4番目の許婚候補

富樫 聖夜

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2巻

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   第1話 4番目の許婚候補と上司の関係


上条かみじょうさん、すまないが教育事業本部に行って、この資料の最新版を貸りてきてくれないか。データが更新されていると思うから、確認しておきたいんだ」

 仁科にしな係長がそう声をかけてきたのは、プレゼン資料作成のために残業している時だった。

「はい。分かりました」

 就業時間中からずっとパソコンと格闘していた私は、気分転換したかったこともあって、二つ返事で一つ下の階のフロアに向かった。


 私――上条まなみは、このSAEKI情報システム株式会社の新事業推進統括本部という部署に所属している入社二年目の平社員だ。企業調査チームに所属しつつ、部内の秘書業務の補佐もしている。二足のわらじ……というと、さも有能そうに聞こえるかもしれないが、要するに雑用係のようなポジションだ。
 それもこれも、すべては先ほど私にお遣いを命じたうるわしの上司――仁科彰人あきひと係長のお達しによるもの。
 係長は私より四歳年上の二十七歳。社員の多いこの会社で、入社五年目にして係長に昇進した切れ者だ。頭脳明晰ずのうめいせきなだけでなく端整な顔立ちと色気のある声、そして非常に柔和な性格でもって女性社員に絶大な人気を誇っている。おまけに存在感も半端なくて、男性でさえ目を向けずにいられない何か――多分カリスマ性とか呼ばれるものも兼ね備えている、高スペックな人なのだ。
 ……本当はそれだけじゃない。実は係長はこの会社を含めた巨大企業、佐伯さえきグループの御曹司でもある。
 彼の本当の名前は佐伯彰人。グループを統括している佐伯会長兼社長の一人息子だ。
 でもそれは公にはしていない。お母様方の姓の仁科を名乗って、御曹司であることは隠してこの会社に勤めているから。だから同じ部署で働くみんなも、目の前の人が御曹司ということは知らない。知っているのはおそらくごくわずかで、私と……確認はしてないけど係長の友人で私の直属の上司でもある田中たなか主任くらいだろう。
 え? どうして平社員の私がそんな重要なことを知っているかって?
 ……実は私にも、ほんのちょっと秘密がある。佐伯家と並ぶ大企業一族、三条さんじょう家の一員だったりするのだ。
 現在、その三条家と佐伯家の間に縁談話が持ち上がっている。何でも昔からの約束で佐伯家の孫息子、つまり係長に三条家の孫娘のうちの誰かが嫁がなければならないらしい。
 三条家の血を引く孫娘は全部で四人。まいちゃん、真綾まあやちゃん、真央まおちゃん、そして私だ。曲がりなりにも候補の一人なので、私も佐伯彰人さんのことを知らされているというわけ。
 言っておくけど、私はお嬢様じゃない。確かに母方の祖父は三条家当主で、私もその孫娘に当たるけど、私の父親は中小企業に勤める普通のサラリーマンだ。家も豪邸じゃなくて郊外の一軒家だし、お嬢様学校に通ったこともない。従姉妹いとこたちとは違い庶民街道を驀進ばくしんしている。
 そんな私が佐伯家御曹司の許婚いいなずけ候補筆頭に選ばれるわけもなく、もちろん最後の最後の四番手だろう。実際係長の許婚筆頭として名前が挙げられているのは、お祖父ちゃんの内孫である従姉いとこの舞ちゃん――三条舞だ。
 従って係長は私の存在を知らない。部下が自分の四番目の許婚候補だなんて、きっと夢にも思ってないだろう。
 でもそれでいい。私の前に三人も完璧な美女がいるのに、庶民&容姿も十人並の私に、よもや許婚のおはちが回ってくるはずもないのだから。
 尊敬できる上司で従姉いとこの許婚。将来親戚になるかもしれない人。だから特別で、ちょっと気になってしまう人。私にとって係長はそんな人だ。……だよね?


