752 / 1,289
第32話
(17)
しおりを挟む
「第一遊撃隊は再起動したばかりだから、隊員が集まれるような場所――、まあ、事務所や詰め所だね、それを、まだ持ってないんだ。当分の業務は、ここで何もかも行わないと。大所帯の第二遊撃隊は、あちこちの物件を管理しつつ、人を配置してあるから、上の連絡所はこざっぱりしていたな。うちは、あそこまでするには、まだまだ時間がかかる」
さらりと第二遊撃隊の話題が出て、和彦はわずかに顔を強張らせる。そこに二神が、冷たいお茶を運んできた。二神が応接室を出て、ドアが閉まるのを待ってから、和彦は切り出した。
「――昨日、あれから大丈夫でしたか?」
「昨日……、ああ、南郷のことか。わたしはむしろ、あれから君が南郷に八つ当たりでもされたんじゃないかと、それが心配だったんだが」
「ぼくのほうは、何も」
「さすがにあの男でも、主の大事な人に対しては、最低限の礼儀は心得ているか」
それはどうだろうと、これまでの南郷の言動を思い返した和彦は、苦い表情を浮かべる。もちろん、昨日会ったばかりの御堂に、何もかも打ち明けられるはずもなく、曖昧な返事で誤魔化した。
「……昨夜、長嶺組長と電話で話したんです。第一遊撃隊について、まったく聞いたことがなかったものですから。よく考えてみれば、疑問に感じなかったのが不思議ですよね。南郷さんの第二遊撃隊があるなら、第一遊撃隊はどこに、と」
「わたしも半ば引退するつもりだったし、周囲には、長嶺会長とわたしの関係が不穏だとも思われていたみたいだから、第一遊撃隊には誰も触れたくなかったんだろ。実際、活動はしていなかったわけだし。その間に、しっかりと第二遊撃隊――南郷は力をつけていったということだ。いろいろ聞いてはいたけど、まざまざと見せつけられると、複雑な心境だ」
そういう御堂の口調は淡々としていた。本心を読み取ることはできないが、色素の薄い瞳は冴え冴えとした光を湛えており、触れてはいけないと思わせる凄みがあった。
この人は何かに似ていると考えて、すぐに和彦はあるものを思い浮かべた。日本刀だ。鞘に収まっている限り、手を伸ばすことにためらいは覚えないが、美しい刀身を現したとき、冷たく光を反射する様に鋭い切れ味を想像し、ただ気圧される。
外見で惑わされそうになるが、御堂には南郷とは違う怖さがあった。総和会で、部下を率いる地位にあるということは、相応の実力を持っているということだ。
御堂は、南郷に対する心情をさらりと口に出すが、対する南郷のほうも、御堂には無関心ではないだろう。実際和彦は、南郷が言っていた言葉をよく覚えていた。
嫌いな奴と顔を合わせたと南郷は言っていたが、あれは間違いなく御堂を指している。憎くて、妬ましいとすら、あの南郷が言っていたのだ。それに、暴力衝動を抑えられなくなるとも――。
暗い憎悪を含んだ呟きが耳元に蘇り、和彦は寒気を覚える。
「……御堂さん、すごいですね。あの南郷さんと対等の地位にいるなんて」
「年齢が近いうえに、経歴がけっこう対照的、しかも肩書きが肩書きだから、何かと互いを意識することになるんだよ。――遺恨もあることだし」
これ以上立ち入ってはいけないと思いつつも、興味をそそられる。
厄介な己の好奇心を立ち切るように暇を告げようとしたとき、慌しい気配が絶えず伝わってきていたドアの向こうの雰囲気が一変した。一気に静まり返ったあと、規律正しい挨拶の声が上がったのだ。和彦はびくりと肩を震わせ、一方の御堂は落ち着いた様子で呟いた。
「おや、またお客さんかな……」
次の瞬間、ノックされることなくいきなりドアが開く。現れたのは、見たこともない偉丈夫だった。
「綾瀬さんっ」
驚いたように御堂が立ち上がり、そんな御堂に男が歩み寄る。和彦は呆気に取られながら、二人を見上げていた。
「耳が早いですね。幹部会に、復帰の承認をもらったばかりですよ」
「その幹部の一人から、連絡をもらった。お前のことだから、どうせうちの組には顔を出さないだろうと思ってな。こちらから押しかけた」
綾瀬と呼ばれた男は、驚くほど低くしわがれた声をしていた。世間ではダミ声といわれる声だ。
年齢は五十代半ばぐらいで、印象的な声よりも、南郷に勝るとも劣らない体格のよさのほうに和彦は圧倒される。頬には深い皺のような傷跡があり、平穏とはいえない人生を送ってきたのだろうと想像できる。
ただ、荒々しさや凶暴性を匂わせるものは、綾瀬にはなかった。それどころか、どこかインテリ然とした雰囲気がある。自然体でありながら堂々とした佇まいは、年齢を重ねただけでは得ることはできないだろう。
