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4巻

4-3

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 私の動揺どうようぶりを見て、ヴェルデはクスクス笑いました。

「大丈夫。取ったりしないし、ディエールたちに言うつもりもないよ。それどころか二人にバレないように、保護の術でおおい隠してあげてるじゃないか」

 私は目を見開きました。

「保護の術って、まさか……」

 ヴェルデはペロッと舌を出して、悪戯いたずらっぽく言います。

「実を言うと、その腕輪が耐性たいせいの低い君を魔力から守っているんだよ。僕の術はその腕輪の力を、あの二人から見えないように覆い隠しているだけ」
「……え!?」

 腕輪が私を保護してくれてるってことですか? そしてヴェルデの術は、腕輪の力を他の幹部から隠すためのもの?
 私は混乱しました。なぜヴェルデがそんなことをしてくれるのか、分からなかったからです。

「どうしてそんなことを……?」

 私の当然の疑問に、ヴェルデはあっさり答えます。

「君に貸しを作ろうと思ってさ。君というより、君を通じて勇者とエルフに……かな?」
「グリード様とルファーガ様に……?」
「そう。あの二人に訴えかけるには、君を使うのが一番効果的みたいだからさ。いいかい、アーリア。これは大きな貸しだからね、覚えておいて」

 ヴェルデは念を押すように言うと、カップをテーブルに置いて笑みを浮かべます。

「さて、これで君の質問は終わったかな? じゃあ、次は僕の番だね」

 私はその言葉を聞いて、気を引き締めました。

「この本について、君に聞きたいことがあるんだ」

 ヴェルデがそう言った直後、その手の中に出現したのは、いつかルファーガ様が持っていたのと同じ、濃い緑色の本でした。


 ――「白き賢者」ことレン・シロサキが書いた、『勇者というシステム』。


「そ、その本は……!」
「知ってるだろう? 人間たちの間では、長いことベストセラーだったというから」
「知っていますけど……」

 知っているどころか、つい最近その本について、重要な話を聞いたばかりです。それは、レン・シロサキがその本を出版した意図――
 そこまで考えて、私はハッとしました。
 ……まさか、ヴェルデが私に聞きたいことってそれ? でも、なんで私がそれを知っているって分かったのでしょう?
 いえ、それよりも魔族が勇者について書かれた本を持っているという事実に、ツッコミを入れたい気分なのですが!

「そ、その本、読んだんですか?」
「もちろん読んだよ。でなければ、君にこの本について聞きたいなんて思うわけないでしょ」

 ですよね~! 正論です。でもあえて言わせてください、心の中で。
 魔族が勇者についての本を読むなよ……!
 そんな私のツッコミを知るよしもないヴェルデは、本をぺらぺらめくりながら言いました。

「僕がこの本を知ったのは、だいぶ前。人間の住むところをふらふら放浪ほうろうしていた時のことだ。異世界からの訪問者である著者についての知識は持っていたから、なんとなく読んでみたのさ。そして……驚いたよ。人間は真実をねじ曲げて広めているのかと思っていたら、この本には限りなく真実に近いことが書かれている。我々魔族のことも多く書かれていた。何らかの意図のもとにね」

 私は内心ヒヤリとしました。す、鋭い……!

「僕は俄然がぜん興味を覚えた。で、レン・シロサキについて調べることにしたのさ。彼の著作は全部読んだし、彼が住んでいた場所に行ってみたり、彼が創設した新聞ギルドに侵入してみたりもしたよ。ギルドには直筆の原稿があってね。持ち帰りたかったけど、侵入したのがバレてエルフたちに警戒されても困るから、ぐっと我慢した」

 あ、あの……ヴェルデさん? それ、もはやファンじゃないですか?
 困惑する私をよそに、ヴェルデは何だかとても嬉しそうに話しています。しかも、だんだん興奮気味になってきました。

