着ぐるみ若葉におまかせあれ! 〜がけっぷち商店街からはじまる、女子高生と着ぐるみの青春物語〜

友理潤

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第四話

最終話 坂戸南駅北口商店街 大切なあなたのために ⑥

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………
……

 『オーバー・リバー』のハイセンスな婦人服店へ急いだ私たち。
 ヤスコさんが今日シフトに入っているのかすら分からずまま突撃してしまったのだが、運が良いことに彼女は相変わらず眩しいくらいにスタイリッシュな格好でお客に笑顔を振りまいている。
 
 
「あの人が垣岡先輩のお母さんかー。なんか『遺伝』って存在するんだな、って感じよねー!」

「うんうん。若葉もお父さんにそっくりだしねぇ」

「ちょっと! やめてよ! パパに似てるとか! あっ! ヤスコさんがこっちに気付いた! あわわ……! どうしよう!?」

「とにかくあいさつよ! 若葉! その後は私に任せてー!」

「こ、こんにちは! ヤスコさん!!」


 マユの言う通りに元気な声であいさつをすると、緊張のあまりに固まってしまいそうな私に代わって、マユが事情を話してくれたのだった。
 
 
「ふふふ、分かったわ。でも私が勝手に連作先を教えたって聞いたら、いくら鈍感なあの子でも嫌な顔するわねぇ。だから、あの子の塾帰りに若葉ちゃんがお話しできるように連絡しておくわ。それでいい?」

「は、はい! お願いします!」


 緊張を振り払うような大きな声で返事をすると、ヤスコさんはニコリと微笑みかけてくれた。
 そして、スマホをさっと取り出して、すぐに操作をしたかと思うと、直後に着信を知らせるバイブ音がした。
 
 
「よかったわね! 悠輝、オッケーだってよ!」

 
 と、彼女は私に向けて画面を見せてくれたのだ。
 そこには『分かりました。神崎さんによろしく伝えておいてください』との文字があるではないか!
 それが目から脳へと電気信号となって伝えられた瞬間に、脳内の思考がすべて停止してしまった。
 
 
「やったあ! 若葉ぁ! やったねぇ!!」


 と、たまちゃんが大喜びして肩をぽんぽんと叩いてくるが、私の頭からは湯気が出たままで、完全に思考がショートしてしまっている。
 そんな私の肩を抱いたのはマユだった。
 
 
「ありがとうございましたー! お仕事中、お邪魔してごめんなさい! では、失礼しまーす!」


 ヤスコさんに挨拶をして、その場を後にし始める。
 するとヤスコさんが私の背中に向けて声をかけてきた。
 
 
「若葉ちゃん! ちょっと待って!」


 その声にようやく我に返った私は、ヤスコさんの方へ振り返った。
 ヤスコさんはつかつかとそばまでやってくると、じっと顔を覗き込みながら言った。
 
 
「やっぱり少し疲れてるわね。若葉ちゃん。若いからって、あんまり無茶しちゃだめよ」

「えっ……? あ、はい」


 意表をつく言葉に、思わず生返事が出てしまった。
 自分ではあまり「疲れてる」という実感はないのだが、顔に表れてしまっているのだろうか……。
 ヤスコさんは、優しく私の手を握ると、柔らかな微笑みを浮かべた。
 
 
「でも、おばさんはいつでも若葉ちゃんを応援してるからね! がんばって!」


 その励ましに、ぐんと体温が上がる。
 私は腹に力を入れ、目いっぱい元気な声で答えたのだった。
 
 
「はいっ! がんばります!!」


 それはヤスコさんにいらぬ心配はかけさせまいという、私の意地でもあったのだ。
 
 
◇◇

 その日の夕方――
 
 「いつも通りの格好の方がいいよー!」というマユのアドバイスで、夏休み中にも関わらず、制服を着て、待ち合わせの公園に到着した。
 垣岡先輩との待ち合わせは午後七時。
 まだ少しだけ時間がある。
 
