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第40話
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『俺は、独占欲と執着心は強いが、だからこそお前に対して寛容でありたいと思っている。〈浮気〉を大目に見たのも、そのためだ。鷹津の件で塞ぎ込んでいたお前が、たまたま目の前に現れた高校生のおかげで気が晴れた。それだけの話だ。それ以外の面倒臭い話は、俺や秋慈に任せておけばいい』
「……そう言われると、ぼくはどうしようもない人間だと思えてくる。別に、立派な人間だったつもりはないけど」
『いいじゃねーか。どうしようもない人間で。三世代の男たちのオンナでありながら、極道どもの面倒を見て、有り余る愛情を気に入った男たちに分け与えて、クリニックの切り盛りをして。ひれ伏したくなるほど、どうしようもない人間だ』
話しながら興が乗ってきたのか、賢吾がくっくと笑い声を洩らしている。ひどい言われようだが、すっかり毒気を抜かれた和彦も、唇の端にちらりと笑みを浮かべる。
そんな、どうしようもない人間をオンナにして、大事にしているのだから、賢吾もまた、どうしようもない人間なのだ。そう思ったら笑うしかなかった。
『まあ、しっかり美味いものを食わせてもらってこい』
賢吾に背を押されたことにいくらか安堵して、吐息交じりに和彦は応じた。
伊勢崎龍造との食事会は、火曜日の夜に設けられた。
クリニックを閉めた和彦は、いつものように長嶺組の迎えの車に乗り込み、途中で、御堂が乗る第一遊撃隊の車と合流する。
あくまで建前は、個人的な食事会に招待されたというもので、長嶺組も第一遊撃隊も護衛はいつも通り――と和彦は聞かされていた。
店の駐車場に降り立ち、風の冷たさに首を竦める。午後に入ってから曇り空が広がり、急激に冷え込んできた。
「――こんなに寒くなるなら、伊勢崎さんの誘いに乗るんじゃなかったよ」
隣に停めた車から降りた御堂が、秀麗な顔にうんざりとした表情を浮かべてこぼす。黒のスーツを身につけているせいか、印象的な灰色がかった髪が引き立ち、御堂の存在をより特別なものに見せている。
対する和彦は、仕事を終えたばかりで着替える時間もなかったため、ありふれたシャツにパンツという服装だ。その上から、最近気に入っているダッフルコートを着込んでいた。ドレスコードがない店なので、楽な格好でかまわないという言葉に甘えた結果だ。
和彦は、御堂のもとに歩み寄ると、頭を下げる。
「今晩は、よろしくお願いします」
「いや、こちらこそ、仕事終わりで疲れているところに、面倒なことにつき合わせて悪いね」
互いに顔を見合わせ、微苦笑のような表情を交わしたところで、改めて和彦は周囲を見回す。和彦たちが到着したときから、駐車場には数台の車が停まっていたのだが、その中に身を潜めるようにして人が乗っていた。そっと御堂をうかがい見ると、頷かれる。
「長嶺組だけでなく、うちの隊の者もなかなか過保護でね」
「……護衛はいつも通りだと言われたんですが……」
「長嶺組にとっては、いつも通りなんだろう。状況に応じて護衛のフォーメーションを変えるという意味で」
あー、と声を洩らして和彦は、髪に指を差し込む。おかしそうに口元を緩めた御堂に促され、店へと向かう。さすがに店の中にまでは護衛はつかないらしく、和彦にとって頼れるのは御堂だけということになる。
迷惑はかけたくないので、無難に食事会が終わることを願いつつ、暖簾をくぐる。外観からして、どんな格式張った店かと身構えていたが、店に入ると、カウンター席では会社帰りらしい一団が盛り上がっており、意外に砕けた雰囲気が漂っている。
奥まった一角にある個室へと案内され、障子が開けられる。そこにはすでに人の姿があった。
「――やっぱり、場がパッと華やぐな。色男が二人もやってくると」
大げさな感嘆に満ちた声を発したのは、テーブルについた伊勢崎龍造だった。
料理を出すよう仲居に頼んだ龍造がわざわざ立ち上がり、手招きをしてくる。
「さあ、入ってくれ。外は寒かっただろう」
御堂にそっと背を押し出される形で、和彦が最初に部屋に入る。龍造に挨拶をしようとしたが、まずは座ってからにしようと言われ、慌ててダッフルコートを脱ぐと、すかさず龍造に取り上げられた。手ずからハンガーにかける姿に、ひたすら恐縮する。一方の御堂は、自ら龍造にコートを差し出した。
「年月は人を変えるものですね。あなたが、こんなに甲斐甲斐しくなるなんて、何かあったんですか」
