793 / 1,289
第33話
(28)
しおりを挟む
そんなことを言い合いながら駐車場に向かう。和彦は当然、行き同様、千尋と同じ車に同乗するつもりだったが、案内されたのは別の車だった。しかも車の傍らに待機しているのは、三田村だ。
「どうして……」
和彦はその場で問いかけようとしたが、三田村は無表情のまま後部座席のドアを開け、車に乗るよう示す。困惑しながら周囲を見回すと、ちょうど車に乗り込もうとしている賢吾と目が合い、軽く片手をあげて寄越された。次に、こちらを見ている南郷の姿に気づく。和彦は、露骨に南郷を無視して車に乗った。
賢吾の意図は、理解したつもりだ。疲れきっている和彦のために、三田村との二人きりの空間を用意してくれたのだろう。他の組員が同乗していないため、車中でいくらでも寛ぐことができると考えたのかもしれないが、和彦としては、心中はいささか複雑だった。
昨夜、長嶺の男たち三人を受け入れたばかりの体を、三田村が運転する車の中で休めるというのは、考えようによっては残酷だ。気遣いばかりではなく、賢吾としては、和彦の所有権をこんな形で示そうとした――というのは、勘繰りすぎかもしれない。
なんと三田村に話しかけようかと考えているうちに、車が一台ずつ駐車場を出て行き、その車列に三田村が運転する車も加わる。
「――中嶋に言われて気づいたんだ」
ふいに三田村が話し始める。
「えっ」
和彦が目を丸くしてシートから体を起こすと、正面を向いたまま三田村が微かに首を横に振る。
「すまない。邪魔なら、黙っている」
「いやっ……、邪魔なんて。大丈夫だから、続けてくれ」
普段、三田村と会うどころか、話す機会すらなくなっている。こんなときだからこそ、ハスキーな優しい声をたっぷり鼓膜に染み込ませておきたかった。
「せっかく海に来たのに、写真を一枚も撮ってない。普段から、きれいな風景とか無縁な生活を送っているから、いざとなると思いつかないものだな」
「言われてみれば、ぼくも撮ってないな。彼は、何か撮ったと言っていたか?」
ここで少し不自然な間が空く。
「……先生の水着姿を……」
「それは、からかわれたんだっ。言っておくが、撮らせてないからな」
「だと思った」
「あんたのことだから、まじめな顔で聞いてたんだろ」
「どうだろう」
答えた三田村の声は、わずかに笑いを含んでいる。和彦も、二人の会話の様子を想像しておかしくなってきて、声を洩らして笑っていた。
三田村と他愛ない会話を交わしているうちに、車は高速に乗り、しばらく走り続けたところでサービスエリアが見えてくる。先を走る長嶺組や総和会の車は寄っていくようだが、三田村が運転する車は通り過ぎてしまう。
どういうことなのか状況が呑み込めず戸惑っていると、和彦の携帯電話が鳴った。賢吾からだ。
『連れ回した詫びというわけじゃないが、先生は明後日まで、三田村と過ごせ』
電話の向こうからの賢吾の言葉に、和彦は喜ぶよりも先に疑問を抱く。
「突然なのはいつものことだが、それは、あんたの独断か?」
『いや、オヤジの提案だ。先生を離したがらない男が一体どういう風の吹き回しかと、俺も思ったぐらいだ』
賢吾の声にわずかに皮肉の響きが加わる。
『理由を聞くと、ウソか本当かわからないが、古い友人と突然会うことになったらしい。その準備でバタバタして落ち着かないから、だったらその間、先生に本当の盆休みを取らせようと思ったそうだ』
「古い、友人……」
『自分が一応病み上がりだということは、すっかり忘れているようだ。俺より精力的かもしれん』
昨夜の行為が蘇りそうになり、必死に頭から追い払う。
『ここのところ、長嶺の男たちで先生を独占していたからな。昨夜のこともあるから、先生もゆっくりと休みたいだろう。だったら、信頼できる男に預けるしかないというわけだ』
礼を言うのも変なので、わかった、とだけ答えて電話を切る。
突然、三田村と明後日まで一緒に過ごせと言われ、嬉しくないはずがないのだが、状況の変化に頭が追いつかない。
バックミラー越しに一瞬だけ三田村と目が合った。
「組長からの説明、聞いたか?」
「あくまで総和会の事情、と」
「……結局また、ぼくのことであんたを振り回しているな」
「先生が気に病む必要はない。そもそも、先生を振り回しているのは、俺たちの都合なんだから」
「それでも……、あんたみたいな男が、ぼくのお守りみたいな仕事――」
「仕事じゃない」
