不完全な人達

神崎

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花火

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 それでも躊躇する。言葉が上手く出なかったから。そんな清子の様子だが、史は根気よく話を聞いていた。
 両親は生まれて間もなく清子を捨てたこと。祖母と二人で一緒に暮らしていたこと。そしてその祖母は、人は信用するものではないと言い聞かせていたこと。そしてその通り、清子は祖母が亡くなっても葬式一つ出ないのに、家と土地を欲しがる叔父のことを話した。
「その……叔父さんというのは会ったことは?」
「無いです。ただ……私があのまま家にいれば、裁判を起こして私から無理矢理家を取ると言っていました。」
「……。」
「裁判を起こされれば敗訴は目に見えています。家を出されて、裁判費用のために借金を背負ってからスタートするよりは、何もないところからスタートした方が良いと思いました。」
「なのに、自分の親の墓の面倒は見たくないってことか。」
「……だと思います。このままだと無縁仏としてどこに誰の墓があるかわからないところに埋葬されると……久住さんが……。」
「同じ区域に住んでいたんだね。」
「えぇ。」
 だから晶の所に連絡がきたのだろう。それで清子が気分が悪くなるのは当たり前だ。いくら口で他人を信用するなと言っても、情はあるのだから。
 思ったよりも重い事情だと思った。そして他人を信用しないと言うのは、幼い頃からの祖母の言葉だろう。祖母もまた他人を信用してバカを見たのだ。だからそんな言葉が出るのだ。
「……祖父の顔を見たことはありません。たぶん、祖母に子供だけ作らせて出て行ったのだと思います。だから、そんな言葉が出た。そして私もそうなった。人は信用できない。身内でさえもそうなんだから。」
 どれだけ苦労をして生きてきたのだろう。史には想像が付かない。どんな言葉をかけて良いかわからなかった。史だけは信用して欲しいとか、そんな言葉をかけても火に油を注ぐようなものだろう。
「すいません。そんな事情なんです。だから……私のことは忘れてください。あと半年です。半年たてばいなくなりますから……いなくなれば忘れますから。」
「俺は……。」
 口が渇く。テーブルに置いてあった水を手にすると、史はそれを一口飲んだ。そして清子をみる。
「ごめん。正直、なんて声をかけて良いかわからない。俺はそうならないよとか、信用して欲しいと言っても君には届かないと思うから。」
「だと思います。」
「……だけど一つ言えることはある。」
「何ですか。」
 不思議そうに清子は史をみる。
 いつも言葉を選んで使っていた。これを言ったら相手はどう思うだろう、どう感じるだろう。そう思って優しい、差し障りのない言葉を選んだつもりだった。それを考えないのが晶だ。自分に正直なのだろう。それが晶の撮ってくる写真に現れていて、晶の写真には賛否両論ある。
 今の清子にはそう言う言葉が必要なのかもしれない。だから正直に言った。
「……人を信用していないのは、自分が信用される人間にもなっていないということが言える。」
「私が?」
「おそらく実績だけを見て、君をうちの会社は入れたのだと思う。だが俺の部署に入れると言われたとき、上司から言われたことがある。「試しにITに強い人材を入れてみようと思う。だがそれだけに特化していて人間関係を築こうとしない、足並みを揃えられない人物だ」とね。」
「その通りだと思います。」
「だが、今日無理をしてまでも浴衣を着た。」
「……それは……。」
「自分が変わろうとしているんじゃないのか。」
 すると清子は首を横に振る。
「違います。浴衣を着たのは……浮いてしまうかもしれないと思ったから。それから……。」
「……。」
「花火は、死者への鎮魂の意味があるといいます。私は……祖母の四十九日法要までは出ましたが、それ以降は墓に近づくことも許されていなかったので、せめてこれで祖母が安らかに眠っていくれればいいと……。」
 それが育ててくれた祖母への恩義だと思った。
「おばあさんだけを信用しているの?」
「……そうかもしれません。でも……その祖母はいないから……誰も……。」
 すると史は、テーブルに置いていた煙草に手を伸ばす。そしてライターで火を付けた。そしてそのライターを少しみる。
「……君はジッポーを使っていたね。古いものだ。」
「はい……祖母のものです。」
「おばあさんも喫煙者?」
「いいえ。祖母は喫煙をしてませんでしたが、お風呂を沸かすときに薪を使っていたので、そのときに使っていたりしていました。」
「……だったらジッポーを持っているのは、不自然だね。誰のものだったの?」
 その言葉に清子の手が震える。そして絞り出すように言った。
「祖父のものだと。」
「……そのお祖父さんはいなかった。だがジッポーをずっと使っていたというのは、それだけ待っていた。俺はそうとらえるよ。」
 想像はしていた。だが信じたくなかった。
「想像です。真実は闇の中ですから。」
「でもそれを君も使っている。」
「……たまたまです。」
「だったら君はわざわざそれを使わなくても良いし、手入れをしなくても良い。煙草を吸うためのライターなんて、百円あれば手に入れることができるのだから。」
 その言葉に清子はうつむいた。その通りかもしれない。
「明日、君のその地元の街へ行ってみよう。」
「駄目です。あの……行くなら一人で……。」
「駄目。俺も行くよ。そのまま君を見送れない。」
 だから、話したくなかった。だが史は少し笑って言う。
「俺を信用してと言うのは、今は出来ないかもしれない。だけど俺はあと半年で君と離れても、君のことをずっと想うと思う。」
「……調子良いことを言っても、離れれば気持ちもとぎれますから。」
「とぎれない。」
 そう言って史は煙草を消すと立ち上がった。そして引き出しから何かを取り出すとまたソファーに座り、清子の手を握る。
「何……。」
 するとその手に指輪をはめる。しかし清子はすぐその指輪をはずした。
「勘違いしますから、やめてください。」
「勘違い?」
 その言葉に清子は口に手を当てる。史はその言葉に、その指輪を奪い取ってさらに清子の指にはめる。
「勘違いなら、勘違いしたままで良い。」
「それは……。」
「清子。」
 戸惑っている清子の方を見る。おそらくこんなことを言うつもりはなかった。だが言ってしまったのだ。
「聞かなかったことにしてください。もう……話しましたから、帰ります。」
「電車はないよ。」
「タクシーでも……。」
 すると史は清子の両方の手を握る。そして真っ直ぐにみる。
「好き。君も素直になって。」
「素直になっても恋心はないです。」
「そう言っているだけだ。さっき勘違いしそうになっていると言った。だったらその勘違いは恋心じゃないのか。」
「……違う……私は……。」
 涙が溜まって、それが頬に流れた。それでも手を離されることはない。史はうつむいている清子をのぞき込むように、顔を近づけた。そして軽く唇を重ねる。
「清子。」
 名前を呼ばれる。そのたびに胸が苦しくなるのだ。素直になれ。清子はその史の言葉。人を信用してもすぐに逃げられる。その祖母の言葉が、頭の中で響いていた。
「俺だけ見て。」
 史はそう言うとまた清子の唇に唇を重ねた。手を離して、後ろ頭を支える。すると自分の首に温かな手が回ってきた。それを感じて、史はその唇を割った。
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