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第四幕 よみがえりのノクターン
47.まともじゃない
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◇◇
楓庵の定休日である木曜の昼下がり。私とソラは、二人が出会ったカフェ『OIMO』で向かいあって座っている。だからと言ってデートやお遊びできたのではない。これはビジネスなのだ。
「んで? 大見得切ったはいいもの、何をしたらいいか分からずに、俺に泣きついてきたってわけか?」
眉をひそめて問いかけてきたソラに対し、私はぷくっと頬を膨らませて反論した。
「泣きついたわけじゃないわ。取引きよ、取引き。ソラだって喜んでここまでついてきたじゃない」
「そういうのを屁理屈って言うんだよ! だいたいなぁ、おまえはいっつもそうじゃねえか。考えなしに突っ走って――」
ソラがそう言いかけた瞬間、底抜けに明るい声が響いてきた。
「お待たせしました! 当店自慢の『芋づくしパフェ』です!」
以前と同じ店員のお姉さんが、まぶしい笑顔で高さ30cmの巨大パフェをテーブルに置く。ソラの口から喜びが弾けた。
「おおお!! きたきたぁぁぁ!!」
さっきまでのしかめっ面はどこへやら。目を一番星のように輝かせて、身を乗り出したソラ。しかし私はその細長いグラスをさっと自分の手元にかっさらった。
「んなっ!? 何するんだよ!? 返せ!!」
「ダメ! 取引きに応じてくれるって約束してくれなくちゃ一口たりともあげません!」
私は問答無用といった風に長いスプーンでお芋のアイスをすくって、自分の口に持っていこうとする。
「ぐぬぬぅ。パフェを人質に取るとは……。きたねえぞ」
そしてスプーンが口に入りかけた瞬間に、ソラはがくりと肩を落とした。
「分かったよ。協力すればいいんだろ」
「ふふ。最初から素直にそう言ってくれればいいのよ」
私はスプーンの先をソラの口へ向ける。ソラはそれをぱくりとくわえた。
そのわずか15秒後にはアイスをまるごとぺろりとたいらげ、お芋のチップスをかじりはじめている。
全部食べ終わる前に本題に入らないと、取引を反故にされる可能性がある。そこで私は単刀直入に切り出した。
「で、ノクターンは今どこにいるの?」
「そんなん知るかよ」
さらりと突き放されて、思わずかっとなる。
「もうっ、だってソラは神様なんでしょ!? 何でも知ってるんじゃないの?」
平日のまばらな店内に大きな声が響き渡る。
他のお客さんの目が一斉に集まる……。
私は慌てて、さっきの店員さんに声をかけた。
「こ、コーヒーひとつください! ホットで!」
ソラと出会った時と同じように、必死に目配せする。
店員さんはコクリと大きくうなずいた後、
「かしこまりました! コーヒーをおひとつですね!」
明るい声で店内に漂っていた静寂を破ると、他のお客さんにも声をかけ始めた。
さすがだわ。相変わらず完璧なカバーね。
やっぱりあの子とはお友達になれる気がする。
心の中で彼女に向かって親指を立てた後、私は声の調子を落としてソラに詰め寄った。
「もったいぶらないで教えてよ。協力してくれるんでしょ?」
「協力はするが、知らないものを知っているとは言えねえ」
「むぅ……。じゃあ、どうやって探すのよ? ノクターンのこと」
「知るか! そもそも黄泉ならまだしも、現世のことを全部知ってる神なんていねえっつーの!」
その言葉に私はぱっと目の前が開けたかのような感覚に陥った。
「……ということは、黄泉のことなら全部知ってる神様がいるの?」
既に巨大パフェを半分以上たいらげたソラは、スプーンを持つ手を止めずに抑揚のない口調で答える。
「まあな。黄泉にやってきた霊を迎える神なら、いつ誰がやってきたか全部覚えてるはずだ」
「黄泉にやってきた霊を迎える神様か……」
あごに手を当てて考え込む私のことを、ソラは怪訝そうに見つめていたが、何かを思いついたようにはっとなって顔を青くした。
「おまえまさか……」
「うん、やっぱりこれしかないわよね」
ぼそりとつぶやいた私は、テーブルの上に両手を置く。
ソラは首を横に振った。
「おまえの考えていることは言わずとも分かる。でも、やめとけ。『まとも』じゃねえから」
「心配無用よ。はじめから『まとも』なやり方じゃ上手くいかないと分かっていたもの」
「けどな、おまえ――」
