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外伝(むしろメイン)
異聞三 ゲツトマ冒険記( ようこそ桃源郷 編)
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メイン:ゲツエイ、トーマス ジャンル:温泉(温泉が出るとは言ってない)
===================================
霧はむせ返るほどに味濃く、脳髄を煽る遠吠えが耳を射つ夜。
とある険しい山道を、トーマスとゲツエイは進んでいた。
人食い虎が出ると噂の山。旅人は迂回して街道を行くのが常で、人の立ち入りは少ないという。けれど迂回するより直線に抜けたほうが早いことは明白。虎の一匹や二匹、ふたりにとっては、遭遇したところで何ら障害にはなり得ない。
今夜中に山を抜ければ、明日は新しい国に着くだろう。ゲツエイがトーマスを抱えて走れば、夜のあいだに抜けられる。
そうして踏み込んだ山中の、ひらけた場所を通りがかったとき。
夜の匂いに混じり、触れそうな敵意に囲まれた。
ゲツエイの足が止まり、そっとトーマスを下ろす。
刹那、飛来する矢。
ゲツエイはそれを、シッと闇を斬る音をたてて弾き止め、掴み、前方へ投擲。
「ぐぁ」と、男の声が小さく響いて。
「盗賊の類か。ゲツエイ、良いぞ」
引き金の言霊を受け、銃弾は跳んだ。
深緋が舞う。
無味単調な岩肌で。
一蹴にて空を裂き、血花が染めて大気に椿。
数分後、最後のひとりを肉塊に変え、濃く赤い月光に照らされながら、ゲツエイは身を震わせた。
そのまま空腹を満たしはじめる道具の横で、トーマスはあたりを見回す。
転がる頭は数十。中規模の盗賊団だったと見える。注意深く目を凝らせば、少し先に穴ぐらが。
なかを覗くと、縞模様の毛皮や干された肉、この国の貨幣が隅にまとめられていた。ここを根城にしていたのだろう。
路銀の足しにと、盗品らしき貴金属を少々見繕って、懐へ。
「行くぞ」
戻って声をかければ、”お弁当”を持ったゲツエイはぶるると振るい汚れを落とし、トーマスを抱え上げた。
それからまた代わり映えしない景色が過ぎて。
明けが近くなった頃、ふいに鮮やかな色が視界の端にちらついた。
「ちょっと止まれ。降ろせ」
言われた通り、ゲツエイはトーマスから手を離す。
「アレを取ってこい」
トーマスが指したのは獣道。茂る緑の奥の奥、果物の成る木があった。ちょろちょろとした水音も微かに届く。
だが、いつもならすぐに動くゲツエイが、このときばかりはじっとそちらを見つめるだけ。
「どうした? 行けよ」
ゲツエイは、首を横に振った。
「なっ……!? どういうことだ。どうして言うことを聞かない? 行けよ、ゲツエイ!」
深緋の瞳は揺れることなく、静かに群れの仲間を見据える。
「…………そうか。じゃあもういい。お前もいらない。道具のくせに、反抗しやがって。俺様はひとりで行く。お前もここで、さようなら、だ」
最後まで何も言わぬゲツエイに背をむけて、トーマスは木々のなかへと立ち入った。振り返ってなどやるものか。背中に足音は、ついてこない。
踏み込んだ地帯はまるで桃源郷。
この一帯だけ、別世界のよう。
樹上で寛ぐ果実は多様で、俗世の季節を感じさせず。ためしにひとつもぎとってみれば、熟れた芳香が甘ったるく鼻孔を抜けた。
一歩進めば桃色に囲まれ、もう一歩で真紅の情景。さらに奥では紫が。一寸先には何があるのか。絶妙に不鮮明な景色が好奇心を撫で擦る。ぬかるんだ地面は沈み込むように両足を誘い、万華鏡のように変化してゆく極彩色。
奥へ進めば進むほどに気温も上昇しているよう。取り巻く空気は生温かく、いつしかじわりと汗ばむほどになる。
霧は密度を増し、幻惑の靄に覆われて。
ふと、知っている香りがツンと。
「硫黄の匂い?」
ボトリと音がして振り返れば、黒い果実が崩れて溶けた。
