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第33話
(6)
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「それでは、わたしはこれで失礼します。一階ラウンジにおりますから、部屋を出られる前に携帯を鳴らしてください。すぐに迎えにまいります」
手早くテーブルの上を片付けた二神は、一礼して部屋を出ていった。すべての所作にソツがないと、和彦が感心していると、御堂に呼ばれ、窓際のテーブルセットを示される。
御堂と向き合う形でイスに腰掛けたが、正面から秀麗な顔に見つめられると、やはりどうしても緊張する。いや、目のやり場に困る。
「悪趣味なものを見てしまって、わたしの前でどういう顔をすればいいのかわからない、という感じだ」
からかうように御堂に言われ、和彦はムキになって否定する。
「そんなこと思ってませんっ。悪趣味なんて……」
御堂と綾瀬の性行為を見て、生々しくて艶めかしいとは思ったが、嫌悪的なものは一切感じなかった。もし感じたとすれば、それは和彦自身の存在を否定することにも繋がる。
「……恥ずかしい、というのも表現としてどうかと思いますが、ただ、自分の姿を、客観視したような……、妙な感覚です」
「佐伯くんは、本当に素直だ。――賢吾から、だいたいのことは教えてもらっただろう。そうしてほしいと、わたしから頼んだことではあるんだが」
一瞬顔を強張らせてから、和彦は肯定する。
「御堂さんはどうしてぼくに、あの光景を見せたんですか」
「明け透けな表現をさせてもらうけど、自分が男たちの慰み者になっている一方で、優男のわたしなんかが、総和会で肩書きを得て、南郷と渡り合っている――と、きっと思ったんだろうなと、連絡所での別れ際の君の顔を見て感じた。……違うかな?」
何もかも見透かされているなと、逃げ出したくなるような羞恥と惨めさを覚える。
「……そこまでひどいことは思いませんでしたけど、似たようなことは……」
満足げに口元を緩めた御堂は背もたれに深く体を預け、足を組む。
「落ち込んだ様子の君を見て、猛烈に腹が立ったんだ。君に対してじゃないよ。君を取り巻く男たちに対してだ。順風満帆だった君の人生を奪って押し付けたのが、この表情かと」
「そんなにひどい顔をしてましたか」
和彦は思わず自分の顔に触れる。隠し事は下手だが、喜怒哀楽の大部分を胸の内に押し込めるのは得意だと、密かに自負していたのだ。御堂は返事をしなかったが、色素の薄い瞳にあるのは冷たい怒りだった。
誰でもなく、自分のために怒ってくれているのかと、和彦は正直不思議だった。御堂とはほんの何日か前に知り合って、片手の指で足りるほどしか会っていないのだ。
そのうちの一回は――。
「いろいろと狂っているこの世界だが、それでも生きている人間には、それぞれ権利を主張しているものがあるし、主張したいが故に、足掻いている者がいる。わたしも同じだ。この世界で主張したいからこそ、みっともなくまた足掻き始めた」
「みっともないなんて……」
「わたしは外面がいいから勘違いされることがあるが、人並みの欲もあるし、ドロドロとした感情に塗れている。そんな人間でもいいという連中が、わたしを支えてくれている。だから、堂々としていられる」
部屋のドアがノックされ、御堂が優雅な動作で立ち上がり、足音も立てずに向かう。二神が頼んでいたルームサービスが届いたようだ。
御堂が手ずからカップにコーヒーを注ぎ、和彦の前に置いた。ミルクをわずかに垂らし、コーヒーに緩やかに溶けていく光景を見つめながら、和彦はぽつりと洩らした。
「――……ぼくが、この世界で主張したい権利はなんでしょう」
「君の胸の内はわからない。だけどわたしの目から見て、主張しなくてもすでに与えられているものがある。傲慢で自分勝手な男たちによって」
和彦が首を傾げると、御堂は苦々しげに言った。
「愛されて、大事にされて、そうされて当然であるということ。君に認められている唯一の権利はそれだと、わたしは思う」
「唯一、ですか」
「それしかないということは、弱みであり、強みだ。選択肢がなかったにせよ、君はしたたかにしなやかに、この世界で生きている。男たちの情も打算も呑み込んで」
買い被りだと、自嘲気味に唇を歪めて、和彦は首を横に振る。
「この先もある権利とは限らないです」
「飽きられると?」
「まあ……」