さらりと第二遊撃隊の話題が出て、和彦はわずかに顔を強張らせる。そこに二神が、冷たいお茶を運んできた。二神が応接室を出て、ドアが閉まるのを待ってから、和彦は切り出した。
「――昨日、あれから大丈夫でしたか?」
「昨日……、ああ、南郷のことか。わたしはむしろ、あれから君が南郷に八つ当たりでもされたんじゃないかと、それが心配だったんだが」
「ぼくのほうは、何も」
「さすがにあの男でも、主の大事な人に対しては、最低限の礼儀は心得ているか」
それはどうだろうと、これまでの南郷の言動を思い返した和彦は、苦い表情を浮かべる。もちろん、昨日会ったばかりの御堂に、何もかも打ち明けられるはずもなく、曖昧な返事で誤魔化した。
「……昨夜、長嶺組長と電話で話したんです。第一遊撃隊について、まったく聞いたことがなかったものですから。よく考えてみれば、疑問に感じなかったのが不思議ですよね。南郷さんの第二遊撃隊があるなら、第一遊撃隊はどこに、と」
「わたしも半ば引退するつもりだったし、周囲には、長嶺会長とわたしの関係が不穏だとも思われていたみたいだから、第一遊撃隊には誰も触れたくなかったんだろ。実際、活動はしていなかったわけだし。その間に、しっかりと第二遊撃隊――南郷は力をつけていったということだ。いろいろ聞いてはいたけど、まざまざと見せつけられると、複雑な心境だ」
そういう御堂の口調は淡々としていた。本心を読み取ることはできないが、色素の薄い瞳は冴え冴えとした光を湛えており、触れてはいけないと思わせる凄みがあった。
この人は何かに似ていると考えて、すぐに和彦はあるものを思い浮かべた。日本刀だ。鞘に収まっている限り、手を伸ばすことにためらいは覚えないが、美しい刀身を現したとき、冷たく光を反射する様に鋭い切れ味を想像し、ただ気圧される。
外見で惑わされそうになるが、御堂には南郷とは違う怖さがあった。総和会で、部下を率いる地位にあるということは、相応の実力を持っているということだ。
御堂は、南郷に対する心情をさらりと口に出すが、対する南郷のほうも、御堂には無関心ではないだろう。実際和彦は、南郷が言っていた言葉をよく覚えていた。
嫌いな奴と顔を合わせたと南郷は言っていたが、あれは間違いなく御堂を指している。憎くて、妬ましいとすら、あの南郷が言っていたのだ。それに、暴力衝動を抑えられなくなるとも――。
暗い憎悪を含んだ呟きが耳元に蘇り、和彦は寒気を覚える。
「……御堂さん、すごいですね。あの南郷さんと対等の地位にいるなんて」
「年齢が近いうえに、経歴がけっこう対照的、しかも肩書きが肩書きだから、何かと互いを意識することになるんだよ。――遺恨もあることだし」
これ以上立ち入ってはいけないと思いつつも、興味をそそられる。
厄介な己の好奇心を立ち切るように暇を告げようとしたとき、慌しい気配が絶えず伝わってきていたドアの向こうの雰囲気が一変した。一気に静まり返ったあと、規律正しい挨拶の声が上がったのだ。和彦はびくりと肩を震わせ、一方の御堂は落ち着いた様子で呟いた。
「おや、またお客さんかな……」
次の瞬間、ノックされることなくいきなりドアが開く。現れたのは、見たこともない偉丈夫だった。
「綾瀬さんっ」
驚いたように御堂が立ち上がり、そんな御堂に男が歩み寄る。和彦は呆気に取られながら、二人を見上げていた。
「耳が早いですね。幹部会に、復帰の承認をもらったばかりですよ」
「その幹部の一人から、連絡をもらった。お前のことだから、どうせうちの組には顔を出さないだろうと思ってな。こちらから押しかけた」
綾瀬と呼ばれた男は、驚くほど低くしわがれた声をしていた。世間ではダミ声といわれる声だ。
年齢は五十代半ばぐらいで、印象的な声よりも、南郷に勝るとも劣らない体格のよさのほうに和彦は圧倒される。頬には深い皺のような傷跡があり、平穏とはいえない人生を送ってきたのだろうと想像できる。
ただ、荒々しさや凶暴性を匂わせるものは、綾瀬にはなかった。それどころか、どこかインテリ然とした雰囲気がある。自然体でありながら堂々とした佇まいは、年齢を重ねただけでは得ることはできないだろう。
63
あなたにおすすめの小説
水仙の鳥籠
下井理佐
BL
とある遊郭に売られた少年・翡翠と盗人の一郎の物語。
翡翠は今日も夜な夜な男達に抱かれながら、故郷の兄が迎えに来るのを格子の中で待っている。
ある日遊郭が火に見舞われる。
生を諦めた翡翠の元に一人の男が現れ……。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる