着ぐるみ若葉におまかせあれ! 〜がけっぷち商店街からはじまる、女子高生と着ぐるみの青春物語〜

友理潤

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第二話

第二話 春川理容店 いつも空いてる指定席 ⑤

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………
……

 私のお兄ちゃん、神崎吾朗は大学三年生。
 
 高校の時はバスケ部で国体選手に選ばれ、成績も学年トップクラスだった。
 文武両道で美男子。
 さらに家族想いの優しい性格と、まさに非の打ちどころのない自慢のお兄ちゃんだ。
 
 ……しかし、唯一にしてとても大きな欠点がある。
 
 それが「妹を溺愛し過ぎている」ということなのだ……。
 
 小さな頃から猪突猛進で活発な性格だった私は、喧嘩と怪我の絶えない家族の問題児であった。
 生まれた時から大泣きひとつしなかったと言われている穏やかな性格のお兄ちゃんにしてみれば、そんな私のことが危なっかしくてしょうがなかったのだろう。
 
 その上、パパは「ガキの喧嘩は華ってもんだ!」と私が傷だらけになって帰ってくればむしろ喜び、ママは「骨が折れてなければ大丈夫よ」と多少の怪我は怪我のうちにいれてくれないほどののんびり屋さんなのだ。
 
 おでこに赤いたんこぶ、両膝に大きなすり傷をつけても、二カッと笑っている私を見て、
 
――俺が若葉のことを守らなきゃ、誰も守ってくれない!

 と、お兄ちゃんが使命感に燃えたのも不思議ではない。
 
 ただ、それも小学生の低学年までにして欲しかった……。
 滅多なことでは怪我をするようなやんちゃをしなくなってからでも、お兄ちゃんはことあるごとに私の身の回りを案じながら離れようとしなかったのである。
 
 運動会の徒競走では、私の真横を並走し……。

 中学の修学旅行では、大学休んで同行し……。

 挙句の果てには、受験勉強のために塾へ通った時は、その塾の講師となって現れたのだ……。
 

――若葉ってお兄さんに愛されてるよねぇ。


 と、みんなは私に対して可哀想なものを見る目を向けて、苦笑してくるのだから、恥ずかしいを通りこして辛い……。
 
 しかも優等生で知られているお兄ちゃんが、どんな『奇行』に走ろうとも、他人にしてみれば絵になってしまうのだから、なおさらたちが悪い。
 
 現に今だって、美佐子おばさんは「あらまあ、吾朗くんは相変わらず妹思いの良い子だねぇ」と、お兄ちゃんを褒めているのだ。
 
――おばさん、違うの! 単なるシスコンなだけなのぉぉ!!

 と、心の中でおばさんの発言を全力で否定するが、それを声に出そうものなら私の方が悪者にされてしまうのは目に見えている。
 
 立ち去ろうとしないお兄ちゃんを歯ぎしりをしながら睨みつけると、お兄ちゃんは何を勘違いしたのか、はっと顔を青くして言った。
 
 
「若葉……。歯ぎしりをするくらいに辛いのか。でも親父の手前、仕事をやめられないのだな……。ああ、代わってあげたい! 代わってあげたいけど、俺にはできんのだ! だって俺の身長ではあの着ぐるみのサイズが……」

「ああああっ!! ちょっと! お兄ちゃん!! 余計なことを言わないで!!」


 危うく私が着ぐるみの中の人であることをばらしてしまいかねない発言だ。
 急いで言葉をさえぎると、お兄ちゃんは再びはっと顔を青くした。
 
 
「そうか! 若葉は『辛い』という一言の弱音もはかないつもりなんだな! なんと気丈で可愛い妹なんだ……。でも大丈夫だ、若葉。お兄ちゃんが全部受け止めてあげるから。お兄ちゃんの前だけでは素直になっていいんだぜ」


 いったいこの人は何を言っているのだろうか……。
 
 せっかくの休憩時間なのに、かえって疲れが増していく……。
 しかし、周囲の奥様たちは、私とはまったく違うとらえ方をしているようだ。
 
――ううっ、純愛だねぇ。本当に辛いのは吾朗くんなのにねぇ。
――兄の愛、妹知らずだねぇ。
 
 さながら『昼ドラ』に出てくるような禁断の兄妹愛を感じたのだろう。
 中には涙をうかべているおばさんもいた。
 
 私はがくりと肩を落として首を横に振った。


「はぁ……。もう付き合いきれない」


 静かにその場を立ち去り始めた私の背中に、お兄ちゃんの悲痛な叫び声がこだまする。
 
 
「若葉! 安心しろ! 今日はお兄ちゃんがずっとそばにいてあげるからぁぁぁ!」


 しかし私は何も聞こえぬ振りをして、着ぐるみの置いてある控室の方へと急いだのだった――
 
◇◇

 再びりゅっしーとして奮闘していればお兄ちゃんのことを忘れられるだろうと考えていたのだが、それは甘かった……。
 
 
「へいっ! へいっ! いいぞー! りゅっしー!!」


 なんとお兄ちゃんは、私に群がる子どもたちを押しのけて、最前列でノリノリで歓声を送ってきたのだ。
 
――もうやめて! 恥ずかしい!! ちょっとパパ! お兄ちゃんをどうにかしてよ!
 
