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2巻
2-3
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やっぱり破局かなぁ……
彼にしては珍しく半年も持ったのに、禁句である「結婚」の二文字を彼女が言ってしまったのだろうか。
恋愛に疎い私の目にも、岡島さんが係長に未練があるのはまる分かりなのに。ほら、今だって岡島さんは係長を見ている。強張った笑顔で、どこか必死の目で。
なのに、そのすべてを係長はシャットアウトしている。……そんな風に見えた。
「ところで君たちは大丈夫? ここは歓楽街だから、店先とはいえ女の子二人でいるのはよくないと思うけど。ナンパや酒に酔った奴に絡まれるかも……」
「い、いえ、大丈夫です! 従弟が駐車場に車を取りに行ってるのを待っているだけですから!」
私は慌てて言った。私たちに気を遣った係長が「車が来るまで護衛代わりに傍にいよう」とか言い出さないとも限らない。何か安心させるようなことを言わなければ!
「もうすぐ来ますから平気です! 係長こそ彼女を待たせちゃ悪いですよ」
というか、涼が来る前に早く去って下さい!
「そうか。それじゃ行くけど、くれぐれも気をつけるように。ナンパされても無視するんだよ?」
にっこり笑って忠告した係長は手を伸ばし、あろうことか私の頭をくしゃっと撫でた。真央ちゃんの目の前で、恋人である岡島さんの目の前で!
真央ちゃんと岡島さんはその光景に目を見開いていた。直後、岡島さんの顔が歪んだような気がするけど、あいにく係長に抗議しようと彼を見上げた私には、確認することができなかった。
「か、係長、こんな往来でいきなり何するんですか」
乱れた髪の毛を手で整えながら睨みつける。けれど係長はちっとも悪びれず笑った。
「つい癖が出て。上条さんの頭、ちょうど撫でやすい位置にあるからね、つい……」
確かに私の頭は係長の胸の位置。手を伸ばせば撫でやすい位置なのは否定しない。けれど、社外でまで「つい」と言って頭を撫でられるのは反応に困る。
「係長……私、子供じゃないんですけど……」
「子供だなんて思ってないよ。大事なペ……部下だと思ってる」
うわ。今、ペットと言おうとしたよ、この人!
ふたたび恨みがましく睨みつけると、仁科係長はクスッと笑った。どうやら、からかわれたらしい。頭を撫でたのも、そのからかいの一環だったのか。
「じゃ、また来週ね。上条さんと従妹の…ええと瀬尾さんも。うちの会社の男性社員も、なかなかいいのが揃っているから、合コンの機会があればぜひ」
係長は真央ちゃんに向かって実に爽やかにソツなく、でも私にとっては心臓に悪いことを言った。
お願いしますから、社交辞令でもそんなこと言わないで下さいぃぃ。真央ちゃんをうちの会社の合コンなんかに連れて行ったら、私が透兄さんと涼に殺される!
私が顔を引きつらせている横で、何も気付いていない真央ちゃんは満面の笑みを浮かべて言った。
「わぁ、ありがとうございます。過保護な弟と従兄の息がかかった人のいない合コンなら、ぜひ参加したいです!」
ま、真央ちゃーーーん!!
私は声にならない悲鳴をあげた。
真央ちゃんの返事を聞いて、係長はちょっと驚いたように瞬きする。
「弟さん、過保護なんだ」
「はい。弟と従兄のダブルパンチで。今日の合コンも、私たちに内緒でいきなり参加した挙句、途中で切り上げさせられたんですよ」
「はは、それは大変だ。でもこんな美人揃いの親戚がいたら、弟さんが心配するのも分かる気がするけど」
「過剰なんです」
汗ダラダラで心臓バクバクのまま固まる私の横で、ギリギリな会話が交わされている。止めなきゃと思うものの、恐慌状態な今の私には「ひぃぃぃぃ」という奇声しか出せそうにない。
いや、いっそのこと奇声をあげた方がいいのかも。変人扱いされて、今すぐこの心臓に悪い会話を止められるかもしれないから。
背に腹はかえられないと息を吸い込んだところで――意外なところから助けの手が差し伸べられた。
「そもそも、まなみちゃんの門限だって奴らが条件つきで――」
「彰人さん」
真央ちゃんの言葉に、小さな、でもはっきりした岡島さんの声が重なった。
ハッとして岡島さんの方を見た私の視界の端に、今夜道端で声を掛けられて初めて、係長の視線が彼女に向けられるシーンが映った。
三人の視線を一身に集めた岡島さんは、相変わらず無理に作ったような笑みを美しい顔に貼りつけ、係長の顔を見上げていた。
「……私、先に帰りますね。送ってもらわなくてもタクシー乗り場は近いから大丈夫です」
「……いや」
係長は静かに首を横に振った。
「送っていくよ」
そう言った声も表情も淡々としていて、感情がまったく窺えなかった。でも、次に係長が振り向いて私たちに向けた表情は優しい笑顔だった――
「それじゃ、俺たちは先に失礼するから、気をつけて帰りなさい」
告げられる言葉も、優しい口調で優しい声で……その落差に何だか胸が疼いた。
痛みでもなく、喜びでもなく、考え込んだら涙が出てしまいそうになる想いに胸が詰まる。
「はい、係長。また来週」
答えた私の声は、ちょっと震えていたかもしれない。それに気付いたのか、そしてそれをどう思ったのかは分からないけれど、係長は私の横を通り抜ける直前、ふと腕を伸ばして私の額をコンッと軽く叩くと、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「酔っ払いやナンパに気をつけること。いいね?」
去っていく彼らを額に手を当てて見送る私の横で、真央ちゃんが能天気な声を上げる。
