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第1章 早速追われる!なぜならバグだもの

5. 送り人の少女④

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「シェリーはいつかお姫様になりたいのよ!
綺麗なドレスを着て、素敵な王子様と舞踏会に行くの!
それが私の夢かしら!」

シェリーは小躍りしながら、うっとりした表情で夢を語っている。

「・・・そうなのかぁ。まぁ、頑張れ」

「ちょっ!何よその、なんの面白みもない返事は!?
ミーナお姉さまから『面白い人だから飽きないわよ』って聞いてたのに、
全然面白くないじゃない!」

「あれ?ミーナさんから聞いてないのか?
俺ってやつは『肝心な時に期待にこたえられない』男なんだぜ」

「あっ!それ聞いてたかしら」

「聞いてたのかよ!」

どうでもいいやりとりに、思わず苦笑いがこぼれる。

「ようやく笑っていただけたかしら。
折角この世界に来ていただいたんだもの。
最後くらい笑っていて欲しくてよ」

そう言うと、シェリーはホッとしたように微笑み返してくれた。

その表情を見て、俺の体に一筋の光が走った。
死んでいた思考が、エンジン音をけたたましく立てて動きだす。

あぁ、この子は俺に気を使って、わざと明るく振舞ってくれてたのか。

自分の身勝手で絶望して、この子には何の責任もないのに、冷たくあしらって・・・俺はなんて最悪で、情けない男なんだろう。

それに比べて、太陽のように振る舞い、俺に笑顔を戻そうと努力をするこの少女は、なんて尊い存在なのだろう。

この世界では何の価値もない「バグ」である相手を、自分の仕事の使命である「穏便に元の世界に送り届けること」を果たす為に自分をさらけ、興味を引かせようと一生懸命になる、そんなことが俺に出来るだろうか。

急に胸が締め付けられる感覚がしてきた。

抜け殻だった俺に、「心」が戻ってくる感覚がする。

この子の使命に応えてあげよう。穏やかな気持ちで元の世界に戻ろう。

急に世界が色づく。世界の音が聞こえる。においがする。

五感全てがクリアになっていく。

そうか、俺はこの少女に救われたのか。

どうにもならない絶望である状況は変わらない。

それをどうにかしようという驕りに似た感情は元よりない。

ただ、この少女の使命と夢には応えたい、俺を救ってくれた恩を返すために。

そんな決意が言葉となって出てきた。

「なぁ、シェリー。俺一つ約束するよ」

「な・・・急にどうしたのかしら?」

大きな瞳をまん丸にして、シェリーが驚いたように俺に向き合う。

「お前が王子さまと舞踏会に行くその時、
俺が会場までエスコートしてやるさ」

「で、でも、あなたは・・・」

そうさ、俺はもうこの世界じゃ必要ない存在。

でも、俺は決意する。

「必ずそん時は戻ってくる。
今度はバグじゃなくて、普通の人間でさ」

俺は親指を立てて100万ドルの笑顔(自称)でシェリーに答える。
決まった俺クール。

シェリーは驚いたような顔から、愛くるしい笑顔に、表情を変える。

「期待しないで待ってるかしら」


「そして、もう一つ。
穏やかな気持ちで元の世界に戻るさ。これも約束だ」

「それだけは期待してあげてもよくってよ」

ひとしきり笑い合うと、シェリーはクルッと振り返って前を向いて目的地へと歩き出した。

これは俺にとって都合が良かったと思う。

だって、面と向かって言うと恥ずかしいからな。

「ありがとな。救われたよ」

◆◆◆

最終訓練であるトサカリザードとの一戦は意外とあっさりと終わった。

みんなはそれぞれ適正の合った武器を装備した。
カズさんは両手剣、
クミさんは日本刀、
ショコラさんは弓、
俺は適正のある武器がなかった為、中間距離で戦える槍を選んだ。

トサカリザードは、その名の通り、頭に大きなトサカが特徴的なトカゲのモンスターだ。

直線的なダッシュからのタックルと長い爪による強烈な薙ぎ払いを得意とする。
もっとも訓練の相手は、その爪が無力化している為、脅威さはさほどない。

おそらく距離を取って、タックル中心に戦ってくるだろうと予想された。

案の定、闘技場に入ると、予めある程度距離を取っていたトサカリザードがタックルを仕掛けに走ってきた。

「ショコラさん!いきなり頼む!」

俺はショコラさんに指示を出す。

キリッとした顔で頷いた彼女は、覚えたてのユニークスキルを発動させた。

「くらいなさい!ニードルショット!」

無数の矢が敵を襲う。

ショコラさんのニードルショットは一度に多くの矢をつがう事ができる。
一本一本の矢の威力は落ちるが、敵を怯ませるには十分だ。

トサカリザードの前進が明らかに鈍る。その隙をついて、俺が槍を前に出して敵の前に立つ。

しかし、俺は槍を突く事はしない。

槍のリーチを活かして、微妙な距離を保つ。

もし、お得意のタックルをかましてきたら、グサッと串刺しって訳だ。

トサカリザードもそれを察知してか俺の正面から逃れようと右に左に動いてくる。

しかし、なぜだか俺はどっちに動くか手に取るように分かってしまう。

なぜだかは自分でも分からんが・・・

なかなか思うようにいかない硬直がトサカリザードをイラつかせる。

「ギャアアアォ!!」

たまらずトサカリザードが叫ぶと、俺は次の行動を直感した。

「カズさん!来ます!」

とカズさんにユニークスキルを放つ準備を呼び掛ける。

トサカリザードはもう一つの得意技を繰りだしてきた。

爪での薙ぎ払いだ。

しかし、槍で距離を取っていたのが幸いする。
攻撃のモーションが大きくなる。

その隙にカズさんが、俺とトサカリザードの間に潜り込んだ。

「ソードバッシュ!」

カズさんは両手剣を盾の様にして、攻撃を受ける態勢を取る。

ガキィィィーン!

