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第2章 バグ同士集まって何が悪い!

20. 自称幼馴染がいきなり重いもの背負わせる件について

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◇◇
こんにちは、この物語の主人公「ユー」です。
まだまだ右も左も分からない二十歳の若僧です。

デバッグをしに「ファンタジア・ワールド」の世界に転生して来て、まさか自分が「バグ」になって追われるなんて…

世の中の理不尽を知りました。

途中仲間になったツンデレロリっ娘の「シェリー」。

彼女との触れ合いで、そういう趣味(ロリコン)の世界を少し理解し始めました。

さらに、料理上手で引っ込み思案の美少女「イオリ」。

彼女との出会いで「天使」が実在する事を知りました。

さらに今、「自称幼馴染」の残念ヤンデレ美女の「アカネ」に拐われて、ピンチを迎えています。
彼女はどうやら、こっちの世界の俺と心中したいようです。

彼女との再会は、この世の因果のようなものを思い知らされました。

一体俺はどうなっちゃうんでしょうか…?
◇◇

意識を失っていた間、俺は不思議な夢を見ていた。
いや、夢ではない。
元の世界での、むかしむかしの古い体験だ…

俺は病院に通っていた。
ほぼ毎日。

特に俺自身が病気していた訳ではない。
俺の祖母が長いこと入院していたのだ。

母と祖母の世間話が始まると、俺はいつも「とある病室」に遊びにいっていた。

何せ2時間以上はペラペラと話続けていたのだ。
小学生に上がるか上がらないかの年齢の俺にとって、そのおしゃべりの空間に居る事は、非常に苦痛だった。

その病室にいたのは、名前すら覚えていない。一人の少女。

俺にとって、最初は暇つぶしの相手にすぎなかったが、触れ合う回数を重ねるうちに、祖母の見舞いの方が「ついで」になっていった。

しかし、突然その触れ合いは、終わりを迎えた。
その日、病室に訪れた俺を待っていたのは、も抜けの殻と化した無機質な空間であった。
少女はすでにその場所にいなかった。

それは、簡単な話だ。
少女が退院したからである。

元気になって退院したのか、重篤になってもっと大きな病院に転院したのか、当時の俺には確かめる術はなかった。

ただ、空の病室を目の前に、人目を憚らず号泣した事を覚えている。

そんな、昔の記憶が、なぜ今になって鮮明に思い出されたのだろうか…

◇◇
俺は、目を覚ました。
目の前には…鼻と鼻がくっつきそうな程の距離に、「自称幼馴染」のアカネがいる。

どわぁっ!!

と思わずのけぞる。
しかし、どうやら椅子に手足が固定されているようで、全く動けない。

ガタガタっと椅子を足踏みさせるのがやっとの状態だ。

アカネがそんな俺を嬉しそうな笑顔で見つめている。

俺を襲ってきた時は、ライダースーツにホットパンツのようなスタイリッシュな格好だったが、いつの間にか、真っ赤なドレスを着ている。

「あらぁ、目を覚ましてくれた?てっきりお姫様のキスなしには目覚めないかと思って、準備してたのに~」

「…ふん!お姫様って…俺にはどう見ても悪い魔女にしか見えん!」

アカネは離れると無邪気に笑う。

「あは!相変わらず面白いのね!」
「そりゃどうも…んで…これから何を始めるつもりだ?」

すると、俺の疑問にアカネは背を向けた。
何やら取り出す準備をしているようだ。


「儀式…のようなものかなぁ。」

「…すんなりとは元の世界に戻さないのかよ?」

「あは!焦らないの~!こっちの世界で済ませちゃいたい事があるの~!だ・か・ら~、ねっ!」

そういうとアカネはクルっと振返った。

大きな胸が揺れる。
ひらひらとスカートも揺れた。

その可憐な姿に、俺は思わずドキっとする。

「あら!今ドキっとしたでしょ?」
「し、してね~し!」
「あは!相変わらずユーは嘘付くのが苦手ね!すぐに顔に出ちゃうんだもん!」
「わ、悪かったな…」
「悪くなんてないわ!私そういう所も好きよ!」
「は、恥ずかしい事をさらっと言うんじゃねぇ!」
「あは!また赤くなった!かわいい~!」