「そうしているうちに、彼の住んでいた異世界のことにも興味が出てきてね! 彼の話をもとに描かれたという絵を手に入れて、異世界の部屋を再現してみたりもしたよ。ええっと、タタミというものが敷かれていて、エンガワというものがある部屋だ。この城の中にも作ったんだ。後でアーリアにも見せてあげる」
「は、はぁ……」
「でも残念なことに、レン・シロサキが使った武器は大神殿に保管されていて、見ることができないんだよね。異世界からもたらされたものの中でも特に稀有けうなものだから、ぜひとも見てみたいんだけど……」

 ちなみにレン・シロサキの武器は「スマホ」という、手の平に載るくらいの小さな箱型の装置だと言われています。それこそが「白き賢者」と呼ばれるレン・シロサキの知識のみなもとであり、それを使って彼は勇者マティアスに数々の助言をしたらしいのです。
 その実物が今も女神大神殿で大切に保管されているそうですが、四百年経った今も内部の構造が複雑すぎて、複製を作ることなど到底できないのだとか。
 ……って、レン・シロサキの武器の説明は置いといて。先ほどからヴェルデのレン・シロサキに対する熱狂ぶりが半端はんぱじゃありません。私は絶賛ドン引き中ですよ。
 住んでいたところや新聞ギルドを訪ねたとか、直筆原稿を欲しがるとか、挙句あげくの果てにタタミの部屋とエンガワというものまで再現したなんて……マニアすぎて怖いわ!

「彼が来たのが今の時代でなかったのが残念だ。彼と直接会って話をしてみたかったな。異世界の話とか」

 ドン引き中の私をよそに、ヴェルデは嬉しそうに語り続けます。

「あ、そうそう、新聞ギルドと直筆原稿にほんの少し彼の魔力が残っていたから、そこから当時の彼の姿を何とか読み取ることができたんだ。この世界の人間とは、やっぱりちょっと違っていたなぁ。アーリア、君も見てみるかい?」
「へ? み、見せていただけるんですか?」

 そんなことが可能なのかと思って驚きましたが、あの有名な「白き賢者」の姿を見られるというのなら、ぜひとも見たいです。

「もちろんだとも。特別に見せてあげるよ」

 ヴェルデはそう言って、すっと手を前に出しました。
 次の瞬間、ヴェルデの手の平の上に、半透明の人形のようなものが現れたのです。
 ……これが、レン・シロサキ?
 それは、グリード様たちと同じくらいの年齢の青年でした。服装はローブとかではなく、普通のシャツとズボンです。正直に言って、全然賢者っぽく見えません。ごく普通の青年に見えます。
 でもくせのある漆黒しっこくの髪に縁取ふちどられたその顔は、彫りが浅く、すっきりした印象で、やはり私たちとは少し違っています。美形というわけではないのですが、楽しげな笑みを浮かべた愛嬌あいきょうのある顔には、人をきつける何かがありました。
 ……この人が、ルファーガ様に「人間と魔族が話し合い、魔力を調節し合う世界の実現」を提案し、そのための布石ふせきを打った人物。

「言動も考えも、非常に興味深い人物だよ。著作も実にユニークだ。異世界の人間って、みんなこうなのかな。ねぇ知ってる? 彼は新聞ギルドを立ち上げて勇者物語の編纂へんさんたずさわった後、異世界の文化についての記事を新聞に掲載けいさいしていたって。大人気コーナーで、その記事からヒントを得て開発された魔具がたくさんあるんだってさ。そこにあるコンロ型の魔具もそう。誰でも簡単に火を起こせる調理器具が異世界にあるって、彼が新聞で紹介したから開発されたんだ。『コンロ』っていう言葉も元々は異世界のものだよね。道具だけじゃなくて、今ではあちこちで異世界由来の言葉が普通に使われている。そんな風に、彼が人間社会にもたらした影響は大きい。でも、それは何のためなのかな? この本を発表する前は、『この世界に、変に影響を与えては困るから』と異世界の情報を仲間以外に伝えることを渋っていたらしいのに、なぜ突然、方向転換したんだろうね?」

 その問いの答えを、私は知っています。
 ……彼は異世界の文化を広めることで、この世界の人間の意識を変えたかったのです。
 ヴェルデの手の上にあったレンの姿がき消えました。