「かっこいい上司じゃないの、まなみちゃん! BLリーマンにはね、ああいう美形眼鏡エリートキャラは必須なんだよね~。いやぁ、生で見れるなんて! 眼福、眼福」
真央ちゃんが楽しそうに語る内容と、度重なる精神的ストレスから解放された安堵感やら何やらが一気に押し寄せ、私はその場に脱力してしゃがみ込んだ。
何かものすごい疲労感が……。でも、まぁ、とりあえず涼が来る前に係長に立ち去ってもらえた。秘密は守られた。……それだけでも良しとしよう。
「あれ? どしたの、まなみちゃん?」
「……力が抜けた」
「上司と喋るの、そんなに緊張したの? あ、もしかしてあの人、まなみちゃんの好きな人だったりする?」
「……違う」
差し伸べられた真央ちゃんの手を取って、よいしょと立ち上がった私は、深い深ーいため息をつきながら言った。
「真央ちゃん、今、係長と会ったことは涼には内緒ね」
「え? 何で? やっぱりまなみちゃんとあの人の間に何かあるの? ちょっといい雰囲気だったし……」
「何もありません! ……あの人、佐伯さんなの。例の舞ちゃんの許婚」
私の言葉を聞いた直後、真央ちゃんは目と口をポカーンと開けた。
「え――!?」
仰天する真央ちゃんに、私は恨みがましく言った。
「彼が例の『佐伯彰人さん』。会社では仁科姓を使ってるから、佐伯とは名乗らなかったけど。もう、何で真央ちゃんってば気付かないの? 釣書の写真見なかったの?」
ビックリ眼のまま首をブンブン横に振る真央ちゃん。
「いや、見たよ、見たけど。一回だけだったし、写真は眼鏡かけてなかったし、髪形違ってたから……って、えええ!? あの人が佐伯彰人さんなのっ?」
「あの眼鏡と髪型は変装用みたい。前に残業中、眼鏡なしで書類を見ているところを目撃したことがあるから、伊達眼鏡なんだと思う」
「なんだ。残念。伊達眼鏡は邪道よ!」
「はぁ?」
「ううん、好みの話。……そっかあ、あの人が例の許婚か。どうせ私にまで順番が回ってくることはないと思って、あまりよく釣書を見てなかったんだよね。美形で攻キャラだなとは思ったんだけど」
「そ、そう」
なんでそう思考がBL的なんだとツッコみたい。そんな私の隣で真央ちゃんは自分が係長とどんな話をしたのか思い出したのか、ちょっと顔をしかめた。
「ごめんね、まなみちゃん。私、知らなくてぺらぺらしゃべった気がする」
「気がするんじゃなくて思いっきりしゃべってたよ! もう、透兄さんと涼のこと言い始めた時は心臓が止まるかと……。名前は出なかったからよかったけどさ。すっごいギリギリな会話だった」
思い出すだけで冷や汗が出る。これ以上、無駄に係長の興味を引きたくない。
ただでさえペット扱いされてて、接近しちゃってる気がするのに……
「ごめんね。次会うことがあったら、気をつけてしゃべるから!」
いえ、個人的には三条家の人に係長と会って欲しくないのですが。……と思うのは、私の心が狭いのだろうか。
従姉妹たちは私の状況を理解してくれているから、涼と違って私に不利なことはしゃべらないと思う。でも前回の透兄さんが会社に来た時といい、こんなことが続くようなら私の心臓がもたないかもしれない。
そう思っていると、「そういえば」と係長と岡島さんが消えた方向を見つめて真央ちゃんが言った。
「佐伯さん、女連れだったよね?」
「あ、うん。岡島さんていって、取り引き先の会社で働いてるキャリアウーマンだよ。係長と付き合ってるらしい」
「ぬう。従妹としては面白くないけど、舞ちゃんは親の決めた許婚だから、そういうこともあるか。……でも、モテモテなんだろうね。あんな美形、女が放っておくわけないかー。いや男も……うんにゃ、なんでもないよ」
だからどうしてそう思考がBL的なのだろうか。呆れつつ真央ちゃんを見ていると、彼女は私のジト目に気付いて、慌てて話題を変えた。
「あー、でも、あの二人、暗雲が立ち込めてる感じだったよね!」
「あ、真央ちゃんも気付いたんだ」
「そりゃあね。あれだけ女性が顔引きつらせてたんだから、二人の間に何かあったのは一目瞭然でしょう。係長さんは彼女のほうを見もしなかったしさ。……それに、あの人、まなみちゃんと係長さんが話してる時、気味悪いくらい二人のことをじっと見つめてたよ」
「私と係長を? どうして?」
「仲良さそうだから嫉妬してたんじゃないの? なんかすごくいい雰囲気だったもの」
「え! そんな風に見えるの? 恋愛的な関係なんかじゃ、まったくないんだけど!」
例のペット扱いが、第三者からはそんな風に見えてるのだと知って、私は少しショックを受けた。
「係長さん、まなみちゃんを心配している……というか、ずいぶん可愛がってる印象だったよ。頭クシャッと撫でたり、額をペチッと叩いたり」
真央ちゃんの目がキラッと光る。楽しげに見えるのは気のせいか?
「ああいう美形眼鏡のエリートキャラはね、何とも思ってない人に対しては如才なく付き合うんだよね。きっと彼女とも、そうだったんだと思うの。だけど、まなみちゃんに接する時の係長さんはそんな風じゃなかったから、彼女は自分との態度の違いを見てショックを受けていたんじゃないかな」
「はぁ?」
私には、岡島さんがそんなことを思ってたようには感じられなかったんだけど。それって真央ちゃんの妄想なんじゃ……
やたらと生き生きした顔で主張されても信じられない。それに私同様に恋愛経験のない真央ちゃんのその手の知識は、すべてBLから得たものじゃないか。BLといえば男と男の世界だ。二次元と三次元の違いはこの際無視するとして、男女の恋愛にも当てはまるものだろうか。
「あんな短時間で、しかも暗い道端でそこまで見て取れるもの?」
「まなみちゃん、私の趣味は美形ウォッチングだよ! ただし透兄ちゃんと涼は除いてね!」
「……そう」
いえ、そんな堂々と腰に手を当てて主張されても困るんだけど?
