着ぐるみ若葉におまかせあれ! 〜がけっぷち商店街からはじまる、女子高生と着ぐるみの青春物語〜

友理潤

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第四話

最終話 坂戸南駅北口商店街 大切なあなたのために ③

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◇◇

 七月上旬の土曜日の午後――
 
 午前中で一般の受付を終えて静まり返る市役所を、はっぴを着た二〇人の子どもたちと、着ぐるみのりゅっしーが賑やかにした。
 彼らを引率しているのは「よさこい」を指導しているコーチたち。
 そして私のお兄ちゃんだ。
 
 順番にエレベーターで市長室のある階まで上がる。
 そこには市長の秘書である綺麗なお姉さんが立っていて、にこやかに私たちを迎えてくれたのだった。

――うわぁ! すっごい美人だー! いいなぁ。

 思わずみとれていると、横にいたお兄ちゃんがお姉さんにさらりと話しかけた。
 
 
「これで全員揃いました。では、さっそく市長さんに会わせていただけませんでしょうか」

「はい、市長もお待ちです。どうぞ」


 お兄ちゃんが一番うしろで控えている地元の新聞社の記者の、こちらも美人のお姉さんに小さくうなずく。
 すると記者のお姉さんは、ゾロゾロと市長室の中へと入っていく子どもたちの写真を撮り始めた。

――たぶんこの記者さんが、この前お兄ちゃんが電話かけてた人だ。こんな美人さんと知り合いなんて、お兄ちゃんもすみにおけないわねぇ。

 などと、下世話なことを考えているうちに、いよいよ私とお兄ちゃんが部屋の中へ入る番になった。
 ……とその時、なんとお兄ちゃんが、今度は秘書のお姉さんにウィンクしたのである。
 
 
「ミズキちゃん。サンキューな。お礼に今度飯おごるから」

――えっ!? なに? お兄ちゃんは秘書のお姉さんとも知り合いなの!? ま、まさか二股!? 

 私がにわかに混乱していると、お姉さんは小さな笑みを浮かべて言った。
 
 
「仕事だから、当然のことをしただけよ。ふふ、でも、その言葉。本気にしちゃうぞ」

「ははは! ミズキちゃんが選ぶ店は高そうだから怖いけど……。まあ、男に二言はねえよ」

「じゃあ、今度連絡するね」


 どうやらこのミズキさんとお兄ちゃんは付き合っているわけではなさそうだが、ものすごく仲が良さそう。
 そして彼女が今回の子どもたちと市長との面会を裏で手引きしていたのは、今のお兄ちゃんたちのやり取りを見れば明らかだった。
 
 しかし……。
 ミズキさんといい、記者のお姉さんといい、お兄ちゃんにはなぜ美人の知り合いが多いんだろう。
 私があぜんとして足を止めていると、お兄ちゃんが不思議そうに声をかけてきた。
 
「ん? どうした若葉? 早く行くぞ」

 ちょっと!
 なんでさらりと私の名前を口に出すのよ!
 私は今はりゅっしーなのよ!
 
 ……と、いくらぷんぷんと怒っても、大きな頭のりゅっしーはニコニコと笑顔なのよね。
 なんだか虚しい思いのまま、市長室の中へと入っていったのだった。

………
……

 市長室の中は、整理整頓が行き届いており、様々な本や書類が綺麗に棚に並べられている。
 そして、ずらりと子どもたちが整列している奥に、真夏にも関わらずグレーのスーツを着た青年が笑顔で立っているのが目に入ってきた。
 
 
――あの人が杉谷宏一市長さんかぁ。思ったより、ずっと若いのね!


 でも、何と言うか……。全身から放つオーラが際立っていて、なんだか近づきがたい。
 私がちゅうちょしてドア付近で突っ立っていると、お兄ちゃんが小声で話しかけてきた。
 
 
「ほらっ、若葉。市長の前に行って!」


 お兄ちゃんにぐいっと背中を押されると、私はよろけながら市長のすぐ目の前まで出ていく。
 それを待っていたかのように、ミズキさんが市長に穏やかな声で私のことを説明した。
 
 
「こちらは坂戸南駅北口商店街のマスコットキャラクターである『りゅっしー』でございます」

「そうか。きみがりゅっしーか。はははっ! こうして間近で見られて嬉しいよ! よろしくね!」


 と、市長は気さくに私に右手を差し伸べてくる。私は反射的にその手を握ったが、頭の中ではパニックに陥っていた。
 
 
――えっ!? えっ!? どういうこと? なんで市長さんがりゅっしーのことを知ってるの?


 すると記者のお姉さんが笑顔で近づいてきて、さっと地元の新聞の記事を見せてきた。
 そこには……。
 
 『着ぐるみのりゅっしー、地元のフリーマーケットを大いに盛り上げる!』
 
 というタイトルの記事。
 そしてなんと、私が御神輿になって担がれている写真がデカデカと掲載されているではないか!
 
 
――うえええっ!! こんなの全然知らなかったよぉぉぉ!!


 ぱっとお兄ちゃんの方を見ると、口元をニヤニヤさせながらこっちを見ている。
 
 
――お兄ちゃんめ! 絶対にお兄ちゃんの差し金だ!! ぐぬぬぅ!


