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第33話
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賢吾の態度といい、一体なんなのかと、和彦が口を開きかけたそのとき、襖が開く。現れた人物を見て、和彦は驚きの声を上げた。
「三田村っ」
「――すみません。俺もいます」
三田村の後ろから、中嶋がひょっこりと顔を出す。もう一度驚いた和彦だが、同時に、この感覚には覚えがあった。何かと思えば、五月の連休中の出来事だ。あのときは、総和会が管理する別荘に連れて行かれ、そこに三田村がいて、あとから中嶋も登場したのだ。
用意周到だとか、最初から教えてくれればいいのにだとか、賢吾に対して言いたいことはあったが、とりあえず和彦は、機嫌は直ったとアピールするため、笑みをこぼした。
長嶺組の男たちが出かけるのを、物陰からこっそりと見送って、和彦はやっと肩から力を抜く。そして改めて、自分の傍らに立つ二人を見遣った。
「この三人で顔を合わせるのは、五月の連休以来だな」
和彦の言葉に、中嶋がにこやかな表情で頷く。
「先生の遊び相手といったら俺、とすっかり認知されたようで、嬉しいですよ」
「総和会で上を目指す君には、さほど名誉じゃないだろう」
「いえいえ。むしろ羨ましがられるぐらいで」
本気で言っているのだろうかと疑いかけた和彦だが、自分に注がれる優しい眼差しに気づき、照れ隠しもあり、こんなことを言っていた。
「大変だな、あんたも。ぼくに何かあるたびに、引っ張り出されて」
「組長のお心遣いだ。理由があったほうが、堂々と先生に会えるだろうと」
三田村が、賢吾たちが乗った車が走り去ったほうに視線を向けたので、つられて和彦も同じ方角を見る。
賢吾なら言いそうなことだと思いはしたが、だからといってあの男が優しいかというと、そうではない。傲慢なほどの余裕の上に成り立つ配慮は、優しさとは別物なのだ。
「――それでは先生、時間も惜しいですから、泳ぎに行きますか」
中嶋の提案に、和彦は目を丸くする。
「えっ」
「あれっ、泳ぐんじゃないんですか? せっかく海に来たのに。俺なんて、張り切ってあれこれ準備してきましたよ。水着の予備もあるので、安心してください」
和彦は困惑しながら三田村をうかがい見る。三田村はわずかに唇を緩めた。
「俺はこんな体で海に入ることはできないから、気にせず二人で泳げばいい。浜辺でのんびり眺めているから」
「眺めているって、その格好でか……」
いつものように三田村は、地味な色合いのスーツ姿で、当然足元は革靴だ。三田村の隣で中嶋が噴き出し、つられて和彦も顔を綻ばせる。
「これだけ人がいて何かあるはずもないから、ぼくに付きっきりでなくても大丈夫だ。せめて涼しい店に入って、冷たいものでも飲みながらゆっくりしていてくれ。そのほうがぼくも、気兼ねなく泳げる」
三田村は一瞬物言いたげな顔をしたが、中嶋を一瞥してから頷く。
「さて、話も決まったし、先生の荷物を取ってきて移動しますか」
そう提案した中嶋は車に荷物を置いているというので、和彦は三田村を伴って一旦部屋に戻ることにする。
エレベーターを待ちながら、斜め後ろの位置から三田村を見つめる。思いがけず一緒の時間を過ごせることになり、嬉しくないはずがない。反面、和彦の都合で、三田村ほどの男が呼び出される事態がたびたび起こることは、正直心苦しい。いまさらと言われようが。
そしてもう一つ、和彦を心苦しくさせることがあった。
三田村は、鷹津という男を意識している。和彦の奔放な人間関係に寛容さを示しながら、それでも鷹津は特別なのだ。和彦がその鷹津に、快感で惑乱していたとはいえ、オンナになると告げたと知ったら、優しい男は悲しむかもしれない。
もしかすると、そんな段階ですらなく、いよいよ和彦に呆れ、離れていくだろうか――。
想像して、ブルッと身震いする。自分勝手だが、どれだけの男に大事にされ、執着されようが、三田村を失いたくなかった。自分に注がれる優しい眼差しが必要なのだ。
何かを感じたのか、ふいに三田村が振り返る。
「先生?」
和彦は自然に笑いかけることに成功した。
「せめて、スーツ以外の着替えを持ってくればよかったのに」
「ワイシャツの替えなら、車にあるんだが……」
「滅多に見られないものだな、三田村のスーツ以外の姿は」
エレベーターに乗り込みながらのやり取りのあと、再び三田村の斜め後ろに立った和彦は、自虐的に心の中で呟く。
自分は性質の悪いオンナになってしまった、と。
