上 下
10 / 35
第1章 早速追われる!なぜならバグだもの

9. 追いかけっこの定義

しおりを挟む
「はははっ!
お話になりませんねぇ。その条件だと、君たちに都合が良すぎるんじゃあないかい?
君は自分の今置かれた立場を分かっているのかね?」

先ほど一瞬見せた狼狽は、すでにフィクサーの瞳からは消えている。
変わって、殺気に近いものが燃えるように瞳に渦巻いている。
ここで引く訳にはいかない、あらためて腹に力を込め、俺はハッタリ続ける。

「はんっ!テメェの方こそ、立場をわきまえたらどうだ?
『偽』開発責任者さんよ!」

小さな部屋に、俺の声がこだました。
沈黙と言う名の静寂が空間を支配している。

フィクサーの表情から笑みが消えている。
口は真一文字に閉じ、頬は若干紅潮していた。

さぁてと。俺のターンはまだ終わらないぜ。
ここが勝負と一気にたたみかける。

「…沈黙は『肯定』ととらえるぜ。
やっぱり読み通りだぜ。あんた『真の』開発責任者ではないな。
いや、正確に言えば『この世界を作った人ではない』になるかな」
「そこまで人を虚仮にするんだ。証拠はあるんだろうねぇ?」
口調は変わらない。しかし、そこから先ほどまでの余裕は感じられない。

「明確な証拠は…残念ながら、今のところない」

俺は悪びれもせずに、さらっと告白する。
フィクサーは、少しホッとした表情を浮かべると、再び不気味な笑みを浮かべた。
「ハッタリもここまで堂々とされると、却って称賛に値しますねぇ」
「お褒めいただき、こりゃどうも。
ついでにもう少し、ハッタリをかまさせてもらうぜ」
「…好きなようにすればいいさ」
「言われなくてもするっつーの。
まず、俺が疑問に思ったのは、あんたを見た時さ。
どこからどう見ても『完璧』な見た目と雰囲気。
微塵の汚れも許さない『潔癖主義者』と思ったんだが、違うか?」
「…自分ではそのつもりはないのですが、周りはそのように私を評価しますねぇ」
「じゃあ、なんでこの世界にはこんなにも『バグ』が多いんだ?
もし潔癖のあんたが、作った世界なら、こんなに『バグ』が多い状態で、
デバッグに回すかな…?」
フィクサーの表情がまた険しくなる。どうやら核心をついたようだ。

「それに、バグとして転生してきたプレイヤーの記憶を消そうとしているのはなぜだ?
これは…まだ、俺にも分からないが、何か後ろめたい事があるんじゃないのか?」
フィクサーは沈黙している。
「そして、それらの疑問が…一種の違和感みたいなものが、確信に変わったのは、
あんたの一言だ」
「…ほぅ。この私が失言を?」
「あぁ、優越感に浸って、饒舌だったのが間違いだったようだな。
あんたはシェリーを指して『歳は10に満たない』と言っていたが…
この子は『10歳』ちょうどだ!
潔癖主義者でこのゲームの作り手だったら、自分が作成したNPCの設定を忘れる事はない!
テメェが偽物であることの何よりの証拠だ!」
決まった…俺、超かっこいい。

「…で、もし私があなたが言う通り『偽物』だとしたら…
あなたと私の今の立場に何の影響があるのかね?」
「はんっ!大アリだね!
もし、俺が提案したゲームに乗ってこないなら、俺はこの場で、この世界での命を自分で絶つ。
そして、現実世界に戻った上で、徹底的に探って、公にしてやるよ。
テメェが何者で、何を企んでいるのかを!
俺の記憶を念入りに消したいのは、その可能性の芽をつむいでおきたかったからじゃないのか!?」

しばらく沈黙が空間を支配する。
俺の精一杯のハッタリはここまでだ。これでダメなら…諦めるしかない。
そんな静寂を破ったのは、驚くほど大きな笑い声だった。

「ハハハ~~~!面白いよ君!
あぁ、実に愉快だ!素晴らしい!
絶望に立たされて、窮地に追い込まれながらも、まだ諦めない、その姿勢!」

少しあっけにとられた俺は、小さく返す。
「…そりゃ、どうも」

するとフィクサーは、今までとは比べ物にならないような殺気を漂わせた。

「…僕の最も嫌いなヤツにそっくりだよ。早く殺してしまいたい」

やっぱりダメだったかぁ。
ここ一番に弱いんだよね…俺。
ここにきて、地雷踏むなんて、なんて事だぁ。自業自得だが…

しかし、フィクサーは俺の予想に反するように続けた。
「いいでしょう。
君の提案に乗ろうじゃないか。ただし、ゲームの内容は私が決める。
それくらいはさせてもらえる権利はあると思うけど?」

よし!糸一本分くらいの希望!ゲットだぜぇ!
自分で自分を褒めてあげたい!ビバ!俺!

◆◆◆

糸一本分の希望――既にそれは、いつ切れてもおかしくないような、あまりにも儚い状況だった。

先ほどまで、空気そのものだったシェリーが真っ青な顔で俺に抗議している。
「ちょ~~~っと!!
追いかけっこって、追う側と逃げる側が同じくらいの足の速さじゃないと
フェアじゃないと思うのだけど!違うかしら!?」
「俺に言うな!文句があるなら、あのエセ開発者に言えっつーの!」

そう、フィクサーが提案してきたのは「追いかけっこ」だった。
もちろん逃げるのは俺達。
追うのは―――あの「無覚の漆黒」と名付けられたサイだ。
ルールはシンプルだ。追うサイから「約束の森」を抜ければ俺たちの勝ち。
サイに捕まれば――というより、あの角で体を貫かれば、俺達の負け…
ちなみに俺だけは貫かれても、瀕死の状態で生かされて、記憶を消すまで苦痛を味わってもらうらしい。
あのエセ開発者め!ドSもいいところだ!

という事で、あの部屋を出て、100数えた後、サイは俺達を追いかけ始めた。

ドドッ!ドドッ!ドドッ!

サイは、木だろうが、岩だろうが、
全てを薙ぎ払って、俺達まで一直線に突進してくる。
文字通り、サイが通った後は草の根一つ生えていない。

俺はシェリーをおぶって、走っている。
しかし、普通の人間である俺は、木の根につまづき、大きな岩は避けながら進む。

「ちょっと!遅すぎだと思うのかしら!もっと早く走りなさい!」
「ムチャ言うな!こちとら重いもの背負って頑張っているんだぜ!!これ以上は無理だ!」
「な~~~っ!レディに『重い』なんて!
あんたやっぱり失礼な男ね!礼儀をわきまえなさい!」
「おいおい!背中の上で暴れるな!落ちても知らんぞ!」

まだ「追いかけっこ」が始まってからものの5分としていないが、
早くも#絶望_サイ__#はすぐ後ろまで、迫っていた。






しおりを挟む

処理中です...