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小話

小話 その時 1

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攫われイベントが起こっているその時、勇者一行の面々がどうしていたかという話です。
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「ねぇ、あれ見てよ」
 三人で舞踏会のホールの端で話をしていたファラは、そのミリーの言葉にファラは彼女の視線がさし示すように顔を向けた。
 そこにはグリードに迫っているティアナ姫の姿があった。その傍らでは困惑気味の表情をしたリュファスもいる。
「何をやってるんだ、あれは?」
「あー、どうやらダンスをしろと迫っているようだよ」
 精霊に教えてもらったのだろう、レナスが苦笑しながら言った。
「準備室でアーリアとダンスを踊っていたところを見たらしくて、自分とも踊れと言っている。グリードはアーリア以外とダンスをするつもりはないと断っているようだけど……なかなか引き下がらないね」
 ティアナ姫はまるで齧りつかんばかりの勢いだ。すっかり周囲の注目を浴びている。
 リュファスがため息をついて、グリードに何かを告げてそこから離れていった。
「リュファスはどうやらロートリッシュ皇太子とマリアージュ皇太子妃を呼びに行くらしい。さすがのティアナ姫でもあの二人の言うことは聞かざるを得ないからね」
「どこにでもああいう手合いの女性はいるもんだな」
 自身もかつては騎士として城勤めをしていたことがあるファラが考え深げに言ったその時だった。
 グリードの様子が変わった。
 ハッとしたように天井を見上げると、そこから踵を返して離れようとする。
 何事かと眺めていた彼らはグリードの魔力が高まっているのを感じた。魔法を使おうとしているのだ。
 グリードの足元の床に光の輪が出現する。
「魔法陣? どこかに移動しようとでもいうのか?」
 けれどそのグリードの邪魔した者がいた。ティアナ姫だ。彼女がグリードの腕にしがみつき、行かせまいとしている。
 ティアナ姫は魔法には詳しくない。きっと術を邪魔するというより、自分の元から離れようとするグリードを引き留めようとしたのだろう。
 だが、これでグリードは魔法陣を発動できなくなってしまった。なぜなら移転しようとしたらティアナ姫を巻き込んでしまうからだ。
 グリードがティアナ姫の手を離そうとする。言葉で、態度で。
 けれど、ティアナ姫も何かの意地になっているのかグリードの片手に両手でしがみつき離れようとしない。

 ――そして、この遅れが続く惨事を防げなかった最初の要因になった。
 
 腕にティアナ姫をしがみ付かせたまま、グリードがファラ達のほうに顔を向ける。そこで彼らは初めてグリードが妙に焦っていることに気づいた。
 ……その原因はすぐに知れた。

(アーリアと姫が姿を見せなかったアルバトロの魔法使いと接触した! この主塔と主居館パラスの間にある中庭だ。彼は『魔力の種』を持っていてそれで結界を破壊しようとしている――洗脳状態だ)
 彼らの脳裏にグリードの心話が響き渡った。

 グリードは精霊の目を通しても、自身のスキルである【分析】を使うことができる。そのスキルを以って、アーリアと姫が中庭で接触したその魔法使いが魔族に操られた状態であるのを見て取ったのだ。
 ――洗脳状態。結界の破壊。
 その言葉に彼らはすぐさま顔を合わせて頷いた。
 洗脳状態を解くには、神官が神聖魔法を使って術を解くしかない。つまり、レナスを連れて中庭に向かわなければならないのだ。
「リュファス!」
 ミリーが声を上げたと同時に彼らの横にリュファスの姿がパッと現れた。
「聞こえた。今すぐ中庭と空間を繋げる」
 リュファスの足元を中心に床に円形の光が浮かび上がり、その光の円の中に複雑な模様現れる。
 魔法陣による転移の術が発動しようとしていた。
 空間と空間を繋げて遠距離でも転移できるこの術はかなり高度な技量を必要とする魔法で、一行の中ではグリード、リュファス、そしてルファーガしか使うことができない。
 けれど、リュファスが術の発動の鍵となる言葉を紡ぐ前に、ソレは訪れた。
 