自分も十分美形なくせに、趣味が美形ウォッチングときたもんだ。なんだか年を追うごとに真央ちゃんが遠い世界に行ってしまうよう……。一体どこまで行くのやら。
係長と岡島さんのことを頭の隅に追いやって、しばし目の前の従妹の将来を心配していると、車がやってきた。
涼の車――黒のホンダのアコード――が近付いてくる。
「真央ちゃん」
私は念を押すように言った。
「係長のことはナイショだからね。お願いね」
「了解。誰にも会わなかった、ということで」
話している間に、車は私たちの目の前に停まった。運転席のウィンドウが開き、涼が顔を出す。
「待たせてごめん。駐車場がちょっと遠かったんだ」
「別にいいよ」
合コンで散々煮え湯を飲まされたことを思い出したのか、真央ちゃんが途端に不機嫌そうな声を出す。だけどもちろん、涼にとっては姉の機嫌の悪さなんぞ知ったことではないらしく、完全にスルーだ。
「まなみを先に送り届けるから」
車に乗り込んで走り始めてから、涼が最初に言った言葉がそれ。合コンが終わっても、涼の機嫌の悪さは相変わらずのようだ。笑顔だけど目が笑ってなくて、黒いオーラがダダ漏れている。
車を取りに行ってる間に、多少は機嫌を直していると思っていたのに。
あー、こんな男と車という密室にいる時間は、少しでも短いほうがいい! 真央ちゃんには悪いけど、先に送り届けてもらうことになってホッとしていた。二人きりにならずに済んだから。
だけどそんな私の心を読んだように、運転席から涼の冷ややかな声がかかる。
「言っておくけど、これで終わりじゃないからね?」
ひ、ひええええ。
「透兄さんにはもう報告しておいたから。後日、今日のことについて話し合いの場を設けることにしたよ」
折りしも前方の信号機が赤に変わったところで、車を停止させた涼は後部座席の私たちを顧みて言った。にっこり笑顔とともに。
その言いようもない綺麗な――だけどとても黒い――笑顔を見て、私たちは縋るようにお互いの手を取り合った。
「今からうまい言い訳でも考えておくんだね。……でも、分かってはいると思うけど、逃げようだなんて思わないようにね? 無理だから」
ひえぇぇぇぇ。
新たな一難を、また呼び込んでしまったらしい。
――そんな気がする七月初旬のことだった。
第3話 お説教
「隠蔽工作してまで合コンに行くとはいい度胸だな」
合コン事件のあった翌週の日曜日。
涼の宣言通り、私と真央ちゃんは三条家に呼ばれ説教されていた。
ちなみに涼は今日、欠席だ。会社の送別会で渡す餞別を、別の同僚(もちろん男性ではない)と買いに行くことになってる舞ちゃんを送迎しているからだ。
だから、いつもは週末、三条家に来ているハズの舞ちゃんも今日はいない。舞ちゃんに会えないのは残念だけど、涼がいないのは正直なところ大助かりだ。透兄さん一人分の説教で済むから。
というわけで私たちは今、三条家の応接室にて透兄さんにネチネチ言われている真っ最中だ。
隠蔽工作――私たちに言わせれば口裏合わせ――をしてまで合コンに参加したことが、透兄さんの逆鱗に触れてしまったらしい。
過去の経験から分かるけど、素直に合コンに行くって言ってもあれこれ言うくせに。そう思ったけど、反論すると説教が長くなるから私たちは大人しく「はい」「はい」と返事するのみだ。
嘘をついて合コンに行ったことは悪かったよ? でも、透兄さんと涼に知られると、色々うるさく言われるって分かってたんだから仕方ないじゃない。
何か理不尽だ。
ってか、どうして合コンに行っちゃいけないの!?
「まなみ、不満そうな顔だな?」
おおっと、思ってることが顔に出ていたらしい。不機嫌そうに透兄さんが言った。
「べ、別に」
不満なんて……あるけど言ったら言ったでまたやっかいだ。そう思って口を噤んだのに、
「言いたいことがあるならちゃんと言え」
なんて、透兄さんが上から目線で言うものだから、ムッとした私は言いましたよ。ええ。
「何で合コンに行っちゃいけないの? 私たちもう成人してるし、自分のことは自分で責任取れるんだから、自由にさせてよ」
それに対しての透兄さんの答えがコレだ。
「合コンに行っちゃいけないなんて言ってない。合コンに行くために、隠蔽工作したことが気に食わないだけだ」
……なんて、ごもっともな意見だけど。確かに透兄さんも涼も、面と向かって合コンに行っちゃいけないとは言ってないけど。
でも、もろもろの態度がそう言ってるのですよ、透兄さん!