 教育事業本部からフロアに戻った私は、小走りで仁科係長の席に直行した。

「駄目でした、係長。定時で上がって誰もいませんでした」

 係長は私の報告を聞いて軽く目を見張った。

「そうか。無駄足を踏ませて悪かったね。それにしても誰も残ってないとは珍しい」
「ええ、いつもなら誰かしら残業しているんですけど……。タイムカードを確認したら、みんなすでに上がっちゃっていました」

 私は苦笑いした。
 そうなのだ。終業時間を過ぎているとはいえ、誰かしらいるかと思って行ってみたら、電気もすでに落とされ、もぬけの殻だった。

「ああ、今日、教育事業本部の女の子たちは飲み会なんですよ」

 同じく残業中だった先輩社員の水沢みずさわさんが、私たちの会話を聞いて言った。

「だから今日は絶対残業しないって言ってました」
「飲み会?」

 私と係長がハモる。

「そう。提携会社の独身男性たちとね」

 にんまりと笑いながら水沢さんは答える。私は彼女の表情を見て、その飲み会が何であるかピンと来た。それは係長も同じだったようで、苦笑しながら言った。

「合コンか」
「その通り」

 水沢さんは情報通だ。どこから聞いてくるんだか、他所よその課のことまでよく知っている。

「なかなか男前の社員が多いとかで、みんな大ハリキリ。会社にいる時は仁科係長にキャーキャー言ってるのにゲンキンなものね」

 うちの部署と行き来の多い教育事業本部の女性社員は、既婚者を除いてほぼ全員が係長のファンで、係長が顔を出すたびに黄色い声を上げていた。
 おかげでうちの部の用事は最優先でやってもらえるという利点があるけど「仁科係長の近くで働けるなんてうらやましい」と、うらみがましく言われることもしばしばだった。

「合コンが成功して恋人ができれば、係長への黄色い声援も、少しは収まるかもしれませんねー」

 そう言う私に水沢さんは、ちょっとあきれた顔で言った。

「他人事ね、上条ちゃんったら。恋人がいないのは上条ちゃんも同じでしょ。なのに合コンの誘いも片っ端から断っちゃうんだもの。誘われているうちが華なのに」

 どうやら話の矛先ほこさきが私の方に向いてしまったようだ。多方面に顔が利く水沢さん経由で合コンに誘われることも多いけど、合コンが嫌いな我が部署のアイドル・川西かわにしさんや私は、断ってばかりいるのでちょっとご不満なのだ。
 だけど私には断らなきゃならない大きな理由がある。

「いえ、でも私、合コンは……」
「行けないんだよね」

 それまで無言で私たちの話を聞いていた係長が不意に言った。え? と思って振り向くと、微笑みを浮かべた係長に出くわす。

「上条さんは門限があるから。だよね?」

 私が言おうとしていたことを、先んじて言ってくれた。
 門限。実は私には門限がある。
 それは一人暮らしを許してもらう条件として、過保護な従兄弟いとこたちから出されたもの。一年間、夜の十一時という門限を守ることができたら、一人暮らしを許してもらえるのだ。
 私が一人暮らしするのに、どうして両親じゃなくて従兄弟いとこの許可が必要なのかというツッコミは、心にとどめて頂きたい。「約束を守れなかったら妨害する」と公言されている以上、従兄弟いとこの二人に認めさせなければ実現しないのだから仕方ない。
 そんなわけで私はこの一年、人付き合いを犠牲にして門限を守り続けていた。そのため、飲み会や合コンに行っても、最後までは参加できない。なぜなら、私の実家は飲み会などの会場になる都市部から遠いからだ。というわけで、この半年余りで参加したのって、事情を知っている部署内での打ち上げくらい。それほど数が多くない合コンの誘いは、片っ端から断っている。
 だから係長が言っていることは正しい。……正しいのだけど。でも私は内心冷や汗ものだった。

「上条さん?」
「あ、ええ、そうです」

 怪訝けげんそうな係長の声に私は慌ててうなずく。

「門限があるから途中で抜けなくちゃならないんですけど、合コンは途中で抜けると場を白けさせますからね。だったら最初から行かない方がいいんです」
「ほら、そういうわけだから、仕方ないんだ。無理強むりじいはしちゃ駄目だよ、水沢さん」

