着ぐるみ若葉におまかせあれ! 〜がけっぷち商店街からはじまる、女子高生と着ぐるみの青春物語〜

友理潤

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第一話

第一話 神崎若葉 キグジョ誕生! ⑥

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◇◇

――この会場のどこかにたまちゃんとマユがいる!

 そう考えただけで、体がかっちこちに固まってしまった私。
 
――ぜったいに目立っちゃダメだからね! 神崎若葉!

 何度も自分に言い聞かせて、どうにか子どもたちの待つイベント会場の広い場所へ出てきた。

 雲ひとつない晴天のもと、瞳を輝かしながらりゅっしーを迎えてくれた彼らに、私は手を振ってこたえながら、これからは最小限の動きにとどめるつもりでいようとあらためて決意を固めていたのだった。
 
 しかし、どうにも頼まれたら断りきれない性格は、りゅっしーの中に入っていてもまったく変わらないらしい……。

「りゅっしー! ダンスー!!」
「おどってぇ!」

 という子どもたちの悲鳴にも似た大声がイベント会場を包むと、私の体は勝手に動き出した。
 
 バッ! ババッ!!
 
 なんと私は子どもたちにせがまれるままに、その場でおどけた動きを繰り返してしまったのである。
 
「うわあぁぁ!! りゅっしーかっこいい!」
「りゅっしー! すっごーい! あははっ!」
「りゅっしー! りゅっしー!」

 子どもたちの声援は、しばらくすると手拍子を伴った『りゅっしーコール』へと変わっていく。
 周囲の大人たちも、彼らに合わせて手を叩いて、私に向かって声援を送っていた。
 
――こんなに目立っちゃダメなのにぃ! なんでみんな私を乗せるのよー!!

 キレキレの体の動きとは裏腹に、心の中では悲鳴を上げていたのだった。
 
 そうしてしばらくした後のこと。
 無情にも、もっとも恐れていた瞬間が、ついに訪れてしまうことになる――
 
 なんと聞き覚えのある二人の少女の声が耳に届いてきたではないか。
 

「ねえ、たまちゃん! あの着ぐるみ、超面白くない!?」

「わぁ、ほんとだねぇ。なんかすっごく面白い動きだねぇ」


 その瞬間、まるで電池の切れたロボットのように、キレのあるりゅっしーの動きがピタリと止まったのは、言うまでもなく、私の体が鋼鉄のように硬直してしまったからだ。

 なんの事情も知らない子どもたちは、びっくりした様子で目を丸くしているが、私は彼らに一瞥もくれず、血に飢えたハンターとなって、聞き覚えのある声の持ち主たちに向かってグルンと頭を九〇度回転させた。
 
 すると目に飛び込んできた彼女たちの姿に、全身の毛が逆立ってしまったのだった。
 
「ふごっ!!」

 驚愕のあまり声が飛び出しそうになるのをどうにか胃の中へ押し戻すと、心の中で絶叫した。
 
――うわああああ! たまちゃんとマユだ! どうしよぉぉぉ!?

 急に動きが止まったことを不可解に思ったのか、じーっと私を見つめている二人。
 
――待て! 落ち着くんだ! 神崎若葉! 君はまだりゅっしーだとバレていない!

 早口言葉のように心の中で唱えると、一度、二度と深呼吸をして自分を落ち着かせる。
 そこで彼女たちを見ないように、すぐ側にいる子どもたちに集中することにしたのだった。
 
「ねえねえ、りゅっしー! 踊って! 踊ってー!」

 と、彼らは動きを止めてしまった私に対して、上目遣いでせがんでくる。
 
――きっと私が躍っている間に、どこかへ立ち去ってくれるに違いない!

 そう考えた私は、再び無心で踊りだした。
 子どもたちの声援と手拍子が再び耳に届きだすと、たまちゃんとマユのことが徐々に頭の中から薄れていく。
 
――集中すれば怖くない! だってぜったいにバレるはずがないんだもん!

 私はそう自分に言い聞かせるながら、手足を動かし続けた。
 そうして時がたつにつれて、自然と心が軽くなっていった。
 
――そうよ、神崎若葉! 最初から二人を気にする必要なんかなかったのよ!

 しかし、そんな心の余裕はあっさりと粉砕されることになる。
 私は甘く見ていたのだ。
 
 
 親友と私の『絆』を――
 
 
「ねえ、マユー? あのダンスって、小学四年の運動会で若葉が躍ったのと同じだと思わない?」

「うんうん! うちも同じこと思ったぁ! あのヘンテコな踊りって若葉が考えたものだったよね!? なんであの変な着ぐるみが踊れるんだろ?」

 たまちゃんの眠たそうな声とマユのシャキッとした声が、子どもたちの大声援の中にまじる。
 
 本来ならばかき消されてしまうほどの小さな音量であったが、まるで暗闇の中の一筋の光のように、真っ直ぐに私の鼓膜を震わせたのだった。
 
 
 直後、再び体の動きがピタリと止まってしまった――
 
 
――し、し、し、しまったぁぁ!! なんで私でも覚えていないことを、あの二人は覚えているのよー!!

 
 それは驚愕を通りこして、もはや恐怖、ホラーだ!

 確かに私は小学四年生の組み体操で、クラスを代表して単独でダンスを披露したけど、時間にしてわずか二〇秒だったのよ!

 なんでそのダンスを覚えているのぉ!?
 今まで踊っていた私だって、自分で何を踊っているか分かっていなかったのにぃ!!
 
 そして、私はつい先ほどとまったく同じ失態を犯してしまうのだった――
 
 
――違う、違う!! 何かの勘違いだって!!


