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第47話
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しおりを挟む長嶺の男二人は、揃って朝早くから出かけていた。出向く場所は別らしいが、多忙な立場なのは同じようだ。
昨夜の賢吾との行為のせいで、父子どちらとも顔を合わせづらかったので、朝食をとりながら和彦は、正直助かったと思った。
その後、組員が持ってきた書類の説明を受けて署名をしてから、クリニック再開に向けての準備について相談を持ちかける。さすがというべきか、和彦が心配するまでもなく、すでに各方面への手配は始めているという。
一端の経営者のつもりであっても所詮和彦は雇われで、エキスパートの支えが欠かせない。一人で張り切ったところで仕方ないと言われたようで、少しだけ恥ずかしくなり、それが顔に出ないよう必死だった。
客間に戻ると、忘れないうちに優也へとメールを送る。まだ寝ているだろうかと心配したが、あっという間に返信があり、直後に電話がかかってきた。
『――生きてた?』
優也からの第一声に、和彦は破顔する。
「しばらく連絡できなくてごめん。寂しがってくれてたんだって?」
『……情報が正確に伝わってないみたいだな、あんたのところに』
「照れなくていいだろ」
『照れてないっ。……なんか、相変わらずみたいだ』
どういう意味だと尋ねると、優也は少し口ごもったあと、教えてくれた。
『年明けてからいままで、あんたがけっこう大変な目に遭ってたって聞かされてたから。荒んだ感じになってるのかと、勝手に想像してた』
これは、優也への宮森の説明が悪いというより、その宮森への賢吾の伝え方に問題があったのではないか。そう思った和彦だが、あえて確認することでもない。無事に戻った今となっては、笑い話にしてもらったほうが気が楽だ。
「大変な目というのは大げさかもしれないけど、まあ、いろいろあったのは確かだ。ひとまず落ち着いたから、戻ってきたんだ」
『電話もできない状態だったみたいだから、こちらもなんとなく察するものがあったけど。しかし、三か月って……』
優也の物言いが引っかかる。そう、三か月なのだ。
「……もしかして、君のほうも何かあったのか?」
「何か、ってほどじゃないけど、あー、引きこもってるのに飽きたから、そろそろ職探しを始めようかと思って」
耳を澄ませないと聞き取れないほどの声で優也が言う。つられて和彦も小声で応じた。
「おめでとう……?」
『あんた、いい感じにとぼけてるよな。――その言葉はまだ早い。こっちは、あまり他人に説明したくない空白期間があるから、就活が順調にいくか怪しいし。叔父さんは、知り合いに頼むから、まずはアルバイトから始めてみたらどうだと言ってくるんだけど』
「きちんと相談してるんだ」
『履歴書とか準備してるのバレたんだよ。だから、説明しないわけにもいかなくて……』
優也に対して宮森は過保護だという、賢吾の言葉はあながち大げさではないようだ。
『なるべく叔父さんは頼りたくないから、僕の狭い交友関係の中で、頼りになりそうな人たちにも声かけてる。別に、前の事務所より大きいところがいいとか、年収が上のほうがいいとか、そんなのは希望してないんだ。とにかく、ストレスのない人間関係が築けるところがいい……』
切実だなと、心底優也に同情する。和彦の場合、精神力と体力の限界を感じて転科した過去があるので、他人事だと思えないのだ。
「よかったらぼくも協力するけど」
和彦も現状、やはり狭い交友関係の中で生きており、頭に浮かんだのは胡散臭い笑みを浮かべた秦だった。ただ、人脈の広さは只者ではない。いざとなれば力になってもらおうかと考えたのだが、優也の返答は素っ気なかった。
『いや、いい。あんたに借りを作ると高くつきそうだから』
「……別に、恩を高く売りつけようなんて気はないけど」
『あんた自身は善意の塊でもさ、周りの連中が怖いじゃん』
残念ながら反論できなかった。
『こっちは一度どん底まで落ちたせいで、けっこうクソ度胸がついたというか、開き直れてるから、変わった仕事でもしてみようかと思える程度に余裕はあるんだ。行き詰まったときには頼りにさせてもらう、かも』
ほんの数か月前に、熱を出して子供のように駄々をこねていた人物とは思えないほど、優也は落ち着いていた。一体何がきっかけかと問うと、苦い口調で教えてくれた。
『仕事辞めて引きこもってから、腫れ物に触るような扱いだったんだけど、あんたに往診してもらってから、多少雑に扱っても大丈夫だと叔父さんたちから判断されたみたいでさ。理由つけては外に連れ出されているうちに、なんかもうバカバカしくなった。ヤクザに部屋に押し入られるぐらいなら、自分から外に出てやらあ、って』
「――つまり、ぼくのおかげだとも言えるな」
『腹立つけど、叔父さんもそう思ってる節がある』
冗談だと応じてから、意識しないまま和彦は大きくため息をついてしまう。優也の前向きさと、堂々と表の世界で就職活動ができる経歴を、咄嗟に羨んでいた。そんな自分に驚く。
それを優也に悟られたくなくて、スマートフォンのバッテリーがもうすぐ切れそうだと告げ、和彦は慌てて電話を切った。
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