まとわりつく臭気が徐々に不快なものへ変わる。
「そうか、地熱で」
硫黄の香りは、近くに温泉か何かがあるのかもしれない。
しかしそれを探す気には到底なれなかった。
気がつけば周囲は腐り落ちた果実だらけ。ドロリと醜悪な姿を晒す汚物達。
最初はたしかに霧だったはず。いつから蒸気になったのか。白く狭められた視界と、熱気で弱った思考力のせいで、思った以上に奥まで来てしまったらしい。
自然の魔力。偶然が重なって、迷い込みやすい地形となった場所。ここも、世界中にあるそういう場所のひとつなんだろう。
「チッ」
腹立たしくも、八つ当たりできるものも無く。
引き返そうとしたトーマスの背後で、「ぐるるる」と、低い唸り声がした。
「虎か!」
トーマスは咄嗟に銃を取り出し、引き金を引いた。
轟音。虎の右目に命中。
「ガオオオオオッ」
怒った虎が猛り狂い向かってくる。
跳躍した虎に向かい二発、三発。左目、眉間。
命中はしても、飛ぶ虎の勢いは止まらない。
不快極まりないが、衣類が汚れる覚悟で走って避けねばならないと覚悟したとき。
紅い閃光、流線描き。
虎のからだがふたつに割れた。
スパンと左右に開かれて、どしゃりと地に落ち緩やかに大地を濡らす。
中央に立つのは、双角の面。
「いらないって言ったのに。ついてきてたとはな」
振り返ったゲツエイが面をあげると、普段は首にまいている布で顔の下半分を覆っている。自ら呼吸を制限するその意味は。
「匂いか」
たずねれば、頷きがひとつ。
「フン。お前はやっぱり使える道具だよ」
あの分かれ道ですでに、腐った匂いを感知していたから。立ち入れば惑わされる危険を知っていたから。どちらでもいい。理由に興味はない。
結果的に、無駄足になるとゲツエイには分かっていたらしい。
「さっさと山を抜けて次の街へ行くぞ」
ゲツエイはこくりとまた頷いて、トーマスを抱え、跳んだ。もうすぐ、完全に日が昇る。
ふたりが去った山は静寂に包まれ、生きものの気配は無く。甘い香りを漂わせながら、次に迷い込むものを待っている。
ここは魔の山、武陵桃源。
おいでませ、おいでませ――呼び声は、霧と共に。
異聞三END
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霧はむせ返るほどに味濃く、脳髄を煽る遠吠えが耳を射つ夜。
とある険しい山道を、トーマスとゲツエイは進んでいた。
人食い虎が出ると噂の山。旅人は迂回して街道を行くのが常で、人の立ち入りは少ないという。けれど迂回するより直線に抜けたほうが早いことは明白。虎の一匹や二匹、ふたりにとっては、遭遇したところで何ら障害にはなり得ない。
今夜中に山を抜ければ、明日は新しい国に着くだろう。ゲツエイがトーマスを抱えて走れば、夜のあいだに抜けられる。
そうして踏み込んだ山中の、ひらけた場所を通りがかったとき。
夜の匂いに混じり、触れそうな敵意に囲まれた。
ゲツエイの足が止まり、そっとトーマスを下ろす。
刹那、飛来する矢。
ゲツエイはそれを、シッと闇を斬る音をたてて弾き止め、掴み、前方へ投擲。
「ぐぁ」と、男の声が小さく響いて。
「盗賊の類か。ゲツエイ、良いぞ」
引き金の言霊を受け、銃弾は跳んだ。
深緋が舞う。
無味単調な岩肌で。
一蹴にて空を裂き、血花が染めて大気に椿。
数分後、最後のひとりを肉塊に変え、濃く赤い月光に照らされながら、ゲツエイは身を震わせた。
そのまま空腹を満たしはじめる道具の横で、トーマスはあたりを見回す。
転がる頭は数十。中規模の盗賊団だったと見える。注意深く目を凝らせば、少し先に穴ぐらが。
なかを覗くと、縞模様の毛皮や干された肉、この国の貨幣が隅にまとめられていた。ここを根城にしていたのだろう。
路銀の足しにと、盗品らしき貴金属を少々見繕って、懐へ。
「行くぞ」
戻って声をかければ、”お弁当”を持ったゲツエイはぶるると振るい汚れを落とし、トーマスを抱え上げた。
