小江戸・川越 神様のいるドッグカフェ 楓庵

友理潤

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第四幕 よみがえりのノクターン

43.

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◇◇

「担当医は『奇跡』と言ってくれたよ。
 そりゃそうだと思う。大破した車から助け出され、3か月も意識が戻らずに生死の境をさまよい続けたのに、後遺症ひとつなく退院できたのだから……。
 でもね。僕にとっては『奇跡』なんて、余計なお世話だった。
 もしそのまま目を覚まさなければ、どれほどよかったか……。
 一人でマンションに戻った時。暗い部屋の中で、あの頃と変わらないにおいが鼻についた瞬間に、愕然としたよ。
 僕はなんで生きているんだろう……ってね」

 かすれた声を絞り出す八尋さんを前に、私はどうしていいか分からず、ただ黙って見守ることしかできなかった。ベッドから起き上がることすらできないことのもどかしさで、心臓がぎゅっと鷲掴みにされたように痛い。
 唇をかみしめた私に対し、八尋さんは優しい微笑みを浮かべた。

「ありがとう。聞いてくれて」

「いえ……」

「もう少しで終わるからね。最後までいいかな?」

 私は無言でうなずいた。
 八尋さんは小さく頭を下げると、これまで通りに淡々とした口調で話を再開したのだった。

◇◇

 生活に必要なお金は、これまでの蓄えを削ることで、どうにかまかなえた。
 それも母と音楽事務所の社長さんが、これまで工面してくれたものだったんだけどね。生きていくためには「こんな金使いたくない」なんて意地を張るわけにもいかなかった。
 何もする気にもなれず、ただ無為に日々は過ぎていった。
 朝から部屋にこもり、食料品を買う為だけに外へ出るのは決まって深夜0時すぎ。寄るのは徒歩5分のコンビニ。1日1食の弁当と缶の発泡酒を1本買って帰るだけ。
 退院したのは春だったから、とうに半年がたった晩秋のある晩。
 薄手のコートでは夜道は寒く、両腕をさすりながら早足で歩道を歩いていた。その時……。

「ミャア」

 小さく鳴く声が左手の公園から聞こえてきたのだ。
 公園と言ってもマンションの敷地内に作られたものでね。小さな砂場とジャングルジムが申し訳なさそうにあるだけ。その片隅に違和感を感じて、よく目を凝らすと、みかんの段ボールがポツンと置かれている。そこから頭だけを出して、黄色い目を光らせた黒猫がこちらをじっと見つめていたのだ。

「捨て猫か……」

 これまで動物なんか飼ったことはなかったし、興味すらなかった。しかし独りぼっちで懸命に救いを求めるその姿に、この時は強く同情してしまってね。
 うちのマンションはペットは1匹までは飼ってもいい、というルールまで引っ張りだして、子猫を抱きかかえる理由を作ったんだ。

「ミャア」

 これが僕とノクターンの出会いだった。
 





 
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