そんな本性を三田村に知られたとしても、きっと開き直るのだ。許容したのはあんたなのだから、変わらず大事にしてくれと、悪びれもせず言い放つかもしれない。
「三田村っ」
「――すみません。俺もいます」
三田村の後ろから、中嶋がひょっこりと顔を出す。もう一度驚いた和彦だが、同時に、この感覚には覚えがあった。何かと思えば、五月の連休中の出来事だ。あのときは、総和会が管理する別荘に連れて行かれ、そこに三田村がいて、あとから中嶋も登場したのだ。
用意周到だとか、最初から教えてくれればいいのにだとか、賢吾に対して言いたいことはあったが、とりあえず和彦は、機嫌は直ったとアピールするため、笑みをこぼした。
長嶺組の男たちが出かけるのを、物陰からこっそりと見送って、和彦はやっと肩から力を抜く。そして改めて、自分の傍らに立つ二人を見遣った。
「この三人で顔を合わせるのは、五月の連休以来だな」
和彦の言葉に、中嶋がにこやかな表情で頷く。
「先生の遊び相手といったら俺、とすっかり認知されたようで、嬉しいですよ」
「総和会で上を目指す君には、さほど名誉じゃないだろう」
「いえいえ。むしろ羨ましがられるぐらいで」
本気で言っているのだろうかと疑いかけた和彦だが、自分に注がれる優しい眼差しに気づき、照れ隠しもあり、こんなことを言っていた。
「大変だな、あんたも。ぼくに何かあるたびに、引っ張り出されて」
「組長のお心遣いだ。理由があったほうが、堂々と先生に会えるだろうと」
三田村が、賢吾たちが乗った車が走り去ったほうに視線を向けたので、つられて和彦も同じ方角を見る。
賢吾なら言いそうなことだと思いはしたが、だからといってあの男が優しいかというと、そうではない。傲慢なほどの余裕の上に成り立つ配慮は、優しさとは別物なのだ。
「――それでは先生、時間も惜しいですから、泳ぎに行きますか」
中嶋の提案に、和彦は目を丸くする。
「えっ」
「あれっ、泳ぐんじゃないんですか? せっかく海に来たのに。俺なんて、張り切ってあれこれ準備してきましたよ。水着の予備もあるので、安心してください」
和彦は困惑しながら三田村をうかがい見る。三田村はわずかに唇を緩めた。
「俺はこんな体で海に入ることはできないから、気にせず二人で泳げばいい。浜辺でのんびり眺めているから」
「眺めているって、その格好でか……」
いつものように三田村は、地味な色合いのスーツ姿で、当然足元は革靴だ。三田村の隣で中嶋が噴き出し、つられて和彦も顔を綻ばせる。
「これだけ人がいて何かあるはずもないから、ぼくに付きっきりでなくても大丈夫だ。せめて涼しい店に入って、冷たいものでも飲みながらゆっくりしていてくれ。そのほうがぼくも、気兼ねなく泳げる」
三田村は一瞬物言いたげな顔をしたが、中嶋を一瞥してから頷く。
「さて、話も決まったし、先生の荷物を取ってきて移動しますか」
そう提案した中嶋は車に荷物を置いているというので、和彦は三田村を伴って一旦部屋に戻ることにする。
エレベーターを待ちながら、斜め後ろの位置から三田村を見つめる。思いがけず一緒の時間を過ごせることになり、嬉しくないはずがない。反面、和彦の都合で、三田村ほどの男が呼び出される事態がたびたび起こることは、正直心苦しい。いまさらと言われようが。
そしてもう一つ、和彦を心苦しくさせることがあった。
三田村は、鷹津という男を意識している。和彦の奔放な人間関係に寛容さを示しながら、それでも鷹津は特別なのだ。和彦がその鷹津に、快感で惑乱していたとはいえ、オンナになると告げたと知ったら、優しい男は悲しむかもしれない。
もしかすると、そんな段階ですらなく、いよいよ和彦に呆れ、離れていくだろうか――。
想像して、ブルッと身震いする。自分勝手だが、どれだけの男に大事にされ、執着されようが、三田村を失いたくなかった。自分に注がれる優しい眼差しが必要なのだ。
何かを感じたのか、ふいに三田村が振り返る。
「先生?」
和彦は自然に笑いかけることに成功した。
「せめて、スーツ以外の着替えを持ってくればよかったのに」
「ワイシャツの替えなら、車にあるんだが……」
「滅多に見られないものだな、三田村のスーツ以外の姿は」
エレベーターに乗り込みながらのやり取りのあと、再び三田村の斜め後ろに立った和彦は、自虐的に心の中で呟く。
自分は性質の悪いオンナになってしまった、と。
そんな本性を三田村に知られたとしても、きっと開き直るのだ。許容したのはあんたなのだから、変わらず大事にしてくれと、悪びれもせず言い放つかもしれない。
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