不完全な人達

神崎

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対面

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 少し前から噂になっていたことがある。だがそれを清子にいうのは少しためらった。このことは会社でも限られた人しか知らないし、ただの派遣である清子は、どちらかというと出版のことよりもITに詳しいから雇われているだけのところもある。
 雑誌や書籍に関しては口を挟まない方がいいと思っているのだ。だが、清子の叔父が冬山祥吾だというのは、想定外だ。いわゆる関係者なのだろう。だからいうべきことだと思う。
 隣に座ってきた清子は、テーブルにおかれている煙草に手を伸ばした。そしてジッポーを手にする。
「それと同じようなジッポーを冬山さんが持っていたのか。」
「ちらっとしか見ていないんですけど、同じメーカーのものだと思います。」
 年代まで一緒なら、あり得ない話ではない。史は清子が火をつけたそのジッポーを手にする。
「実はね、身内だからあまり言わない方が良いのかもしれないけど、冬山さんには、助手がいてね。」
「人嫌いで、取材もあまり受けないと聞きました。その代わりに助手の方が動いていると。」
 何度か見かけたことがある。清子とあまり歳の変わらない女性で、飾り気のないショートボブの髪型は、高校生のようにも見えた。
「彼女は風俗ライターでもあるんだ。うちのコラムも書いてもらっている。」
 そういって史はテーブルの下に置いてある「pink倶楽部」のページを開いた。そこにはAV男優のことについて、事細かに書いている。現場へ行き衛生に気をつけていること、普段の食事やサプリメントを口にして、ジムへ行き適度な体を作ること。まるでアスリートだと思いながら読んだことがある。
「文章がとても生々しい。そんな感じがしますね。」
 しかしどこかで読んだ文章だ。言い回しや、表現の仕方がよく似ている。
「春川……。」
 名前を見て心当たりもない。清子は首を傾げる。
「春川って知っているかな。」
「えぇ。ちょうどこの間、その方の本を。官能小説を書いている方ですよね。」
「その春川と、春川は同じ人物だ。」
「そうだったですか。」
 意外だとは思わなかった。双方の文章を読んだとき、どこか似ている文章だと思ったから。意識はしていなくても、癖や言い回しというのは抜け切れるものではない。
「だったらどういうことかわかる?」
「どういう……。あ……。」
 秋野は冬山祥吾の助手をしている。ということは、春川の文章を模倣していた可能性もあるのだ。だから冬山祥吾の文体が変わった。女性に媚びるような感覚だと思っていたのは、女性が書いたものを真似しているからかもしれない。
「そんな人が……叔父だったなんて。」
 文章に限らず、何かを生み出す人が模倣をされて嬉しいわけがない。漫画家の中にも二次創作を嫌がる人だっているのだから。
「口外をしてはいけないよ。あの課の中でも知っている人は限られている。それに……冬山祥吾は、女を食い物にしているしね。」
「食い物?」
「噂程度の話だけど、真実味はあるよね。」
「噂……。」
 担当編集者を若い女性がつくことが多い。その女性に軒並み手を出しているという噂は昔からあった。噂だろうと思っていたが、日のないところに煙は立たない。きっとそうなのだろう。清子は少しため息をつくと、口を開く。
「きっと……女性がいないと生きていけない人なんでしょうね。そんな人に育ったのは、祖母がそういう風に育てたのでしょう。」
 長男は金にしか興味がない。次男である祥吾は女にしか興味がない。
「君の両親は?」
 すると清子は首を横に振った。
「わからないんです。一度も顔を見せたことがないので。」
 二人の息子がこの様子なら、自分の両親もたかがしれている。二人の兄はそれで成功しているが、弟も成功しているとは限らない。おそらくのたれ死んでいるのかもしれないのだ。
「……俺の両親は離婚しててね。」
 史はそういうと、煙草に火をつけた。
「歳の離れた弟がいる。七個近く下だ。けど……父親の血は受け継いでいないのは俺の方だと思う。」
 浮気性のあった母だ。史が生まれて似ていないと思ったが、弟は自分に似ている。だから、不貞は確定して追い出した。
「不貞をした母を父は許せなかったのかもしれない。だけど、俺らには良い母親だった。部屋も常に綺麗だったし、清潔な服に身を包んでいられた。何より帰ってくれば食事が用意されている。父も、そのありがたさに出て行ってから気がついたみたいだった。」
 それから父は一人で過ごし、弟は去年結婚して父を新居に呼んだ。もうすぐ甥っ子か姪っ子が生まれる。
「俺も安心させてくれって、ずっと言われてる。三十五にもなって独身でいることが世間的にまずいらしい。」
「そうなんですか?」
 これからずっと誰かと一緒になるということをしないだろうと思っていた清子にとっては、それが不思議だった。普通の家庭の味を知らない清子には、未知の世界だったからだ。
 きっとこれからも、一人なのだ。そう思っていたから。
「だから……俺と一緒にならないか。」
 その言葉に清子は驚いたように史をみた。
「一緒に?」
「そう。」
 その言葉に清子は戸惑ってしまった。下を向くと、自分の手に銀色の指輪が光った。この指輪があったから、今日は自分を保てた。そういう意味では感謝をしないといけないだろう。だが一緒になるというのは結婚するということだろう。結婚するという決断が、出会って半年の相手と決めて良いのだろうか。
「あの……私……何と言っていいのか……。」
「戸惑う?」
「まだ出会って時もたっていないし……それに……。」
「久住が気になる?」
 晶の名前に、清子の表情が少し硬くなった。数時間前のことを思い出したからだ。
「今日は居てくれて良かったと思います。でも……それとこれとは別ですから。久住さんを選ぶことはありません。」
「だったら俺を選んでくれる?」
 すると清子はぐっと手を握っていう。
「いろんな祖母の一面を今日は見ました。尻が軽いのも、人に優しかったところもあったのだと思います。私もその血がきっと流れている。だから……私は、このまま編集長と一緒になっても、一緒のことをすると思います。」
「……。」
「私ではない方を選んだ方が良いと思います。」
 すると史は清子の手を握った。
「そうさせない。君が思うだけだ。俺だけしか見せないようにする。久住なんかに渡さない。」
「どうして久住さんが?」
 すると史はそれに答えることなく、清子をそのまま抱きしめる。そのときだった。
 史の携帯電話が鳴る。史は清子を離すと、その電話の主を見た。
「……どうした。」
 意外な人物だった。この人から連絡がくることはないと思っていたのだが。
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