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第1章 早速追われる!なぜならバグだもの

2. 送り人の少女①

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絶望ってこんな感じなのだろうか・・・
なんか、もうどうにでもなれって感じで、『心』の力が入らない。
草原のど真ん中、俺はなすすべもなく大の字になっていた。
傍目から見たら、確実に魚の目ってやつだったと思う。


どれくらい経過った頃だろうか、ぬっと影が俺の顔を覆った。
ふと、その影を見やると見たことがない少女の顔。
歳は10もいかないであろう。
金髪にツインテール、青い瞳といかにもロリロリな可愛らしい顔が
少しムッとした表情で俺の顔を覗き込んでいる。

「あなた、一応バイト中なの分かっているのかしら?」

そんなどうでもいいことなんて、すっかり忘れてた。
本当はどうでもよくないはずなのだが、今の俺の絶望の大きさに比べればちっぽけな事だ。

「ああ・・・そう言えばそうだっけ・・・」

少女の可愛らしい表情の眉間が一瞬寄ったが、すぐに作られた営業スマイルに変わった。

意外と表情豊かな幼女だ。

「まぁ、いいわ。あなたの気持も分からなくなくってよ。
そんなあなたでも、最後くらい気持ち良くお帰りいただくよう努力するかしら。
私の名前はシェリー。
あなたをこの世界から現実世界に『穏便に』送り届ける役の『送り人』ですわよ」


◆◆◆
話は3日前に戻る。

現実世界から『ファンタジア・ワールド続編』の異世界に転生してきた俺は、「ギルド酒場」と呼ばれる冒険者の食堂や仕事の依頼を受ける冒険者のなんでも屋のような場所の受付カウンターの前に立っていた。

転生と同時に、着ていた服もいつの間にやら変わっていた。
ゲーム中のキャラクターがいかにも初期装備として着用していそうな布を基調として、ポイントに動物の皮があしらわれた上着と靴だ。
あと、肌着と靴下も着用しているようだ。

腕には、この世界にはあまり似合わない
デジタル時計のような機器も身につけている。

「お兄さん!こんにちは~!」

ぼけっとしながら状況を確かめていると、ふと背後のカウンターから若い女性の元気な声で急に話しかけられた。

「は、はぅ・・・お、俺のことか!?」

いかん!いかん!思わずキョドってしまった。
俺が女性に慣れていないことがこの世界でもバレてしまう。
せめてこの世界の中では、何事にも動じないクールなイケメン設定でありたいと転生前に誓っていたのだ。

気を取り直して、表情を整えてから100万ドルのスマイルを携えて、俺は振り返った。

「こんにちは!俺の名前は・・・「ユーさんね~!お待ちしてました!」
「あ・・・はい。よろしくお願いします」

いきなり出鼻をくじかれ、思わず消沈してしまう。
ちなみに俺のキャラクター名、つまりこっちの世界での名前は「ユー」だ。

「あはは!君面白いね~!」

カウンター越しに受付のお姉さんが腹を抱えて笑っている。
赤毛のショートに小さな眼鏡。
整った顔は綺麗系とも可愛い系ともどっちにもつかないが、美人であることには変わりない。
年齢は俺より少し上ってところか。

ギルドの制服なのだろうか、セーラー服のようなものを着ている
座っている為、上半身しか見えないが、スタイルはかなり良さそうだ。

しかし、いくら美人でも、初対面の人に「面白い人」と笑われると海よりも深い懐を持っていると自称している俺でも少しムッとする。
怪訝な表情を浮かべた俺に対し、受付のお姉さんは笑いを抑えて続けた。

「ごめん!ごめん!面白かったから思わずね!あはは。
では、あらためて・・・
『ファンタジア・ワールド』へようこそ!」

そう言うと、受付のお姉さんは腰に手を当てて、ウインクした。
その仕草に、胸がキュンとする俺・・・
みるみるうちに顔が赤くなるのが、自分でも分かった。

UOOOOO~~~!!かわえぇぇぇぇ!!

ゲームならではのテンプレの動きだが、そんなあからさまに狙った動きを
現代日本で行う美女など、ぜ っ た い にいない。

しかも、美女どころか女性自体、最近は母親としかほとんど話したことがない俺にとって、その仕草はまさに「文明開化の音がする」くらい衝撃的だった。

「おい!少年!聞こえてるか~!?」

俺の反応に明らかにドン引きした受付のお姉さんが、ジト目でこちらを見ながら問いかけてきた。

「・・・すみません。慣れないもんで・・・」

思わず本音が漏れた・・・

完全に引かれてるわ~

バシャっと水をかけられた感じで、一気に落ち込んだ。
なんか躁鬱激しいな俺。

「コホン!じゃあ、簡単な説明から始めるわね!」

またしても、テンプレな咳払いをして、表情を笑顔に戻す受付のお姉さん。
いちいち可愛いな。

「はい!お願いします!」

俺も負けじと、こぶしを固めて笑顔で返す。
同じ過ちを犯さない俺クール。

「あはは~!
なんか、テンプレの爽やか少年を演じてるのが見え見えで
いちいち面白いわね~!あはは!」

うん、どうやら俺は「ただの面白い人」に認定されたようだ。
この時点で「恋人」はおろか「ただの友達」にすら昇格できないってことが
女子友達「0」の俺でもはっきりと分かった。

受付のお姉さんは、ひとしきり笑うと、
「ごめんね!あんまり笑わせないでくれると嬉しいな~。
あらためて、私の名前は『ミーナ』。このギルドの受付よ。
よろしくね!」

長いかけあいでようやく名前をゲットした。

やっぱりこれは「ただの友達」くらいにはなれるかも、いやそれ以上も・・・
女性の免疫がない俺は、名前を聞くことができただけで妄想が広がった。

なんてメデタイ頭なのだろう・・・

3日後に「絶望」が待っているなんて露とも知らず、俺はこれから始まる新世界の冒険と新たな出会いに有頂天になっていた。
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