 係長は私の言葉になぜか満足そうに微笑んで言った。

「さて、合コンの話はそこまでだ。さっさと残業を終わらせよう。上条さん、すまないがプレゼン資料は前のものを使ってある程度の形を整えてくれ。最新の情報は、教育事業本部の課長にメールでもらえるよう頼んでおくから、明日確認しよう」
「はい。分かりました」

 私は気もそぞろだったけれど、努めて真面目な顔を作ってうなずき、席に戻った。
 門限のせいで、合コンには大抵行かない。それは正しい。他にも理由はあるけど、係長が言った通り、それが断る大きな理由の一つだ。
 だけど、心の中は「あちゃー」という気分だった。昨日の今日で、係長のこの断言はいたたまれない。
 なぜなら昨夜、明日の金曜日に合コンに参加すると約束したばかりだから。



   第2話 花の金曜日と合コン


『ねぇ、まなみちゃん、合コン行かない?』

 従妹いとこの真央ちゃん――瀬尾せお真央からそんな電話が掛かってきたのは、昨日の夜のことだった。

『明後日の金曜日、合コンに行く予定なんだけど、友達がインフルエンザにかかって行けなくなっちゃったの。でも人数合わせのこともあるし、穴を空けたくないのよね』
「あのさ、真央ちゃんの行く合コンって学生ばっかりでしょう?」

 合コンは、立場を同じくする者同士で集まる方が楽しいものだよね? 社会人には社会人。学生には学生。私は曲がりなりにも一応社会人だ。年下ばっかりだろうし、学生と話が合うとは思えない。
 ――真央ちゃんは私より一歳年下だ。今年の春に大学を卒業したのだけど、まだ学生でいたいと大学院に進学を決めた。
「まだいっぱい描きたいのに、社会人になっちゃうと時間がなくなりそうだから」とか何とか言って。
 ……描きたいものって、BLの同人誌でしょうが! と思わずツッコんだけど、それを分かっていながら瀬尾の伯父さんも伯母さんも許しちゃうんだもの。娘に甘いよ。甘すぎるよ!
 もちろん親戚とはいえ、人様の家庭の方針に口を出すべきではないし、そんな理由で院への進学が許される余裕がある家だということも分かってはいるけど。
 とにかく、一歳違いとはいえ、学生の真央ちゃんが行く合コンと言ったら当然学生同士の合コンだ。

「社会人が乱入したらきょうざめじゃないの? 私は真央ちゃんの大学のOGってわけでもないしさ」
『平気、平気。院生も来るから結構年齢にばらつきがあるし、違和感ないと思うよ。まなみちゃんは童顔だしさ。それに人数合わせなんだから、無理におしゃべりする必要もないよ』
「でも私、門限あるから遅くまではいられないよ?」
『分かってる。私もそんなに遅くまでいるつもりないから、途中で二人で抜けちゃおうよ。……ねぇ、お願い、付き合って! 誰も捕まらなくてさぁ。まなみちゃん、最近は仕事もそれほど忙しくないって言ってたから大丈夫でしょ?』
「確かに急な仕事が入らなければ、定時で上がれると思うけど……」
『私を助けると思って、お願い!』

 電話の向こうで「お願い」を連発されて、私はため息混じりに合コンに参加することになったのだった――


 そして今日は金曜日。正直に言えば合コンはあまり行きたくないので、残業でもあればそれを口実に断っていただろう。係長に「門限があるから合コンなんて行かないよね」と断言された今は、なおさらだ。
 だけどあいにく、今日はあまり忙しくなかった。プレゼン資料の準備も午前中で終わらせてしまい、予定通り残業もなし。そして間もなく終業時間を迎える。
 結局、定時きっかりに上がれちゃった私は、真央ちゃんとの待ち合わせの場所にしぶしぶと向かった。