 オレンジ色の空のもと、緑の芝生が生い茂る広場の片隅で、私はベンチに座って待っていた。
 
 時折、優しい風が吹くと、芝生がこすれ合う音と、その周囲に植えられた桜の木が揺れる音が聞こえてくる。
 夏祭りを始めてから一心不乱に頑張ってきたが、今だけはまるで時が止まったかのように静かだ。
 
 その祭りまではあと二週間もない。
 
 ここにいるのはもちろん大切な目的があるからだけど、こんなにゆっくりと座っていていいのだろうかという罪悪感が生まれてしまう。
 
 
――若いからって、あんまり無茶しちゃだめよ。


 というヤスコさんの声が頭に響いてくると、私はぶるぶると首を横に振った。
 
 
「ここで無茶をしなかったら、私は絶対に後悔するもん」


 と、自分を奮い立たせているうちに、いつの間にか完全に陽は落ちて、辺りは紫色に染まっている。
 
 そしてついにその時はやってきた――
 
 
「神崎さん! こんばんは!」


 垣岡先輩だ――
 
 
 私と同じ制服姿で彼は現れた。
 白い街灯に照らされた先輩は、まるで浮き上がっているように美しく、目に入っただけで、緊張で体が硬直してしまう。
 それでも今はお兄ちゃんもマユもいないのだ。
 私は私の言葉で、垣岡先輩に『告白』せねばならない。
 
 
 私が『りゅっしー』という着ぐるみの中の人であるということを――
 
 
 そして、夏祭りを盛り上げて、サブストリートへの注目を集めようとしていること。
 それらを告白した上で、ヒーローショーのヒーロー役を引き受けて欲しいと頼み込もうと考えているのだ。
 
 一度、大きな深呼吸をした後、私は大きな声で告げた。
 
 
「せ、先輩! ご、ごめんなさい! 急に呼び出してしまって」

「いや、いいんだ」


 先輩は全てを包みこんでくれそうな優しい笑顔。
 私はその笑顔を信じて言葉を続けた。
 
 
「せ、先輩! き、聞いて欲しいことがあるんです!」

「うん、どうしたんだい? すごく緊張しているようだけど」

「先輩!! 実はわたし……!!」


 そこで自然と言葉が切れる。
 ついに私が『りゅっしー』であることを先輩に告白する瞬間だ。
 
 心臓が口から飛び出してきそうなほどに緊張している。
 もし、すごく馬鹿にされてしまったらどうしよう……。
 そんな不安が脳裏をよぎると、喉で言葉がつっかかってしまう。
 
 やっぱり告白するのはやめようかな。
 そんな弱気が心に芽生え始めたその時だった。
 
 
――もっと自分に自信を持て、若葉。好きになった相手のことを信じてやれるくらいにな。


 と、お兄ちゃんの声が頭に直接響いてきたのは――
 
 そして続いて脳裏に浮かんできたのは……。
 
 フリーマーケットで最初にりゅっしーへ近付いてきた子どもたちの姿。
 そして、春川理容店の吉介おじいさんと秋山亮二さんの姿だ。
 
 萎えかけた気持ちを奮い立たせるように、私の心が叱咤激励してくる。
 
――みんな『勇気』を振り絞っていたじゃない!
――相手と『一』の縁を結ぼうと、必死になっていたじゃない!
 
 ならば私だって……!!
 
