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第1章 早速追われる!なぜならバグだもの

1. アルバイト

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俺は、新宿のとあるビルの25階のフロアの中にいる。

ビルのジャングルと駅地下の大迷宮を、地図アプリを使ってかいくぐって、ようやくたどりついた。
自分としては十分に称賛に値する冒険劇なのだが、本編とは全くの無関係なので、その冒険譚を語ることは、泣く泣く割愛する。

ただ、そうまでしてここまでやってきた理由だけは伝えておきたい。

ゲームのデバッグのアルバイトに来たのだ!
たかだがアルバイトに・・・と思われるかもしれないが、ただの「アルバイト」の枠にははまらない価値がある。

なぜなら、俺がアルバイトとしてデバッグするゲームは、絶大な人気を誇る転生型MMORPG「ファンタジア・ワールド」の続編だからだ。

「ファンタジア・ワールド」は天才ゲームプログラマーの呼び声高い、成神智道なるかみともみち氏によって生み出された仮想世界である。
そこでは、モンスターを仲間とともに狩ったり、様々なダンジョンを冒険したりするいわゆる「王道」の冒険が繰り広げられる。

そのゲームは、制作決定してから商品化まで3年かかった。
そして、ようやくデバッグを残すのみとなったのだ。

ちなみに、「ファンタジア・ワールド」の開発は「ソフトハート」社と言う、一部上場企業が手掛けている。

そのソフトハート社が、なんと1,000人を臨時雇用して、かなり大規模なデバッグをすることとしたのだ。

その中の一人が、俺こと田中優たなかゆう、ピチピチの20歳。男子学生だ。

この仕事の魅力は、超人気ゲームを先行して遊べるということだけではない。
デバッグで作成したキャラクターをそのまま本編で転用可能というところが大きな魅力なのだ。

つまり、発売日その日から一般ユーザーより先行して能力が高い状態でゲームをスタートすることが出来る。

優越感ウハウハの「俺TUEEEEEE」プレイも夢ではないのである。


今思えば、バイト合格倍率10倍以上の超難関を突破した時点で運を使い果たしたのだろう。

このアルバイトによって、数奇な運命に巻き込まれる事になろうとは…
俺は思ってもいなかった…

◆◆

クーラーがガンガン効いているオフィスの一室で、俺は、今か今かと仕事が始まるのを待っていた。

「田中優さーん」

俺の名前が、何の抑揚もなく、メタボで無精ひげを生やしたお兄さんに呼ばれる。
うん、あだ名はメタボさんでいいだろう。

「はーい」
「じゃあ、早速始めたいんだけど、何か質問はあるかい?」

メタボさんは、気だるそうな声でたずねる。
対照的に、目を輝かせた俺は「なにもない!」といわんばかりに首を横に振った。


「じゃあ、大事なとこだけ一応説明しておくから、問題ないようだったらこれにサインしてね~」
と、一枚の「誓約書」と書かれた紙を俺に手渡す。

「まず、プレイ方法だけど、専用VRヘッドセットをつけてもらうね。
このヘッドセットが一種の睡眠状態を作り出して、君を『ファンタジア・ワールド』の世界に転生させるから」

ヘッドセットを俺に手渡すメタボさん。
さらに続けた。

「睡眠から目覚める条件、すなわちゲームオーバーの条件は3つ。
転生した君が『戦闘不能』となるか、
デバッグプレイで設定したミッションを達成するか、
一定時間、今回の場合は『こっちの世界の』3日間を経過するかだ」

メタボさんは徹夜続きなのだろう…
眠そうな目をこすりながら続ける。

「転生先の世界の1日は現実世界の1時間にあたるから、『転送先の世界』で言えば最長72日間だけ『転送先の世界』に居られるってわけさ。
君たちの睡眠状態の間の健康状態はこっちで24時間チェックしてるし、栄養補給も専用のチューブを口から挿入して行うから、『身体』が衰弱することはまずない」

メタボさんはスラスラと流れるように説明していく。

今日何回目の説明なんだろう・・・かなり流暢だから、もう散々説明したことがうかがえる。

しかし、ちょっと引っかかった部分があったので、俺は思わず口をはさむ。

「あの~・・・『身体』を強調されたのは・・・」

メタボさんが、ちらっとこちらを見る。予想されたつっこみだったのか、特に表情も変えずメタボさんは続けた。

「あ~・・・『心』は保証しないよって意味。
転送された世界での体験は、現実で身に起こったことだから、現実世界に戻ってきても記憶から消えることなくトラウマとして残る可能性があるってこと。
さっき君に渡した誓約書は、そんな事になっても当社は責任を負わないよ、ってことに同意してもらうものさ。
実際に市場に出回るのは、その辺りは配慮されてから出荷されるんだけど、デバッグ前の状態だと、その辺りがまだ未整備の可能性が高いから、『心』へのダメージはこっちでも想定できないんだ。
すまんが、それだけは事前に了承して欲しい。大丈夫かな?」

メタボさんがわずかに申し訳なさそうな表情でたずねてくる。

「大丈夫っす!俺こう見えても、神経だけは図太いってよく言われますから!」

親指をグッと立てた後、俺は颯爽と『誓約書』にサインをして、それをメタボさんに手渡した。

「じゃあ、最後にこのデバッグの目的、つまり今回のミッションを言うね。
ずばり『バグを排除すること』だ。
排除の仕方は、モノによって違うんだけど、アイテムなら拾ってゴミ箱へ捨てる、モンスターや人だったら倒してくれればいい。
ちなみに何がバグだったかを記憶しておく必要はないから、見つけたらジャンジャン排除してね。
ゲーム内の全バグを排除したとこっちが見なしたら、ミッション完了ってわけだ」

「ジャンジャンって、そんなに数あるんですか・・・?」

「いやぁ、それが全くこっちでも分からないんだよ~。どれくらいあるのかね~」

おいおいっ!今のだけ聞けばデバッグできるような段階じゃなくねぇ!?
というツッコミはグッと抑えて、さらに質問をかぶせる。

「・・・ちなみに『バグ』ってどうやって見極めるのですか?」

「詳しくはチュートリアルで教わるけど、簡単に言えば『バグ』は近づくとマーカーみたいなものがマップに出るから見落としはないと思う」

なるほど、マップ機能に『バグ』がマーキングされるのであれば、見落とすことはないってことか。
そしてもう一つすごく気になることがある。

さっきサラッと「人」も対象のような事を言ったような気がしたんだが、それはどういう意味なんだろう…?
NPCの事か?それとも…プレイヤー自身か…?

質問をしようとしたところでメタボさんはVRヘッドセットを俺にかぶせた。

「はいはい、じゃあ質問タイム終了~
あとは転生してから実際に確かめてみてよ~
じゃあ、いってらっしゃ~い」

ちょっ・・・心の準備が~・・・という間もなく、ゲームの電源がオンになるとともに俺の意識が遠のいっていった。


◆◆

俺が完全に睡眠状態に入った事を確認する。

これで、全プレイヤーがゲームの中に入ったはずだ。

オフィスの中は、ゲーム機のファンとクーラーの音だけが、無機質に聞こえる。


ふと、メタボさんと呼ばれていた男が、悲しい表情を浮かべる。
いや、苦しそうと言った方が適切かもしれない。

そして遠くを見つめ、相変わらず気だるい感じでつぶやいた。


「成神さん、あんたの足掻き、俺は最後まで見届けてやるさ・・・存分に戦ってください」



その目はわずかに潤んでいたことは、誰も気がつかなかった。
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