 合コンは、大学生の頃に何度か行ったことがある。社会人になっても付き合いで数回くらいは行った。でも一番多く誘われたのは大学一年生の時。当時私は男の人がそばにいることすら慣れてない時期で、結果は散々。話しかけられるたびにビクビクしているような女と知り合いになりたがる男なんている? 容姿がよければ誰かの目に留まったかもしれないけど、お世辞にも美人とはいえない私に、積極的に話しかけてくる人もいなくて――いてもまともに話せなかっただろうけど――隅っこの方でチビチビとジュースを飲んでいるだけだった。
 さすがに数年経つと、男の子の近くに寄ってもビクついたり話しかけられて顔が赤くなることもなくなったけど、その頃には合コンに誘われることが少なくなっていた。友人たちも、合コンが苦手な私に気を遣ってくれていたみたい。だからそれからは、ちょうど今日のように人数が足りない時に、拝み倒されて参加するだけ。
 そんな時も私は、別に彼氏が欲しいとか思ってなかったから、積極的に会話をする気にもなれずに、またもや隅っこでお酒を飲んでいた。ちっとも楽しくなかった。
 それに、合コンに参加すると、やたらと従兄弟いとことおる兄さんとりょうがうるさかったのも敬遠するようになった一因だ。
 合コンのことをどっからか聞きつけて――情報源は私のお父さんかお母さんだと思われる――電話で説教するわ、お祖父ちゃんの家で顔を合わせれば「若い男の下半身事情」なるものを延々と聞かされるわで、うんざりさせられた。
 長年の女子校生活によりわずらった男性恐怖症が治ったところだったのに、今度は男性嫌悪症にさせるつもりなのかと疑ったくらいだ。
 でも、あいにくと「若い男の下半身事情」には多少の知識があったので、笑い飛ばしたけど。
 まったく、女子校を舐めないでもらいたい。共学より男女の性事情があけすけなんだからねっ! 男の目がないのをいいことに、彼氏との性行為を教室で赤裸々にぶちまける人もいるのだ。下手だの早漏だのという感想付きでね!
 ――って言ったら、すごく怒られた。
 自分たちは平気で私に聞かせるのに、他の人が私にそれを教えるのは駄目なんて、どこまで心が狭いんだろう。男って勝手だ。……いや、勝手なのはあの二人だけなのかもしれないけど。
 ともあれ私の身近にいる若い男性はあの二人だけなので、どうしても判断基準になるわけですよ。
 そんな風に色々見たり聞いたりしてるうちに、彼氏とか別にいなくていいか、と思うようになった。
 だって、下手に過保護な男が増えたりしたら困るし、彼氏ができたらできたで、あの二人がどういう反応を示すか想像するだけでうんざり。とても彼氏を作る気にはなれない。
 これって多分、従姉妹いとこ全員に共通する思いなのではないかと思う。だから二十六歳になる真綾ちゃん以下、誰も恋人がいないのだ。
 私たちが恋人を作るには、あの二人と面と向かってやり合う気力と語彙ごい力と気迫が必要だけど、そんな風に情熱を傾けるに値する人には出会えてないということなんだろう。今後、会えるかどうかもわからない。あの二人に対抗できるような人が、私なんかを好きになってくれるとは思えないから。


「あ、まなみちゃん、こっち!」

 待ち合わせの駅の改札口で真央ちゃんに声をかけられる。

「今日はありがとうね!」

 七分袖の淡いピンクのワンピースを着た真央ちゃんは、とても美人でかわいらしく見えた。それにひきかえ、仕事場から直行した私はいつものように地味なブラウス&スカート姿だ。
 うちの会社、男はスーツ着用で、女性はビジネスカジュアルの私服が指定だから、制服のある会社のようにアフターファイブ向けの服を着ていくわけにはいかない。ジャケットを着用したりスーツを着たりして仕事する女の人も多い中、華美な服装などできるはずもなく、できたのはせいぜいフリル付きのブラウスを選ぶことくらい。
 私だって大学の時の合コンには、もうちょっとオシャレな服着て行ってたんだけどな……。真央ちゃんの服装との違いにいささかヘコんだ私だったけど、その考えを振り払った。
 いや、今日は壁の花になるだけだ。相手を捜すつもりはないし、適当なところで帰るからこれでいいんだ、これで。

