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花火
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浴衣を脱いでシャワーを浴び、部屋着に着替えただけで気分は普段通りになった。やはり締め付けすぎたところに、ビールを飲んでしまったのが良くなかったのだろう。
パソコンを開いて作業を始めたが、やはりソファの上の携帯電話が気になる。本を読んでも、何をしてもやはり気になるのだ。
清子はため息を付いて時計をみる。あれからもう二時間はたっているし、もういないかもしれない。そう思いながら、部屋着からジーパンとシャツに着替えると携帯電話と鍵だけをもった。そして部屋を出る。
「……。」
いないに決まっている。自分なら十分くらいの遅れなら我慢するし、ルーズな人もいるモノだと思うくらいだが、二時間もたてば呆れて帰るはずだ。自分でもそうすると思う。
駅までは十分ほど。大通りを挟み、夜の道を歩いていく。途中で公園があり、住宅街の間にコンビニがある。それを横目に清子は駅の方面へ歩いていった。
駅は終電がまだ残っているのか、土曜日なのに仕事をしていたサラリーマンやOL、大学生のような人たちが電車を降りていく。
そしてその中に背の高い人が立ち尽くしている。女性に声をかけられて、手を振り、断っているように見えた。
「……呆れますね。」
清子はそういって史の前に足を踏み出した。すると史は少し笑って清子を見下ろす。
「来てくれると思ってた。」
「……様子を見に来ただけです。まだ電車はあるようですから、お帰りになった方が……。」
すると史はその人目もはばからずに、清子を抱きしめる。
「やめてください。」
そう言って清子は体をよじらせる。だが史はその手を緩めない。
「やだ。離して欲しかったら全部話して。久住が知っていて、俺が知らないこと、全部話して。」
高い口笛が耳に触る。清子はその史の体を引き離そうと、手をかける。だが史は避けるどころか、首筋に唇を這わせてきた。チクリとした感触が伝わってきて、体を避けようとした。
「やめて……離して……。」
「話す?」
「わかりました。だから……離して。」
すると史は少し微笑んで、清子を離す。すると清子はその首筋に手を当てた。
「跡が付いたでしょう?」
「結構くっきりね。」
「最悪……。」
頭を抱えて、史を見上げる。しかし史は嬉しそうに微笑んだ。
「君に家に行こうかと思ったけど、俺の家に来る?」
「……。」
「君は家を知られると変えるみたいだから、俺の家の方が都合がいいんだけど。」
「財布もってきてないです。」
「携帯のキャッシュレスだろ?知ってるから。」
余計なことを知っているな。清子はそう思いながら、史に肩を抱かれてやってきた電車に乗り込んだ。
史が住んでいるのは歓楽街の中にあるビルだった。S区にある歓楽街よりは小規模だが、その分、風俗店が多い。ピンク色の看板と、ぴかぴかの電飾。やはりピンク色のハッピを来た男や大きくスリットの入り体にぴったりしたワンピースを着た女性が、客寄せをしている。
中にはスーツを来た男の姿もある。それは女性専用の風俗店らしい。
史は手を引いて、清子を慣れた足取りでそんな町を歩いていく。客引きは、史に声をかけない。むしろ、声をかけるときは「お疲れさん」と言って声をかけるのだ。
「ここに住んでもう長いからね。」
史は大学へ行きながら、AVの世界に入った。AVの世界に入った時点で、自分はもうまともな世界には戻れない。そう思ったから、寮を出てこの街に引っ越しをした。それから住処は変えていない。
途中で、コンビニに立ち寄った。清子は煙草と水を買い、史は水を買う。そしてそこから少し歩いたところにある、ビルの前に立った。
一階はアダルトグッズの店らしい。女性の写真が載った看板で、やはり電飾がきつい。二階は、ヘルスとパブ。そのビルの向かいにも、デリヘルの店や、ソープなどがある。この界隈は、昼も夜も明るいのだろう。
店の横にある階段を上がっていき、ヘルスのドアを後目に階段を上がっていく。五階建てのビルなので、三階からは住居スペースになっているらしい。その四階にやってくると、どこにでもある普通のアパートの風景が目に写った。コンクリートの手すりには緑色のネットがしてある。それを不思議そうに清子は見ていると、史は手を引き寄せた。
「何ですか?」
「あまり近づかないで。ここから飛び降りる人も多いんだ。」
「あぁ……。」
最初は鳩とか鳥が巣を作らないようにしているのかと思っていたネットだったが、そう言う意味もあったのだろう。
「ここはヘルスとか、ソープで働く人が多いからね。」
好きでしている人も多いかもしれない。だが大多数はそんな人ではないのだ。借金などがあったり、いろんな事情をみんな抱えている。
一人で生きていくと思えば思うほど、弱くなるものばかりなのだ。