さらに何か言おうとする彼を制するように、私は身を乗り出して、お願いを口にしたのだった。
「ソラ! 私を黄泉へ連れて行って!」
楓庵の定休日である木曜の昼下がり。私とソラは、二人が出会ったカフェ『OIMO』で向かいあって座っている。だからと言ってデートやお遊びできたのではない。これはビジネスなのだ。
「んで? 大見得切ったはいいもの、何をしたらいいか分からずに、俺に泣きついてきたってわけか?」
眉をひそめて問いかけてきたソラに対し、私はぷくっと頬を膨らませて反論した。
「泣きついたわけじゃないわ。取引きよ、取引き。ソラだって喜んでここまでついてきたじゃない」
「そういうのを屁理屈って言うんだよ! だいたいなぁ、おまえはいっつもそうじゃねえか。考えなしに突っ走って――」
ソラがそう言いかけた瞬間、底抜けに明るい声が響いてきた。
「お待たせしました! 当店自慢の『芋づくしパフェ』です!」
以前と同じ店員のお姉さんが、まぶしい笑顔で高さ30cmの巨大パフェをテーブルに置く。ソラの口から喜びが弾けた。
「おおお!! きたきたぁぁぁ!!」
さっきまでのしかめっ面はどこへやら。目を一番星のように輝かせて、身を乗り出したソラ。しかし私はその細長いグラスをさっと自分の手元にかっさらった。
「んなっ!? 何するんだよ!? 返せ!!」
「ダメ! 取引きに応じてくれるって約束してくれなくちゃ一口たりともあげません!」
私は問答無用といった風に長いスプーンでお芋のアイスをすくって、自分の口に持っていこうとする。
「ぐぬぬぅ。パフェを人質に取るとは……。きたねえぞ」
そしてスプーンが口に入りかけた瞬間に、ソラはがくりと肩を落とした。
「分かったよ。協力すればいいんだろ」
「ふふ。最初から素直にそう言ってくれればいいのよ」
私はスプーンの先をソラの口へ向ける。ソラはそれをぱくりとくわえた。
そのわずか15秒後にはアイスをまるごとぺろりとたいらげ、お芋のチップスをかじりはじめている。
全部食べ終わる前に本題に入らないと、取引を反故にされる可能性がある。そこで私は単刀直入に切り出した。
「で、ノクターンは今どこにいるの?」
「そんなん知るかよ」
さらりと突き放されて、思わずかっとなる。
「もうっ、だってソラは神様なんでしょ!? 何でも知ってるんじゃないの?」
平日のまばらな店内に大きな声が響き渡る。
他のお客さんの目が一斉に集まる……。
私は慌てて、さっきの店員さんに声をかけた。
「こ、コーヒーひとつください! ホットで!」
ソラと出会った時と同じように、必死に目配せする。
店員さんはコクリと大きくうなずいた後、
「かしこまりました! コーヒーをおひとつですね!」
明るい声で店内に漂っていた静寂を破ると、他のお客さんにも声をかけ始めた。
さすがだわ。相変わらず完璧なカバーね。
やっぱりあの子とはお友達になれる気がする。
心の中で彼女に向かって親指を立てた後、私は声の調子を落としてソラに詰め寄った。
「もったいぶらないで教えてよ。協力してくれるんでしょ?」
「協力はするが、知らないものを知っているとは言えねえ」
「むぅ……。じゃあ、どうやって探すのよ? ノクターンのこと」
「知るか! そもそも黄泉ならまだしも、現世のことを全部知ってる神なんていねえっつーの!」
その言葉に私はぱっと目の前が開けたかのような感覚に陥った。
「……ということは、黄泉のことなら全部知ってる神様がいるの?」
既に巨大パフェを半分以上たいらげたソラは、スプーンを持つ手を止めずに抑揚のない口調で答える。
「まあな。黄泉にやってきた霊を迎える神なら、いつ誰がやってきたか全部覚えてるはずだ」
「黄泉にやってきた霊を迎える神様か……」
あごに手を当てて考え込む私のことを、ソラは怪訝そうに見つめていたが、何かを思いついたようにはっとなって顔を青くした。
「おまえまさか……」
「うん、やっぱりこれしかないわよね」
ぼそりとつぶやいた私は、テーブルの上に両手を置く。
ソラは首を横に振った。
「おまえの考えていることは言わずとも分かる。でも、やめとけ。『まとも』じゃねえから」
「心配無用よ。はじめから『まとも』なやり方じゃ上手くいかないと分かっていたもの」
「けどな、おまえ――」
さらに何か言おうとする彼を制するように、私は身を乗り出して、お願いを口にしたのだった。
「ソラ! 私を黄泉へ連れて行って!」
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