カズさんの剣とトサカリザードの爪がすごい音を立ててぶつかりあう。

その瞬間トサカリザードがノックバックしたようにのけぞる。
カズさんのソードバッシュの効果だ。

受けた攻撃のダメージをそのまま相手に返し、さらに仰け反らせて、一瞬の隙を生む。

「よし!クミさん!今だ!!」

「まっかせてぇ~!!」

クミさんが一気に距離をつめる。

「居合一閃!!」

クミさんもユニークスキルを発動する。
鞘に納まっていた日本刀が音速で放たれる。

「ギャアアアアア!!」

トサカリザードが悲鳴を挙げて倒れた。
「居合一閃」は無防備な状態で相手に接近出来ないと放つ事が出来ないリスクの高い技だ。
しかし、その威力は絶大で、大抵のモンスターの意識を刈り取れる。

「やったぁ!決まったね!」

クミさんが俺にハイタッチをしてきた。

パァーーン!

それに俺も応えた。

今回はモンスターを気絶させたら俺らの勝利というルールだ。
目の前のトサカリザードは、目を回して倒れている。

グッタリしたトサカリザードを俺は上から見下ろした。
そして、特徴的な部分を俺は凝視している。
トサカがなく、眩しい程ツルツルな頭という特徴を。

そして、思わずブッと吹き出した。

「トサカがないトサカリザードとか(笑)
ちょーうけるんですけどぉ(笑)
ツルツルって名前をちみには与えよう」

敗者を称えないゲスな一言を容赦なく浴びせる俺、ダーク。

しかし、その時
(うるせぇ!ハゲじゃねぇし!
一本まだあるし!)
と聞こえた気がした。

気のせいだと言い聞かせ、俺は仲間とともに闘技場を後にした。


帰ってきた俺たちをモナカ教官が迎えてくれた。
簡単な報告が終わると、早速ささやかな卒業の催しを行ってくれた。
これからの事や、バグを駆除した場合の報酬の事を最後に聞かされたが、正直あまり覚えていない。
ただ、記憶に残っている事は、バグの駆除開始が今日から3日後からスタートするという事だ。
それまでの間は、フィールドに慣れる目的で、自由行動となるらしい。
例えバグを駆除しても、報酬につながらないのでスルーした方がいいとのこと。

ジュース片手に和やかな時間が流れる。
ここにいる全員がこれからの事に胸を躍らせていた。

30分くらい経過ったくらいだろうか、
俺は身体の異変に気付いた。
力が抜ける感覚、手足は痺れてくる。
「・・うぐっ・・・」

カシャーン

俺のコップが地面に落ちる。

同時に堪え切れず、片膝をつく。

「ユーっち!?大丈夫!?」
「・・・いや、ダメっぽいな・・・」

みんな心配そうに俺のもとに駆け寄り、膝をついて介抱してくれている。

それを冷ややかな目でモナカ教官が見下ろし、俺を絶望へといざなう言葉を放った。

「冒険者ユーよ。非常に残念だが、貴様は『バグ』と認定された。
よってこれよりこの街から強制退去となる」

「・・・そ、そんなバカな・・・」

とっさに反論しようとしたところを、メニューを開きステータスを確認するよう促された。

メニューを可視化モードにして開いたところ
「ユー(バグ)」と表示される。
それを見た俺を含めた全員が凍りついた。

「貴様はこの3日間で武器適正およびユニークスキルを身につけることが出来なかった。
よって『バグ』と認定されたのだ。恨むなよ。誰も悪くない。
あえて言えば貴様の運が悪かったのだ・・・」

モナカ教官もつらそうにしている。

3日間とは言え、教官と生徒として接してきた。
おそらくこんな俺にも多少なりとも情がわいているのであろう。
しかし、そんな状況の中でも非情に徹するあたり、流石だなと
妙な所で関心してしまう。

「せめてもの情けとして、貴様を穏便に元の世界に戻す為の送り人を手配してある。
目を覚ましたら、その者についていき、この世界から立ち去るがよい」

ここまで耳にして俺の意識が遠のく。

仲間が俺を呼ぶ声が遠くで聞こえた気がする。


そこまでで完全に暗闇へと落ちた―――

◇◇

気づくと大草原のど真ん中に仰向けになっていた。
どうにも覆ることがない事実に、心は完全に折られている。

そんな中、俺の運命を大きく変える事になる少女――シェリーと出会ったのだ。






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