「まなみちゃん、どうしたの?」

 合コンの会場である居酒屋に向かいながら、こぶしをぎゅっと握って心の中で自分に言い聞かせている私に、真央ちゃんが怪訝けげんそうに尋ねてくる。おおっと、思いっきり挙動不審ふしんでしたか。

「ううん、なんでもない。ところで、この合コンについて透兄さんと涼にはバレてないのよね?」
「もちろんよ。お父さんやお母さんはもちろん、家族の誰にも合コンのことは言ってないもん。今日、私はまなみちゃんと夕飯を食べることになってるし、友達にも口止めしておいたから、バレる要素なし!」

 バッチリよ! と親指を立てる真央ちゃん。ちなみに口裏合わせとして、私も両親には真央ちゃんと食事する予定だと言ってある。
 だから私の親の口から、あの二人にバレる心配はないと思うのだけど。でも……

「うーん。とはいえ、とにかく用心しようね……」

 ……この時、私と真央ちゃんは、うっかり失念してたのだ。
 普段のあの過保護な従兄弟いとこどもの私たちに関する情報の早さを考えれば、他のルートから合コンのことがバレる可能性もあるということを――


 遅れたつもりはなかったけど、どうやら私たちが着いたのは最後の方だったらしい。
 居酒屋の座敷席の長いテーブルを挟んで二十人近い男女が座っていて、順に詰めていったのか、いている席は出入り口に近いところだけだった。
 人数合わせ要員だからと一番端の席に陣取ると、私はおしぼりで手を拭きながら視線を転じて合コン参加者の面々を観察した。
 真央ちゃんの言うとおり、院生もいるらしくて明らかに私より年上っぽい男女が混じっている。
 私は内心ホッとしたものの、やはり院生であっても学生特有の雰囲気があり、どうしても場違い感をぬぐうことができなかった。
 それにしても、気になるのは私の向かいの席が一つだけポツンと空いていること。男性側で誰か不参加者が出たのかもしれない。
 あれ? てことは私、参加する必要なかった?
 それが気になったのは真央ちゃんも同じのようで、向かいに座っている幹事らしき男の人に尋ねている。

「男の方一人、誰かドタキャンしたの? 遅れているだけ?」
「いや~、実は一人具合悪くてこれないヤツがいてさ。あ、でも副幹事の知り合いが急遽きゅうきょ一人来ることになったから心配はいらないよ」

 と、彼は答えた。幹事の人もその隣に座っている副幹事の人も、真央ちゃんと同じゼミを取っていて知り合いらしい。年のころも真央ちゃんと同じくらいに見える。

「少し遅れてくるそうだから、気にしないで先に飲み物を注文しててくれ」

 幹事の男性はそう言うと、近くにあったメニュー表を渡してくれた。私はそれを眺めながら、真央ちゃんに耳打ちする。

「男性側も来れない人がいたなら、私が来ることなかったんじゃ……?」
「ドタキャンだっていうし、代わりの人が来るんだから、やっぱりまなみちゃんに来てもらってよかったんだよ」
「そうかなぁ……。門限あって遅くまでいられないんじゃ、かえって迷惑かける気がするんだけど」
「途中で抜ける人も結構いるみたいだよ。合コン好きの友達によると、途中でお持ち帰りされちゃったり、しちゃったりする場合もあるらしい」

 その言葉に私はちょっとだけショックを受ける。

「お持ち帰りって……。合コンって携帯番号とかメルアド交換するだけじゃないんだ……」
「いや、大部分はそんな感じだと思うけど、出会ってすぐに意気投合しちゃったら、その過程をすっ飛ばすこともあるみたい」
「すっ飛ばしすぎじゃ!」
「どっちにしろ、私たちには縁のない話だね。お持ち帰りなんかされたら、透お兄ちゃんと涼にそいつが抹殺まっさつされること請け合いだし」

 なんてことをこそこそ話していると、急に女性陣のざわめきが耳に飛び込んできた。――と、ほぼ同時に男性の声が届く。

「遅れてすみません。お待たせしました」

 どうやら最後の一人が到着したらしい。でも、私と真央ちゃんはその声を聞くと同時に、口を開けて固まった。
 お互いの顔を見合わせると、そこに浮かんでいる思いは、まったく同じもののようだった。
 ――まさか。
 ――いや、でもそんなまさか、あいつが?