史はその一番端のドアの前に立つと、鍵を開けた。そして清子を部屋の中に入れると、少し微笑んだ。
後ろ手でドアを閉めるが、カーテンが閉めてなければ電飾で部屋の中が明るい。その明かりの中、史は清子を見下ろす。だが清子は冷静だ。
「何人目ですか。」
「え?」
「ここに来た人。明神さんとも付き合っていた時期があったと言ってたから、明神さんもここへ来たことがあるのでしょう。」
その中の一人なのだ。のこのこここへやってきて、何もしないわけがない。話をしておとなしく帰るわけがないのだから。
「あまり来たことはないな。明神はねだられたから来たことはあるけど、基本家には人を入れたくない。こんな場所だからね。」
「……。」
「来たいと言った人は連れてくるけれど、君のように抵抗してまで連れてきたことはない。」
真実なのかはわからない。ここだって本当に家なのかもわからないのだから。他に家があるかもしれない。セックスをするだけの部屋だという可能性だってある。
史は清子をソファーに座らせると、カーテンを閉めた。遮光カーテンらしく、光がなくなり真っ暗になる。かちっと言う音がしたと思うと明かりがついた。すると部屋の様子がわかる。
座っているソファは紺色。棚が目について、そこには自分が出演している作品なのか、AVのソフトがある。その隣には本が数冊。テレビ、オーディオ、パソコンはノートだけ。あまりパソコン回りに力は入れていないようだ。
史は清子の隣に座る前に、台所から灰皿を手にしてソファーに座る。そしてポケットから煙草を取り出した。
「明日、どこへ行くの?」
「……地元です。祖母の墓に。」
「亡くなっているのか。」
「はい。私が……十五の時ですか。」
無縁仏になりかけている。墓地というのは、管理する人がいなければそうなる可能性もあるのだ。
「それで……久住も?」
「久住さんの所は、お父さんが定期的にお世話をしているらしいのでその心配はないそうですが、私の所は少し違うので……。」
ぽつり、ぽつりと清子は口を開く。誰にも言っていないことだった。同情されたくもないし、世話にもなりたくない。
祖母の住んでいた家で育った。厳しく育った気がする。だが、祖母が倒れて世話をしたのは、清子だった。葬式も、自分で開いた。だが、四十九日法要が済み納骨を済ませた清子に、無情の電話がかかる。
だから清子は町を離れた。学校はずいぶん前に辞めた。
「人は裏切るものなのだよ。清子。一人で生きていける強さを身につけなさい。」
祖母はことあるごとにそう言っていた。そしてその通りに清子は誰にも頼らず、一人で生きてきた。
だがこの強引な男に、すべてを奪われそうだ。そうはいかない。体は喜んでいても、心までは支配されない。この男だって離れてしまうのだから。
パソコンを開いて作業を始めたが、やはりソファの上の携帯電話が気になる。本を読んでも、何をしてもやはり気になるのだ。
清子はため息を付いて時計をみる。あれからもう二時間はたっているし、もういないかもしれない。そう思いながら、部屋着からジーパンとシャツに着替えると携帯電話と鍵だけをもった。そして部屋を出る。
「……。」
いないに決まっている。自分なら十分くらいの遅れなら我慢するし、ルーズな人もいるモノだと思うくらいだが、二時間もたてば呆れて帰るはずだ。自分でもそうすると思う。
駅までは十分ほど。大通りを挟み、夜の道を歩いていく。途中で公園があり、住宅街の間にコンビニがある。それを横目に清子は駅の方面へ歩いていった。
駅は終電がまだ残っているのか、土曜日なのに仕事をしていたサラリーマンやOL、大学生のような人たちが電車を降りていく。
そしてその中に背の高い人が立ち尽くしている。女性に声をかけられて、手を振り、断っているように見えた。
「……呆れますね。」
清子はそういって史の前に足を踏み出した。すると史は少し笑って清子を見下ろす。
「来てくれると思ってた。」
「……様子を見に来ただけです。まだ電車はあるようですから、お帰りになった方が……。」
すると史はその人目もはばからずに、清子を抱きしめる。
「やめてください。」
そう言って清子は体をよじらせる。だが史はその手を緩めない。
「やだ。離して欲しかったら全部話して。久住が知っていて、俺が知らないこと、全部話して。」
高い口笛が耳に触る。清子はその史の体を引き離そうと、手をかける。だが史は避けるどころか、首筋に唇を這わせてきた。チクリとした感触が伝わってきて、体を避けようとした。
「やめて……離して……。」
「話す?」
「わかりました。だから……離して。」
すると史は少し微笑んで、清子を離す。すると清子はその首筋に手を当てた。
「跡が付いたでしょう?」
「結構くっきりね。」
「最悪……。」
頭を抱えて、史を見上げる。しかし史は嬉しそうに微笑んだ。
「君に家に行こうかと思ったけど、俺の家に来る?」
「……。」
「君は家を知られると変えるみたいだから、俺の家の方が都合がいいんだけど。」
「財布もってきてないです。」