「――嘘つき」
不意に、小さいけれど鋭い声が投げかけられた。私たち三人はパッとその声の方を振り返る。
声の主は、少し離れたところでやり取りを聞いていた真綾ちゃんだった。
お祖父ちゃんに渡す書類があるとかで、私たちと一緒に三条家に来ていた彼女は、さっさと用事を済ませ、「いざとなったら味方してあげるから、透に負けるんじゃないわよ!」と頼もしい叱咤激励とともに応接室の端で見守ってくれていたのだ。
で、今まで何も口を挟まなかったけど、ここにきて透兄さんの言った何かにカチンときたらしい。
……いや、大体予想つくけど。
真綾ちゃんは座っていたソファからゆらりと立ち上がりながら言った。
「何が『隠蔽工作したことが気に食わない』よ。何が『合コンに行っちゃいけないなんて言ってない』よ。あんたたちの言動すべてが、合コンに行ったり異性と知り合ったりするのが気に入らないと暗に言ってるのよ!!」
ほらね。やっぱり我が従姉。同じこと考えてるし、ツッコむポイントも一緒だ。
けれど言われた当の本人は、眉をピクリとも動かさず腕組みしたまま冷たく言った。
「口を挟むな、真綾。今回のことはお前には関係ない」
そんな言葉を浴びせられたら、私なら縮み上がって何も言えない。でも真綾ちゃんは、さすがに従姉妹の中で一番透兄さんと付き合いが長いだけある。フンと鼻で笑って切り返した。
「真央とまなみちゃんの合コンのことだって、透と涼には関係ないことじゃない」
すごいなぁ、真綾ちゃん。これだけ透兄さんにはっきり言えるなんて。
感心している私たちをよそに、まだまだ言いたいことがあるらしく、真綾ちゃんはツカツカと近寄ってきて透兄さんの座っているソファの前に立った。
「『合コンに行くなとは言わない』。私が大学生の頃、何度聞いた台詞かしらね。そう言いつつ、透は毎回毎回卑怯な手を使って、人が合コンに行くのを阻止してくれたわよねぇ。たまに参加できても、その時はあんたの監視付きで、誰かと知り合うことなんてできなかった。まともに話すことさえ。それどころか――」
真綾ちゃんはグッと拳を握り締めた。
「そのうち周りの人が、私を合コンに誘うことすら許さなくなったよね。『瀬尾さんを誘うと三条さんに殺される』とか『三条さんに怒られるから、ごめんね』なんて理由を聞かされた日には、私は憤死するかと思ったわ! おまけに、あんたが大学を卒業したあとだって、あんたのシンパと思しき連中が学内で私に近寄る男の子を、思いっきり排除してたわよ。高校の時もそう! 高校の時だって、カリスマ生徒会長の誰かさんが『従妹に手を出すヤツは抹殺する』なんて宣言するから、男の子はビビッて声を掛けてもくれなかったし、女の子には恨まれるし! ……散々な学生生活だったわよ!!」
「ま、真綾ちゃん……」
私はあまりに悲惨な真綾ちゃんの学生時代の話に、涙を禁じ得なかった。
確かに真綾ちゃんは学生の頃、会えば透兄さんの悪口ばっかり言ってたけど……。こうして改めて聞くと壮絶だ。
私は学校が違ったし、ここまであからさまに妨害されることはなかった。合コンだってちゃんと行けたし……あとで文句は言われたけど。
そうか、同じ学校に通うとこうなってたのか……。背中にゾゾッと冷たいものが走る。
「お姉ちゃん、かわいそう……」
隣で真央ちゃんがつぶやくのが聞こえた。
だけど、真綾ちゃんの学生生活を悲惨にした張本人は、叫んだためにゼーハーしている従妹を目の前にしても平然としていた。
「言いたいのは、それだけか?」
……少しも悪いと思ってないような口調。
「言いたいことなんて、山ほどあるわよ!!」
またも激昂した真綾ちゃんだった。
「あんたと涼は、はっきり言って異常。どこの世界に親戚の子の合コンをあらゆる手段を使って妨害する従兄弟がいるっていうのよ!? あんたたちのせいで私たち、二十歳を過ぎても恋愛経験ゼロなままよ! いまだにヴァージンよ!」
ま、真綾ちゃーん! ヴァージンとか、透兄さん(仮にも男)に向かって言うべきことじゃないと思います!
まぁ、私たちに男性経験がないのは妨害しまくってる透兄さんが誰よりも知ってるはずだけど……
「別に処女でいいだろう? 何か不都合があるか?」
透兄さん……。そういう問題か、ってツッコんでいい? しかもサクッと処女って言った!
「〝女〟になりたいんだったら、将来の旦那にしてもらえばいいだろう」
「その将来の旦那と、いつ巡り会う機会があるっていうのよ!」
「いくらでも機会はあるだろうが。社交界のパーティーに、よく連れていってやってるじゃないか」
「あんたが傍につきっきりなのに、誰が声掛けてくるっていうの!」
……いつまで経っても平行線だわ、これは。
延々と同じような議論を繰り返しそうだと判断した私と真央ちゃんは、真綾ちゃんをなだめつつ、透兄さんから引き離すことにした。
「ほら、お姉ちゃん、これからショッピングに行く約束でしょう」
「そうそう。そしてシェフ推薦のスイーツ店の新作ケーキを食べる予定なんだよね。早く行こうよ!」
そう言って、真綾ちゃんの手を取って応接室を出ようとする。
べ、別に、二人が言い合いを始めてくれたおかげで、私たちへの説教がうやむやになって嬉んでるわけじゃないわよ?
アイコンタクトで真央ちゃんと「今がチャンス」とばかりに頷きあったなんてことは……ないわよ?
だから、応接室の扉の前で透兄さんに呼び止められて、
「まなみ、真央。今後、隠蔽工作なんてしたら……分かってるだろうな?」
なんて脅された時に、思わず「ちぇ」と舌打ちしそうになったりしてない。絶対、ない。
「……分かりました」
「はぁーい」
渋々答える私たちに両脇を抱えられていた真綾ちゃんが、突然くるっと透兄さんの方に振り返り、彼の真似をして腕を組み、嫣然と言った。
「で、隠蔽工作をしなければ、合コンに行ってもいいのよね、透?」
おお、真綾ちゃんってば、すごい! あの透兄さんから言質を取ろうとしている!