 と言わんばかりに、彼女たちに向かって右手をぶんぶんと振ってしまったのである。
 
 私にはどうにも物事を深く考える前に行動に移してしまう節があるらしいが、後悔は先に立たずだ。

 マユが首をかしげて、隣のたまちゃんに耳打ちしている。
 その小さな声さえも、ばっちり私の耳には入ってきた。
 
 
「ねえねえ、たまちゃん! あの変なのが『違う、違う!』って必死にうちらに訴えてるんですけど」

「うーん。なにが違うんだろぉ?」

「まるで『私は若葉じゃない』って言ってるように思えない?」

「ええぇ! うっそぉ! でも、そう言われてみれば、動きが若葉っぽいかもぉ」

「さっきからどこ見渡してもいないしね。あの中にいたりして! あはっ!」

「ええぇー!? そんなわけないよぉ! ……でも、言われてみればそんな気もしなくはないけどぉ」


 小気味の良いテンポの会話に思わず聞き入ってしまう。
 いつもならそこで私が大笑いして「ぶっちゃけ、どっちでも良くない!? それより駅前のクレープ屋の新作を食べに行こうよ!」と、話題を一八〇度変えてしまうところだ。
 
 しかしそこに私はいない。
 当たり前だが……。
 
 すると二人はますます怪しんで、私をじーっと見つめてきたのだから、たまったものじゃない。
 
――万事休すだわ! こうなったらもう仕方ない!

 そうしてついに私は決断した。


 この場から撤退し、りゅっしーを脱ぐ。
 そしてもう二度とりゅっしーになるのはやめようと――


 ちらりと近くにいる健一おじさんを見る。
 彼が私の視線に気付いたところで、右腕を胸の辺りまで上げて、手首をちょんちょんと叩いた。
 
 それは腕時計をつつく仕草であり、いわゆる『もう時間だよ!』というサインだ。
 
 しかし、彼はこともあろうことか、両手を上げて首を左右に振ったのだ。
 いかつい強面に似合わぬアメリカンな仕草に、私は顔を真っ赤にして頬を膨らませた。
 
――「Why?」……じゃないわよっ!! くっ! こうなったら強硬突破よ!

 もはや健一おじさんを頼りにするわけにはいかないと判断した私は、最終手段に出るため、子どもたちに向き合った。
 
 両足をぐっと踏ん張り、力をたくわえていく。
 動きがあきらかにおかしくなったりゅっしーに、子どもたちは目を凝らしている。
 そして彼らの注意が完全にりゅっしーに向けられた頃合いをみて、行動に出たのだった――
 
 
 バッ!
 
 
 子どもたちの後方の青空を指さすと、私とばれないように、まるでボイスチェンジャーのガスを吸い込んだ後のような甲高い声で叫んだ。
 
 
「ああっ! なにか飛んでる! あれ、なんだろう!?」

 
 突然りゅっしーが奇声をあげたものだから、子どもたちだけでなく、たまちゃんとマユもびっくりして、後方の空を見上げ始める。
 
 その様子を見て、私はニヤリと口角を上げた。
 
――よしっ! かかったあ!

 それまで溜めていた両足の力を一気に解放させると、力強く地面を蹴った。

 ダダッ!!
 
 空を見上げる子どもたちをそのままにして、運営本部めがけて猛ダッシュしはじめる。
 
「あっ! りゅっしーが逃げた!」

 と、例の名探偵くんが叫んだが、もはや誰一人として疾風となった私を止めるすべなどない。

――このままりゅっしーをすぐに脱いで、何食わぬ顔をしてマユたちの前に出ていこう。そうすれば、私の正体はバレないはず! ふふふっ!

 そんな風に、ほくそ笑む私の『理性』。
 しかし心の方は、なぜかキリキリとした痛みを覚えていた。

――こんな形で子どもたちとお別れでいいの? せっかく仲良くなれたのに……。

 そんな心の声に、『理性』は強く反発した。

――これ以上、続けたら正体がバレちゃうのよ! りゅっしーの知名度はじゅうぶん上がったし、しっかり話せばパパも許してくれるはず。

 理性と心の反発を繰り返しながらも、私は立ち止まることなく、まっすぐに子どもたちから離れていった。

 徐々に遠のく子どもたちの気配に、心の痛みが少しずつやわらいでいき、その代わりに少しでも早くりゅっしーから出たい気持ちの方が強まっていった。


――そうよ、神崎若葉。これからは本当にあなたが望む仕事をしましょう!


 しかし……。
 そう言い聞かせた直後だった――
 

「「りゅっしー!!」」


 と、後方から子どもたちが声を合わせて、りゅっしーを呼んだのだ。

 先ほどまでの無邪気な歓声とは違って、悲しみをともなう必死のよびかけに、快調に飛ばしていた足がピタリと止まった。
 同時に、子どもたちを置き去りして立ち去ろうとしたことへの罪悪感が、ぎゅうっと胸を締めつけてくる。
 

――だって仕方ないじゃない。もし私の正体がバレたら、私の高校生活がだいなしになっちゃうのよ!
 

 このままりゅっしーが姿を消せば、彼らは二度と私が入るりゅっしーに会うことはないだろう。
 その代わりに、私じゃない誰かが、りゅっしーとなって彼らを笑顔にするはずだ。

 つまり、これは別れだけど別れじゃないのよ。
 
 『理性』が淡々と、冷たい口調で事実を述べる。
 そして心の中で、
 
――ごめんなさい。せめて挨拶代わりに……。

 と謝ると、右手を高く伸ばして大きく左右に振ったのだった。
 
 
 『バイバイ』という惜別の意味を込めて――

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