「携帯のキャッシュレスだろ?知ってるから。」
余計なことを知っているな。清子はそう思いながら、史に肩を抱かれてやってきた電車に乗り込んだ。
史が住んでいるのは歓楽街の中にあるビルだった。S区にある歓楽街よりは小規模だが、その分、風俗店が多い。ピンク色の看板と、ぴかぴかの電飾。やはりピンク色のハッピを来た男や大きくスリットの入り体にぴったりしたワンピースを着た女性が、客寄せをしている。
中にはスーツを来た男の姿もある。それは女性専用の風俗店らしい。
史は手を引いて、清子を慣れた足取りでそんな町を歩いていく。客引きは、史に声をかけない。むしろ、声をかけるときは「お疲れさん」と言って声をかけるのだ。
「ここに住んでもう長いからね。」
史は大学へ行きながら、AVの世界に入った。AVの世界に入った時点で、自分はもうまともな世界には戻れない。そう思ったから、寮を出てこの街に引っ越しをした。それから住処は変えていない。
途中で、コンビニに立ち寄った。清子は煙草と水を買い、史は水を買う。そしてそこから少し歩いたところにある、ビルの前に立った。
一階はアダルトグッズの店らしい。女性の写真が載った看板で、やはり電飾がきつい。二階は、ヘルスとパブ。そのビルの向かいにも、デリヘルの店や、ソープなどがある。この界隈は、昼も夜も明るいのだろう。
店の横にある階段を上がっていき、ヘルスのドアを後目に階段を上がっていく。五階建てのビルなので、三階からは住居スペースになっているらしい。その四階にやってくると、どこにでもある普通のアパートの風景が目に写った。コンクリートの手すりには緑色のネットがしてある。それを不思議そうに清子は見ていると、史は手を引き寄せた。
「何ですか?」
「あまり近づかないで。ここから飛び降りる人も多いんだ。」
「あぁ……。」
最初は鳩とか鳥が巣を作らないようにしているのかと思っていたネットだったが、そう言う意味もあったのだろう。
「ここはヘルスとか、ソープで働く人が多いからね。」
好きでしている人も多いかもしれない。だが大多数はそんな人ではないのだ。借金などがあったり、いろんな事情をみんな抱えている。
一人で生きていくと思えば思うほど、弱くなるものばかりなのだ。
史はその一番端のドアの前に立つと、鍵を開けた。そして清子を部屋の中に入れると、少し微笑んだ。
後ろ手でドアを閉めるが、カーテンが閉めてなければ電飾で部屋の中が明るい。その明かりの中、史は清子を見下ろす。だが清子は冷静だ。
「何人目ですか。」
「え?」
「ここに来た人。明神さんとも付き合っていた時期があったと言ってたから、明神さんもここへ来たことがあるのでしょう。」
その中の一人なのだ。のこのこここへやってきて、何もしないわけがない。話をしておとなしく帰るわけがないのだから。
「あまり来たことはないな。明神はねだられたから来たことはあるけど、基本家には人を入れたくない。こんな場所だからね。」
「……。」
「来たいと言った人は連れてくるけれど、君のように抵抗してまで連れてきたことはない。」
真実なのかはわからない。ここだって本当に家なのかもわからないのだから。他に家があるかもしれない。セックスをするだけの部屋だという可能性だってある。
史は清子をソファーに座らせると、カーテンを閉めた。遮光カーテンらしく、光がなくなり真っ暗になる。かちっと言う音がしたと思うと明かりがついた。すると部屋の様子がわかる。
座っているソファは紺色。棚が目について、そこには自分が出演している作品なのか、AVのソフトがある。その隣には本が数冊。テレビ、オーディオ、パソコンはノートだけ。あまりパソコン回りに力は入れていないようだ。
史は清子の隣に座る前に、台所から灰皿を手にしてソファーに座る。そしてポケットから煙草を取り出した。
「明日、どこへ行くの?」
「……地元です。祖母の墓に。」
「亡くなっているのか。」
「はい。私が……十五の時ですか。」
無縁仏になりかけている。墓地というのは、管理する人がいなければそうなる可能性もあるのだ。
「それで……久住も?」
「久住さんの所は、お父さんが定期的にお世話をしているらしいのでその心配はないそうですが、私の所は少し違うので……。」
ぽつり、ぽつりと清子は口を開く。誰にも言っていないことだった。同情されたくもないし、世話にもなりたくない。
祖母の住んでいた家で育った。厳しく育った気がする。だが、祖母が倒れて世話をしたのは、清子だった。葬式も、自分で開いた。だが、四十九日法要が済み納骨を済ませた清子に、無情の電話がかかる。
だから清子は町を離れた。学校はずいぶん前に辞めた。
「人は裏切るものなのだよ。清子。一人で生きていける強さを身につけなさい。」
祖母はことあるごとにそう言っていた。そしてその通りに清子は誰にも頼らず、一人で生きてきた。
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