不完全な人達

神崎

文字の大きさ
22 / 289
映画館と喫茶店

21

しおりを挟む
 カウンター席に座り、コーヒーを注文した。すると葵と呼ばれた女性は手際よくコーヒーを入れて、清子と史の前にコーヒーを置く。
「砂糖とミルクは?」
「ブラックで。」
 葵は細い目をますます細めて、シュガーポットを下げた。奥には数組の客がいるようだが、それはすべて男女、または男二人と女一人、女が二人と男が一人のような感じで、あまりほかの客に感心がないのかこそこそと話をしている。
「お嬢さんはこの辺界隈はあまりこないのかしら。」
「そうですね。この町にきたのも一ヶ月前くらいです。」
「一人で歩くような場所じゃないものね。史さんがつれてきてくれたのは、いい選択だったわね。」
 葵はそう言ってまた笑った。
「どうしてですか?」
「たぶん、アレでしょ?仕事の関係の人。」
「はい。上司です。」
「一ヶ月くらいしかたっていないってことは、あまりまだこういう世界のことはわかっていないのでしょう?」
「……。」
 図星だ。やれといわれたことをしているだけ。自発的にしようとしているのは、パソコンの中のことに限られる。
「今、あの映画館は何の映画をしているの?」
「人妻ものを見たよ。ア○ルに突っ込んでたヤツ。」
「あぁ。アレか。アレあたしの後期のヤツでもソフトなヤツだったなぁ」
 葵はAV女優として人気はあったが、どちらかというとキワモノに部類される。縛られたり、放尿させられたり、浣腸を何本も入れられたりすることもあった。
 三年間でそういうことをこなしてきたのだ。だがその世界からすっと手を引いたのは、彼女が結婚をするためだった。
 相手はAV男優。こっそりと付き合っていて、おりを見て結婚をした。旦那になる人は今は、AVの関係で下働きをしているが、元々はその旦那も人気があるときがあった。
「今日は裕太さんは?」
「仕事。だけど、その後に用事があってね。」
「用事?」
「主人の実家は温泉宿をしているんだけど、この間主人のお父さんが倒れてね。その看病に最近ずっと行ってるの。」
「大変だね。」
 葵はそういってため息をつく。
「うちも潮時だと思っていたから、二人でその実家に帰っても良いかなと思ってるの。」
「え?」
 その話に思わずカップを落としそうになった。
「あたしがAV女優だったことも、主人が男優だったことも、この界隈はみんな知ってる。だけどみんなそれを口にすることはないわね。でも子供となれば違う。」
「……。」
「子供同士の喧嘩で、やっぱり言われるみたいなのよ。嫌らしいことをして、お金を稼いでいたって。主人に至っては、気持ちいいことをして楽に稼げて良かったねって。」
 その言葉に清子は表情を変えなかった。だが心の中ではいい気持ちはしていないだろう。
 葵の表情が少し変わる。悔しかったからだろう。
「徳成さん。」
「はい。」
「やっぱり偏見の目であなたも見てきたのかしら。」
 その言葉に清子は首を傾げた。
「……私はこの体ですから人前で脱ぐことなんか出来ませんし、そんな価値もないと思います。それが出来る方は、誰であれ尊敬できます。」
 その言葉に葵は少しため息をついた。
「体じゃないのよ。」
「体じゃない?」
「すべては演技なの。事情があってあたしはAV女優になったけれど、やはりこういう世界は底辺なのよ。」
「……。」
「絶対消えない世界なのに、表だってAVをしていますとは言えないわ。あたしはまだ運がいい方。主人もいるし、子供もいる。今は喫茶店していますと言えるけど、あたしと同期の子は未だにストリップやソープランドとかヘルスで働いている子もいるの。元AV女優といえば、指名が多くなるからって。」
「……そうだったんですね。すいません。何か無責任なことをいってしまったみたいで。」
「いいのよ。」
 自分なりに納得していったつもりだった。だがどんなところが人の逆鱗に触れるかわからない。葵はまだ怒鳴ったりしないぶん、良かったのかもしれない。だから人間は面倒くさい。
 客が帰っていき、葵はレジを終わらせるとテーブル席へ向かう。そして葵が帰ってきて、清子にいった。
「あのね、お嬢さん。」
「はい。」
「それでもあたしは人間を嫌いになれないのよ。好きな人がいるし、愛している人がいるから。それは子供なり、主人なりだけど。主人がいなければ、あたしはとっくに自殺してたわ。」
 葵の手首には数本の傷がある。それが何を意味しているのか、清子にもわかっていた。そのとき、店に一人の男が入ってきた。
「葵ちゃん。コーヒー頂戴。」
「あら。我孫子さん。お久しぶりねぇ。」
 我孫子の名前に、清子は思わず振り返った。そこには本当に我孫子昌明がいたのだ。
「徳成。こんなところで何をしてんだ。」
「上司につれてこられて。」
「ん?あぁ、「三島出版」の?」
 馴れ馴れしく清子の背中に手を置く。だが清子もそれをいやがっていない。誰なんだこの男は。そう思いながら史はコーヒーカップをソーサーに置き、気持ちとは裏腹に爽やかな笑みを浮かべて挨拶をする。
「「三島出版」の、正木といいます。」
 そういって財布から名刺をとりだして、我孫子に手渡した。すると我孫子も名刺を取り出す。
「「東方大学」の研究所の我孫子。よろしく。」
「え?今大学なんですか?」
「こういう仕事をしてると、籍だけでも大学にあった方がましなのよ。でも月に一回くらいしかいかねぇけど。」
「前は職業訓練校だったのに……。」
「あれはボランティアみたいなもんだろ?金になんねぇのに、お前ぐいぐい聞いてくるからよ。今日の講習だって、お前だけ追加料金欲しいくらいだ。」
「でも教えてくれたじゃないですか。感謝してます。」
 こんな清子を初めて見る。年相応に、薄く笑いを浮かべて、何より自然だ。いいたいことが言える間柄なのだろう。それがいらっとさせる。
「お前も知識だけなら研究所には入れるのにな。」
「中卒ですよ。大学なんて夢の夢です。」
 我孫子はそういって清子の隣に座った。
「そう言えばよ、同じ職業訓練校にいた相沢って覚えてるか?」
「誰でしたっけ。」
「そう言うと思った。お前に連絡が付くようなら、連絡先を教えておいてくれって言ってたな。ほら。名刺。」
 我孫子はそう言って清子に名刺を手渡した。
「何ですか?」
「ヘッドハンティングしたいか、もしくは、アレだろ?」
「……。」
「相沢はずっとお前が気になってたらしいからなぁ。」
 意地悪そうに笑う。清子は名刺を裏返すと、手書きの携帯電話の番号が書いてあった。
「連絡することはありませんね。」
「お前なぁ、もう二十五だろ?俺が二十五の時は最初の結婚してたぞ。おせぇよ。ちゃっちゃっと結婚でもしないと、子供出来なくなるぞ。」
 その言葉に葵も少し笑った。性を売り物にしていた葵が、子供が出来たのは奇跡だったのかもしれないと思っていたのだ。
「結婚しませんから。」
「何で?好きなヤツでもいるのか?」
 ちらっと史をみる。だが清子は首を横に振った。
「人は裏切るんです。だから結婚なんかしないし、恋人も作りたくない。」
 その言葉に、思わず三人は絶句した。何をそんなに意固地になっているのだろうと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...