珍しく厳しい口調で三田村が言い切る。驚いた和彦に対して、いくらか動揺した様子で三田村が続けた。
「どうして……」
和彦はその場で問いかけようとしたが、三田村は無表情のまま後部座席のドアを開け、車に乗るよう示す。困惑しながら周囲を見回すと、ちょうど車に乗り込もうとしている賢吾と目が合い、軽く片手をあげて寄越された。次に、こちらを見ている南郷の姿に気づく。和彦は、露骨に南郷を無視して車に乗った。
賢吾の意図は、理解したつもりだ。疲れきっている和彦のために、三田村との二人きりの空間を用意してくれたのだろう。他の組員が同乗していないため、車中でいくらでも寛ぐことができると考えたのかもしれないが、和彦としては、心中はいささか複雑だった。
昨夜、長嶺の男たち三人を受け入れたばかりの体を、三田村が運転する車の中で休めるというのは、考えようによっては残酷だ。気遣いばかりではなく、賢吾としては、和彦の所有権をこんな形で示そうとした――というのは、勘繰りすぎかもしれない。
なんと三田村に話しかけようかと考えているうちに、車が一台ずつ駐車場を出て行き、その車列に三田村が運転する車も加わる。
「――中嶋に言われて気づいたんだ」
ふいに三田村が話し始める。
「えっ」
和彦が目を丸くしてシートから体を起こすと、正面を向いたまま三田村が微かに首を横に振る。
「すまない。邪魔なら、黙っている」
「いやっ……、邪魔なんて。大丈夫だから、続けてくれ」
普段、三田村と会うどころか、話す機会すらなくなっている。こんなときだからこそ、ハスキーな優しい声をたっぷり鼓膜に染み込ませておきたかった。
「せっかく海に来たのに、写真を一枚も撮ってない。普段から、きれいな風景とか無縁な生活を送っているから、いざとなると思いつかないものだな」
「言われてみれば、ぼくも撮ってないな。彼は、何か撮ったと言っていたか?」
ここで少し不自然な間が空く。
「……先生の水着姿を……」
「それは、からかわれたんだっ。言っておくが、撮らせてないからな」
「だと思った」
「あんたのことだから、まじめな顔で聞いてたんだろ」
「どうだろう」
答えた三田村の声は、わずかに笑いを含んでいる。和彦も、二人の会話の様子を想像しておかしくなってきて、声を洩らして笑っていた。
三田村と他愛ない会話を交わしているうちに、車は高速に乗り、しばらく走り続けたところでサービスエリアが見えてくる。先を走る長嶺組や総和会の車は寄っていくようだが、三田村が運転する車は通り過ぎてしまう。
どういうことなのか状況が呑み込めず戸惑っていると、和彦の携帯電話が鳴った。賢吾からだ。
『連れ回した詫びというわけじゃないが、先生は明後日まで、三田村と過ごせ』
電話の向こうからの賢吾の言葉に、和彦は喜ぶよりも先に疑問を抱く。
「突然なのはいつものことだが、それは、あんたの独断か?」
『いや、オヤジの提案だ。先生を離したがらない男が一体どういう風の吹き回しかと、俺も思ったぐらいだ』
賢吾の声にわずかに皮肉の響きが加わる。
『理由を聞くと、ウソか本当かわからないが、古い友人と突然会うことになったらしい。その準備でバタバタして落ち着かないから、だったらその間、先生に本当の盆休みを取らせようと思ったそうだ』
「古い、友人……」
『自分が一応病み上がりだということは、すっかり忘れているようだ。俺より精力的かもしれん』
昨夜の行為が蘇りそうになり、必死に頭から追い払う。
『ここのところ、長嶺の男たちで先生を独占していたからな。昨夜のこともあるから、先生もゆっくりと休みたいだろう。だったら、信頼できる男に預けるしかないというわけだ』
礼を言うのも変なので、わかった、とだけ答えて電話を切る。
突然、三田村と明後日まで一緒に過ごせと言われ、嬉しくないはずがないのだが、状況の変化に頭が追いつかない。
バックミラー越しに一瞬だけ三田村と目が合った。
「組長からの説明、聞いたか?」
「あくまで総和会の事情、と」
「……結局また、ぼくのことであんたを振り回しているな」
「先生が気に病む必要はない。そもそも、先生を振り回しているのは、俺たちの都合なんだから」
「それでも……、あんたみたいな男が、ぼくのお守りみたいな仕事――」
「仕事じゃない」
珍しく厳しい口調で三田村が言い切る。驚いた和彦に対して、いくらか動揺した様子で三田村が続けた。
71
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる