血と束縛と

北川とも

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第48話

(22)

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 勝手が違うなと、ジャケットを選びながら密かに和彦は苦笑を浮かべる。
 もういつ暑くなっても不思議ではないため、それに合わせて薄手のジャケットと、ワイシャツも何枚か買おうと、今朝のうちになんとなく予定に組み込んでいた。しかし、これは予定になかったと、傍らに立つ小野寺に視線を向ける。距離が近い、というのがまず頭に浮かんだ感想だ。
 長嶺組の護衛は慣れたもので、和彦が外を出歩くときは絶妙な距離を取り、窮屈な思いをしないよう配慮してくれる。だが、護衛任務はまだ試行錯誤中らしい加藤と小野寺は、なぜか和彦にぴったりと張り付いている。
「……こんなに側にいなくても大丈夫だぞ。もう少し離れていても……。ほら、あそこにイスがあるから、座って待ってたらどうだ」
 途端に小野寺から呆れたような眼差しを向けられる。一方の加藤は黙然としてただ周囲を見回している。
「不審者が出たというのに、呑気ですね……」
「騒ぎにはならなかったと組から連絡が来た。おかげで警察も来なかったとも。一体何者だったのかは書いてなかったが――あえて書かなかったのかな。まあ、なんにしても、すぐに戻らないといけない事態ではなかったみたいだ」
 小野寺と加藤の役目はとにかく騒動の場から和彦を離すことだったため、今からでも護衛を戻そうかと問われたが、断った。わざわざ買い物の付き添いのためだけに、組員を移動させるのも申し訳ない。
「そういえば、さっきの騒ぎ、もう南郷さんには報告したのか?」
 さりげなく尋ねると、加藤と小野寺はちらりと視線を交わし合う。
「もちろんです」
「……自分の隊の人間が役に立ったと、喜んでいるだろうな」
 そして、二人を護衛につけた自分の判断が間違っていなかったことも。
 加藤はともかく、小野寺がまったく興味なさそうな顔で立っているのが気になり、和彦は手早くジャケットとワイシャツを選んでいく。嫌がらせのつもりはないが、選んだものは小野寺に持たせていく。
「先生は、もっと気取った……お高い店で、服とか買っているのかと思っていました」
 和彦が選んだジャケットの値札をじっと見て、小野寺がぽつりと洩らす。
 三人がいるのは複合ビル内にあるセレクトショップだ。手に取りやすい価格帯のものが揃っているため、ときどき利用している。さすがに状況が状況なので、若者二人を引き連れて新規の店を開拓というわけにもいかない。
「そんなわけないだろ。そういうのが好きなのは、長嶺組長だ。ぼくは雇われ医師だから、そんなに贅沢はできない。この間は蚤の市で安い古着を買ったぐらいだし」
「でも、実家が太いんですよね?」
 小野寺の言いたいことはわかるが、なんとなく嫌な印象を受ける言葉だ。
「それを言うなら、君のほうがよっぽど高いものを身に着けている。君こそ実家が太いのか?」
「女衒なんてやってたクソは家族じゃないと、とっくに縁を切られてますよ」
 実家が太いことは否定しないのだ。和彦が微妙な顔をしていると、呆れたように加藤が言った。
「小野寺、佐伯先生に絡むな」
「絡んでないだろ。ただの世間話だ。それとも、お前が相手をするか?」
 せせら笑う小野寺に対して、加藤はむっつりと唇をへの字に曲げる。見るからに相性が悪いこの二人をよく組ませたなと、和彦は苦笑いをしつつ、Tシャツが置いてあるコーナーに移動する。
「――南郷さんは、どういう意図で君らをコンビにしたんだ」
「コンビ……」
 心底嫌そうな顔をしたのは小野寺だ。よほど不本意らしい。加藤もさすがに軽く眉をひそめている。