傍らで聞いてぎょっとするような御堂の言葉に、言われた当人である龍造は声を上げて笑う。
「俺はこれでも、人の親になって長いんだぞ」
「……あなたに似ず、いい子でしたね。彼――玲くんは」
「……そう言われると、ぼくはどうしようもない人間だと思えてくる。別に、立派な人間だったつもりはないけど」
『いいじゃねーか。どうしようもない人間で。三世代の男たちのオンナでありながら、極道どもの面倒を見て、有り余る愛情を気に入った男たちに分け与えて、クリニックの切り盛りをして。ひれ伏したくなるほど、どうしようもない人間だ』
話しながら興が乗ってきたのか、賢吾がくっくと笑い声を洩らしている。ひどい言われようだが、すっかり毒気を抜かれた和彦も、唇の端にちらりと笑みを浮かべる。
そんな、どうしようもない人間をオンナにして、大事にしているのだから、賢吾もまた、どうしようもない人間なのだ。そう思ったら笑うしかなかった。
『まあ、しっかり美味いものを食わせてもらってこい』
賢吾に背を押されたことにいくらか安堵して、吐息交じりに和彦は応じた。
伊勢崎龍造との食事会は、火曜日の夜に設けられた。
クリニックを閉めた和彦は、いつものように長嶺組の迎えの車に乗り込み、途中で、御堂が乗る第一遊撃隊の車と合流する。
あくまで建前は、個人的な食事会に招待されたというもので、長嶺組も第一遊撃隊も護衛はいつも通り――と和彦は聞かされていた。
店の駐車場に降り立ち、風の冷たさに首を竦める。午後に入ってから曇り空が広がり、急激に冷え込んできた。
「――こんなに寒くなるなら、伊勢崎さんの誘いに乗るんじゃなかったよ」
隣に停めた車から降りた御堂が、秀麗な顔にうんざりとした表情を浮かべてこぼす。黒のスーツを身につけているせいか、印象的な灰色がかった髪が引き立ち、御堂の存在をより特別なものに見せている。
対する和彦は、仕事を終えたばかりで着替える時間もなかったため、ありふれたシャツにパンツという服装だ。その上から、最近気に入っているダッフルコートを着込んでいた。ドレスコードがない店なので、楽な格好でかまわないという言葉に甘えた結果だ。
和彦は、御堂のもとに歩み寄ると、頭を下げる。
「今晩は、よろしくお願いします」
「いや、こちらこそ、仕事終わりで疲れているところに、面倒なことにつき合わせて悪いね」
互いに顔を見合わせ、微苦笑のような表情を交わしたところで、改めて和彦は周囲を見回す。和彦たちが到着したときから、駐車場には数台の車が停まっていたのだが、その中に身を潜めるようにして人が乗っていた。そっと御堂をうかがい見ると、頷かれる。
「長嶺組だけでなく、うちの隊の者もなかなか過保護でね」
「……護衛はいつも通りだと言われたんですが……」
「長嶺組にとっては、いつも通りなんだろう。状況に応じて護衛のフォーメーションを変えるという意味で」
あー、と声を洩らして和彦は、髪に指を差し込む。おかしそうに口元を緩めた御堂に促され、店へと向かう。さすがに店の中にまでは護衛はつかないらしく、和彦にとって頼れるのは御堂だけということになる。
迷惑はかけたくないので、無難に食事会が終わることを願いつつ、暖簾をくぐる。外観からして、どんな格式張った店かと身構えていたが、店に入ると、カウンター席では会社帰りらしい一団が盛り上がっており、意外に砕けた雰囲気が漂っている。
奥まった一角にある個室へと案内され、障子が開けられる。そこにはすでに人の姿があった。
「――やっぱり、場がパッと華やぐな。色男が二人もやってくると」
大げさな感嘆に満ちた声を発したのは、テーブルについた伊勢崎龍造だった。
料理を出すよう仲居に頼んだ龍造がわざわざ立ち上がり、手招きをしてくる。
「さあ、入ってくれ。外は寒かっただろう」
御堂にそっと背を押し出される形で、和彦が最初に部屋に入る。龍造に挨拶をしようとしたが、まずは座ってからにしようと言われ、慌ててダッフルコートを脱ぐと、すかさず龍造に取り上げられた。手ずからハンガーにかける姿に、ひたすら恐縮する。一方の御堂は、自ら龍造にコートを差し出した。
「年月は人を変えるものですね。あなたが、こんなに甲斐甲斐しくなるなんて、何かあったんですか」
傍らで聞いてぎょっとするような御堂の言葉に、言われた当人である龍造は声を上げて笑う。
「俺はこれでも、人の親になって長いんだぞ」
「……あなたに似ず、いい子でしたね。彼――玲くんは」
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