婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

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26 天秤にはかけられない(ラウル視点)

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 走りながら、俺は考えた。
 呪いが発動するきっかけが、婚約の誓約書へのサインだということは、対象は「アリス殿の婚約者」なのだろう。俺個人を狙ったものではない。

 二人の破局を狙う意味とは、何だ。
 ギルツ家に聞けば、教えてもらえるだろうか。

(誰がこんなことを)

 呪った本人も、ただでは済まないのに。
 それが気がかりだった。

 呪いの根源は、強烈な憎悪だ。そんな劇薬に等しい感情を継続させるなんて、呪っている者は相当苦しいはずだ。
 
 確かに、理不尽な扱いを受けたり、暴力的な行為を受けたりしたとき、相手をころしたいほど憎んだり、しを望んだりするのは理解できる。

 ただ、そればかりに囚われて人生を棒に振るのは、あまりにも惜しい。

(……どうしたら、救える)

 心の整理に時間はかかるだろうが、呪いに使うパワーを、自分が幸せになるために使えないだろうか。勉強、仕事、趣味、恋愛、何でもいいから没頭して、輝かしく生きる道を選んでもいいではないか。

(……いや、そんなに簡単な話ではないな)

 自分のされたことなら耐えられるが、身内を傷付けられたり、愛する人の命を奪われたりしても、俺は同じ事が言えるだろうか。

(無理だ。きっと、この世の全てを呪うだろう)

 アリス殿に何かあったら、俺は正気ではいられない。人は、容易たやすく魔に落ちるのかもしれないと思った。

 平日の昼間だというのに、街には多くの男たちが行き来している。敗者復活戦を聞きつけて、アリス殿を探しにやって来たのだろう。今のところは遠巻きに見ているだけだが、いつタガが外れるか分からない。警戒しなくては。

(何だ?)

 ある店の周りに、人集ひとだかりが出来ていた。「ここに入ったよな?」「大丈夫かな~」と心配する声が聞こえてきて、足を止めた。

(まさか、アリス殿のことか?)

 近付いてみると、明らかに怪しげな店だ。あんな所に一人で入るなど、よほど追い詰められていたのだろう。人の間をすり抜けて店へ近付くと、少年が飛び出してきた。その子の声を聞いて、アリス殿だと気付く。

(変装したのか!?)

 それだけでも驚きだが、なぜか柄の悪い男たちに追われていたので、細かいことを考えるのをやめた。

(とにかく、助けなくては!)

 懸命に追いかけ、何とかゴロツキどもを倒したのだが、最後の最後で、彼女は俺の手をすり抜けて行ってしまう。そこに、レオンがいたからだ。

(いや、レオンのせいではない)

 彼女をとるか、仕事を取るかの選択を迫られたとき、迷わずにアリス殿を選べない自分がいた。

 俺は決して、彼女を軽んじたわけではない。
 特別な存在だと、心から言える。
 ただ、奴らは放置してはならない相手だった。
 
 騎士団と自警団が、長年に渡り追いかけてきたターゲットであり、友の敵だから。

*~*~*~*~

 クロードは、いい奴だった。
 不幸な生い立ちにも負けず、必死に教養を身に付け、真面目に働いていた。

 それなのに、悪友によって、クスリの沼へ引きり込まれたのだ。

 魔薬の副作用による、幻覚や妄想に悩まされていたクロードは、仕事を失い、ひどく荒れていた。たまたま俺が発見して病院に連れて行ったが、あのまま魔薬を続けていたら、命はなかっただろう。

 積み重ねてきた信頼と、コツコツと貯めてきた金、そして、健康な体をクロードは失った。

(今は、どうしているだろうか)

 元の体には戻らないが、回復させることは可能だと医師は言った。だから、俺は希望を捨てない。また、共に笑える日が来ることを祈っている。

*~*~*~*~

 クロードだけではなく、前途有望な若者が被害に遭っている。何とかして捕まえたいのに、なかなか成果をあげられなかった。

(そいつらが、今、手の届くところにいる)

 奴らを放っておいたら、これからも犠牲に遭う若者が出るだろう。逃したら取り返しがつかない。

 その僅かな迷いが命取りとなり、レオンは彼女を連れて行ってしまった。

(待ってくれ! 俺は何も伝えていない!)

 慌てた俺は、去りゆく背中に向かい、叫んだ。

「傷付けてすまなかった! 許してくれ! せめて、話をさせて欲しい! このまま終わりたくない!」

 しかし、時すでに遅く、アリス殿は二度と振り返ることはなかった。呆然と立ち尽くしていると、ふいに、彼女がレオンの首に腕を回す。

(……彼には出来るのか)

 その衝撃は、俺を打ちのめした。
 目の前がにじんで、何も見えない。

 二人の距離が近いことを思い知った俺は、絶望して膝から崩れ落ちたのだった。
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