私たちには到底真似できない高度な技(?)だ。
彼にしては珍しく半年も持ったのに、禁句である「結婚」の二文字を彼女が言ってしまったのだろうか。
恋愛に疎い私の目にも、岡島さんが係長に未練があるのはまる分かりなのに。ほら、今だって岡島さんは係長を見ている。強張った笑顔で、どこか必死の目で。
なのに、そのすべてを係長はシャットアウトしている。……そんな風に見えた。
「ところで君たちは大丈夫? ここは歓楽街だから、店先とはいえ女の子二人でいるのはよくないと思うけど。ナンパや酒に酔った奴に絡まれるかも……」
「い、いえ、大丈夫です! 従弟が駐車場に車を取りに行ってるのを待っているだけですから!」
私は慌てて言った。私たちに気を遣った係長が「車が来るまで護衛代わりに傍にいよう」とか言い出さないとも限らない。何か安心させるようなことを言わなければ!
「もうすぐ来ますから平気です! 係長こそ彼女を待たせちゃ悪いですよ」
というか、涼が来る前に早く去って下さい!
「そうか。それじゃ行くけど、くれぐれも気をつけるように。ナンパされても無視するんだよ?」
にっこり笑って忠告した係長は手を伸ばし、あろうことか私の頭をくしゃっと撫でた。真央ちゃんの目の前で、恋人である岡島さんの目の前で!
真央ちゃんと岡島さんはその光景に目を見開いていた。直後、岡島さんの顔が歪んだような気がするけど、あいにく係長に抗議しようと彼を見上げた私には、確認することができなかった。
「か、係長、こんな往来でいきなり何するんですか」
乱れた髪の毛を手で整えながら睨みつける。けれど係長はちっとも悪びれず笑った。
「つい癖が出て。上条さんの頭、ちょうど撫でやすい位置にあるからね、つい……」
確かに私の頭は係長の胸の位置。手を伸ばせば撫でやすい位置なのは否定しない。けれど、社外でまで「つい」と言って頭を撫でられるのは反応に困る。
「係長……私、子供じゃないんですけど……」
「子供だなんて思ってないよ。大事なペ……部下だと思ってる」
うわ。今、ペットと言おうとしたよ、この人!
ふたたび恨みがましく睨みつけると、仁科係長はクスッと笑った。どうやら、からかわれたらしい。頭を撫でたのも、そのからかいの一環だったのか。
「じゃ、また来週ね。上条さんと従妹の…ええと瀬尾さんも。うちの会社の男性社員も、なかなかいいのが揃っているから、合コンの機会があればぜひ」
係長は真央ちゃんに向かって実に爽やかにソツなく、でも私にとっては心臓に悪いことを言った。
お願いしますから、社交辞令でもそんなこと言わないで下さいぃぃ。真央ちゃんをうちの会社の合コンなんかに連れて行ったら、私が透兄さんと涼に殺される!
私が顔を引きつらせている横で、何も気付いていない真央ちゃんは満面の笑みを浮かべて言った。
「わぁ、ありがとうございます。過保護な弟と従兄の息がかかった人のいない合コンなら、ぜひ参加したいです!」
ま、真央ちゃーーーん!!
私は声にならない悲鳴をあげた。
真央ちゃんの返事を聞いて、係長はちょっと驚いたように瞬きする。
「弟さん、過保護なんだ」
「はい。弟と従兄のダブルパンチで。今日の合コンも、私たちに内緒でいきなり参加した挙句、途中で切り上げさせられたんですよ」
「はは、それは大変だ。でもこんな美人揃いの親戚がいたら、弟さんが心配するのも分かる気がするけど」
「過剰なんです」
汗ダラダラで心臓バクバクのまま固まる私の横で、ギリギリな会話が交わされている。止めなきゃと思うものの、恐慌状態な今の私には「ひぃぃぃぃ」という奇声しか出せそうにない。
いや、いっそのこと奇声をあげた方がいいのかも。変人扱いされて、今すぐこの心臓に悪い会話を止められるかもしれないから。
背に腹はかえられないと息を吸い込んだところで――意外なところから助けの手が差し伸べられた。
「そもそも、まなみちゃんの門限だって奴らが条件つきで――」
「彰人さん」
真央ちゃんの言葉に、小さな、でもはっきりした岡島さんの声が重なった。
ハッとして岡島さんの方を見た私の視界の端に、今夜道端で声を掛けられて初めて、係長の視線が彼女に向けられるシーンが映った。
三人の視線を一身に集めた岡島さんは、相変わらず無理に作ったような笑みを美しい顔に貼りつけ、係長の顔を見上げていた。
「……私、先に帰りますね。送ってもらわなくてもタクシー乗り場は近いから大丈夫です」
「……いや」
係長は静かに首を横に振った。
「送っていくよ」
そう言った声も表情も淡々としていて、感情がまったく窺えなかった。でも、次に係長が振り向いて私たちに向けた表情は優しい笑顔だった――
「それじゃ、俺たちは先に失礼するから、気をつけて帰りなさい」
告げられる言葉も、優しい口調で優しい声で……その落差に何だか胸が疼いた。
痛みでもなく、喜びでもなく、考え込んだら涙が出てしまいそうになる想いに胸が詰まる。
「はい、係長。また来週」
答えた私の声は、ちょっと震えていたかもしれない。それに気付いたのか、そしてそれをどう思ったのかは分からないけれど、係長は私の横を通り抜ける直前、ふと腕を伸ばして私の額をコンッと軽く叩くと、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「酔っ払いやナンパに気をつけること。いいね?」
去っていく彼らを額に手を当てて見送る私の横で、真央ちゃんが能天気な声を上げる。
「かっこいい上司じゃないの、まなみちゃん! BLリーマンにはね、ああいう美形眼鏡エリートキャラは必須なんだよね~。いやぁ、生で見れるなんて! 眼福、眼福」