 ――ズンッ。
 地面が揺れた。
 
「……地震!?」
 そう慌てふためく周囲の招待客をよそに、彼らは顔を見合わせた。彼らと――この城にいる魔法使いは気づいただろう、この振動の原因を。

 ――結界が、破壊された。

 穴をあけられたのでも、一部破損したのでもない。城全体を覆っていた結界すべてが粉砕されたのだ。この主塔に密かに掛けられていた第二の結界ごと。
「遅かったか!」
 リュファスが舌打ちする。
「……魔族が、来るな」
 眉を顰めたファラの言葉と重なるように、レナスが血相を変えて叫んだ。
「マズイ! 魔族がアーリアの前に現れて――守りの精霊が引きはがされたって! 今、彼女は無防備だよ!」
「何だって!?」
 全員の視線がハッとグリードに向かった。その事態は当然グリードも把握しているだろう。
 そのグリードは地震のどさくさに紛れて抱きついていたティアナ姫を力づくで引きはがし、ちょうどやってきたロートリッシュ皇太子とマリアージュ妃に向かって突き飛ばすように押しのけているところだった。
「どけ。邪魔するな」
 そう短く告げるグリードの視線も意識もすでにティアナ姫にはない。彼の頭にあるのはアーリアの元に行くことだけだ。しかも、敬語もふっ飛んでいることから余裕もないようだった。
 その足元で魔法陣が光る。それを見てリュファスが言った。
「私たちも急ごう」
 リュファスの足元でも中断されていた魔法陣の展開が始まる。だが、その次の瞬間、リュファスの顔がさっと青ざめた。
「中庭の空間に細工されていて、うまく空間が繋げられない……? くそ、魔族か!」
「何ですって!?」
「だが、グリードの陣は展開が続いてるぞ」
 ファラが示す通り、グリードの足元ではいつもより時間はかかっているものの、魔法陣の展開が進んでいた。あと少しで転移が可能になるだろう。
「グリードはアーリアがいるからだろう。腕輪……いや、この場合は魔具と言うべきかな、対になってる対象があっちにいるから繋げやすいんだと思う」
 その言葉が終わらないうちに、グリードの魔法陣が完成した。
 彼の足元で床に展開された円形の模様を描いた陣が強い光を発する。その眩い光の中、グリードの姿がふっとその場から消失した。

「リュファス、何とか繋げられないの?」
 ミリーがリュファスを振り返る。
「向こうの空間は閉じられているわけじゃない、阻害されているだけだ。少し時間はかかるが繋げられると思う」
 その言葉を受けて、ファラが言った。
「よし、ではリュファスは引き続き移動の魔法陣を繋げて、レナスを連れて行ってくれ。私とミリーは足を使って中庭の方に行ってみる。幸い中庭はそれほど遠くないからな」
「わかった」
「いくぞ、ミリー」
「了解」
 だが、ファラとミリーがホールの正面の扉に向かって走り出したその時――。

