血と束縛と

北川とも

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第47話

(11)

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 賢吾に言われるがまま、和彦は下肢に手を伸ばすと、身を起こした自らのものを掴む。今度は賢吾に見せつけるために手を動かし、羞恥と興奮に交互に襲われながら快感を手繰り寄せる。
 ときおり首や肩先に唇を押し当てるだけで、賢吾は何もしてこない。鏡の中で煩悶する和彦を眺めて、ゆったりと笑みを浮かべるだけだ。
 もっと触れてほしいと思った瞬間、賢吾から罰を与えられているのかもしれないと気づいた。三か月もの間、別の男との生活を堪能していたことへの。
 ゾッとした和彦はすがるような眼差しを賢吾に向ける。
「どうした? 急に不安そうな顔をして」
 ひどく優しい声音で問いかけながら、賢吾が頬に唇を寄せてくる。
「触って、くれないのか……?」
「触ってるだろ」
「そうじゃなくて――」
 一気に芽生えた不安を、どう言葉で伝えればいいのかわからない。もどかしくなり、和彦は振り返って直接賢吾を見ようとしたが、あごを掴まれ正面を向かされる。
「お前の複雑な家庭事情も何もかも呑み込むつもりだが、鷹津に関することは、どうしたって喉に引っかかりそうでな。お前を閉じ込めて、縛り上げて何日か放置するのも手かと考えてみたこともあるが、それで俺自身が満足して、気が晴れるかというと、それはないだろうな。嫉妬深い蛇としては、その放置している間に、お前がちらりとでも鷹津を想って煩悶する姿まで想像しちまうんだ」
 寸前まで和彦に対して甘く優しかった賢吾が、嫉妬に狂うただの男になる。鷹津への複雑な気持ちを軽口に紛れ込ませるように洩らしていたが、和彦が考えていた以上に、賢吾にとって無視できない存在となっていたのだ。
「お前が俺に対して感じる後ろめたさを解消するために、俺が協力する――というのは、違うよな? 今回のことで確かに嫉妬はしたが、やむをえない状況だったとわかってはいるんだ。だから俺には、お前に罰を与える理由がない。ただお前は、自分の多情さをよく噛み締めろ」
「……ぼくに、怒っているのか?」
「話は最後まで聞け。――お前の多情さに、俺は……というより俺たちは、振り回されることがあるが、救われてもいる。妙な奴を引き寄せるから、危なっかしさもあるがな」
「引き寄せる云々は、ぼくのせいばかりにされるのは、少し納得いかない」
「他の奴に聞いて回ったら、全員が俺の意見に賛同すると思うぞ」
 和彦はつい苦笑いを浮かべたが、すぐに息を弾ませる。賢吾の指に、欲望を軽く弾かれた。
「手が休んでる」
「あんたが話しかけてくるから……」
 我慢できなくなった、と呟いた賢吾にあごを掴み寄せられ、また激しく唇を貪られる。その状態で身を捩った和彦は、ワイシャツに包まれた広い背に両腕を回す。布の下に身を潜めている大蛇の姿を思い浮かべなから、何度もてのひらを這わせていると、和彦の舌を甘噛みした賢吾が、苦々しい口調で言った。
「俺が一番嫉妬する相手は、鷹津じゃねーな。背中の〈こいつ〉だ。お前がいつも物欲しげに撫でまわして、甘やかすせいだ」
 本気で言っているのか疑わしいが、それでも和彦は嬉しくなり、賢吾の肩に額をすり寄せる。
 自分の中に芽生えた不安の正体がわかった気がした。賢吾の中にある己の存在を強く実感したかったのだ。そのために必要なのは罰などではなく、もっと単純で、明け透けなほどわかりやすいもので――。
 さきほどから感じていたが、賢吾の両足の間をまさぐると、興奮した状態となっていた。身震いしたくなるような肉欲の疼きが急激に高まり、和彦は小さく吐息を洩らす。
「――和彦、舐めろ」
 賢吾のその言葉を待っていた。崩れ込むようにその場に座ると、スラックスの前を寛げて、賢吾の欲望を引き出す。まずてのひらで包み込むようにして扱いて、ゆっくりと顔を寄せる。
 オンナらしく奉仕するため、賢吾によく見えるように舌を出し、丁寧に這わせる。根本から舐め上げて、括れに舌を絡ませ、先端に吸い付く。和彦の示す媚態の意味を理解したのか、賢吾の指が無遠慮に口腔に突っ込まれて強引に大きく口を開けさせられる。そこに、容赦なく熱い肉の塊を押し込まれた。
「んんっ」
 反射的に頭を後ろに引こうとしたが、ギリギリで耐える。そんな和彦の頭を、賢吾がやや乱暴に押さえてくる。たっぷり愛せと言わんばかりに。和彦は悦びに小さく喉を鳴らし、同時に、口腔で脈打つ逞しいものを締め付ける。
 賢吾の高ぶりに呼応するように、和彦自身も反応していた。たまらず口淫と同時に自慰を始めると、低い笑い声が降ってくる。
「いやらしいオンナだ」
 和彦一人による行為が熱を帯びてくると、賢吾が深い吐息を洩らす。頭を押さえつけていた手が、いつの間にか髪の付け根をまさぐり始め、その刺激にも快感を覚える。
 先に和彦が達し、手を濡らす。ここでようやく視線を上げ、愉悦に満ちた賢吾の表情を目の当たりにしたとき、歓喜のうねりが身の内で生じる。同じ感覚を賢吾も共有したらしい。
「――……俺は心底、お前が愛しくてたまらねーんだ。今度また、お前と離れ離れになることがあったら……、どうなるだろうな。邪魔な奴ら全員、どうにかするかもな」
 物騒な愛の囁きだった。
「そんなことが来ないことを祈るが、今はただ、お前は男たちに愛されてりゃいい。そのうえで、俺を愛してくれ」
 言葉の代わりに和彦は、懸命に唇と舌を使って賢吾の想いに応えた。

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