真央ちゃんが楽しそうに語る内容と、度重なる精神的ストレスから解放された安堵感やら何やらが一気に押し寄せ、私はその場に脱力してしゃがみ込んだ。
何かものすごい疲労感が……。でも、まぁ、とりあえず涼が来る前に係長に立ち去ってもらえた。秘密は守られた。……それだけでも良しとしよう。
「あれ? どしたの、まなみちゃん?」
「……力が抜けた」
「上司と喋るの、そんなに緊張したの? あ、もしかしてあの人、まなみちゃんの好きな人だったりする?」
「……違う」
差し伸べられた真央ちゃんの手を取って、よいしょと立ち上がった私は、深い深ーいため息をつきながら言った。
「真央ちゃん、今、係長と会ったことは涼には内緒ね」
「え? 何で? やっぱりまなみちゃんとあの人の間に何かあるの? ちょっといい雰囲気だったし……」
「何もありません! ……あの人、佐伯さんなの。例の舞ちゃんの許婚」
私の言葉を聞いた直後、真央ちゃんは目と口をポカーンと開けた。
「え――!?」
仰天する真央ちゃんに、私は恨みがましく言った。
「彼が例の『佐伯彰人さん』。会社では仁科姓を使ってるから、佐伯とは名乗らなかったけど。もう、何で真央ちゃんってば気付かないの? 釣書の写真見なかったの?」
ビックリ眼のまま首をブンブン横に振る真央ちゃん。
「いや、見たよ、見たけど。一回だけだったし、写真は眼鏡かけてなかったし、髪形違ってたから……って、えええ!? あの人が佐伯彰人さんなのっ?」
「あの眼鏡と髪型は変装用みたい。前に残業中、眼鏡なしで書類を見ているところを目撃したことがあるから、伊達眼鏡なんだと思う」
「なんだ。残念。伊達眼鏡は邪道よ!」
「はぁ?」
「ううん、好みの話。……そっかあ、あの人が例の許婚か。どうせ私にまで順番が回ってくることはないと思って、あまりよく釣書を見てなかったんだよね。美形で攻キャラだなとは思ったんだけど」
「そ、そう」
なんでそう思考がBL的なんだとツッコみたい。そんな私の隣で真央ちゃんは自分が係長とどんな話をしたのか思い出したのか、ちょっと顔をしかめた。
「ごめんね、まなみちゃん。私、知らなくてぺらぺらしゃべった気がする」
「気がするんじゃなくて思いっきりしゃべってたよ! もう、透兄さんと涼のこと言い始めた時は心臓が止まるかと……。名前は出なかったからよかったけどさ。すっごいギリギリな会話だった」
思い出すだけで冷や汗が出る。これ以上、無駄に係長の興味を引きたくない。
ただでさえペット扱いされてて、接近しちゃってる気がするのに……
「ごめんね。次会うことがあったら、気をつけてしゃべるから!」
いえ、個人的には三条家の人に係長と会って欲しくないのですが。……と思うのは、私の心が狭いのだろうか。
従姉妹たちは私の状況を理解してくれているから、涼と違って私に不利なことはしゃべらないと思う。でも前回の透兄さんが会社に来た時といい、こんなことが続くようなら私の心臓がもたないかもしれない。
そう思っていると、「そういえば」と係長と岡島さんが消えた方向を見つめて真央ちゃんが言った。
「佐伯さん、女連れだったよね?」
「あ、うん。岡島さんていって、取り引き先の会社で働いてるキャリアウーマンだよ。係長と付き合ってるらしい」
「ぬう。従妹としては面白くないけど、舞ちゃんは親の決めた許婚だから、そういうこともあるか。……でも、モテモテなんだろうね。あんな美形、女が放っておくわけないかー。いや男も……うんにゃ、なんでもないよ」
だからどうしてそう思考がBL的なのだろうか。呆れつつ真央ちゃんを見ていると、彼女は私のジト目に気付いて、慌てて話題を変えた。
「あー、でも、あの二人、暗雲が立ち込めてる感じだったよね!」
「あ、真央ちゃんも気付いたんだ」
「そりゃあね。あれだけ女性が顔引きつらせてたんだから、二人の間に何かあったのは一目瞭然でしょう。係長さんは彼女のほうを見もしなかったしさ。……それに、あの人、まなみちゃんと係長さんが話してる時、気味悪いくらい二人のことをじっと見つめてたよ」
「私と係長を? どうして?」
「仲良さそうだから嫉妬してたんじゃないの? なんかすごくいい雰囲気だったもの」
「え! そんな風に見えるの? 恋愛的な関係なんかじゃ、まったくないんだけど!」
例のペット扱いが、第三者からはそんな風に見えてるのだと知って、私は少しショックを受けた。
「係長さん、まなみちゃんを心配している……というか、ずいぶん可愛がってる印象だったよ。頭クシャッと撫でたり、額をペチッと叩いたり」
真央ちゃんの目がキラッと光る。楽しげに見えるのは気のせいか?
「ああいう美形眼鏡のエリートキャラはね、何とも思ってない人に対しては如才なく付き合うんだよね。きっと彼女とも、そうだったんだと思うの。だけど、まなみちゃんに接する時の係長さんはそんな風じゃなかったから、彼女は自分との態度の違いを見てショックを受けていたんじゃないかな」
「はぁ?」
私には、岡島さんがそんなことを思ってたようには感じられなかったんだけど。それって真央ちゃんの妄想なんじゃ……
やたらと生き生きした顔で主張されても信じられない。それに私同様に恋愛経験のない真央ちゃんのその手の知識は、すべてBLから得たものじゃないか。BLといえば男と男の世界だ。二次元と三次元の違いはこの際無視するとして、男女の恋愛にも当てはまるものだろうか。
「あんな短時間で、しかも暗い道端でそこまで見て取れるもの?」
「まなみちゃん、私の趣味は美形ウォッチングだよ! ただし透兄ちゃんと涼は除いてね!」
「……そう」
いえ、そんな堂々と腰に手を当てて主張されても困るんだけど?