「僕は彼の足跡をたどって色々調べたけれど、彼がこの本を書いた意図は未だに分からないんだ。ねぇアーリア、僕は知りたいんだよ。この本に込められた、彼の考えを。そこに、僕の求める何かがある気がするんだ」

 それからヴェルデは笑顔を消し、私に静かな眼差しを向けました。

「僕は考えた。レンがこの本を書いた意図を知っている者は誰かと。そう、エルフだよ。四百年前、彼と共に旅をしたエルフはまだ生きているだろう? 彼はきっと、レンから何かしらの話を聞いているはず。ちょうどそのエルフは今、森深いエルフの里から出てきている。『導き手』として今代こんだいの勇者を補佐するために」
「……ルファーガ様」

 四百年前の勇者マティアスの時も、そして今も、「導き手」として勇者一行の旅に参加しているエルフ。彼こそが、私にレン・シロサキの「見果てぬ夢」について語ってくれたルファーガ様です。

「そう、彼だよ。でも彼に直接聞いても教えてもらえるはずがない。彼にとって僕は、ち滅ぼすべき敵だからね」

 私はうなずきました。そう、世界に流れる魔力の量を一定に保つには、魔族の幹部は存在してはならない相手です。
 それにルファーガ様の見立てでは、人間と魔族を話し合いの席につかせるには、まだまだ長い時間がかかるだろうとのこと。レンのまいた種がようやく芽吹き始めた今、魔族に計画を知られてその芽をつぶされることを、ルファーガ様は警戒しているはず……

「彼に話を聞くのが無理なら、それを知っている他の誰かから聞けばいい。そこでエルフがそれを伝えそうな人間は誰かと考えた。まず挙げられるのは、当然勇者だ。でも今代の勇者は何もかも規格外な上に変わり者だから、不安要素も多いはずだ。だからエルフは、その勇者に多大な影響を及ぼす相手にも同じことを伝えるだろう。つまり……君にね」

 私はぎくりとしました。

「勇者の婚約者である君に、『導き手』は色々な話をしたはずだ。女神のこと、世界のこと、そして勇者と魔王の関係についても。ねぇアーリア」

 私を見つめるヴェルデの目に、強い光が浮かびました。有無を言わさぬ迫力を感じ、私は身をこわばらせます。

「エルフはこの本のことを、何か言ってなかったかい? 知っているなら教えてくれないかな」

 なぜかヴェルデは、私がこの本について知っているものと確信しているようです。けれど、ルファーガ様から聞いた大切な話を簡単に他人に、ましてや魔族に話せるわけがありません。
 でも話さなければ、この気まぐれな魔族は私をあっさり切り捨てるでしょう。身の安全を確保するためには、話すしかないようです。
 不意にルファーガ様の言葉が頭をよぎりました。

『あなたがすべきことは、ただ一つ。どのような場面においても、そして他の誰を犠牲にしてでも、必ず生き残ることです』

 ……あれはこんな時のための忠告だったのでしょうか?

「アーリア、僕は知りたいんだ」

 私はヴェルデを見返し、一つの決断をしました。

「……分かりました。お話しいたします。私が知っていることを」

 たとえ地面にいつくばってでも生き抜いて、無事にグリード様と再会するんです。
 そのために今、自分がすべきことをする。それだけです。
 ルファーガ様に心の中で謝りつつ、私はレン・シロサキの「見果てぬ夢」について、ヴェルデに話しました。
 彼がその本を書いた意図、そして彼が異世界の文化を広めた意図も。

「へえ、へえ、へえ!」

 ヴェルデは始終顔に喜色きしょくを浮かべ、興味深げにうなずいたり、目を見開いたりしていました。

「まったく面白いことを考えるねぇ! 魔族には、まずできない発想だよ。なるほどね、だからこの本を書いたのか」

 私が話し終わった後、ヴェルデはしきりに頷きながら「なるほどね」と繰り返しつぶやき、レンの考えを咀嚼そしゃくしているようでした。そんな彼に、私はたずねます。

「その案について、どう思います?」

 ――ヴェルデにこの話をしたのは、一種のけでした。
 これがアズールやノワール相手だったら、私は知らぬ存ぜぬをつらぬいたでしょう。でも人間に……特にレン・シロサキに興味を持っているヴェルデなら、彼が芽吹かせたものを摘み取ることはしないのではと思ったのです。
 それに、魔族である彼がこの話を聞いてどう思うのか、知りたかったというのもありました。
 私の質問に、ヴェルデは笑顔であっさり答えます。