「車を停めるところを探していたので、遅くなってしまいました」

 聞き覚えのある声が、いや、非常によく知っている声が辺りに響く。
 こんなところでは絶対聞きたくなかった、声。
 ――絶対会いたくなかった、人物。
 自分の顔がさぁーっと青ざめるのが分かった。警戒レベルは一気にMAXへ。
 目の前の真央ちゃんの顔も、すっかり血の気を失っている。
 私の体も、凍りついて動かない。かろうじて視界の端で、遅れてきた人物が私の向かいの席に腰を下ろすのを認めた。
 こ、これは悪夢……? い、いや、よく似ている声の人っていう可能性も……
 確かめたくないけど、確かめずにはいられない。
 私はギギギとびついたロボットのようなぎこちない動作で、無理矢理首を向かいの男の方に向けた。そして向けた直後、一〇〇%後悔した。
 無駄に整った顔の男が、うっすらと笑みを浮かべて私たちを眺めていた。私と目が合うと、にこっと笑みを深める。
 黒いものが見え隠れする笑顔を向けながら、その人は言った。

「どうぞ、よろしく」

 ――瀬尾涼。
 真央ちゃんの弟。そして私の過保護な従弟いとこ
 ……やっぱり悪夢だ。
「よろしく」と言った彼の言葉が、まったく別の意味に聞こえたのは、私の気のせいじゃないと思う。


 かくして、合コンが始まった。
 楽しげな男女の笑い声。乾杯のグラスを合わせる音。料理を取り分けたり、飲み物を注文している声が響く。
 そんな中、私と真央ちゃんの席だけは、まるでお通夜のようだった。お互い無言でチビチビとお酒を口にしているだけ。
 原因はもちろん、私の向かいの席に座っているヤツ、従弟いとこの涼のせいだ。

「なんであんたがこんな所にいるのよっ?」

 涼の登場直後、何とか衝撃から立ち直った真央ちゃんが小声で詰問きつもんすると、それはそれは黒いオーラがダダ漏れの綺麗な笑みを浮かべて言ったのだ。

「それはこっちの台詞じゃないのかな? 確か、二人で夕食をとるという話じゃなかった?」

 口裏を合わせて家族にそう言ってきた私たちは、うっと言葉に詰まった。

「真央、まなみ。……あとで二人に話があるから逃げないようにね? それまでは合コンを楽しむといいよ」

 ……なあんて、にっこり笑って言い渡されて楽しめますか!? 合コンを楽しめだなんて、これっぽっちも思ってないくせに!
 私と真央ちゃんが暗い気分になったのは言うまでもない。
 だから、テーブルの端から順に自己紹介していくことになった時も、私と真央ちゃんはお通夜真っ最中で、

「瀬尾真央です……よろしくお願いします」
「上条まなみです……真央ちゃんに連れられてきました。よろしくです……」

 と言うことしかできなかった。でもこれは仕方ないことだと思うの。
 ちなみに涼の自己紹介は軽めで「瀬尾涼です。友人に誘われて急遽きゅうきょ出席することになりました」と言っただけだ。そのため、他の女性陣の興味を誘って、あちこちから質問の声が上がっていた。

「――ええ、大学四年生です」
「――学部ですか? 経営学部です」
「――就職先は、おかげさまでもう決まってます」

 とか、私と真央ちゃんを憂鬱ゆううつにさせておいて、その原因を作ったヤツは外面の良さを発揮して女性陣とにこやかに話している。


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