか。これも和彦は気になっている。
どれだけ際どい会話を交わし、関係を持とうが、秘密は濃度を増すだけだ。だからこそ、この三人の関係性はひどく倒錯的で刺激的で、甘美だともいえる。
「――俺たち三人は、長嶺組長に首根っこをしっかり押さえつけられている仲間、というわけですね」
そんなことを言って、中嶋が意味ありげな眼差しを寄越してくる。和彦としては、認めざるをえなかった。
「少なくとも君らを、ぼくの夜遊びの相手として認めているようだ。ここに来る前に組長と電話で話したら、楽しんでこいと言われた」
「大胆な人ですね」
そう洩らしたのは秦だが、誰を指しての言葉なのかはわからない。
自分のオンナを、胡散臭い青年実業家と野心家のヤクザの元に送り出した賢吾のことなのか、そんな二人の元にのこのことやってきた和彦のことを言っているのか――。
あっという間に缶ビールを一本空けてしまった中嶋が、和彦に体を密着させてくる。
「……本当に大胆ですよ。俺たち二人を相手に、楽しもうなんて――」
酔ったふりをした中嶋が抱きついてきたので、慌てて押し退ける。
「楽しむ相手が違うっ。君の相手は、そっちの色男のほうだろっ」
「そんなふうに言われたら、期待に応えないといけませんね」
大胆ともいえる言葉を呟いて、秦が立ち上がる。中嶋の腰を抱えるようにして強引に立たせたかと思うと、次の瞬間には大きなベッドに向けて突き飛ばした。
和彦が目を丸くして見つめる先で、秦は中嶋の上にのしかかり、いきなりセーターを脱がせ始める。さすがの中嶋も驚いたように目を見開くが、秦の手がジーンズにかかったところで、うろたえた表情を見せた。和彦も、秦がふざけているのかと思って見ていたが、ここでようやく、本気なのだと知る。
帰るべきなのかと腰を浮かせかけたところで、秦がこちらを見て言った。
「――先生、手伝ってください」
秦は、中嶋が身につけているものすべてを奪い取ってしまう。そして自らもシャツのボタンを外し始めた。
覚悟を決めたのか、中嶋は苦笑に近い表情を浮かべ、前髪に指を差し込む。目が合うと手招きされたので、仕方なく和彦はベッドに這い寄る。
「先生も脱いでください。一人だけモラリストぶるのは、なしですよ」
「……冗談ですか?」
「本気で言ってるんだっ。君らはぼくを、なんだと思ってるんだ」
和彦がムキになって抗議すると、秦と中嶋は顔を見合わせたあと、大仰に神妙な顔つきとなる。これならまだ、笑ってもらったほうがよかったと、和彦は顔を背けてワインを飲む。
からかわれた仕返しというわけではないが、ここを訪れる前に賢吾と電話で交わしたことについて、中嶋に質してみた。
「――組長に、しっかり報告してくれたそうだな」
「先生と、鷹津という刑事との夜景デートの件ですね」
顔を背けたばかりの和彦だが、たまらずじろりと中嶋を見る。
「本当に、そういう表現をしたのか……?」
「見たままを正直に。長嶺組長からは、そう言いつかっていますから」
「ぼくの側にいて見聞きしたことは、なんでも、か」
「なんでも、ですよ」
和彦と中嶋のやり取りを聞きながら、秦は楽しそうにワインを味わっている。それどころか、こんなことを言った。
「本当に仲がいいですね、先生と中嶋は。なんだか、どちらにも妬けてきますよ」
「……何言ってるんだ」
「職業どころか、本来なら住む世界も違う二人が、わたしの部屋で砕けた様子で話しているのを見ると、今の生活は恵まれていると思えてくるんです」
秦の殊勝な言葉に、すかさず中嶋が乗る。
「それもこれも、全部先生のおかげですよ。俺の頼みを聞き入れて、秦さんを助けてくれたからこそ、今こうしていられる」
その秦は、賢吾と繋がりを持ちたいがために、自分に何をしたか――。ふと思い出した和彦は、どうしても複雑な心境になる。少なくとも、いい思い出とは言い難い。だが、知らず知らずのうちに胸の奥で妖しい衝動がうねっていた。
酔うほどまだ飲んでいないはずなのに、頬の辺りが熱い。和彦は視線を伏せて、ぼそぼそと応じた。
「そのせいで、ぼくはいろいろと大変な目に遭った。……下手をしたら、組長に縊り殺されていたかもしれない」
「だったらわたしは、八つ裂きでしたね」
さらりと言う秦だが、賢吾なら実行していても不思議ではない。そうしなかったのは、艶やかな存在感を放つこの男が利用できると判断したからだ。和彦の遊び相手として身近に置くのも、その辺りに理由があるのだろう。
そして中嶋は、秦が抱える秘密をどれだけ知っているのか。これも和彦は気になっている。
どれだけ際どい会話を交わし、関係を持とうが、秘密は濃度を増すだけだ。だからこそ、この三人の関係性はひどく倒錯的で刺激的で、甘美だともいえる。
「――俺たち三人は、長嶺組長に首根っこをしっかり押さえつけられている仲間、というわけですね」
そんなことを言って、中嶋が意味ありげな眼差しを寄越してくる。和彦としては、認めざるをえなかった。
「少なくとも君らを、ぼくの夜遊びの相手として認めているようだ。ここに来る前に組長と電話で話したら、楽しんでこいと言われた」
「大胆な人ですね」
そう洩らしたのは秦だが、誰を指しての言葉なのかはわからない。
自分のオンナを、胡散臭い青年実業家と野心家のヤクザの元に送り出した賢吾のことなのか、そんな二人の元にのこのことやってきた和彦のことを言っているのか――。
あっという間に缶ビールを一本空けてしまった中嶋が、和彦に体を密着させてくる。
「……本当に大胆ですよ。俺たち二人を相手に、楽しもうなんて――」
酔ったふりをした中嶋が抱きついてきたので、慌てて押し退ける。
「楽しむ相手が違うっ。君の相手は、そっちの色男のほうだろっ」
「そんなふうに言われたら、期待に応えないといけませんね」
大胆ともいえる言葉を呟いて、秦が立ち上がる。中嶋の腰を抱えるようにして強引に立たせたかと思うと、次の瞬間には大きなベッドに向けて突き飛ばした。
和彦が目を丸くして見つめる先で、秦は中嶋の上にのしかかり、いきなりセーターを脱がせ始める。さすがの中嶋も驚いたように目を見開くが、秦の手がジーンズにかかったところで、うろたえた表情を見せた。和彦も、秦がふざけているのかと思って見ていたが、ここでようやく、本気なのだと知る。
帰るべきなのかと腰を浮かせかけたところで、秦がこちらを見て言った。
「――先生、手伝ってください」
秦は、中嶋が身につけているものすべてを奪い取ってしまう。そして自らもシャツのボタンを外し始めた。
覚悟を決めたのか、中嶋は苦笑に近い表情を浮かべ、前髪に指を差し込む。目が合うと手招きされたので、仕方なく和彦はベッドに這い寄る。
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