なんだ?この懐かしいやりとりは…?
とてもこの後、こっちの世界での命のやり取りをするような殺伐とした雰囲気ではない…
どこか、ホッとするような不思議な心地だ。

そして、アカネは木で作られた2つの指輪を持ってきた。
この流れは…まさか…


「さぁ、始めましょう…!私たちの『結婚式』を!」


俺は首だけを「いやいや!」と言うように、横に振った。
こいつ、本気(マジ)で正気じゃない!
狂っている!

そんな俺が本気で焦っている状況を見てもアカネは平然として、近づいてくる。

そして、自分で神父ばりに「誓いの言葉」を語り出す。

「…汝は健やかなる時も病める時も、夫であるユーを愛する事を誓いますか?…はい!誓うわ!
妻であるアカネを愛する事を誓いますか?」
「だが、断る!」

そんな事を数回繰り返すと、
「では指輪(リング)の交換です!」
とリングの一つを自分の薬指にはめると、もう一方を縛り付けてある俺の左手にはめた。

ここまで若干パニックに陥っていた俺だが、だいぶ冷静さを取り戻してきた。
そして、驚くほど「普通」の疑問が浮かぶ。

なぜ、こいつはここまでして、俺と結ばれたがっているのか?

という事だ。

それを聞こうと、冷めた表情をアカネに向ける。
それを見たアカネに、今までの喜色満面な表情は消え失せ、口元は変わらないが瞳には悲哀を灯していた。

「…まだ、何も言ってないぜ…そんな悲しい表情しやがって…」

「あは…参ったなぁ。ユーには嘘がつけないや…」

「最後までやる前に…話せよ…一体お前に何があった?何を焦っているんだ?そんな事をしても俺が喜ぶとでも思ったのか?」

俺の声色は自分でも驚くほど、低かった。
それでもアカネは表情を変えない。少なくとも外面の表情は…

「あは…それ、やっぱり答えなきゃダメだよね…
少し長くなっちゃうからなぁ…いいよ!入ってきなよ!」

アカネが俺ではなく、この空間の入り口に向けて話しかける。


そこから入ってきたのは…
金髪ツインテールの幼女、おどおどして青い顔した『天使』…そして…
どこかで見たツルツル頭のトカゲモンスターだった。

あれ?一人、いや一匹余計なのいない?

まぁ、細かい話は置いておこう。

◇◇

「…お前ら…助けに来てくれたのか!?」

「…ごめんなさい…でも見つかっちゃった…」

イオリがチラッと横のトカゲを見る。

そう言うことか…あのトカゲはアカネの仲間か…

「『チャット機能』をオフにし忘れたバカお兄ちゃんのおかげで、ここまでこれたかしら…
やい!そこのデブ女!お兄ちゃんを離すかしら!」

シェリーは物おじをせずにアカネを指差して啖呵をきる。

「あは!お嬢さん、アカネお姉さんが一つ教えてあげるわ。おデブとスタイルがいいのは、全く別物よ。お嬢さんも私のようなプロモーションを目指して、せいぜい頑張りなさい」
とシェリーの『まな板』を指差して笑う。

「むっき~~~!!あんた!お兄ちゃんと同じくらい失礼なやつかしら!!」
「あは!ユーと同じって当たり前でしょう?私たち『夫婦』なんだから」
「…ユーさんの奥さまだったの…?ごめんなさい…わたしたち失礼な事ばかり…」
「あは!そちらの地味な女の子は物分かりが早くていいわ。でも、あんたにユーは近づけさせないから」

おーーい、完全に俺ってば忘れられているんですけどーー…
俺は軽く咳払いをするとアカネに問う。

「…んで、さっきの俺の質問には答えてくれるんだろうな…?」
「あら?何でしたっけ?」
「とぼけるな…なんでお前が『焦っている』かだろ?」


◇◇

みな思い思いの場所に腰をかけている。
俺だけ縛られているのが、理不尽ではあるが…

トカゲだけは外を向き、まるで見張っているように直立している。

そしてアカネは重い口を開いた。

「話すと長くなるからなぁ…質問に答える感じでいい?語るのとか苦手なのよね」
「分かった…では、まず『焦っている』理由からだ」

なぜかアカネは俺の質問に対し、律儀に答えてくれるらしい。

「分かったわ…でも、ユーの質問に全部答えたら、さっきの続きをやるからね!」
「それは回答の内容次第だろ…」
「もーー!わがままなんだから!」
「いいから答えろ!」

そして、先ほどまでの浮かれた声色ではなく、深い悲哀を込めたような声でアカネが答え始める。
「『焦っている』理由ね…それは、私に『時間がない』かもしれないからよ…」

おいおい、なんかいきなり重いんですけど…
返答次第では皮肉の一つでも言い返してやろうかと身構えていたが、あまりの口調と内容に、口を閉ざしてしまう。
そんな空気を察したのか、シェリーが俺に代わって質問を続けた。

「アカネお姉ちゃん…『時間がない』ってどういう意味?こっちにいられる時間が短いってこと?」
「あは…お嬢さんの無邪気な質問は、お姉さんの胸に響くなぁ。
そうねぇ、『時間がない』というのは、こっちの世界の事じゃないわ。
私とユーと、あとそこの女の子の『本体』がいる、元の世界での『残された時間』の事だわ」

その回答で何かを察したイオリが、口元を抑え、瞳に涙を浮かべる。
シェリーはまだ納得がいかないのか、質問を続けた。

「アカネお姉ちゃんの本体に『残された時間がない』ってこと?どういうことかしら?」
「あは…そこまで言ったら、気づいて欲しかったかもなぁ…自分で言うの、結構ツラいから…」
「…お前…病気が治って、退院したんじゃなかったのかよ…?」
「!!アカネお姉ちゃん…病気なのかしら…」

流石のシェリーも顔を青くして引き下がった。

そして、俺は恥ずかしい話だが、ついさっき気付いていた。
幼い頃、俺が病院でいつも遊んでいた少女が、アカネであった事を…

アカネの目は真っ赤だ。
グッと堪えているのが分かる。

「あは…あの時は治ったと思っていたんだけどね…つい最近再発しちゃって…」
「そうなのか…」
「…て言うか、ユーは病院で私と遊んでいた事をいつ思い出したの?
小学校の頃は覚えていなそうだったのに!ヒドいなぁ~」

アカネは少し頬を膨らませた。
病室でのあの少女の表情と重なる…
俺は少し胸の鼓動が早くなるのを感じた。

「すまんな…恥ずかしい話だが、ついさっき気付いた…小学校の頃は…確かに全く気付いていなかった…すまんな」
「あは…過ぎた話だし、しょうがないね!じゃあ、あの時交わした『約束』は覚えてる?」

「はて?何の事だ??」
「あは…いじわるなんだから…私が退院する前日…結婚式ごっこしたんだよ」
「うーん、そうだった?」
「あは…ユーなかなか上手く手順を覚えられなくてね…」

そこまでアカネが言うと、俺の記憶が一気に蘇ってきた。

なかなか「誓いの言葉」を覚えられない俺…
なかなかアカネの指に「指輪」をはめられない俺…

そして交わした約束…

「…『本番までは上手に出来るようになるから』って約束だったか…」
「あは、私は返したの。『本番の相手は、もちろん私だよ!』って…」
「俺はそれに返したよな…『当たり前だろ!』って…」

アカネはまだ赤い瞳を大きくして、俺をじっと見つめている。
ここはそらす訳にはいかない、そんな使命のようなものを感じて、俺もアカネの瞳を見つめている。

アカネが続ける。

「先々月ね…急に体調が悪くなって、病院に運ばれたの。思いのほか、進行してたのよね…田舎の病院じゃ、手の施しようがないって。私は、地元の大学を辞めて、親戚の住む東京の方へ引っ越したの」

