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第三話
第三話 居酒屋『だいご』 若葉の初任給 ④
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………
……
けっきょくここでも私のものばかりが選ばれてしまった……。
しかもシャツからスカートにいたるまで一通りコーデしてもらっちゃったので、かなりの金額になるはずだ。
それでもママはヤスコさんに笑顔を向けており、お金のことなんて全く気にしていない様子。
「ふふふ、じゃあお会計してくるから、若葉ちゃんのことよろしくね!」
そう言い残して、少し離れたレジの方へ行ってしまったママを見てると、ひとりでにぷくりと頬がふくらんでしまった。
「もう……。これじゃあまるで、私のプレゼントを買いに来たようなものじゃない」
「あら? 違うの? てっきり若葉ちゃんのお誕生日かと思ってたわ」
「いえ、実は……」
驚いて目を丸くするヤスコさんに対して、私はここにきた目的を打ち明けた。
するとヤスコさんは、再び大きな声で笑い始めたのだった。
「あははっ! そういうことだったのね! やっぱり紅葉は紅葉だわー! あははっ!」
「どういうことですか?」
ママにしても、ヤスコさんにしても、大人の女性の考えていることが、全然分からないもどかしさに、つい口調にとげが出る。
するとヤスコさんは、大笑いをやめて目を細めた。
「ここ十年以上、顔を合わせてないけど、私は紅葉のこと良く知ってるの」
そこで一度言葉を切ったヤスコさんは、ぽんと私の肩に手を乗せて続けた。
「こんなに嬉しそうで、楽しそうな紅葉を見たのは、大吾さんとの初めてのデート以来のことよ」
「えっ……?」
意外な言葉に、思わず言葉がつまってしまうと、ヤスコさんは穏やかな口調で言ったのだった。
「おばさんね。この歳になってようやく分かってきたことがあるの」
「それはなんでしょう……?」
私の問いにヤスコさんは、これまでで一番優しい顔になって答えたのだった。
「自分が愛する人に大事に思われ、かけがえのない時を共に過ごすこと。それが一番のプレゼントなの」
ずんと心に響く言葉……。
「共に過ごすことがプレゼント……?」
「うん、おばさんのおうちはね。夫が海外へ単身赴任で、一人息子は部活だ、塾だって週末も忙しくする日々なの」
「そうなんですか……」
ヤスコさんは苦笑いなのか照れ笑いなのか、分からないがとにかく可愛らしい笑みを浮かべながら続けた。
「でも、たまーに三人で顔を合わせると、すごく嬉しくてね。ああ、この瞬間の幸せのために夫の留守を守り、息子の世話を頑張ってきたんだって……。ふふ、私も単純な女よね。たったそれだけで、それまでの寂しさはチャラになる。これは夫と息子からのプレゼントなんだ、そう思えてならないのよ」
ヤスコさんがそこまで言うと、会計を終えたママがゆっくりとこちらに振り返ってくる。
その顔は、とても嬉しそうで眩しい。
まるで春の青空にかがやくおひさまみたいに――
「だから、若葉ちゃんのママは、もう受け取ったんだよ。若葉ちゃんからすっごく大切なプレゼントをね! あの顔を見れば分かるでしょー? むかしっから紅葉は分かりやすい性格だったんだから」
ヤスコさんの物言いに、思わず口元からクスリと笑みがこぼれる。
「あら? 若葉ちゃん。どうしたの? ヤスコになにか面白いことでも言われた?」
「あははっ! 紅葉はやっぱり紅葉のままだよねーって話」
「もうっ、ヤスコったら! 私の娘に変なこと吹き込まないでよ! ユウキくんにヤスコの恥ずかしい昔話言っちゃうわよ!」
「ごめん、ごめん! あいつ単純だから、すぐに信じ込んじゃう性格なのよー! だからやめてちょうだい!」
そうやって二人で楽しそうに笑いあっているシーンは、まるで私とマユのかけ合いのようで、なんだか微笑ましい。
私は口を挟まずに、しばらく二人の会話に耳を傾けることにした。
「ふふふ、冗談よ。冗談! そう言えばユウキくんは元気にしてる?」
「ああ、元気だけど、女っ気のかけらもないのよー! だから、男子校はやめとけって言ったのに、聞かないんだからー! 若葉ちゃん、うちのユウキをもらってくれないかしら?」
「ふふふ、それは無理かなぁ。だって若葉ちゃんは好きな男子がいるみたいだし」
「ええーっ!? そうなのー!? でも若葉ちゃんはいい子だから彼氏の一人や二人いてもおかしくないわよねー!」
「ふふふ、一人ならまだしも、二人いたら困るわ」
私のことを勝手に話題に出すのはやめて欲しい……。恥ずかしくて絶叫してしまいそうなくらいだ。
でもママも楽しそうだし、今日だけは文句をつけるのはやめておこう。
……ん? でも、待てよ。
さっきママの口から『ユウキくん』って名前が出てきたような気がする。
まさかね……。
……と、その時だった。
「カキオカさーん! ちょっと来てくれるー!?」
店の奥から『カキオカさん』と呼ぶ声が聞こえてくると、ヤスコさんが声の方を向いて答えた。
「はーい! 今行きまーす!!」
……。……。……。
うええええええっ!!
