そしてふたりでワルツを

あっきコタロウ

文字の大きさ
46 / 78
外伝(むしろメイン)

異聞三   ゲツトマ冒険記( ようこそ桃源郷 編)

しおりを挟む
メイン:ゲツエイ、トーマス ジャンル:温泉(温泉が出るとは言ってない)

===================================




 霧はむせ返るほどに味濃く、脳髄を煽る遠吠えが耳を射つ夜。
 とある険しい山道を、トーマスとゲツエイは進んでいた。

 人食い虎が出ると噂の山。旅人は迂回して街道を行くのが常で、人の立ち入りは少ないという。けれど迂回するより直線に抜けたほうが早いことは明白。虎の一匹や二匹、ふたりにとっては、遭遇したところで何ら障害にはなり得ない。
 今夜中に山を抜ければ、明日は新しい国に着くだろう。ゲツエイがトーマスを抱えて走れば、夜のあいだに抜けられる。

 そうして踏み込んだ山中の、ひらけた場所を通りがかったとき。
 夜の匂いに混じり、触れそうな敵意に囲まれた。
 ゲツエイの足が止まり、そっとトーマスを下ろす。

 刹那、飛来する矢。

 ゲツエイはそれを、シッと闇を斬る音をたてて弾き止め、掴み、前方へ投擲投げ返す
「ぐぁ」と、男の声が小さく響いて。

「盗賊の類か。ゲツエイ、良いぞ」

 引き金の言霊を受け、銃弾ゲツエイは跳んだ。
 
 深緋あかが舞う。
 無味単調な岩肌で。
 一蹴にて空を裂き、血花が染めて大気に椿。

 数分後、最後のひとりを肉塊に変え、濃く赤い月光に照らされながら、ゲツエイは身を震わせた絶頂

 そのまま空腹を満たしはじめる道具ゲツエイの横で、トーマスはあたりを見回す。
 転がる頭は数十。中規模の盗賊団だったと見える。注意深く目を凝らせば、少し先に穴ぐらが。
 なかを覗くと、縞模様の毛皮や干された肉、この国の貨幣が隅にまとめられていた。ここを根城にしていたのだろう。
 路銀の足しにと、盗品らしき貴金属を少々見繕って、懐へ。

「行くぞ」

 戻って声をかければ、”お弁当”を持ったゲツエイはぶるると振るい汚れを落とし、トーマスを抱え上げた。


 それからまた代わり映えしない景色が過ぎて。
 明けが近くなった頃、ふいに鮮やかな色が視界の端にちらついた。

「ちょっと止まれ。降ろせ」
 言われた通り、ゲツエイはトーマスから手を離す。

「アレを取ってこい」
 トーマスが指したのは獣道。茂る緑の奥の奥、果物の成る木があった。ちょろちょろとした水音も微かに届く。
 だが、いつもならすぐに動くゲツエイが、このときばかりはじっとそちらを見つめるだけ。

「どうした? 行けよ」

 ゲツエイは、首を横に振った。

「なっ……!? どういうことだ。どうして言うことを聞かない? 行けよ、ゲツエイ!」

 深緋の瞳は揺れることなく、静かに群れの仲間トーマスを見据える。

「…………そうか。じゃあもういい。お前もいらない。道具のくせに、反抗しやがって。俺様はひとりで行く。お前もここで、さようなら、だ」

 最後まで何も言わぬゲツエイに背をむけて、トーマスは木々のなかへと立ち入った。振り返ってなどやるものか。背中に足音は、ついてこない。




 踏み込んだ地帯はまるで桃源郷。
 この一帯だけ、別世界のよう。

 樹上で寛ぐ果実は多様で、俗世の季節を感じさせず。ためしにひとつもぎとってみれば、熟れた芳香が甘ったるく鼻孔を抜けた。

 一歩進めば桃色に囲まれ、もう一歩で真紅の情景。さらに奥では紫が。一寸先には何があるのか。絶妙に不鮮明な景色が好奇心を撫で擦る。ぬかるんだ地面は沈み込むように両足を誘い、万華鏡のように変化してゆく極彩色。

