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第33話
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何より和彦には、鷹津に関して、誰にも言えない後ろめたさがある。
ぎこちなく息を吐き出し、どうにか動揺を静める。
「押しかけたというより、張り込んでいたところを、見咎められたようだ」
「それって、先生が心配で?」
そう言った千尋の声には、わずかな嘲笑の響きがあった。子供のような無邪気さを装っていても、こういうところは賢吾や守光にそっくりだと感じる。
「ぼくの姿がマンションや本宅から見えなくなって、様子が気になったみたいだ。一応、ぼくの番犬としてつけられているからな。仕事のつもりだったんだろう」
「すごい勢いで、鷹津と第二遊撃隊隊長の間に割って入ったらしいね。先生、荒事は苦手なのに」
「――……腹が立ったんだ。勝手なことをした鷹津に」
千尋がようやく顔を上げ、心の奥底まで突き通してくるかのような強い眼差しを向けてきた。
「優しいよね、先生」
どういう意味なのかと、和彦は首を傾げる。千尋は答えをはぐらかすようににんまりと笑った。
「でもさ、前から気になってるんだけど、先生と鷹津って、会ったらどんなこと話すの?」
和彦は、これまでの鷹津とのやり取りを思い返してから、顔をしかめた。
「皮肉と嫌味を言い合っている……」
予想はできたが、千尋は呆れたように和彦を見る。
「そんな奴と会っていて楽しい?」
「仕方ないだろ。あの男の性格は捩くれ曲がってるんだから」
「まあ、鷹津の性格が難ありなのはわかる。俺、あいつ嫌いだし。でも先生は――気が合ってる感じ」
そんなわけないと答える声は、我ながら不自然なほど硬かった。足元に視線を落とし、揺れる海面を見つめる。千尋に表情を観察されたくなかった。
「先生と鷹津のこと、今は我慢してるけど、もし、あの男のせいで先生が危険に晒されるようなら、俺は自分の意見を、オヤジやじいちゃんにぶつけるし、呑んでもらうから」
千尋の淡々とした口調から、これ以上ない本気を感じ取る。視線を上げた和彦は、真摯で鋭い眼差しを正面から受け止める。賢吾や守光のように、得体の知れない怪物が潜む目だ。
「……お前が心配するような事態にはならない」
和彦がやっとそう応じると、千尋は大仰に顔をしかめる。
「自覚のない発言だよ、それ。先生さ、自分がどれだけ男を振り回しているか、そろそろわかってよ。もう、無自覚っていうのが、一番性質が悪い」
「人を散々振り回している内の一人が、ぼくにそれを言うか……」
千尋の顔に水を散らせる。すかさず両腕が伸び、危うく抱きつかれそうになったので、寸前のところで躱す。めげない千尋が追いすがってくる。
結局、派手な水飛沫を立てながらの追いかけっことなったが、それも長くは続かない。和彦は濡れるのもかまわず、その場に座り込んでいた。
「先生っ」
慌てて千尋が駆け寄ってきて、屈んで顔を覗き込んでくる。寸前まで能天気に笑っていたのに、すでに顔色が変わっていた。
「大丈夫? どこか痛めた?」
和彦は大きく息を吐き出してから、首を横に振る。
「……体力の限界だ。昨夜の〈あれ〉があって、今朝は十分寝られなかったところに、午前中は気を張っていたし。そこに今の追いかけっこで、体力が尽きた」
なんとか千尋の手を借りて立ち上がると、ふらつく足取りで砂浜へと戻る。二人の様子をしっかりと見ていたらしく、駆けつけた長嶺組の組員が、千尋に代わって支えてくれる。
歩きながら千尋が、和彦の状態を組員に説明をして、指示を出す。速やかに部屋に連れ戻された和彦は、汚れた足だけを洗って濡れた服を着替えると、敷かれた布団に横になる。
まだこんなに日が高いうちに、横になるのはもったいないと思いながらも、強烈な眠気には抗えない。なんとか自分の体にタオルケットをかけたところで、和彦は意識を手放した。
まさに昏々と眠り続けた和彦が目を覚ましたとき、室内は差し込む夕日で赤く染まっていた。体を起こしてぼうっとしていたが、それは長い時間ではなく、すぐに思考は明瞭となる。体には力が満ちているようで、本当に睡眠は大事だと、当然のことを実感する。
静かに襖が開く気配に振り返ると、千尋が控えめに部屋を覗き込んでおり、和彦が起きていると知ると、嬉しそうに側に寄ってきた。
「起きて大丈夫?」
「ああ、たっぷり寝たから、頭がすっきりした。心配かけたな」
「本当だよ。びっくりした」
寝乱れた髪を優しい手つきで撫でてきた千尋が、顔を近づけてくる。何事かと思ったときには、唇を軽く塞がれていた。