「きゃあああ!」
「魔獣が……!」

 地震に怯えて扉から外に出たはずの招待客の何人かが悲鳴を上げて転がるようにホールに戻ってきた。
 瞬く間にホールにいた人たちの間に動揺が走る。彼らのうち城勤めをしていた人間は、ルイーゼ姫が魔王に攫われた時のことを覚えていた。あの時も同じように突き上げる振動を感じた。そして結界が破壊されたのだ。
 ――今度ももしかして結界が?
 そう疑う人々の中で、魔獣が現れたという事実は決定的なことだった。
「やはり、結界が……」
「まずいぞ、逃げた方が……」
「どこをどうやってだ。魔獣がいるんだろう?」
 そんなパニックに陥る人々の間を走りぬけて、扉の外に出たミリーとファラはそこに「ウォルフ」と呼ばれるオオカミの姿をした魔獣の姿を認めて足を止めた。
 一匹や二匹ではなかった。
 まるで廊下を埋め尽くすように何頭ものウォルフの群れが赤い目を不気味に光らせてこちらに向かって歩いてきている。
「さっそくお出ましね」
「時間を無駄にしない連中だ」
 そう呟いてから、ファラはホールを振り返って声を張り上げた。
「レナス、神聖魔法でホールに結界を張れ! 魔獣を入れるな!」
「了解」
 その声は混乱と動揺にざわめくホールに不思議なほど、よく通った。ざわめきが途切れる。
 そしてその時をまるで待っていたかのように、凛とした声が響き渡った。
「皆の者! 静粛にいたせ!」
 宰相と王室付き魔法使いのファミールを従えたシュワルゼの国王、その人の声だった。
「勇者殿たちの邪魔をしてはならぬ!」
 ファラの「結界」という言葉と王の威厳のある言葉に、ホールにいた人々の間に少しずつ冷静さが広がっていった。
 ホールにレナスの神聖魔法による見えない結界が張られる。
「皆、出入り口から離れてホールの中央に集まれ。この場にいる魔法使いたちは、万一のことを考えてその外側で防備を固めよ」
 それから王は声を落として、傍らにいる男に告げた。
「そして……ファミール。外に出て状況の確認と魔法使いたちの指揮を取れ」
「陛下」
「レナス殿の結界がある。私のことは心配いらない」
「……御意にございます」
 王室付き魔法使いにして、シュワルゼ国魔法使いの頂点に立つ男は国王の言葉に頭を下げて、そしてその場から魔法を使って姿を消した。

 それを見て取ったファラは心話に切り替えて仲間に指示を飛ばした。
(リュファスは引き続き、魔法陣を中庭と繋げて、行けそうならレナスを連れて行ってくれ。私とミリーは――)
 魔獣の群れに向き直って笑みを浮かべる。
(こいつらの相手だ)

「武器をドレスに仕込んで正解ね」
 ミリーが笑いながらドレスをたくし上げ、脚に括り付けておいたナイフを取り出しながら言った。
 同じようにドレスをたくし上げ、すらりとした足を晒したファラが、レイピアを手にしながら笑って頷いた。
「まったくだ」

 ***

 その振動が響いた時、ルファーガは図書室にいた。
「結界が――」
 まったく予兆もなしにいきなり巨大な力が弾けて、結界を粉砕した。それはルファーガにとっても不意打ちだった。
「地の聖霊よ、何が起きた?」
 誰もいない空に向かって問いかける。大地を司る精霊が情報伝達が一番早いからだ。
 けれど、彼らが答える前に何人かの精霊がルファーガの所に飛び込んできた。それはグリードがアーリアの守護として付けていた精霊たちだった。
『ルファーガ、大変! 魔族がきてアーリアが! 私たち剥がされてしまった!』
『アルバトロの魔法使いが魔族に操られていて、結界を壊したの!』
『嫌な力を発する球を持ってた。私たち、あれには近寄れなくて、魔法使い、止められなかった!』
『結界壊された! 魔族の色持ちが現れたとたん、私たち弾かれた! 中庭に近寄れない!』
 口々に訴える彼らの言葉で、ルファーガはおおよそのことを悟った。
 そのアルバトロの魔法使いが持っていた球というのは「魔力の種」と呼ばれる魔力を凝縮させたものだろう。
 高位の魔族がしばしば使う手法で、増幅装置として使われることが多い。その球を魔獣に与えれば一時的にだが飛躍的にその能力を高めさせることができるのだ。
 けれど、人間の魔力とは質が違うため、それを人間に使えるかというのはまた別の問題だ。
 おそらくアルバトロの魔法使いの力を高めるという目的ではなく、結界の内側からその力をぶつけさせて破壊するために使われたのだろう。
 グリードが魔王城の結界に穴をあけた時と要は同じだ。
 ――内側と外側から同時に同じ場所に力を加えて結界を粉砕したのだ。
 中庭を選んだのは、主塔と主居館に掛けられていたもう一つ別の結界ごと叩き壊すためだろう。
 彼らがグリードがかつて使ったその方法を取ったのは、勇者に対する意趣返しだろうか。
 とにかく、そうして結界を破壊した魔族はまっすぐアーリアの元に向かった。そして彼女が精霊に守護されているのを知っていたから、彼らを力づくで引きはがしたのだ。
「それはグリードには?」
『もう伝えた! 今アーリアの所に転移しようとしている』
「わかりました。私も中庭に向かいます」
 ところが、魔法陣を展開させようとして中庭に繋がらないことに気づく。