「面白い考えだけど、実現は不可能だね」
「……そうですか」

 いえ、私自身もそう思ったわけですが、こうもはっきり言われると、何だかショボンとしてしまいます。

「魔王についての認識が甘いね。まぁ、レンは人間だから仕方ないけど。魔王は人間に対する憎しみを捨てられないのさ。それを捨ててまで人間と共存する道を選ぶことは、まずないだろうね」

 ヴェルデはそこまで言うと、本をテーブルに置いて、自分の向かいにあるソファを指さしました。

「とりあえず、座ったら?」
「え? でも、侍女は立ったままひかえているのが普通で……」
「いいから」

 目を丸くする私に、ソファに座るよう重ねてうながすヴェルデ。私が戸惑いながらも彼の向かいに腰を下ろすと、彼は静かな口調で言いました。

「知りたいことを話してくれたから、お礼として君に教えてあげるよ。魔王と――魔族の真実を」




 2 魔王という存在


「まずはじめに言っておきたいのは、我々魔族は人間を必要としているということさ」
「は?」

 私は目をきました。何を言うかと思ったら……魔族が人間を必要としている?

「そんなバカな……」

 だったら、どうして魔族は人間を襲うのでしょう?
 困惑する私をよそに、ヴェルデは続けます。

「正確に言うと、種の存続のために人間が必要なんだよ。ディエールたちは否定するかもしれないが、それは事実だ。歴代の魔王は、人間を憎みながらも必要としているというジレンマを抱えていたのさ」

 ヴェルデはそう言って、テーブルに置いた緑色の本を指さしました。

「その本にも書かれているように、我々魔族は本来、単なる魔力のかたまりにすぎない。けれど精霊を除けば、この世界に魔力だけで存在し続けることはできないんだ。だから魔族は魔力で生成したうつわまとうことで、自らの存在を維持している。ただし、この器を生成するのには条件があるのさ」
「条件?」
「そう。我々はこの世界に実在する生物の姿を模倣もほうして器を生成する。言い換えれば、この世界に実在しない生物の姿は取れないということ。レン・シロサキが広めたドラゴンだの麒麟きりんだのといった想像上の生物の姿をした魔族が存在しないのは、そのためさ。ここまで言えば、魔族が人間を必要としている理由の一つが分かるかな?」

 私は戸惑いつつも口にしました。

「つ、つまり人間がいなくなると、人間の形を取れなくなるから……ですか?」

 正解、とでも言うように、ヴェルデが笑みを浮かべました。

「そう。そして人の姿を取る高位の魔族がいなくなれば、魔族全体の統率とうそつが取れなくなって魔族も滅びてしまうだろう。なぜなら我々はどの生物を模倣して器を生成するかによって、性質を大きく左右されるからだ。どんなに魔力を持っていようと、獣はしょせん獣にすぎないからね」

 器に性質を大きく左右される。魔力を持っていようが、獣は獣でしかない。……なんとなく、ヴェルデの言いたいことが分かってきた気がします。
 大人しい動物の姿をした魔族は気性がおだやかで、猛獣の姿をした魔族は気性が激しい。それはレン・シロサキの著作が発表されて以来、研究によって明らかにされてきたことです。
 それと同じような原理で、獣の姿をした魔族は物の考え方も動物的。だから魔族全体を統率することなどできない。おそらくそう言いたいのだと思います。

「人間は獣とは違い、論理的な思考ができる生命体だ。我々は人間の姿を取ることで初めて、魔族全体を統率できる」

 ヴェルデは自嘲じちょうするような笑みを私に向けました。

「これで分かっただろう? 人間を必要としていると言った意味が。我々は人間を憎みながらも、人間に依存しているのさ。そして歴代の魔王は、その矛盾むじゅんに気づき苦しんできた。今代こんだいの魔王……グライディオス様もそうだった」

