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第1章 早速追われる!なぜならバグだもの

8. やっていい事と悪い事

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「…ほぅ。実に興味深いねぇ。
ろくな思いもしてないだろうに、
この世界での記憶は残したいのかい?」
「悪いな、確かにろくな思いはしてないが、忘れるわけにはいかない約束をこっちの世界でしちまってるもんでな」

ちらりとシェリーを見やる。
シェリーは驚いたような顔を浮かべると、みるみるうちに涙を浮かべる。
「俺はどうしようもなく情けない男だが、約束した事だけは守らせてくれ」

「…それは仕方ないですね~」
フィクサーの表情はあまり変わっていないが、眼光が鋭くなってきている。
「俺は期待に応えられない男って事は、こっちの世界では通ってるらしいしな。
お前さんの期待にも応えられんって訳さ」
「クククッ。いいのですよ」
なんだこの余裕は…
すると狂気と悪意に染まった、えげつない笑顔でフィクサーは続けた。
「『記憶を消してくれ』と土下座で懇願して頂けるように、
絶望を与えてあげますから」
おーーい!さらっと怖すぎ!
そういう耐性ないから!マジちびっちゃうから!

思わず後ずさる。
心配そうにシェリーが俺の手を握ってきた。
彼女も震えて、手に汗をかいている。
「…では、始めましょうか」
「何をはじめるんだ?」
「言ったでしょう。
絶望を味わって頂くのですよ」
キタァーー!これ泣いちゃうパターンのやつキタァーー!

ジワリジワリと恐怖で押し潰されそうになる。
フィクサーの表情は全く変わらない。
全てが彼にとっては想定内の事であったかのように、平然としている。
「手始めに…そうですねぇ。
死んで頂きますか」
「サラッと殺害予告かい。
でもいいのか?
俺は死んだら記憶もそのままに、元の世界に戻るんだぜ」
そう告げると、フィクサーはクククと不気味に笑い声を漏らす。
「…何が可笑しい?」
「どうやら勘違いをしているようだねぇ」
その時、俺はハッとした。
そしてとっさに体が動く。

「死んで頂くのは彼女ですよ」

フィクサーはいつの間にか銃を手にしている。
俺はシェリーを庇うように、彼女の前に立った。
「…なぜシェリーを殺す必要があるんだ!言え!フィクサー!」
「おやおや。
あなたまさか確認してないのですか?」
まさか…そんな…
確かに全く考えてもいなかった事が一つだけ、急に頭に浮かんできた。
ウソだろ…そんなバカな…
「えらく動揺しているようですね。
実際確認してみたらいかがですか?」
身体中から汗が一気に吹き出す。
そして言い得ぬ悪寒が、全身を稲妻のように駆け巡る。
「今『約束の森』でもマップ機能が使えるようにしましたから。
ご自身でどうぞご確認を」
フィクサーが気取る様に一礼した。
俺は震える手でメニューを起動させた。
狭域マップで確認する。

「シェリー【バグ】」

目の前が真っ白になった。
立っているのでさえキツい。
それでも絞り出す様に、質問をぶつけた。
わずかな希望にすがって…
「彼女がもし死んじまったら、その存在はどうなる?
バグではない存在で生まれ変わるのか?」
「残念ですが、それはありえません。
この世界から消えてなくなります。
そして、最初から存在しなかったものとして、あらゆる記憶と記録から消える事になりますねぇ」

愕然とした。
単に消えるだけではなく、あらゆる人の記憶からも消えるとは。
「それじゃあまるで、最初から存在しちゃいけない様なものじゃないか!」
「そりゃそうですよ。
なぜなら『バグ』なのですから」
「…ふざけるな。
この少女が何をした?
存在を否定される程の罪を犯したっていうのか?」
「そうですねぇ。
あえて言えば、この世に生を受けた事自体が、罪となりますかねぇ」

この言葉で完全に俺はキレた。
勝算なんて関係ない。
この男だけは許さない。
高ぶる感情が、完全に理性を凌駕した。

「お前に何の権利が合って、そんな非道な事が言えるんだ!
テメェもこの世界のただの住人じゃねえのか!?
開発者に作られた一介のNPCにすぎないテメェに何の権利があって、そんなクソみてえな事を言いやがる!?」
激昂した俺を目の前にしても、何ら変わる事はないフィクサーの表情。
俺の感情すら想定内の事なのか…

「あはは。
そう言えば、まだ私自身の事をお話していませんでしたねぇ」
この後に続く彼の告白は、俺をさらに追い詰める事となる。
「私はこのゲームの開発責任者なんです。
ゲームマスターとして、この世界に転生してきているのですよ」
「な…なんだと!?」
ないわー、この詰み展開、ないわー。

「なので、そこのお嬢さんを生かすも殺すも私の自由なんですよ。
むしろ、あなたにそのお嬢さんについて、とやかく言う権利がないって事です」
「テメェの言う通りかも知れない…
でもなぁ、残念な事に、俺はこの子を生かしたい。
その気持ちをどうこうする権利はテメェにはないはずだ!」
「言っていることが滅茶苦茶ですねぇ」
それは自分でも分かっている。
しかし、将来の夢をキラキラした目で語っていた少女が、「存在自体が罪」とまで言われ、正常な思考でいられる方が可笑しいというものだ。
彼女は死なせない。
その気持ちでしかなかった。

「歳が10にも満たない少女に、ほどされたのですか…
そういう趣味、私は嫌いではありませんが…クククッ」
シェリーがムッとしたのが、背中越しに伝わってきた。
「ふん、全くあんたは良い趣味しか持ってないようだな。
そんな男にこの子を好き勝手はさせねぇ」
脆く崩れそうな、精一杯の虚勢で啖呵を切る。
しかし、目の前の男の表情は、今までと全く変わらない。
そう、この男は分かっているのだ。
対峙している相手が自分の脅威には全くなりえない事を…

「それで、あなたはどうしようと言うのですか?
まさか私を退治しようとしているのでしょうか?
それこそ滑稽な笑い話ですが」

武器も力量も根性もない俺が、銃を片手にして、化け物みたいなモンスターを使役しているやつに、天地が
ひっくり返っても敵うはずがない。

であれば、やる事は一つだ。
俺は、ゴクリと唾を飲み込むと、
腹に力を入れた。覚悟を決める為に。

アイテムメニューから、サバイバルナイフを取り出すと、自分の首に刃を当てる。
フィクサーの表情はそれでも変わらない。
しかしその目は少し戸惑ったような動きが、一瞬だけあったのを俺は見逃さなかった。
常に他人の目だけを気にして生きてきた経験が活かされたって訳だ。

これはイケる!
そう確信した俺は、ハッタリを押し通す。
押し寄せる絶望で色を失いかけていた部屋が、その仄かな希望の光で色付き始める。
掻きっぱなしだった汗が、冷や汗から燃える様な熱いものに変わる。
そして、俺は自分でも驚く位の高らかな声で宣言した。

「さぁ、ゲームを始めようじゃないか!
俺たちが勝てば、この場は見逃してくれ。
あんたが勝てば、俺は記憶を消して、元の世界に戻ってやるよ!」

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