 人間とエルフが使う魔法陣による移転の術は空間と空間を繋げて行う移動の術だ。知っている場所ならどこでへも行ける。
 だがそれは言い換えれば、先に移動先の座標を指定して空間を繋げてからでないと使えない。術者が終点を認識できない場所には行けないということなのだ。
 今回の場合、ルファーガはシュワルゼの中庭を知っている。距離も短い。だからすぐに移動できるはずだった。ところが繋げる先がまるで煙幕でも張ったかのように不透明でつかめなかった。
「魔族の妨害か……」
 魔族の、それも色持ちによる空間の干渉だ。このまま下手に移動すると、中庭だと思ったらとんでもない所に転移してしまう恐れがある。
 更に地の精霊が現れて言った。 
『ルファーガ、魔獣が城のあちこちに出現している!』
「何だって?」
『中庭にいる色持ちとは別の色持ちが、城のあちこちに魔獣を放ってる! 人間、みんなパニックになってる!』
「他の皆は?」
『グリードは中庭に向かった。他の皆は舞踏会のホール。レナスが魔獣が入ってこれないようにホールに結界を張った。リュファスは中庭に魔法陣を繋げようとしている。ミリーとファラは扉の外で魔獣と交戦しようとしている」
「……してやられたか」
 ルファーガが舌打ちする。魔獣はおそらく城の防衛機能と、そして勇者一行たちを分散させるための布石だろう。
 城に魔族が出現したとなればルファーガ達は対処にために動かざるを得ない。そうなればアーリアへの防御が手薄になると踏んだのだ。そして自分は中庭からは一番遠い場所にいる。
 大いなる失態だ。油断したつもりはなかったが、こうして結界を破壊され後手に回っている。彼にしては珍しく焦燥感が隠せないでいた。
 だがここで手をこまねいていても状況は不利になっていくばかりだ。
 ルファーガは顔をあげて精霊に言った。
「精霊たちよ、できるだけ人間を守ってやって欲しい」
 シュワルゼの魔法使いたちはそれほど数は多くない。兵士の数もだ。きっと彼らだけでは魔族の襲来に対処はできないだろう。
 だがそれが分かっていながらルファーガはあえて中庭に行くことを選択する。そちらの方がシュワルゼという国よりも重要だからだ。
『うん、わかった。この国の人たちは気に入ってるから』
『他の者たちにも伝えるね』
 精霊たちがそう言って姿を消していく。これで多少は被害を小さくできるだろう。
 ルファーガはそれを見届けてから、杖の先で床をコツンと叩いた。光が走り円形の魔法陣が足元で展開されていく。

 ルファーガにはグリードのように中庭に視標となるべき対の魔具はない。その状態で魔族の幹部に干渉された空間に移動するのはかなり手こずるだろう。
 けれど、彼には勇者一行の誰よりも多く魔族と戦った経験があった。干渉された空間に飛び込むのも初めてではない。それに、中庭は結界のように完全に閉じられた空間になっているわけではないようだ。簡単に来られないように座標をずらされているだけ。
 定まらない終点を探るルファーガの足元で魔法陣が展開していく。
 遠くで悲鳴のようなものが聞こえた気がした。魔獣に襲われているのだろうか。
 けれど、ルファーガはそっちに向いてしまいそうになる意識を無理やり押さえつけて中庭に焦点を合わせることに集中した。
 今はただ、やるべきこと、なすべきことを最優先にやるだけだ。
 ……やがて干渉された中庭という空間に結ぶべき焦点の先を掴んだルファーガは、強烈な光と共に図書室から姿を消した。

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というわけでグリードが結界の破壊に間に合わなかったのはティアナ姫に引き留められていたせいでした。
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