不完全な人達

神崎

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受け入れたくない

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 清子がマフラーをとるとき、ショールが少しずれた。そのときわずかに赤い跡が見えたのだ。打ち身のような跡で、史と寝たであろう次の日、清子のシャツの隙間から同じようなモノが付いていた。
 ホテルの会場ではそんな跡はなかった。だったらホテルからここに来るまでに慎吾と「何か」があったのだ。
 慎吾とは清い関係だと思う。休みの度に勉強会や講習会だといって清子を連れだしているような気がするし、話していることもパソコン関係やウェブについての話しかしていない。それにつけ込んだのだろうか。
 あっさりと清子を誘ってどこかへ行っていたのか。ホテルを出てここまで来るのに一時間はゆうにかかっている。一時間あれば一度くらいはセックスできるだろう。その体を好きにしたのか。あの濡れやすくて、感じやすい体を抱いたのか。そう思うと居ても立ってもいられなかった。
「どこに行ってたんだよ。」
 慎吾に詰め寄った晶は、カウンター席に座っている慎吾を見下ろした。だが慎吾は表情を変えない。AV関係の仕事だ。つけ込まれるようなことも、脅されることもあった。だからこんな晶の稚拙な脅しに屈することはない。
「どこに?清子とか?」
「あんな跡を付けるような所に行ったのか?」
 その言葉に清子は首元に触れる。しかし触ってわかるようなものではない。すると香子が清子に近づいてきて、その手を避けた。するとそこにはわずかに赤い跡がある。
「どうしたの?これ。」
「……さっき、この店の位置がよくわからなくて慎吾さんと歩き回ったんですけど、やっと見つけたときに駆け寄ったらヒールでこけそうになってしまって、支えてもらったんです。そのとき少し痛かったから、歯でも当たったんでしょうか。」
 嘘は付いていない。だが実際は、慎吾がわざと抱き寄せてそこに跡を残したのだが。
「わからなかったら連絡をしてもらえばいいのに。編集長もいるんだから。」
「すいません。少し考えればそうでしたね。」
 こんなところでごたごたしてしまうなら、連絡をすれば良かった。あらぬ誤解を生んでしまったのだ。清子は立ち上がると、喧嘩でもしそうな二人に近づいていく。
「やめてください。」
「清子。お前……。」
 どうして慎吾をかばうのだろう。晶の頭の中には、やはり慎吾と何かあったのだろうかという疑惑しか生まれていない。だが清子はため息を付いて言う。
「誤解です。」
「清子。」
「徳成です。慎吾さんが、私なんかに何もするわけがないですよ。今日はたまたまこういう格好をしているのですけど、普段を見ればそんな気は起きないはずです。」
 すると慎吾は少し笑って、清子を見上げる。
「そうだな。清子。あんたとは、今の会社を出ても情報の共有は出来そうだ。次はどこの職場へ行くんだ。」
「ここからは少し離れた所なんですけど、S線に乗れば電車でも来れないことはないので講習会にはまた誘ってください。」
「あぁ。あんたもな。」
 痴情のもつれかと思って、おもしろそうに見ていた社員たちは清子たちに全くその気がないことを察し、おもしろくないとまた自分たちの話に戻っていった。その中に長井の姿もある。長井もまた清子が股の緩いつまらない女だったら良かったのにと思っていたのだ。
「本当に何もないのかしら。」
 長井には理解できない。男と女の友情など存在しないと思っていたからだ。前に居た文芸誌でも、男性作家に女性が付いたり、女性作家に男性が付けば、男と女の関係になることなんかはざらだった。自分もそうしてきたし、奥さんや旦那が居てもかまわないと言う人たちばかりで少しその辺が麻痺していたからかも知れない。
「何もないと言っているんだから、何もないんだよ。」
 史はそういって酒に口を付ける。もし慎吾と清子が何かあれば、自分だって冷静ではいられないだろう。何もないからこそ、二人で出かけたりするのを黙認していたのだから。
 晶はばつが悪そうに頭をかく。
「悪かったな。」
「……。」
 慎吾は何もいわずに、またメニューに目を落とした。だがこの男は不思議に思わないのだろうか。ショールの上からマフラーを巻いていた。そのショールの下に跡が付いていたのだ。偶然そんなところに跡が付くはずがないと思わないのだろうか。
 清子は騒ぎが収まったと、少し離れたところに座っていた自分の席に戻る。そしてテーブルに置いていた携帯電話を手にする。着信が一件入っていた。それを見ると、そこには見覚えのない番号が通知されている。
 イヤな予感がして清子は席を立ち、店の外に出て行った。それを見て、晶も携帯電話を手にする。晶には着信がないが、あるふりをすれば都合が良い。
 どうやら表の入り口ではなく、裏口の階段から地上に上がったらしい。そこにはラブホテルの入り口があるはずだ。人はあまりいない。
「……そうでしたか……。やはり……。」
 清子の声がする。その声は少し抑え気味で、よく耳を澄ませなければ聞こえない。
「あまり愉快な話ではないようだね。」
 後ろから声が聞こえて、ドキッとした。振り返るとそこには史の姿がある。
「編集長……。」
「黙って。」
 晶を黙らせて、史はその言葉を待つ。
「えぇ……。おそらく社長がそこを買い取ると言っていました。あの土地は都合がいいのでしょう。建物はともかく、土地の価格は上昇するから。……いいえ。たぶん、それはありません。繋ぎ止めたいだけでしょう。」
 何の話をしているのだろう。だが気になる単語はいくつかある。「買い取る」、「土地」、「繋ぎ止める」。清子は何に縛られているのだろう。
 電話を切った清子は少しため息を付いて、それを手にしたまま地下へ戻ろうとした。そのとき、二人の男の影が目に付く。
「編集長と久住さん。」
「悪いね。立ち聞きをする気はなかったんだけど。」
 史は少し笑って、清子をみる。だが晶は階段を上がっていくと、清子を見据えた。
「お前さ、あの家を買う気か?」
 その言葉に清子の顔色が悪くなる。
「死んだ父親が言ってた。お前の祖母さんの葬式とか四十九日が終わって、身内でごたごたがあったって。」
「えぇ。そうです。」
 あの家を祖母の息子から追い出されたのだ。その後、あの広い家はそのままリフォームされ、貸家になった。だが入る人はいない。唯一入ったのは怪しげな宗教法人だった。
「いくらって言われたんだよ。」
「……一千万。」
 馬鹿な。その価格に晶は首を横に振る。
「土地も家も広いのわかるぜ。でもあの家は相当古いはずだ。築何年かしらねぇけど、その価格はねぇ。」
「でもそれしかなかった。正攻法であの家を買い取るには、言われたお金を用意するしかなかったのよ。」
 清子はそういって、晶に詰め寄る。それで納得した。焦ったように働き、無駄な金を使わず、お金をため込んでいたのはそのためだったのだ。
「叔父は……お金にしか興味がない人だから。」
 すると史は清子に近づくと、肩に触れて言った。
「そんな人だというのだったら、おそらくお金を用意しても渡そうと思わないはずだ。一千万、用意すれば二千万欲しがるような人だと思うよ。」
「誓約書があるんです。」
「そりゃ、期限切れとか何とか言って破棄するな。俺ならそうする。」
 晶はそういうと、その史が置いていた手をふりほどかせた。こんな時でも清子に手を出して欲しくなかったのだ。
「それは考えていました。でも今は事情が違う。」
「事情?」
「叔父は今、何が何でもお金が欲しいはずですから。」
 きっと叔父は謝罪会見などをすることなく、逃亡する。全ての責任を投げてでも。そんな人間なのだ。
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