 奥へ進めば進むほどに気温も上昇しているよう。取り巻く空気は生温かく、いつしかじわりと汗ばむほどになる。
 霧は密度を増し、幻惑のもやに覆われて。

 ふと、知っている香りがツンと。

「硫黄の匂い?」

 ボトリと音がして振り返れば、黒い果実が崩れて溶けた。
 まとわりつく臭気が徐々に不快なものへ変わる。

「そうか、地熱で」

 硫黄の香りは、近くに温泉か何かがあるのかもしれない。
 しかしそれを探す気には到底なれなかった。

 気がつけば周囲は腐り落ちた果実だらけ。ドロリと醜悪な姿を晒す汚物達。

 最初はたしかに霧だったはず。いつから蒸気になったのか。白く狭められた視界と、熱気で弱った思考力のせいで、思った以上に奥まで来てしまったらしい。

 自然の魔力。偶然が重なって、迷い込みやすい地形となった場所。ここも、世界中にあるそういう場所のひとつなんだろう。

「チッ」
 腹立たしくも、八つ当たりできるものも無く。

 引き返そうとしたトーマスの背後で、「ぐるるる」と、低い唸り声がした。

「虎か!」

 トーマスは咄嗟に銃を取り出し、引き金を引いた。

 轟音。虎の右目に命中。

「ガオオオオオッ」
 怒った虎が猛り狂い向かってくる。

 跳躍した虎に向かい二発、三発。左目、眉間。
 命中はしても、飛ぶ虎の勢いは止まらない。

 不快極まりないが、衣類が汚れる覚悟で走って避けねばならないと覚悟したとき。


 紅い閃光、流線えがき。


 虎のからだがふたつに割れた。
 スパンと左右に開かれて、どしゃりと地に落ち緩やかに大地を濡らす。

 中央に立つのは、双角の面。
 
「いらないって言ったのに。ついてきてたとはな」

 振り返ったゲツエイが面をあげると、普段は首にまいている布で顔の下半分を覆っている。自ら呼吸を制限するその意味は。

「匂いか」

 たずねれば、頷きがひとつ。

「フン。お前はやっぱり使える道具だよ」

 あの分かれ道ですでに、腐った匂いを感知していたから。立ち入れば惑わされる危険を知っていたから。どちらでもいい。理由に興味はない。
 結果的に、無駄足になるとゲツエイには分かっていたらしい。

「さっさと山を抜けて次の街へ行くぞ」

 ゲツエイはこくりとまた頷いて、トーマスを抱え、跳んだ。もうすぐ、完全に日が昇る。



 ふたりが去った山は静寂に包まれ、生きものの気配は無く。甘い香りを漂わせながら、次に迷い込むものを待っている。

 ここは魔の山、武陵桃源。

 おいでませ、おいでませ――呼び声は、霧と共に。

 異聞三END
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】姉に婚約者を奪われ、役立たずと言われ家からも追放されたので、隣国で幸せに生きます

よどら文鳥
恋愛
「リリーナ、俺はお前の姉と結婚することにした。だからお前との婚約は取り消しにさせろ」  婚約者だったザグローム様は婚約破棄が当然のように言ってきました。 「ようやくお前でも家のために役立つ日がきたかと思ったが、所詮は役立たずだったか……」 「リリーナは伯爵家にとって必要ない子なの」  両親からもゴミのように扱われています。そして役に立たないと、家から追放されることが決まりました。  お姉様からは用が済んだからと捨てられます。 「あなたの手柄は全部私が貰ってきたから、今回の婚約も私のもの。当然の流れよね。だから謝罪するつもりはないわよ」 「平民になっても公爵婦人になる私からは何の援助もしないけど、立派に生きて頂戴ね」  ですが、これでようやく理不尽な家からも解放されて自由になれました。  唯一の味方になってくれた執事の助言と支援によって、隣国の公爵家へ向かうことになりました。  ここから私の人生が大きく変わっていきます。

処理中です...