 
「私……! 実は『りゅっしー』ていう着ぐるみの中の人なんです!!」


 私がそう言いきった直後に、一陣の風が広場の芝生を揺らした。
 柔らかな先輩の髪が少しだけ乱れる。
 先輩はその髪を整えようともせずに、ただ目を大きくして、私のことを穴が空くほど見つめていた。
 
 けど、先輩が私の『告白』に驚いていた時間は、そう長くはなかった。
 彼はすぐに目を細めると、先ほどまでと変わらない優しい笑顔で言ったのだった。
 
 
「神崎さんが『りゅっしー』じゃないかって、前々から思っていたんだ。おかげですっきりしたよ」

「えっ……?」

「ふふ、フリーマーケットで神崎さんの声がした気がしたから。もしかしたらってね。そして春川理容店でも偶然会えたのも、神崎さんがりゅっしーだったからじゃないかと考えていたんだよ」

「うそ……。そうだったの……」


 なにはともあれ馬鹿にされているような雰囲気ではない。
 ちょっとほっとして、自然と肩の力が抜けていく。
 しかし、次の先輩の言葉は、曲がりかけた背中がピンと伸びてしまうくらいに衝撃的なものだった。
 
 
「俺は神崎さんの演じる『りゅっしー』がとても好きだよ」

「え……? え? うええええっ!?」


 これほどまでに『好き』という単語に破壊力があろうとは、思いもよらなかった。
 だって先輩に『好き』って言われたのよ!
 いや……。正確には私の演じる『りゅっしー』が褒められただけなのだけど。
 それでも憧れの先輩に『好き』って言われたら、舞いあがってしまうのが乙女心ってものだと思うの!
 
 しばらく声を失ってしまっている私に対して、先輩は穏やかな口調で続けた。
 
 
「フリーマーケットの時も、春川理容店の時も、神崎さんのりゅっしーは子どもたちを喜ばせようと、いつも一生懸命だったよね。その姿を見ていたら、なんだかジンとしちゃって。俺はあんな風にみんなを喜ばせることができないから……」

「そ、そ、そ、そんなことありません!! 少なくとも私は喜びました!! 文化祭の時に!!」


 自分でもびっくりするくらいにたどたどしく言うと、先輩は小さく頭を下げた。
 
 
「ありがとう。そう言ってもらえると、すごく嬉しいよ。ところで、神崎先生から聞いたんだけど、今は商店街を盛り上げるために夏祭りの準備を頑張ってるんだってね?」

「は、は、はいっ!」

「そっかぁ。俺にも何か手伝えることないかな? 神崎先生にはなかなか言い出せなかったんだけど、俺もあの商店街にはお世話になっているから、少しでも力になりたいんだ」


 なんと!
 まさか!
 先輩の方から協力を申し出てきたのだ!
 
 まさにミラクル中のミラクルだ!!
 
 私は直角に頭を下げると、先輩にお願いしたのだった。
 
 
「先輩!! ヒーローになってください!!」


 と――
 
 
………
……

「じゃあ、俺はここで! またね、神崎さん!」

「はいっ!! 今日はありがとうございました!」

「いや、礼を言うのはこっちの方だ。手伝わせてくれて、ありがとう。頑張ってヒーローショーを盛り上げるよ!」


 先輩は自分の家とは逆方向にも関わらず、私をマンションの前まで送り届けてくれると、最後の最後まで爽やかな笑顔のまま、自転車で走り去っていった。
 
 
――喜んで協力するよ!


 と、快諾してくれたあの眩しい笑顔。
 そして……。
 
 
――こ、これからは母さんじゃなくて、俺に直接連絡してもらってもかまわないから。神崎さんがよければ、連絡先を交換しれくれないかな?

 
 
 と、連絡先を交換しようと持ちかけてくれた時の真っ赤な顔。
 
 その二つの顔が、頭の中を交互にヘビーローテーションし、極めつけは『好き』という言葉が合間でリフレインして離れようとしないのだ。
 
 
「くぅぅぅぅ!! せんぱぁぁぁい!!」


 先輩の影が見えなくなったのを確認した後、ぴょんと飛び跳ねると、マンションの中へとスキップで消えていく私。
 昨日はお兄ちゃんが眠れぬ夜を過ごしたようだけど、今日は私の方が眠れそうにない。
 
 それくらいに嬉しくて、とっても幸せだった。
 
 
 まさか、夏祭りの本番で大変な事態になるとも知らずに――
 
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