それからまた代わり映えしない景色が過ぎて。
明けが近くなった頃、ふいに鮮やかな色が視界の端にちらついた。
「ちょっと止まれ。降ろせ」
言われた通り、ゲツエイはトーマスから手を離す。
「アレを取ってこい」
トーマスが指したのは獣道。茂る緑の奥の奥、果物の成る木があった。ちょろちょろとした水音も微かに届く。
だが、いつもならすぐに動くゲツエイが、このときばかりはじっとそちらを見つめるだけ。
「どうした? 行けよ」
ゲツエイは、首を横に振った。
「なっ……!? どういうことだ。どうして言うことを聞かない? 行けよ、ゲツエイ!」
深緋の瞳は揺れることなく、静かに群れの仲間を見据える。
「…………そうか。じゃあもういい。お前もいらない。道具のくせに、反抗しやがって。俺様はひとりで行く。お前もここで、さようなら、だ」
最後まで何も言わぬゲツエイに背をむけて、トーマスは木々のなかへと立ち入った。振り返ってなどやるものか。背中に足音は、ついてこない。
踏み込んだ地帯はまるで桃源郷。
この一帯だけ、別世界のよう。
樹上で寛ぐ果実は多様で、俗世の季節を感じさせず。ためしにひとつもぎとってみれば、熟れた芳香が甘ったるく鼻孔を抜けた。
一歩進めば桃色に囲まれ、もう一歩で真紅の情景。さらに奥では紫が。一寸先には何があるのか。絶妙に不鮮明な景色が好奇心を撫で擦る。ぬかるんだ地面は沈み込むように両足を誘い、万華鏡のように変化してゆく極彩色。
奥へ進めば進むほどに気温も上昇しているよう。取り巻く空気は生温かく、いつしかじわりと汗ばむほどになる。
霧は密度を増し、幻惑の靄に覆われて。
ふと、知っている香りがツンと。
「硫黄の匂い?」
ボトリと音がして振り返れば、黒い果実が崩れて溶けた。
まとわりつく臭気が徐々に不快なものへ変わる。
「そうか、地熱で」
硫黄の香りは、近くに温泉か何かがあるのかもしれない。
しかしそれを探す気には到底なれなかった。
気がつけば周囲は腐り落ちた果実だらけ。ドロリと醜悪な姿を晒す汚物達。
最初はたしかに霧だったはず。いつから蒸気になったのか。白く狭められた視界と、熱気で弱った思考力のせいで、思った以上に奥まで来てしまったらしい。
自然の魔力。偶然が重なって、迷い込みやすい地形となった場所。ここも、世界中にあるそういう場所のひとつなんだろう。
「チッ」
腹立たしくも、八つ当たりできるものも無く。
引き返そうとしたトーマスの背後で、「ぐるるる」と、低い唸り声がした。
「虎か!」
トーマスは咄嗟に銃を取り出し、引き金を引いた。
轟音。虎の右目に命中。
「ガオオオオオッ」
怒った虎が猛り狂い向かってくる。
跳躍した虎に向かい二発、三発。左目、眉間。
命中はしても、飛ぶ虎の勢いは止まらない。
不快極まりないが、衣類が汚れる覚悟で走って避けねばならないと覚悟したとき。
紅い閃光、流線描き。
虎のからだがふたつに割れた。
スパンと左右に開かれて、どしゃりと地に落ち緩やかに大地を濡らす。
中央に立つのは、双角の面。
「いらないって言ったのに。ついてきてたとはな」
振り返ったゲツエイが面をあげると、普段は首にまいている布で顔の下半分を覆っている。自ら呼吸を制限するその意味は。
「匂いか」
たずねれば、頷きがひとつ。
「フン。お前はやっぱり使える道具だよ」
あの分かれ道ですでに、腐った匂いを感知していたから。立ち入れば惑わされる危険を知っていたから。どちらでもいい。理由に興味はない。
結果的に、無駄足になるとゲツエイには分かっていたらしい。
「さっさと山を抜けて次の街へ行くぞ」
ゲツエイはこくりとまた頷いて、トーマスを抱え、跳んだ。もうすぐ、完全に日が昇る。
ふたりが去った山は静寂に包まれ、生きものの気配は無く。甘い香りを漂わせながら、次に迷い込むものを待っている。
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