血と束縛と

北川とも

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第34話

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 盆休みに入ってから、実質的に体を休められたのは何日だっただろうかと、ぐったりとシートに体を預けた和彦はそんなことを考える。指を折って数えるまでもなかった。
 本来であれば、今日いっぱいは三田村とゆっくり過ごせるはずだったのに、長嶺組を通して総和会から仕事の依頼が入り、朝から出かけることとなった。連れて行かれた先で待っていたのは、顔を変える必要があるという患者だ。
 命に関わる怪我でないのなら、今日でなくてもいいのではないかと、頭の片隅でちらりと思わなくもなかったが、重要な行事を終えてしまった総和会にとっては、盆休み中で美容外科医の体が空いているという程度の認識なのかもしれない。そして和彦は、指名されたら出向くしかないのだ。
 今日はせめて、夕食だけでも三田村と一緒にとりたいと考えていたのだが、半日がかりの施術を終えたところで、仕事に戻るという三田村からのメールを確認した。今、車は長嶺の本宅に向かっている最中だ。
 このまま本宅に泊まることになるか、総和会本部に送り届けられるのか、和彦にはわからない。自宅マンションでのんびり過ごしたいと控えめに希望は出すつもりだが、あまり期待はしていなかった。
 無意識のうちに大きなため息をつきそうになったが、寸前のところで堪える。決して、本宅に行くのが嫌なわけではないのだ。
 現実逃避というわけではないが、三田村と過ごした穏やかな時間の余韻に浸っていると、携帯電話の無粋な着信音が車内に響き渡る。軽く眉をひそめつつ携帯電話を取り出した和彦は、一瞬電源を切りたくなった。しかしそれは、前に座る組員たちが不審がるだけだと思い直し、仕方なく電話に出る。
『――お前今、どこにいる?』
 こちらが声を発する前に、前置きもなく鷹津に問われる。面食らった和彦が口ごもると、苛立ったようにさらに言われた。
『言えないようなところか?』
「……車で移動中だ。今から帰るんだ」
 どこに、とは問われなかった。電話の向こうから、鷹津が思案するような気配が伝わってきて、和彦としても普段とは何かが違う様子が気になる。いや、最近の鷹津は様子がおかしいことばかりだが――。
「何かあったのか……?」
『別に。車で移動中ということは、総和会か長嶺組の人間と一緒ということだな』
「ああ。どうしてそんなことを気にする」
『気にしちゃおかしいか?』
 揶揄するような鷹津の口調に、自分でも不思議なほどカッとした。
「おかしいっ」
 思いがけず大きな声が出てしまい、日ごろは何があっても動じない護衛の組員が、驚いたようにこちらを振り返った。和彦は顔をしかめてから、開き直って会話を続ける。
「わざわざ電話をしてきたぐらいだ。ぼくの行動が気になったんだろ。――何かあったんじゃないのか」
『深読みするな。ただ、総和会初代会長の法要を派手に執り行ったあと、総和会……というより、総和会会長が、らしくない動きをしているから、お前はどうしているか気になっただけだ」
「らしくない動き、って……」
 無意識のうちに声を極限まで潜める。
『――その質問に答えるためには、餌をもらわないとな』
「なっ……」
 和彦が返事に詰まると、憎たらしいことに鷹津は、珍しく爽快な笑い声を上げた。これが本当に鷹津の声かと、咄嗟に疑ったぐらいだ。
『まあ、深刻に捉えるな。何かあれば、きちんと報告してやる。――可愛いオンナのために』
 かけてきたとき同様、挨拶もなく電話は切れた。ふざけるなと、口中で鷹津を罵った和彦だが、それも二言、三言で尽きてしまい、結局、困惑しながら切れた携帯電話を見つめることになる。
 はぐらかされたが、やはり鷹津の様子はおかしい。より正確に表現するなら、何か知っていながら、和彦に隠しているようなのだ。身軽であれば、鷹津のもとに乗り込んで問い詰めるところだが、それは不可能だ。
 仕事後の疲労感に、胸のモヤモヤまで加わり、本宅に到着した和彦を出迎えた賢吾は、顔を見るなりこう言った。
「機嫌が悪そうだな、先生」
「……別に、悪くない」
「せっかく三田村とのんびりしていたのに、残念だったな」
 手招きされ、まっすぐ賢吾の部屋に向かう。先を歩く背を見つめながら、どうせ隠しておくことはできないのだからと、和彦は正直に告げた。
「鷹津からさっき電話があったんだ。……いつも以上に、よくわからないことを言われた。ぼくが、総和会か長嶺組の人間と一緒にいるか確認してきたんだ。理由を聞いても、はぐらかされた。というより、からかわれた」
 守光の『らしくない動き』については、なんとなく言いそびれてしまった。

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