血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
820 / 1,289
第34話

(24)

しおりを挟む



「――今夜のあんたは、思い詰めた顔をしているな」
 いつものように血圧を測っていた和彦は、柔らかな口調で守光に指摘され、ハッとする。咄嗟に言葉が出ず、うろたえていると、守光は口元に微笑を湛えた。
 吾川に部屋を見せられてから、ずっと困惑している和彦とは対照的に、今夜の守光は、夕食時に顔を合わせてからずっと機嫌がいいように見えた。
「すみません……」
 血圧計を片付けてから改めて、布団の傍らに座る。
「あんたのために部屋を用意したことを、重圧に感じているかね?」
 守光の言葉に、和彦は曖昧に首を動かす。はっきりと否定するのが礼儀なのだろうが、どう取り繕おうが、守光にはすべて見通されるはずだ。
「複雑な、気持ちです。ぼくにここまでしてもらえるほどの価値があるのかと、誰よりも疑っているのは、きっとぼく自身だと思います」
「あんたの価値は、周囲の男たちが決めている。だからあんた自身にはピンとこないのだろう。言葉を費やして説明して見せても、所詮は極道の戯言だと、心のどこかで思ってもいるのかもしれん」
「いえっ、そんな――……」
「それは仕方がない。もともとが、生きている世界が違っていて、賢吾や千尋が、強引にあんたをこちらの世界に引き込んだ。憎まれ、拒まれても仕方がないのに、それでもあんたは、こちらの男たちを受け入れてくれる。他に方法がないにせよ、あんたが示してくれる愛情深さも優しさも、男たちにとってはかけがえのないものとなっている。わしはそれに報いたい」
 冷徹ともいえる両目でじっと見据えられ、和彦は息も詰まりそうになる。正直、今言った『愛情深さ』も『優しさ』も、守光が求めているとは思えなかった。もっと別の何かを和彦に期待し、得ようとしているようだ。
 それがなんであるか知ることは、今いる世界のとてつもない深淵を覗き込むことになると、確信めいたものがあった。しかし、いくら目を背けようが、守光は眼前に突きつけてくるはずだ。
 守光が片手を伸ばし、和彦の髪を撫でてくる。
「頭のいいあんたには、どれだけ耳あたりのいいことを言ったところで無駄だろう」
 髪を撫でていた手が首の後ろへと移動し、引き寄せられる。和彦は咄嗟に布団に手をつき、近い距離から守光の顔を見つめ返した。そして、賢吾によく似た太く艶のある声で囁かれた。
「わしの望みは一つだ。あんたが、心底欲しい。どんな手を使ってでも――」
 本能的な怯えが全身を駆け巡り、動けなかった。守光にやすやすと布団の上へと押し倒され、和彦は顔を強張らせたまま、守光を見上げる。考える前に、こんな言葉が口を突いて出ていた。
「……どうして、ぼくなのですか……」
「あんたは、長嶺の男とこれ以上なく相性がいい。理由など、それで十分だと思わんかね?」
 そう言いながら守光の手に浴衣の帯を解かれる。和彦は身じろぎもせず、じっと守光を見上げ続ける。向けられる視線の強さから、和彦が考えていることがわかったらしく、守光は短く声を洩らして笑った。
「納得いかないという様子だが、事実だよ。千尋はもちろん、賢吾まで骨抜きにしたあんただからこそ、わしは興味を持った。そしてわしも、あんたに骨抜きだ。賢吾たちは、あんた込みの長嶺組の将来を描いているだろうが、わしは、あんた込みの総和会の将来を描いている。つまり、わしらにとってあんたは、欠かすことのできない存在というわけだ」
 浴衣の前を開かれて素肌を晒すと、容赦なく下着も引き下ろされる。守光は、満足げに和彦の裸体を見下ろしながら、胸元に冷たいてのひらを押し当ててきた。
「――欠かすことができないということは、組織にとっても、長嶺の男たちにとっても、あんたは血肉になるということだ。あんたによって、男たちは生かされる」
 なぜだか鳥肌が立った。和彦の反応に、守光は楽しげに目を細める。
 ゆっくりと守光の顔が近づいてきて、このときほど目隠しが欲しいと思ったことはないが、目を閉じることもできず、狡猾な生き物が潜む両目に見つめられながら口づけを受け入れた。
 丹念に唇を吸われて、口腔に舌が侵入してくる。決して性急になることのない、いつもの守光の口づけだった。和彦を味わい尽くすように口腔で舌が蠢き、歯列や粘膜をまさぐり、まだ眠っている官能を少しずつ刺激していく。その間も、守光の冷たいてのひらは和彦の体をまさぐっていた。
 舌先同士が触れ、擦りつけ合ってから、唾液を絡めるようにして妖しく舌がもつれ合う。和彦が微かに喉を鳴らすと、守光の片手が喉元にそっと這わされていた。力を込められたわけではないが、今にも首を絞められるのではないかという怯えは、圧迫感となる。
 息苦しさにもう一度喉を鳴らすと、守光の指先にわずかに力が入った気がした。自分の脈がやけに大きく聞こえ、頭が締め付けられるような感覚に襲われる。しかし、決定的な苦しさを与えられるわけではない。あくまで喉元に手がかかっているだけなのだ。

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...