「先生、お腹空いてない?」
「……空いた」
ぎこちなく息を吐き出し、どうにか動揺を静める。
「押しかけたというより、張り込んでいたところを、見咎められたようだ」
「それって、先生が心配で?」
そう言った千尋の声には、わずかな嘲笑の響きがあった。子供のような無邪気さを装っていても、こういうところは賢吾や守光にそっくりだと感じる。
「ぼくの姿がマンションや本宅から見えなくなって、様子が気になったみたいだ。一応、ぼくの番犬としてつけられているからな。仕事のつもりだったんだろう」
「すごい勢いで、鷹津と第二遊撃隊隊長の間に割って入ったらしいね。先生、荒事は苦手なのに」
「――……腹が立ったんだ。勝手なことをした鷹津に」
千尋がようやく顔を上げ、心の奥底まで突き通してくるかのような強い眼差しを向けてきた。
「優しいよね、先生」
どういう意味なのかと、和彦は首を傾げる。千尋は答えをはぐらかすようににんまりと笑った。
「でもさ、前から気になってるんだけど、先生と鷹津って、会ったらどんなこと話すの?」
和彦は、これまでの鷹津とのやり取りを思い返してから、顔をしかめた。
「皮肉と嫌味を言い合っている……」
予想はできたが、千尋は呆れたように和彦を見る。
「そんな奴と会っていて楽しい?」
「仕方ないだろ。あの男の性格は捩くれ曲がってるんだから」
「まあ、鷹津の性格が難ありなのはわかる。俺、あいつ嫌いだし。でも先生は――気が合ってる感じ」
そんなわけないと答える声は、我ながら不自然なほど硬かった。足元に視線を落とし、揺れる海面を見つめる。千尋に表情を観察されたくなかった。
「先生と鷹津のこと、今は我慢してるけど、もし、あの男のせいで先生が危険に晒されるようなら、俺は自分の意見を、オヤジやじいちゃんにぶつけるし、呑んでもらうから」
千尋の淡々とした口調から、これ以上ない本気を感じ取る。視線を上げた和彦は、真摯で鋭い眼差しを正面から受け止める。賢吾や守光のように、得体の知れない怪物が潜む目だ。
「……お前が心配するような事態にはならない」
和彦がやっとそう応じると、千尋は大仰に顔をしかめる。
「自覚のない発言だよ、それ。先生さ、自分がどれだけ男を振り回しているか、そろそろわかってよ。もう、無自覚っていうのが、一番性質が悪い」
「人を散々振り回している内の一人が、ぼくにそれを言うか……」
千尋の顔に水を散らせる。すかさず両腕が伸び、危うく抱きつかれそうになったので、寸前のところで躱す。めげない千尋が追いすがってくる。
結局、派手な水飛沫を立てながらの追いかけっことなったが、それも長くは続かない。和彦は濡れるのもかまわず、その場に座り込んでいた。
「先生っ」
慌てて千尋が駆け寄ってきて、屈んで顔を覗き込んでくる。寸前まで能天気に笑っていたのに、すでに顔色が変わっていた。
「大丈夫? どこか痛めた?」
和彦は大きく息を吐き出してから、首を横に振る。
「……体力の限界だ。昨夜の〈あれ〉があって、今朝は十分寝られなかったところに、午前中は気を張っていたし。そこに今の追いかけっこで、体力が尽きた」
なんとか千尋の手を借りて立ち上がると、ふらつく足取りで砂浜へと戻る。二人の様子をしっかりと見ていたらしく、駆けつけた長嶺組の組員が、千尋に代わって支えてくれる。
歩きながら千尋が、和彦の状態を組員に説明をして、指示を出す。速やかに部屋に連れ戻された和彦は、汚れた足だけを洗って濡れた服を着替えると、敷かれた布団に横になる。
まだこんなに日が高いうちに、横になるのはもったいないと思いながらも、強烈な眠気には抗えない。なんとか自分の体にタオルケットをかけたところで、和彦は意識を手放した。
まさに昏々と眠り続けた和彦が目を覚ましたとき、室内は差し込む夕日で赤く染まっていた。体を起こしてぼうっとしていたが、それは長い時間ではなく、すぐに思考は明瞭となる。体には力が満ちているようで、本当に睡眠は大事だと、当然のことを実感する。
静かに襖が開く気配に振り返ると、千尋が控えめに部屋を覗き込んでおり、和彦が起きていると知ると、嬉しそうに側に寄ってきた。
「起きて大丈夫?」
「ああ、たっぷり寝たから、頭がすっきりした。心配かけたな」
「本当だよ。びっくりした」
寝乱れた髪を優しい手つきで撫でてきた千尋が、顔を近づけてくる。何事かと思ったときには、唇を軽く塞がれていた。
「先生、お腹空いてない?」
「……空いた」
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