血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
840 / 1,289
第35話

(17)

しおりを挟む
 言葉で辱められながら、ゆっくりと律動を繰り返される。
「ふっ……、んっ、んっ、んくっ……、うぅっ、いっ……、気持ち、いぃ」
「ああ。だが、あまり飛ばすなよ。もう少し、ゆっくり楽しもうぜ」
 鷹津に両手を掴まれてベッドに押さえつけられる。和彦は荒い呼吸を繰り返しながら、すがりつくように鷹津を見上げる。頭がぼうっとしてきて、体中が火照っている。ワインの酔い――とは少し様子が違う気がするが、大した問題ではない。
 手をしっかりと握り合うと、鷹津が顔を近づけてくる。そっと唇が重なり、柔らかく吸い上げられてから、和彦は吐息をこぼす。やはり、この男と交わす口づけが好きだと思った。
 鷹津の唇が耳に押し当てられ、耳朶に歯が立てられる。和彦は痛みに声を上げたが、鷹津が低く笑い声を洩らして指摘した。
「中、締まったぞ。痛くされるのが好きなのか?」
「そんなわけないだろ。……痛いのは、嫌いだ」
「だったら、俺が相手だからか?」
 その問いかけに返事はできなかった。和彦が唇を噛むと、鷹津はもう一度耳朶に歯を立ててきた。同時に、内奥深くで欲望が蠢く。
 鷹津の攻めはおそろしく緩慢で、じっくりと時間をかけてくる。和彦は思うさま乱れさせられ、声を上げさせられ、わずかに残っていた体力のすべてを奪い尽くされてしまいそうな、甘い恐怖を覚えるほどだった。
 ふっと意識が遠のきかけて、目が空ろになる。鷹津が顔を覗き込み、手荒に頬を撫でてきた。
「まだ寝るなよ」
「……もう、無理だ。疲れて、いるんだ。それに、頭がぼうっとする……」
「だが、お前の体はまだ俺を欲しがっているぞ」
 違うと首を横に振ると、それだけで頭がふらつく。
「なんか、おかしい……。何も、考えられなく、なる……」
「――どうやら、効き目は本物らしいな」
 唐突な鷹津の言葉に、和彦の思考はすぐには追いつかなかった。何度も目を瞬き、自分を見下ろしてくる男の表情から意図を読み取ろうとする。
 鷹津は相変わらず、欲情していた。興奮もしている。なのに、さきほどとは何かが違う。
「……効き目って、なんのことだ?」
「お前に飲ませた一杯目のワインの中に、睡眠薬を溶かしておいた」
 鷹津の言葉が、毒のようにじわじわと和彦の意識に効いてくる。
「すぐに寝入られると困るから、量を少し減らしてな。……なかなか色っぽいもんだな。眠気でトロンとした目になる様は」
 不穏なことを言われているという認識はできた。和彦は本能的な怯えから体に力を入れようとするが、まったく言うことを聞かない。薬の効き目はじっくりと現れていた。
 鷹津は、寸前まで異変を悟らせまいと、和彦の興奮を煽り、再び淫らな行為に及んだのだ。
「なんのために、そんなこと……」
「暴れられると困るんだ。これからお前には、ある人物と電話で話してもらう」
 そう言って鷹津がクッションの下に手を突っ込み、携帯電話を取り出す。こんなところに携帯電話を入れた覚えはないので、和彦がウトウトしている間に、鷹津が準備を整えていたのだろう。
 鷹津は手早くどこかに電話をかけてから、和彦の耳元に当てる。咄嗟に顔を背けようとしたが、強引に唇を塞がれて阻まれる。さらに、下肢は繋がったままなのだ。和彦は呻き声を洩らして拒もうとしたが、このとき、呼出し音が途切れる。
 電話の向こうから聞こえてきた声に、一気に肌が粟立った。
『――ずいぶん待たせる。おかげで、会食をキャンセルすることになった。それで、本当に息子の声を聞かせてくれるんだろうね、鷹津くん』
 柔らかく深みのある、耳当たりのいい声だった。しかし、声の主をよく知っている和彦はどうしても、氷同士がぶつかるような冷たい響きが、声から滲み出ていると感じるのだ。
「父、さん……」
 思わず呟きを洩らすと、すかさず鷹津は携帯電話を取り上げて操作したあと、傍らに放り出した。自分も電話の会話を聞くために、スピーカーに切り替えたようだ。
『久しぶりだな、和彦。お前の現状については、鷹津くんからすべて教えてもらった。英俊がずいぶんがんばって、お前の消息を調べて、結局徒労に終わったと思っていたんだが……。正直、こうしてお前の声を聞くまでは、鷹津くんのことはまったく信用していなかった』
 和彦は顔を強張らせたまま鷹津を見上げる。鷹津は、和彦の動揺すら愛でるように見つめてくる。体中の血が凍りつきそうになっている和彦とは対照的に、鷹津は高ぶったままだった。内奥深くに収まっている欲望は力強く脈打ち、強引にでも和彦の官能を揺さぶろうとしてくる。
 そんな鷹津が、今は堪らなく怖かった。
「……嫌だ……。離して、くれ……」

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...