自分も十分美形なくせに、趣味が美形ウォッチングときたもんだ。なんだか年を追うごとに真央ちゃんが遠い世界に行ってしまうよう……。一体どこまで行くのやら。
係長と岡島さんのことを頭の隅に追いやって、しばし目の前の従妹の将来を心配していると、車がやってきた。
涼の車――黒のホンダのアコード――が近付いてくる。
「真央ちゃん」
私は念を押すように言った。
「係長のことはナイショだからね。お願いね」
「了解。誰にも会わなかった、ということで」
話している間に、車は私たちの目の前に停まった。運転席のウィンドウが開き、涼が顔を出す。
「待たせてごめん。駐車場がちょっと遠かったんだ」
「別にいいよ」
合コンで散々煮え湯を飲まされたことを思い出したのか、真央ちゃんが途端に不機嫌そうな声を出す。だけどもちろん、涼にとっては姉の機嫌の悪さなんぞ知ったことではないらしく、完全にスルーだ。
「まなみを先に送り届けるから」
車に乗り込んで走り始めてから、涼が最初に言った言葉がそれ。合コンが終わっても、涼の機嫌の悪さは相変わらずのようだ。笑顔だけど目が笑ってなくて、黒いオーラがダダ漏れている。
車を取りに行ってる間に、多少は機嫌を直していると思っていたのに。
あー、こんな男と車という密室にいる時間は、少しでも短いほうがいい! 真央ちゃんには悪いけど、先に送り届けてもらうことになってホッとしていた。二人きりにならずに済んだから。
だけどそんな私の心を読んだように、運転席から涼の冷ややかな声がかかる。
「言っておくけど、これで終わりじゃないからね?」
ひ、ひええええ。
「透兄さんにはもう報告しておいたから。後日、今日のことについて話し合いの場を設けることにしたよ」
折りしも前方の信号機が赤に変わったところで、車を停止させた涼は後部座席の私たちを顧みて言った。にっこり笑顔とともに。
その言いようもない綺麗な――だけどとても黒い――笑顔を見て、私たちは縋るようにお互いの手を取り合った。
「今からうまい言い訳でも考えておくんだね。……でも、分かってはいると思うけど、逃げようだなんて思わないようにね? 無理だから」
ひえぇぇぇぇ。
新たな一難を、また呼び込んでしまったらしい。
――そんな気がする七月初旬のことだった。
第3話 お説教
「隠蔽工作してまで合コンに行くとはいい度胸だな」
合コン事件のあった翌週の日曜日。
涼の宣言通り、私と真央ちゃんは三条家に呼ばれ説教されていた。
ちなみに涼は今日、欠席だ。会社の送別会で渡す餞別を、別の同僚(もちろん男性ではない)と買いに行くことになってる舞ちゃんを送迎しているからだ。
だから、いつもは週末、三条家に来ているハズの舞ちゃんも今日はいない。舞ちゃんに会えないのは残念だけど、涼がいないのは正直なところ大助かりだ。透兄さん一人分の説教で済むから。
というわけで私たちは今、三条家の応接室にて透兄さんにネチネチ言われている真っ最中だ。
隠蔽工作――私たちに言わせれば口裏合わせ――をしてまで合コンに参加したことが、透兄さんの逆鱗に触れてしまったらしい。
過去の経験から分かるけど、素直に合コンに行くって言ってもあれこれ言うくせに。そう思ったけど、反論すると説教が長くなるから私たちは大人しく「はい」「はい」と返事するのみだ。
嘘をついて合コンに行ったことは悪かったよ? でも、透兄さんと涼に知られると、色々うるさく言われるって分かってたんだから仕方ないじゃない。
何か理不尽だ。
ってか、どうして合コンに行っちゃいけないの!?
「まなみ、不満そうな顔だな?」
おおっと、思ってることが顔に出ていたらしい。不機嫌そうに透兄さんが言った。
「べ、別に」
不満なんて……あるけど言ったら言ったでまたやっかいだ。そう思って口を噤んだのに、
「言いたいことがあるならちゃんと言え」
なんて、透兄さんが上から目線で言うものだから、ムッとした私は言いましたよ。ええ。
「何で合コンに行っちゃいけないの? 私たちもう成人してるし、自分のことは自分で責任取れるんだから、自由にさせてよ」
それに対しての透兄さんの答えがコレだ。
「合コンに行っちゃいけないなんて言ってない。合コンに行くために、隠蔽工作したことが気に食わないだけだ」
……なんて、ごもっともな意見だけど。確かに透兄さんも涼も、面と向かって合コンに行っちゃいけないとは言ってないけど。
でも、もろもろの態度がそう言ってるのですよ、透兄さん!