 よくよく思い返せば、御神輿になって担がれている最中に、しつこいくらいにシャッター音が聞こえてきたような……。
 しかし、なぜ都合よく記者のお姉さんがあの場にいたのだろう……。
 その答えはただ一つ。
 お兄ちゃんが商店街のPRになると思い、記者のお姉さんにネタを提供したに違いない。
 
 
――帰ったら覚えてなさい! ぜったいに許さないんだから!
 
 
 私が着ぐるみの中で歯ぎしりしていることなど露とも知らず、市長は爽やかな笑顔を振舞いてきた。
 

「そうそう! この記事でりゅっしーのことを知ってね! 常々、一回は会ってみたいと思っていたんだ。いやぁ、こうして握手できて嬉しいよ! はははっ! さあ、君たちも近くまでおいで! みんなで一緒に写真を撮ってもらおう! さあ!」


 市長の呼びかけに、一斉に子どもたちが私たちの周囲に群がる。
 それを上手に整列させた記者のお姉さんは、カシャカシャとシャッターを切り始めた。
 
 青年市長とりゅっしーを真ん中に、子どもたちと引率の大人たちが横に広がっている。
 まさに「絵になる」光景そのもので、全員がにこにこと笑顔を作っているが、私だけは顔を真っ赤にして怒りと恥ずかしさに震えていたのだった――
 
 
………
……

「市長さんへ!」

「わたしたちの踊りを!」

「見に来てください!」

「「お願いいたします!!」」


 今日まで何度も練習してきたことを思わせるような、子どもたちの整った台詞に、市長はニコリと笑って答えた。
 
 
「はい! 分かりました! 僕もみなさんの踊りをとても楽しみにしてますね!」


 なんとその場で快諾したのだから、子どもたちが大喜びしたのも仕方ない。
 

「わーい! やったぁ!」

「市長さんが来てくれるんだぁ!!」


 クーラーがよく効いた市長室の中が子どもたちの笑いによって熱を帯びたところで、秘書のミズキさんが引率している大人たちに向かって、小さくうなずいた。
 すると彼らのうちの一人が大きな声で言ったのだった。
 
 
「よしっ、みんな! 市長さんに『ありがとうございました』って言って、帰ろうか!」

「「はいっ!」」


 子どもたちは元気な声で返事をした直後に、弾けるように綺麗に整列する。
 
――さすがは踊りを叩き込まれているだけあるわね。
 
 一糸乱れぬ子どもたちの動きに感心していると、彼らは再び声を揃えた。
 
 
「「市長さん! ありがとうございました!!」」

「はい! こちらこそ、わざわざ来てくれて、ありがとうございました! みんな、気をつけて帰るんだよ!」

「「はいっ!」」


 まるで幼稚園のお遊戯会を見ているかのような、わざとらしいやり取りに、どうしても冷ややかな視線を送ってしまうのは、私の心がすさんでしまったからかしら……?
 
 だけど、なんであれ目的は達成したわ!
 これで市長さんは商店街の夏祭りに来てくれるはず!
 
 部屋の中の温度のように冷たくなっていきそうな心に、ぐっと気合いを入れる。
 私は子どもたちが全員出ていったのを見計らって、最後にその場を後にしたのだった――
 
 
◇◇

 子どもたちが元気に市役所を出ていく様子を、杉谷宏一は市長室の大きな窓から見つめていた。
 そして、最後に制服を着た女子高生と、長身の美男子が一緒に出ていったのを見届けたところで、大きなため息をついた。
 

「ふぅ。子どもたちと接するのはパワーがいるけど、それにも増して『若さ』をもらえていいものですね」

「はい、市長」


 抑揚のない返事をした秘書をちらりと見た杉谷宏一は、変わらぬにこやかな表情のまま続けた。
 
 
「神崎吾朗……。ふふふ、見た目はひょろっとしている割に、なかなか強引な男だ。ああいうギャップが女性受けするものなのかな」
 

 杉谷宏一はちらりと秘書を見たが、彼女は何も答えずに、彼へ色のない視線をじっと向けている。
 ただ、彼にしてみれば、そんな彼女の仕草は慣れっこのようだ。
 特に気にする様子もなく、淡々と言葉を並べていく。
 
 
「仙波先生に、子どもたち、そして新聞社に君……。使えるものは全て使ってでも目的を達成しようとする心意気は、政治家として見習わねばなりません」

「市長。わたしは……」


 秘書が何か言いかけたところで、杉谷宏一は左手を上げて、彼女を制した。
 
 
「いいんだ。ふふふ、こう見えても僕はお祭りが好きでね。誘われなくても、顔くらい出していたかもしれないのだから」

「はい……」

「しかし、もし彼がこの後も政治の道を歩むのであれば、もっと学ばねばなりません」


 そこで言葉をきった杉谷宏一のことを、秘書が少しだけ目を大きくしてみつめている。
 しかし彼は彼女の視線に目もくれずに、自転車にまたがって妹の後ろをいく神崎吾朗の背中だけを見ながら言ったのだった。
 
 
「時として理想よりも現実の方が、人々の望むものである、ということを……」


 と――


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