「なら、そのときがくるとして、その瞬間に君は何になっているかだよ。組織にとって切るに切れない重要な存在になっているか、たった一人の人間のものになっているか。――わたしは、誰のオンナでもなくなって、総和会の人間になった。だから綾瀬さんとは対等だ」
手早くテーブルの上を片付けた二神は、一礼して部屋を出ていった。すべての所作にソツがないと、和彦が感心していると、御堂に呼ばれ、窓際のテーブルセットを示される。
御堂と向き合う形でイスに腰掛けたが、正面から秀麗な顔に見つめられると、やはりどうしても緊張する。いや、目のやり場に困る。
「悪趣味なものを見てしまって、わたしの前でどういう顔をすればいいのかわからない、という感じだ」
からかうように御堂に言われ、和彦はムキになって否定する。
「そんなこと思ってませんっ。悪趣味なんて……」
御堂と綾瀬の性行為を見て、生々しくて艶めかしいとは思ったが、嫌悪的なものは一切感じなかった。もし感じたとすれば、それは和彦自身の存在を否定することにも繋がる。
「……恥ずかしい、というのも表現としてどうかと思いますが、ただ、自分の姿を、客観視したような……、妙な感覚です」
「佐伯くんは、本当に素直だ。――賢吾から、だいたいのことは教えてもらっただろう。そうしてほしいと、わたしから頼んだことではあるんだが」
一瞬顔を強張らせてから、和彦は肯定する。
「御堂さんはどうしてぼくに、あの光景を見せたんですか」
「明け透けな表現をさせてもらうけど、自分が男たちの慰み者になっている一方で、優男のわたしなんかが、総和会で肩書きを得て、南郷と渡り合っている――と、きっと思ったんだろうなと、連絡所での別れ際の君の顔を見て感じた。……違うかな?」
何もかも見透かされているなと、逃げ出したくなるような羞恥と惨めさを覚える。
「……そこまでひどいことは思いませんでしたけど、似たようなことは……」
満足げに口元を緩めた御堂は背もたれに深く体を預け、足を組む。
「落ち込んだ様子の君を見て、猛烈に腹が立ったんだ。君に対してじゃないよ。君を取り巻く男たちに対してだ。順風満帆だった君の人生を奪って押し付けたのが、この表情かと」
「そんなにひどい顔をしてましたか」
和彦は思わず自分の顔に触れる。隠し事は下手だが、喜怒哀楽の大部分を胸の内に押し込めるのは得意だと、密かに自負していたのだ。御堂は返事をしなかったが、色素の薄い瞳にあるのは冷たい怒りだった。
誰でもなく、自分のために怒ってくれているのかと、和彦は正直不思議だった。御堂とはほんの何日か前に知り合って、片手の指で足りるほどしか会っていないのだ。
そのうちの一回は――。
「いろいろと狂っているこの世界だが、それでも生きている人間には、それぞれ権利を主張しているものがあるし、主張したいが故に、足掻いている者がいる。わたしも同じだ。この世界で主張したいからこそ、みっともなくまた足掻き始めた」
「みっともないなんて……」
「わたしは外面がいいから勘違いされることがあるが、人並みの欲もあるし、ドロドロとした感情に塗れている。そんな人間でもいいという連中が、わたしを支えてくれている。だから、堂々としていられる」
部屋のドアがノックされ、御堂が優雅な動作で立ち上がり、足音も立てずに向かう。二神が頼んでいたルームサービスが届いたようだ。
御堂が手ずからカップにコーヒーを注ぎ、和彦の前に置いた。ミルクをわずかに垂らし、コーヒーに緩やかに溶けていく光景を見つめながら、和彦はぽつりと洩らした。
「――……ぼくが、この世界で主張したい権利はなんでしょう」
「君の胸の内はわからない。だけどわたしの目から見て、主張しなくてもすでに与えられているものがある。傲慢で自分勝手な男たちによって」
和彦が首を傾げると、御堂は苦々しげに言った。
「愛されて、大事にされて、そうされて当然であるということ。君に認められている唯一の権利はそれだと、わたしは思う」
「唯一、ですか」
「それしかないということは、弱みであり、強みだ。選択肢がなかったにせよ、君はしたたかにしなやかに、この世界で生きている。男たちの情も打算も呑み込んで」
買い被りだと、自嘲気味に唇を歪めて、和彦は首を横に振る。
「この先もある権利とは限らないです」
「飽きられると?」
「まあ……」
「なら、そのときがくるとして、その瞬間に君は何になっているかだよ。組織にとって切るに切れない重要な存在になっているか、たった一人の人間のものになっているか。――わたしは、誰のオンナでもなくなって、総和会の人間になった。だから綾瀬さんとは対等だ」
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