「――嘘つき」
不意に、小さいけれど鋭い声が投げかけられた。私たち三人はパッとその声の方を振り返る。
声の主は、少し離れたところでやり取りを聞いていた真綾ちゃんだった。
お祖父ちゃんに渡す書類があるとかで、私たちと一緒に三条家に来ていた彼女は、さっさと用事を済ませ、「いざとなったら味方してあげるから、透に負けるんじゃないわよ!」と頼もしい叱咤激励とともに応接室の端で見守ってくれていたのだ。
で、今まで何も口を挟まなかったけど、ここにきて透兄さんの言った何かにカチンときたらしい。
……いや、大体予想つくけど。
真綾ちゃんは座っていたソファからゆらりと立ち上がりながら言った。
「何が『隠蔽工作したことが気に食わない』よ。何が『合コンに行っちゃいけないなんて言ってない』よ。あんたたちの言動すべてが、合コンに行ったり異性と知り合ったりするのが気に入らないと暗に言ってるのよ!!」
ほらね。やっぱり我が従姉。同じこと考えてるし、ツッコむポイントも一緒だ。
けれど言われた当の本人は、眉をピクリとも動かさず腕組みしたまま冷たく言った。
「口を挟むな、真綾。今回のことはお前には関係ない」
そんな言葉を浴びせられたら、私なら縮み上がって何も言えない。でも真綾ちゃんは、さすがに従姉妹の中で一番透兄さんと付き合いが長いだけある。フンと鼻で笑って切り返した。
「真央とまなみちゃんの合コンのことだって、透と涼には関係ないことじゃない」
すごいなぁ、真綾ちゃん。これだけ透兄さんにはっきり言えるなんて。
感心している私たちをよそに、まだまだ言いたいことがあるらしく、真綾ちゃんはツカツカと近寄ってきて透兄さんの座っているソファの前に立った。
「『合コンに行くなとは言わない』。私が大学生の頃、何度聞いた台詞かしらね。そう言いつつ、透は毎回毎回卑怯な手を使って、人が合コンに行くのを阻止してくれたわよねぇ。たまに参加できても、その時はあんたの監視付きで、誰かと知り合うことなんてできなかった。まともに話すことさえ。それどころか――」
真綾ちゃんはグッと拳を握り締めた。
「そのうち周りの人が、私を合コンに誘うことすら許さなくなったよね。『瀬尾さんを誘うと三条さんに殺される』とか『三条さんに怒られるから、ごめんね』なんて理由を聞かされた日には、私は憤死するかと思ったわ! おまけに、あんたが大学を卒業したあとだって、あんたのシンパと思しき連中が学内で私に近寄る男の子を、思いっきり排除してたわよ。高校の時もそう! 高校の時だって、カリスマ生徒会長の誰かさんが『従妹に手を出すヤツは抹殺する』なんて宣言するから、男の子はビビッて声を掛けてもくれなかったし、女の子には恨まれるし! ……散々な学生生活だったわよ!!」
「ま、真綾ちゃん……」
私はあまりに悲惨な真綾ちゃんの学生時代の話に、涙を禁じ得なかった。
確かに真綾ちゃんは学生の頃、会えば透兄さんの悪口ばっかり言ってたけど……。こうして改めて聞くと壮絶だ。
私は学校が違ったし、ここまであからさまに妨害されることはなかった。合コンだってちゃんと行けたし……あとで文句は言われたけど。
そうか、同じ学校に通うとこうなってたのか……。背中にゾゾッと冷たいものが走る。
「お姉ちゃん、かわいそう……」
隣で真央ちゃんがつぶやくのが聞こえた。
だけど、真綾ちゃんの学生生活を悲惨にした張本人は、叫んだためにゼーハーしている従妹を目の前にしても平然としていた。
「言いたいのは、それだけか?」
……少しも悪いと思ってないような口調。
「言いたいことなんて、山ほどあるわよ!!」
またも激昂した真綾ちゃんだった。
「あんたと涼は、はっきり言って異常。どこの世界に親戚の子の合コンをあらゆる手段を使って妨害する従兄弟がいるっていうのよ!? あんたたちのせいで私たち、二十歳を過ぎても恋愛経験ゼロなままよ! いまだにヴァージンよ!」
ま、真綾ちゃーん! ヴァージンとか、透兄さん(仮にも男)に向かって言うべきことじゃないと思います!
まぁ、私たちに男性経験がないのは妨害しまくってる透兄さんが誰よりも知ってるはずだけど……
「別に処女でいいだろう? 何か不都合があるか?」
透兄さん……。そういう問題か、ってツッコんでいい? しかもサクッと処女って言った!
「〝女〟になりたいんだったら、将来の旦那にしてもらえばいいだろう」
「その将来の旦那と、いつ巡り会う機会があるっていうのよ!」
「いくらでも機会はあるだろうが。社交界のパーティーに、よく連れていってやってるじゃないか」
「あんたが傍につきっきりなのに、誰が声掛けてくるっていうの!」
……いつまで経っても平行線だわ、これは。
延々と同じような議論を繰り返しそうだと判断した私と真央ちゃんは、真綾ちゃんをなだめつつ、透兄さんから引き離すことにした。
「ほら、お姉ちゃん、これからショッピングに行く約束でしょう」
「そうそう。そしてシェフ推薦のスイーツ店の新作ケーキを食べる予定なんだよね。早く行こうよ!」
そう言って、真綾ちゃんの手を取って応接室を出ようとする。
べ、別に、二人が言い合いを始めてくれたおかげで、私たちへの説教がうやむやになって嬉んでるわけじゃないわよ?
アイコンタクトで真央ちゃんと「今がチャンス」とばかりに頷きあったなんてことは……ないわよ?
だから、応接室の扉の前で透兄さんに呼び止められて、
「まなみ、真央。今後、隠蔽工作なんてしたら……分かってるだろうな?」
なんて脅された時に、思わず「ちぇ」と舌打ちしそうになったりしてない。絶対、ない。
「……分かりました」
「はぁーい」
渋々答える私たちに両脇を抱えられていた真綾ちゃんが、突然くるっと透兄さんの方に振り返り、彼の真似をして腕を組み、嫣然と言った。
「で、隠蔽工作をしなければ、合コンに行ってもいいのよね、透?」
おお、真綾ちゃんってば、すごい! あの透兄さんから言質を取ろうとしている!
私たちには到底真似できない高度な技(?)だ。
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