名字が『カキオカ』で、息子さんの名前が『ユウキ』ですとぉぉぉ!?
もし口の中に牛乳が入っていたらすべて吹き出してしまいそうなくらいにびっくり仰天してしまった私。
だが目の前の二人はそんな私を気にすることなく、別れの挨拶を交わし始めた。
「ごめん、紅葉! また今度ゆっくりね!」
「うん! 今度は休み合わせてお茶でもしましょ」
「いいねー! ムンフロ行って、いまどき女子の若さを吸いまくろー!!」
「おおー! ……さあ! 早く行って! 私と若葉ちゃんも今出るから!」
ちょっと待ったぁぁぁ!!
カキオカさんって、あの垣岡さん?
……と、言葉にならない言葉を、眼光に乗せてヤスコさんに浴びせる。
すると私の刺すような視線に気付いたのか、ヤスコさんが笑顔を向けてきた。
「あははっ! 若葉ちゃんもまたね!」
このままだと、謎が謎のままで終わっちゃう!!
そんなの絶対に嫌だ!!
私は勇気を振り絞って声を張り上げた。
「ひ、ひとつだけ! 一つだけうかがってもよろしいですか!?」
私が突然真剣な表情をしたものだから、ヤスコさんは目を白黒させている。
その隙に私は大声でたずねたのだった。
「ヤスコさんの息子さんって……。その……。川越三高に通う二年生でバスケ部に所属してらっしゃる、垣岡悠輝さんですか!?」
と……。
するとヤスコさん……いや、正確には垣岡泰子さんは優しい微笑みを携えて答えたのだった――
「ええ、そうよ! もしかして若葉ちゃんと悠輝ってもう知り合いだったのかしら?」
その言葉が耳に入った瞬間……。
心の中で何かが「ドカァァァァン!」と爆発した。
そのあまりの衝撃に私は……。
バタリッ!
と仰向けに倒れ、そのまま気を失ってしまったのだった。
「若葉ちゃん! ねえ、若葉ちゃん!」
「た、たいへん! 若葉ちゃぁぁぁん!!」
というママとヤスコさんの悲鳴を遠くに聞きながら――
……
けっきょくここでも私のものばかりが選ばれてしまった……。
しかもシャツからスカートにいたるまで一通りコーデしてもらっちゃったので、かなりの金額になるはずだ。
それでもママはヤスコさんに笑顔を向けており、お金のことなんて全く気にしていない様子。
「ふふふ、じゃあお会計してくるから、若葉ちゃんのことよろしくね!」
そう言い残して、少し離れたレジの方へ行ってしまったママを見てると、ひとりでにぷくりと頬がふくらんでしまった。
「もう……。これじゃあまるで、私のプレゼントを買いに来たようなものじゃない」
「あら? 違うの? てっきり若葉ちゃんのお誕生日かと思ってたわ」
「いえ、実は……」
驚いて目を丸くするヤスコさんに対して、私はここにきた目的を打ち明けた。
するとヤスコさんは、再び大きな声で笑い始めたのだった。
「あははっ! そういうことだったのね! やっぱり紅葉は紅葉だわー! あははっ!」
「どういうことですか?」
ママにしても、ヤスコさんにしても、大人の女性の考えていることが、全然分からないもどかしさに、つい口調にとげが出る。
するとヤスコさんは、大笑いをやめて目を細めた。
「ここ十年以上、顔を合わせてないけど、私は紅葉のこと良く知ってるの」
そこで一度言葉を切ったヤスコさんは、ぽんと私の肩に手を乗せて続けた。
「こんなに嬉しそうで、楽しそうな紅葉を見たのは、大吾さんとの初めてのデート以来のことよ」
「えっ……?」
意外な言葉に、思わず言葉がつまってしまうと、ヤスコさんは穏やかな口調で言ったのだった。
「おばさんね。この歳になってようやく分かってきたことがあるの」
「それはなんでしょう……?」
私の問いにヤスコさんは、これまでで一番優しい顔になって答えたのだった。
「自分が愛する人に大事に思われ、かけがえのない時を共に過ごすこと。それが一番のプレゼントなの」
ずんと心に響く言葉……。
「共に過ごすことがプレゼント……?」
「うん、おばさんのおうちはね。夫が海外へ単身赴任で、一人息子は部活だ、塾だって週末も忙しくする日々なの」
「そうなんですか……」
ヤスコさんは苦笑いなのか照れ笑いなのか、分からないがとにかく可愛らしい笑みを浮かべながら続けた。
「でも、たまーに三人で顔を合わせると、すごく嬉しくてね。ああ、この瞬間の幸せのために夫の留守を守り、息子の世話を頑張ってきたんだって……。ふふ、私も単純な女よね。たったそれだけで、それまでの寂しさはチャラになる。これは夫と息子からのプレゼントなんだ、そう思えてならないのよ」