アカネは話すのも辛そうにしているが、なおも続ける。

「そこから数週間は、地獄のような治療の毎日だったわ。そして孤独との戦いだった。
あの時のように、毎日病室に来てくれる男の子をいつも待ってた…
来る訳ないのにね…あは」

「…なんで連絡くれなかったんだよ…」

「…あは…そんな迷惑…かけられないよ…」

誰よりも責任感の強い女の子だった。
俺に連絡する事で、俺だけじゃなくて、周囲に迷惑をかける事になりそうだって、勝手に思っていたんだろうな…バカ野郎…

アカネは耐えきれず、泣きだした。

…というより、既に俺以外全員泣いている。
トカゲよ…お前までなぜ泣く…

「でもね、私頑張ったんだよ…1週間前ね…外出許可が出たの。
1週間後に大きな手術をする事になってね…」

そこまで聞いて、俺はハッとした。

「…それで、お前…まさか…俺を探して…こっちまで来たのか…?」
「あは!押しかけ女房ってキャラじゃないのにね。こうするしかなくて…」
「でも、あのバイトは随分前に面接とか…」
『その辺はボクがなんとかしてあげたさぁ~。すごい剣幕で君を探してるって押しかけて来てねぇ。君を連れ戻したいって聞かなくてさ。事情を聞いたら、涙なしには語れないじゃないかぁ。すぐに手配してあげたんだよ。私の権限でねぇ』

心の中に響く、あの憎たらしい声…

このゲームのゲームマスターである「フィクサー」の声だ。
確かあいつ、開発責任者だって言ってたよな。

「おい!盗み聞きとは、いい趣味してるじゃないか!?出てきやがれ!」
『ハハハ!ごめんよ!今は手が離せないんだぁ。いいから続けたまえ。その女の子の言ってることは、全部本当の事だからねぇ。『本体』も君(ユー)の隣にいるからねぇ』

…くそっ…
全部、アカネの作り話の線を、ほんの少しだけ「希望」として持っていたのだが、つくづくあの男は「絶望」しか与えないな!

「あは、だから…最期になるかもしれない、数日は…ユーと過ごしたくて…元の世界に連れ戻しに来たって訳よ」

「ちくしょう…その話は俺には重すぎるぜ…」

こんな時に自分の事しか考えられないのが、俺って男だ。
しかし、本当に重すぎる…

「受け止めて、なんて虫の良い話はしない…でも『約束』を果たしたいって事と、最期の数日を大好きな相手と過ごしたいっていう私の願いだけは…聞いてもらえないかな?わがままなのは分かってるんだけど…あは…」

『ちなみに、この世界から去る時は、二人ともきっちり記憶を消してあげるからねぇ。ハハハ~!』

何もかもフィクサーの手の内って訳だったのか…
『約束の森』を抜けた後でも、あいつが余裕だったことも頷ける…
おそらくあの時既にアカネは、この地帯、「渓流」に既にいたんじゃないかと思われる。
だから、ヤツは俺に「渓流」に行くように促したのではないか…

そんな邪推をしているうちに、アカネが続けた。

「あは、情けない話だけど、『本体』の私には、結婚式を挙げられるだけの体力も時間も残されていないの…
だから、結婚式だけはここで挙げたい。
そうフィクサーさんにお願いしたら、この場所を教えてくれたの。
そして、このドレスもくれた。
さらに、私に『アクセサリー作り』のスキルをくれてね…このリング、手作りなんだぞ~愛情たっぷりなんだぞ!」

「…お前、なんで先にそれを話さなかった?」

「あは、だから『焦っていた』のよ。明日、『元の身体』の体調が急変するかもしれないし…」

話に区切りがつくと、静寂が空間を支配した。
イオリとシェリーのすすり泣く声が聞こえる。

その静寂を割くように、シェリーが言い放った。

「お兄ちゃん!結婚式挙げよう!そして、この世界からシェリーが『送り届けて』あげるかしら!」

この流れと雰囲気…やっぱりそうなるよな…

これ完全に詰みだわ…


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