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第48話
(13)
しおりを挟むこの男と一緒にいると、目立って仕方ない。
開いたパンフレットから視線を上げた和彦は、隣を歩く秦を見遣る。薄い色のサングラスをかけた秦は、いかにもジムで鍛えていそうな体躯を白いシャツで包み、首元には派手めのスカーフを巻いている。しばらく会わない間に髪色は、金髪に近い薄茶色から落ち着いた濃い茶色へと変化しているが、髪色程度でこの男の持つ華やかさが陰ることはない。
春の陽射しをまるでスポットライトのように浴びながら、秦は端麗な美貌に機嫌よさそうな笑みを浮かべている。さきほどから、すれ違う女性たちから熱っぽい眼差しを向けられているが、一切頓着していない。和彦は、珍妙な生き物を観察するように、秦を見ていた。
外を歩くのでラフな服装のほうがいいですよとアドバイスされ、素直にTシャツの上からパーカーを羽織り、キャップを被ってきたのは和彦だ。駐車場で秦と相対したとき、文句の一つでも言ってやりたかったが、『ラフ』の基準が自分とは違うのだと、納得しておくことにした。
日曜日ということもあって、イベント施設の広い敷地内はどこも人で溢れかえっている。年に二回、春と秋に開催される大規模な蚤の市ということで、出店者も客も気合いが入っているのだろう。陽気のよさも加わり、熱気でのぼせてしまいそうだ。
大きなテントがいくつも設置され、ジャンルごとに区分けされた商品が店ごとに並べられている。パンフレットに描かれた地図を頼りに移動して、まず向かったのは食器を扱う一角だ。案の定、秦は北欧食器が並ぶテントの前で足をとめたが、和彦はさらに先にある、作家本人が出店している食器が気になる。ワインのつまみを並べるのにちょうどよさそうな長方形の皿を、腰を屈めて眺めていたが、せっかくだからと購入する。
気楽な買い物の和彦とは違い、秦は真剣な顔で食器を選んでいる。今回、蚤の市にわざわざ足を運んだのは、仕入れを兼ねているらしい。だったら店の従業員を同行させたほうがよかったのではないかと思わなくもないが、二人きりで会うとどうしても周囲が身構えるため、こういう開放的な形が秦にとっても都合がいいのだろう。
なんといっても――と、和彦はさりげなく少し離れたテントに目を向ける。アンティーク家具を、いかにも興味なさそうに眺めているのは長嶺組の組員だ。護衛として和彦にぴったりと張り付かない配慮はしてもらっているので、いまさら不満もない。総和会からの護衛は、いるのかいないのかよくわからないし、探す気もなかった。
ついでに小皿と箸置きを別の店で買ったところで、大きな袋を提げた秦がほくほく顔でやってくる。
「いい物が買えました。路面店があるというので、名刺ももらってきましたよ。日を改めて行ってみたいですね」
「……仕入れと言ってたけど、雑貨屋のほうに置くのか?」
「居抜き物件でいいところがありまして。こぢんまりとしたカフェができそうなんです。そこで使えないかと思いまして」」
「すごいな。ぼくなんて経営は全部人任せだから、物件を見てあれこれ計画を立てられる人間を尊敬する」
「まあ、若い頃はずっと、商売をやっている親戚たちを見てきましたからね。なんとなく、自分はそういうのに向いていると思う……思い込んでいるんですよ。現状、面倒なことになっても、後始末をしてくれる当てもありますし。気楽なものです」
サングラス越しに露骨な流し目を寄越され、和彦は乾いた笑い声を洩らす。秦の言う『当て』が誰かわかったからだ。
「その気楽さは、図太さの上に成り立ってるものだな」
秦と目的もなくふらふらと店を覗きながら歩いていると、ひときわにぎわう場所に出る。何かと思えば古着がずらりと並んでいる。あまり見かけないデザインのコートがまっさきに目に入り、和彦は反射的に秦を見る。
「おや、先生は古着は平気なんですか?」
「よほどひどい状態じゃないなら、特に抵抗はないな。……どうしてそう思ったんだ?」
「先生はよくても、周りの男性たちが嫌がるんじゃないかと。大事な人には、真新しいものを着てもらいたいと願いそうじゃないですか」
長嶺の男たちにその傾向はあるが、だからといって和彦が選んだものを否定はしないだろう。
秦から離れてハンガーラックにかかっている古着を眺めていて、一着のコートが目に留まる。古い映画の登場人物が着ていそうなトレンチコートで、くたびれた感じではあるが、かなりいいデザインだ。案の定、有名なブランドのものらしく、相応な値段が記されている。衝動買いはやめておこうと、やむなく元に戻した。
代わりに、もっと手ごろな値段のブルゾンを一着買ってから移動する。キッチンカーや売店がなどが並ぶ休憩スペースで、なんとか小さなテーブル席を確保すると、秦はフットワークも軽く食事を買いに行く。
待っている間、手持ち無沙汰となった和彦は、買ったばかりのブルゾンや食器をテーブルの上に広げ、スマートフォンで写真を撮る。少し悩んで、メッセージアプリをタップする。そろそろスマートフォンの扱いには慣れてきたが、気軽なやり取りには難ありと千尋に判断されてしまった。日記代わりにその日の出来事を共有してほしいと言われ、勝手にグループを作られたのだ。
蚤の市で買ったと画像と共に報告すると、さほど待つことなく賢吾と千尋から、おそろしく可愛らしいスタンプが返ってきた。噴き出したいところを懸命に堪えていると、秦が両手に飲み物と包みを持って戻ってくる。
「楽しそうですね」
「いいものを見せてやる」
テーブルに出したものを片付けた和彦は、スマートフォンの画面を秦に見せる。覗き込んだ秦は、数秒後に半笑いを浮かべた。
「わたし、長嶺組長と仕事の打ち合わせでメッセージのやり取りをしてますけど、一度もそんなスタンプをもらったことありませんよ」
「欲しいんなら、ぼくからことづけておくけど」
やめてくださいと、本気で拒否された。
野菜と肉がたっぷりの大きなサンドイッチを頬張る。けっこう歩き回ったことと、野外の陽気のよさも加わり、とても美味しい。機嫌よく食事を続ける和彦の目の前で、秦はフライドポテトを摘まみつつ、スマートフォンで素早く文字を打ち込んでいる。日曜日にまで仕事かと、やや呆れていると、和彦の視線に気づいた秦が視線を上げる。
「すみません。行儀が悪いですね」
「気にせず続けてくれ」
「――このメッセージの相手、鷹津さんですよ」
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