 私はダンスをしながら、ちらちらとパパの顔に視線を送る。
 しかしただでさえ鈍感なパパに、着ぐるみから視線を感じてくれ、という方が酷というものだ。
 
 パパは私の心の叫びに耳を傾ける素振りすら見せず、一心不乱に手拍子をして場を盛り上げ続けている。
 
 そして、ついに恐れていたことが起こり始めた……。
 

「ねえ、あれって若葉のお兄ちゃんじゃない?」
「きゃーっ! 吾朗さまだ!」
「もっと近くに行こうよ!」


 と、目立ち過ぎるお兄ちゃん目当てに女子が集まってくるではないか!
 しかも中には高校で見た顔もちらほら混じっている。

――うええええっ! ちょっとぉぉ! 来なくていいから! お兄ちゃんがそっちへ行けばいいのにぃ!

 親友たちに正体がばれるのと、同じ高校の顔見知りにばれるのとでは意味合いがまったく違う。
 もしこのうち一人にでもばれたりしたら、火が燃え広がるように校内に知れ渡ってしまうだろう……。
 
 
――そんなことになったら、私高校へ通えなくなっちゃう!!


 なんとしてもばれてはならない、という重圧が私の動きを鈍らせる。
 すると子どもたちは元気のないりゅっしーを見て、口ぐちに励ましてきたのだった。


「りゅっしー! がんばって!」
「りゅっしー! 負けないで!」
「りゅっしー! ファイト!!」


 子どもたちのピュアな声援に涙腺が刺激される。

――ああ……。なんて健気なの! 私、みんなのために頑張るからね!

 と、自分を奮い立たせると、再び足腰に力がみなぎってくる。
 同時にダンスのキレが戻っていったのだった。
 
 
 ……しかし、子どもたち以上に『純』な気持ちで私を応援する人がすぐ目の前にいるのをすっかり忘れていた。
 

「フレー! フレー! わかばぁぁぁ!!」


 というお兄ちゃんの魂のこもった大音量の声援が鼓膜を震わせたのだ。
 その瞬間に、私はガクリと膝から落ちてしまった。

――な、な、な、なんてことしてくれるのよ!!

 心配そうに私を見つめる子どもたちを前にして、どうにかして体勢を立て直そうとするが、追い討ちをかけるようなお兄ちゃんの咆哮がこだました。


「頑張れ! 頑張れ! 若葉! あっそれ! 頑張れ! 頑張れ! わ・か・ばー!!」


 応援団員のようなポーズで、「若葉」を連呼する神崎吾朗、二十歳。
 すると女子たちの間からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
 

「ねえねえ、若葉がいないところでもお兄さんって若葉を応援してるんだね」
「いいなぁ、若葉。わたしも吾朗さまにあんな風に応援してもらいたいな」
「ねー! 愛されてるって、うらやましいよねー!」

 
 どうやら彼女たちの頭の中には、私がりゅっしーの中にいるという考えはないらしい。
 しかし、このままお兄ちゃんを放置しておいたら、絶対に『致命的なミス』をやらかすに違いない。
 
――パパ! 助けて! パパしかいないの!!

 私は必死にパパに向かって合図を送り続けた。
 
 
 すると、奇跡は起こった……。
 
 なんとパパが私の方を見て「任せとけ!」と力強い一言を投げかけてきたのだ。
 
 ずんずんとお兄ちゃんの方へ近寄っていくパパ。
 その形相はまるで鬼のように恐ろしいものだった。
 
――やったぁ! さあ『鬼の大吾』の見せどころよ! パパ!!

 私はふらふらと立ち上がりながら、パパの行方に視線を送り続ける。
 パパはお兄ちゃんの背後で足を止めると、大きく右手をふりかぶった。
 
 そして……。
 
 スッパァァァァン!!
 
 と、思いっきりお兄ちゃんの後頭部をはたいたのである。
 
 
「痛いっ!」


 お兄ちゃんの「若葉コール」がピタリとやむ。
 振り返ったお兄ちゃんはパパに向かって口を尖らせた。
 
 
「親父!! 突然、何をすんだよ!?」

「バカヤロウ!! 俺は、人を困らせるような男にお前を育てた覚えはない!」


 さすがパパ!
 お兄ちゃんの信者である女子たちの冷たい視線をものともせずに、お兄ちゃんをビシッと叱りつけている。
 
 しかし、お兄ちゃんもパパの子だ。
 そう簡単には引き下がらなかった。
 

「なんだって!? 俺が誰を困らせたって言うんだよ!?」


――ふふふ、そんなの一人、いや一体に決まってるでしょ! さあ、とどめよ! パパ!!

 なおも顔を真っ赤にしているパパに、心の中で声援を送り続けた。

 しかし……。
 直後に私は激しい後悔に襲われることになる。

 なぜなら忘れていたのだ……。
 
 いつでも『致命的なミス』をおかすのは、お兄ちゃんじゃない。
 
 
 運動会で暴走するお兄ちゃんを止めようとバイクで校庭に乱入してきて、運動会そのものを台無しにしたのも……。
 
 修学旅行についてきたお兄ちゃんを連れて帰ろうとホテルまでやってきたものの、先生たちと酒宴を始めて酔いつぶし、翌日以降の予定を台無しにしたのも……。


 すべてパパだったってことを――
 
 
――まずいっ! パパを止めなきゃ!!


 と、思い直した時はもう遅かった――
 
 
 ビシッ!
 

 と、パパは私を指差すと、半径一キロは聞こえるような大声で言ったのだった。
 
 
「若葉が困ってるに決まってるじゃねえか!! あの様子を見て分からねえのか!!?」


 と――
 
 

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