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第32話
(16)
しおりを挟む御堂に関して、賢吾と電話で話した。
別に、御堂が言っていたことは本当なのか確かめたかったわけではなく、ただ、御堂が話してくれなかったことについて、知りたかったのだ。特に、第一遊撃隊隊長という地位について。
賢吾と話しながら、和彦は思い出したことがある。梅雨が明ける前の頃に起きた、英俊と会うことになってからの、一連の騒動だ。
総和会の隠れ家で南郷とともに過ごしたあと、本部に賢吾が迎えにきてくれたのだが、同じ屋根の下に守光がいる状況で激しく求め合う最中、その賢吾が物騒なことを言っていた。
総和会会長と第二遊撃隊隊長に対して、ささやかな嫌がらせを仕掛けた、と。
御堂と顔を合わせたときの南郷の剣幕を思い返すと、〈嫌がらせ〉という表現が符合する気がした。御堂自身、賢吾に唆されて、嫌がらせをしたくなったと言っていたぐらいだ。賢吾と御堂の間で、策略――というほど露骨でないにせよ、何かしら共通認識があるのかもしれない。
賢吾は、今の総和会の中で、第一遊撃隊は不遇の扱いを受けていると教えてくれた。看板だけが残り、隊員すらバラバラになっていた状況で、ようやく隊長の御堂が復帰し、これから隊として本当の瀬戸際なのだとも。しかし御堂は、南郷にはないものを持っているという。
血統と人望だ――と告げた賢吾の声は、冷ややかな嘲笑を含んでいた。
いろいろと聞こうと思っていたのだが、すっかり怖気づいた和彦は、賢吾と長々と話す気力をなくしてしまい、電話を切った。
退屈などという気持ちはどこかに消え、ただひたすら、閉塞した本部の空気がつらかった。おかげで、休みが明けるのが楽しみなぐらいだ。
今ならいくらでも患者からの予約を受け付けられそうだと思いながら、和彦は二階でエレベーターを降りた。御堂たち第一遊撃隊の詰め所は二階にあると、朝食の片付けにやってきた吾川に確認している。
総和会本部には基本的に、曜日というものはない。守光の居住スペースがある四階以外では絶えず人が動いている。活気があるというより、粛々と自分たちの仕事をこなしているという印象があり、そこに緊張感も加わる。
今日が日曜日だということを一瞬にして忘れさせる光景に、エレベーターホールで和彦は立ち尽くす。四階で過ごすことに慣れたとはいえ、別の階はやはり別世界だ。自分はここでは異物なのだと強く実感し、エレベーターに戻りたくなる。
しかし実行に移す前に、透明な仕切りの向こうにいる男が和彦に気づき、慌てた様子で出てくる。用件を聞かれたので、正直に御堂に会いたいと告げた。相手が和彦だからなのか、男はわざわざ案内をしてくれた。
広く開けたホールを通り抜け、廊下の角を曲がり、奥まった場所にある部屋のドアで立ち止まる。中からは男たちの話し声や、大きなものを動かしているような重々しい音が聞こえてくる。
案内してくれた男に礼を言ってから、ドアをノックする。少し間を置いてドアが開き、二神が姿を見せた。
「おや、佐伯先生、どうかされましたか」
「いえ……、あの、御堂さんはいらっしゃるかと思ったのですが……、なんだか朝からお忙しそうですね」
「ちょっとした模様替えです。かまいませんよ、お入りください」
本当にいいのだろうかと思いながらも、大きくドアを開けられて手で示されると無碍にもできない。和彦は恐縮しながら部屋に入った。
真新しいデスクが並べられ、オフィスにあるようなキャビネットやラックなどが一通り配置されている。電話やパソコンも配線の最中で、模様替えというより引っ越しの最中のようだった。
「どうぞ、こちらに」
二神に促され、隣の部屋へと案内される。こちらは応接室のようだが、やはり家具類は運び込まれたばかりのようだ。
ソファの背もたれに浅く腰掛けるようにして、今日はスーツ姿の御堂が携帯電話で誰かと話していた。これは本当に申し訳ないときに来てしまったなと、和彦は困惑しながら二神を見る。
「ぼくはあとで出直してきますから――」
「かまわないよ、佐伯くん。座ってくれ」
そう告げた御堂の声は、今日も凛としていた。
御堂に手招きされ、二神にも軽く頷いて返されたので、中に入る。ぎこちなくソファに腰掛けると、携帯電話を切った御堂が、さらにスマートフォンを取り出して手早く操作したあと、隣の部屋に行って何事か話してから、すぐに戻ってきた。
「悪いね、バタバタして」
「こちらこそ、こんなに忙しくされているなんて思いもしなかったので、お邪魔してしまって……」
「今日は特別だ。手配していた家具やパソコンが届いたから、とりあえず連絡所らしくしておかないと、仕事が始められない」
「連絡所?」
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