血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
1,041 / 1,289
第41話

(15)

しおりを挟む
 声を上げようとして再び唇を塞がれた挙げ句、引き結んだ歯列を舌先でこじ開けられる。恐慌状態に陥った和彦は、本気で南郷の舌に歯を立てようとしたが、その気配を察したように後ろ髪を乱暴に掴まれ、さらに両目を覗き込まれる。
 凄んではいない。それどころか、和彦の反応を楽しんでいるような、余裕すら湛えた南郷の眼差しに、心底震え上がる。
「寒いなら、まずはキスで暖めてやるよ、先生。嫌いじゃないだろ。俺とのキスは」
 強張った唇を柔らかく啄みながら、南郷が囁きかけてくる。顔を背けたい和彦だが、後ろ髪を掴まれたままのうえに、腰に回された鋼のような腕の感触に怖気づく。無意識のうちに南郷の肩に手をかけていたが、押し退けるどころか、小刻みに震えていた。
「そう、怯えなくてもいいだろ、先生。俺はこれまで、手荒なことはしていないつもりだ。長嶺の男たちにとって宝物みたいな存在を、俺ごときが傷つけるはずがない。……少しばかり、意地の悪いことはしたが」
 ここでまた、南郷にしっかりと唇を塞がれる。口腔に舌を押し込まれ、堪らず和彦は、南郷の顔を押し退けようとしたが、上唇に軽く噛みつかれる。頑丈そうな歯は、いつでも自分の唇を食い千切る凶器となりうる。和彦に一度も手荒なことはしていないという南郷の発言はウソではないが、今この瞬間もそうだとは限らない。そう思わせるものが、この男にはあるのだ。
 ふいに唇を離した南郷が苦笑めいた表情を浮かべ、呟く。
「……今思い出した。今晩、俺の前に、あんたにキスした男がいたんだったな」
 和彦は激しく動揺し、そして強い怒りに支配される。自分でも意外な力を発揮して南郷に体当たりをすると、後ろ髪を掴んでいた手が離れる。しかし、腰に回された腕の力が緩むことはなく、南郷は、和彦の反撃をおもしろがるように目を細めた。
「艶やかだな。あんたの怒りの表情は。どうして今怒ったのか理由はわからないが、聞いたところで教えてはくれないだろうな」
 残念だ、と洩らした南郷がベッドに片手を伸ばし、枕代わりに使っていた毛布を掴む。一体何をするのかと思って見ていると、乱雑に床の上に広げた。
 あっという間だった。前触れもなく足元を払われて、和彦の体は大きくかしぐ。南郷の腕を掴もうとしたが間に合わず、そのまま敷かれた毛布の上に倒れ込む。衝撃に一瞬息が詰まった。
「痛っ……」
 顔を伏せたまま動けないでいると、乱れた髪を掻き上げられる。ビクリと肩を震わせた和彦はぎこちなく顔を上げ、南郷が自分の上に覆い被さっていることを知る。
「俺が、これまでのように紳士的でいられるかどうかは、あんた次第だ。暴れて泣き叫んで俺を苛立たせるか、従順に身を任せて俺の機嫌を取るか、どっちかを選ぶといい。もっとも、あんたは――」
 肩を掴まれて、簡単に体をひっくり返される。仰向けとなった和彦は無遠慮な視線に晒され、身が竦んでしまう。南郷にとっては予想通りの反応らしく、満足げに息を吐き出した。
「あんたは弱い。押さえ込まれると、抵抗らしい抵抗をしない。強い力に身を委ねるというより、身を差し出すという感じだ。……一度ぐらい、死に物狂いの抵抗というものを味わってみたい気もするが、俺の前では感情を露わにしたがらず、小動物みたいに臆病なあんたにそれを求めるのは、酷なのかな」
 好き勝手なことを言いながら、南郷の手がトレーナーの下に入り込み、素肌を撫で回してくる。触れられた部分から鳥肌が立っていった。これ以上ない嫌悪の反応を示されて気づかないほど、南郷は愚鈍ではない。
 それを知っているからこそ、南郷が見せた変化に和彦は震え上がった。
 口元に愉悦の笑みが浮かび、両目には爛々とした光を湛えている。その光は強い欲情と表現できる。南郷は興奮しているのだ。
「弱いあんたが、さらに弱っている姿は、俺みたいな人間には毒だな。もっと痛めつけて、弱らせたくなる反面、慰めて、優しくしてみたくもなる。そう、妙な気持ちになるんだ。あんたの側にいると」
 南郷が顔を寄せてきて、匂いを嗅ぐように耳元で鼻を鳴らす。粗野な仕種のあと、唇をベロリと舐められた。それを数回繰り返され、ようやく無言の求めを察した和彦は、引き結んだ唇をおずおずと開き、口腔に南郷を迎え入れた。
 今度の口づけは無反応ではいられなかった。いきなり唾液を流し込まれ、拒むことも許されず嚥下する。すると、搦め捕られた舌を激しく吸われる。外に引き出された舌に軽く歯を立てられ、痛みがあったわけではないが喉の奥から声を洩らす。恫喝としてはこれ以上ないほど効果的で、南郷の口づけに、和彦は応えざるをえなかった。

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...