ヤスコさんがそこまで言うと、会計を終えたママがゆっくりとこちらに振り返ってくる。
その顔は、とても嬉しそうで眩しい。
まるで春の青空にかがやくおひさまみたいに――
「だから、若葉ちゃんのママは、もう受け取ったんだよ。若葉ちゃんからすっごく大切なプレゼントをね! あの顔を見れば分かるでしょー? むかしっから紅葉は分かりやすい性格だったんだから」
ヤスコさんの物言いに、思わず口元からクスリと笑みがこぼれる。
「あら? 若葉ちゃん。どうしたの? ヤスコになにか面白いことでも言われた?」
「あははっ! 紅葉はやっぱり紅葉のままだよねーって話」
「もうっ、ヤスコったら! 私の娘に変なこと吹き込まないでよ! ユウキくんにヤスコの恥ずかしい昔話言っちゃうわよ!」
「ごめん、ごめん! あいつ単純だから、すぐに信じ込んじゃう性格なのよー! だからやめてちょうだい!」
そうやって二人で楽しそうに笑いあっているシーンは、まるで私とマユのかけ合いのようで、なんだか微笑ましい。
私は口を挟まずに、しばらく二人の会話に耳を傾けることにした。
「ふふふ、冗談よ。冗談! そう言えばユウキくんは元気にしてる?」
「ああ、元気だけど、女っ気のかけらもないのよー! だから、男子校はやめとけって言ったのに、聞かないんだからー! 若葉ちゃん、うちのユウキをもらってくれないかしら?」
「ふふふ、それは無理かなぁ。だって若葉ちゃんは好きな男子がいるみたいだし」
「ええーっ!? そうなのー!? でも若葉ちゃんはいい子だから彼氏の一人や二人いてもおかしくないわよねー!」
「ふふふ、一人ならまだしも、二人いたら困るわ」
私のことを勝手に話題に出すのはやめて欲しい……。恥ずかしくて絶叫してしまいそうなくらいだ。
でもママも楽しそうだし、今日だけは文句をつけるのはやめておこう。
……ん? でも、待てよ。
さっきママの口から『ユウキくん』って名前が出てきたような気がする。
まさかね……。
……と、その時だった。
「カキオカさーん! ちょっと来てくれるー!?」
店の奥から『カキオカさん』と呼ぶ声が聞こえてくると、ヤスコさんが声の方を向いて答えた。
「はーい! 今行きまーす!!」
……。……。……。
うええええええっ!!
名字が『カキオカ』で、息子さんの名前が『ユウキ』ですとぉぉぉ!?
もし口の中に牛乳が入っていたらすべて吹き出してしまいそうなくらいにびっくり仰天してしまった私。
だが目の前の二人はそんな私を気にすることなく、別れの挨拶を交わし始めた。
「ごめん、紅葉! また今度ゆっくりね!」
「うん! 今度は休み合わせてお茶でもしましょ」
「いいねー! ムンフロ行って、いまどき女子の若さを吸いまくろー!!」
「おおー! ……さあ! 早く行って! 私と若葉ちゃんも今出るから!」
ちょっと待ったぁぁぁ!!
カキオカさんって、あの垣岡さん?
……と、言葉にならない言葉を、眼光に乗せてヤスコさんに浴びせる。
すると私の刺すような視線に気付いたのか、ヤスコさんが笑顔を向けてきた。
「あははっ! 若葉ちゃんもまたね!」
このままだと、謎が謎のままで終わっちゃう!!
そんなの絶対に嫌だ!!
私は勇気を振り絞って声を張り上げた。
「ひ、ひとつだけ! 一つだけうかがってもよろしいですか!?」
私が突然真剣な表情をしたものだから、ヤスコさんは目を白黒させている。
その隙に私は大声でたずねたのだった。
「ヤスコさんの息子さんって……。その……。川越三高に通う二年生でバスケ部に所属してらっしゃる、垣岡悠輝さんですか!?」
と……。
するとヤスコさん……いや、正確には垣岡泰子さんは優しい微笑みを携えて答えたのだった――
「ええ、そうよ! もしかして若葉ちゃんと悠輝ってもう知り合いだったのかしら?」
その言葉が耳に入った瞬間……。
心の中で何かが「ドカァァァァン!」と爆発した。
そのあまりの衝撃に私は……。
バタリッ!
と仰向けに倒れ、そのまま気を失ってしまったのだった。
「若葉ちゃん! ねえ、若葉ちゃん!」
「た、たいへん! 若葉ちゃぁぁぁん!!」
というママとヤスコさんの悲鳴を遠くに聞きながら――
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