「あー……。相性が悪すぎるから、か。いざというときに殴り合いでも始められたら困るもんな」
「いえ、俺はそんなに粗暴じゃないので。こいつじゃあるまいし」
 小野寺に悪し様に言われても、加藤は言い返さない。
「まあ、粗暴でも性悪でも、ぼくの前で取っ組み合いをしないなら、別にいいんだ。今のところ君たちはきちんと仕事してくれているわけだし」
「性悪って、もしかしてそれ――」
 短く噴き出したのは加藤だった。小野寺がカッとしたように詰め寄ろうとしたが、寸前で和彦は腕を引っ張る。
「よし、欲しいものは選んだからレジに行くぞ」
 小野寺を引きずってレジカウンターに向かうと、むっつり顔で加藤もついてくる。
 欲しいものを買ったあとは帰るだけだが、それも味気ない。広い施設内を歩きながら辺りを見回した和彦の目に、ひときわにぎわっている店が飛び込んでくる。何かと思えばアイスクリーム店だ。
「今日は特に天気がいいからなー」
 ぽつりと洩らすと、怪訝そうに小野寺が振り返る。加藤は、和彦の斜め後ろをついて歩いている。
「何か?」
「ちょっと休憩をしよう」
 二人の返事も聞かず、和彦はアイスクリーム店に突入する。
 気温も高めということもあって、客が多いのもう頷ける。少し列に並ぶことになったが、無事にアイスクリームを買うと、休憩スペースに移動して腰を落ち着ける。基本的に無表情の加藤はともかく、小野寺はなんとも不本意そうな顔をしている。
「――佐伯先生、俺たちをからかって楽しんでます?」
 チョコレートミント味のアイスクリームを一口食べた小野寺が問いかけてくる。ちなみに加藤はコーヒー味だ。
「ぼくはそんなに性悪じゃない。つき合ってもらったささやかなお礼のつもりだ。ぼくも食べたかったし」
「俺も性悪じゃないです。……男三人並んでアイスを食うって……」
「ぼくが一人で食べて、君らが側でじっと眺めているほうが、周りから注目を浴びると思うぞ」
 不承不承といった様子で小野寺はもう一口食べる。和彦は抹茶味のアイスクリームをスプーンで掬いながら、そんな小野寺を観察する。自分のペースを乱されるのが嫌なタイプなのだろうと察していた。誰からも庇護される立場にある和彦に振り回されるのは、気に食わないといったところか。
 それでも敬語は使ってくれるし、護衛の任務は果たしているので、不満はない。アイスクリームぐらいいくらでも奢ってやれる。
 和彦は顔を背けて、ふふっ、と笑い声を洩らす。自分はずいぶん性悪だと思ったのだ。目が合った加藤が物言いたげな素振りを見せたところで、和彦のスマートフォンが鳴った。
「どうかしたのか、君からかけてくるなんて」
『先生、大丈夫ですか?』
 電話の相手は中嶋だった。いきなりそう問われて面食らっていると、また加藤と目が合う。
 小野寺は南郷に、加藤は中嶋に。しっかり報告をしていたのだ。
「ぼく自身は危ない目に遭ったわけじゃないし、正直、何が起こったのかもまだわかってない」
『そんな感じの声ですね。まあ、先生らしいというか……。――今どこにいるんですか? うちの若い番犬二人を引き連れて移動してるらしいですけど』
 隠すことでもないため、三人でアイスクリームを食べていると正直に告げると、電話の向こうで中嶋が声を上げて笑う。
『知ってましたけど、先生、猛獣使いの才能ありすぎですよ』
 ひとしきり笑ったあと中嶋は本題に入った。
『――先生、これから会えませんか』
「急用か?」
『まあ、そう言えなくもないです。タイミングとしては今が最適だと思うので』
 加藤と小野寺がじっとこちらを見ていた。危機感というほどではないが、背に落ち着かないものを感じる。彼らは何かを知っているのだと直感した。そして和彦は、その直感を無視できない。
「わかった。会おう」

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