 ヴェルデはそこで、ふっと遠い目をします。

「人間に対する憎しみや怒りがこれほど強くなかったら、この長きにわたる繰り返しの中で、別の方法を取れたかもしれない。それこそレン・シロサキが提唱した、人間と協議して世界に流す魔力の量を調節するという方法もね。けれど魔王たちは、人間に対する憎しみから逃れることができなかった。それは、魔王だから尚更だったのかもしれない」
「魔王、だから?」

 私の言葉にヴェルデはうなずきました。

「高位の魔族ほど、人間に対する憎しみの度合いが深いんだ。魔獣はそうではない。やつらは生存本能で人間を襲っているだけで、憎しみなんて持っていないのさ。……まったく、人間の姿を模倣もほうする魔族が人間を憎まねばならないとは、何と皮肉なことか」

 そう言って自嘲するヴェルデは、それまでの飄々ひょうひょうとした彼とはまるで違っておりました。

「ヴェルデ?」

 思わず呼びかけると、ヴェルデは私に顔を向けます。

「ねぇアーリア。君は知ってるかい? 魔族が人間を憎むようになったのは、魔王という存在が誕生してから……いや、魔族が人間の姿を模倣し始めた時からなんだよ」
「え?」
「魔族には生まれた瞬間から、生きるのに必要な知識が備わっている。人間についての知識もね。またうつわを生成すると同時に、その生物の思考パターンや心のありようも模倣するんだ。だから魔族は人間の姿を模倣した時に人間が抱くような複雑な感情をも獲得し、自分たちの境遇に怒りを覚えた。そして人間に対する憎しみを抱いたのさ」

 ……それは、思ってもみない話でした。
 私はひざの上に置いている両手をきゅっと握りしめました。
 この世界に召喚された私たち――人間と魔族は、なぜこうして憎しみ合わねばならなかったのでしょうか? 
 ヴェルデは目を伏せながら続けます。

「我々幹部は、感情にまかせて人間など滅ぼしてしまえと思える。ディエールたちのようにね。簡単にそう思ってしまえるのは、我々が『従う者』だからだ。でも魔王様はそうじゃない。魔王様は魔族の王であり、魔族を『導く者』だ。感情ばかりにとらわれるわけにはいかない。魔族の未来を考えて行動しなければならない立場なんだ」

 私は戸惑いながらも、小さく頷きました。
 魔王とはまた違いますが、国王陛下という、似た立場の方をよく知っているからです。
 国を治める立場であるからには、自分の感情を抑え、時には心を引き裂かれるような辛い決断をしなければならないこともある。私たちの王様は、そうして国を治めてきました。
 なぜなら国王が自分の感情のままに政治を行ったら、国が乱れるからです。おそらく魔族をべる立場である魔王も同じなのでしょう。

「でもね、そんな魔王たちですら、憎しみによる負の連鎖れんさから逃れることはできなかった。むしろ魔王だからこそ、この繰り返しのシステムに対してもっとも怒りを覚えていたのさ」

 ヴェルデは唇に手を当てて考えるような仕草をしてから、再び口を開きました。

「……いや、少し違うな。生まれた瞬間に身の内に刻まれた憎しみの刻印こくいんを、消すことができなかった――というのが正しい。だからかな、人間に対して憎しみを抱かず、逆に興味を覚える僕を、魔王様は苦笑しつつも面白がっていたよ。そんな魔族が一人くらい、いてもいいだろうと言っていたね」

 ヴェルデはかすかに、なつかしそうな笑みを浮かべました。

「よく僕に『お前は自由でいろ』と言ってくださった。ご自身が自由ではないと、分かっていらしたんだ。魔王様はディエールたちの前では言えないようなことも、僕の前では口になさっていたよ。種の存続のために人間が必要だと教えてくださったのも、魔王様なのさ。歴代の魔王が繰り返しのシステムに魔族の未来をけざるを得なかったことや、自分もいずれはそうするだろうということも話してくれた」
「……え?」

 私は目を見開きました。
 歴代の魔王は女神が定めた繰り返しのシステムに、魔族の未来を賭けざるを得なかった?


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