不完全な人達

神崎

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受け入れたくない

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 電話を切って、史は思わず壁に拳を突き立てた。
「くそっ。」
 そのとき店のドアをあいた。そこには清子の姿がある。先ほどまでのドレス姿ではなく、普段着ているセーターとジーパンだった。
「そろそろお開きにしたいと言ってます。」
「あぁ……。」
 そのときの史の表情はどう表現したらいいだろう。死刑台にあがる死刑囚のようだと思った。おそらく、社長から電話があったのだろう。あの無茶な要求を言われたのだ。清子はそれでも意地になる。いくらだろうと、あの家を取り戻したいと決めていたのだ。そのために今までずっと一人で耐えてきたのだから。

 店を出てから少し奇妙に思った。数人の社員がいない。黙って帰って行ってしまったのだろうか。だが史には通じているだろう。そのことについて何も言わなかった。
「三次会行く人ー!」
 何次会まであるのだろう。清子は少しため息を付くと、そろそろ帰ろうと思っていた。電車はすでに無いだろう。タクシーを捕まえるしかない。
「清子。帰るのか?」
 慎吾に声をかけられ、清子は少し笑った。
「そうですね。明日も用事がありますし。」
「講習会は来週だったか。」
「えぇ。また連絡をします。」
 このまま帰したくない。なのにその一言が言えない。伸ばした手が空を切る。
 それにしても慎吾と入っていったバーの入り口は裏口で、表口はわかりやすいところにあったというのは予想外だった。これからは一人でも来れそうだ。普段は焼酎とか日本酒ばかりだったが、スピリッツと言われるその酒も、洋酒ではあるが焼酎みたいなものだという。度数が相当高いが。
「徳成さん。」
 史は少しさっきから思い詰めたような顔になっている。おそらく社長から全てを聞いたのかも知れない。その上で何を請求されたのかわからないが。
「はい。」
「……タクシーは同じ方向だったね。明神さんも。」
「あ。そうですけど、あたし三次会行くんでー。」
 おそらく仁を待つために時間を潰したいのだろう。
「編集長は三次会行かないんですか。」
「俺ももう若くないよ。眠くなってきてね。」
「おじさんかよ。」
 そういって晶は少し笑った。
「久住さんは?」
「俺?行こうって言いたいけど、俺、明日仕事入ってんだよな。」
「えー?」
「エロビのジャケ写。すげぇエロいらしいからさ。」
 晶は最近そういう仕事が多い。仕事を選んでいないように思えた。
「どんな感じの奴?」
「教師モノ。生徒に輪姦されるやつ。」
「良いねぇ。学園モノ。」
 大通りに出ると、長井のバッグから着信音が流れた。
「長井さん。電話が鳴ってますよ。」
 清子はそう声をかけると、長井は急いで電話を取り出した。するとその相手に驚いたような表情になる。
「はい。あの……どうしてここが……。」
 長井は言われたとおりに振り返った。そこには和服姿の男が立っている。長井は電話を切って駆け寄った。
「先生。」
 先生と呼ばれた声に、清子も振り返る。そこには冬山祥吾の姿があった。着膨れして見えるのは、おそらく寒いからだ。
「……どうしてここが?」
「前に担当から聞いていた。今日は謝恩会があるとね。姪に用事があったから、少し待っていたんだ。」
 頬が赤くなっている。おそらく飲んでいるのだ。
「姪……あぁ。徳成さんですか?」
 長井はそういって清子の方をみる。きらびやかなドレスを脱いでいる清子は飾り気も何もない、普通の女性のように見える。
「……冬山さん。」
 何と呼べばいいのかわからないから、とりあえず「冬山さん」と呼んでみた。すると祥吾は目だけで笑う。
「叔父さんでいいんだがね。長いこと会っていなかったから、どうしても他人行儀だ。」
 そういって祥吾は清子の方へ近づいていく。
「直接話があった。付いてきなさい。」
「……私にもあなたにお話があります。」
「それはちょうど良かった。あぁ……あの編集長の……誰だったか。」
「正木編集長ですか。」
 史も清子たちの方へ近づくと、少し頭を下げる。
「同席しても?」
「この場ではあなたが一番立場が上でしょう。何の話かはわかっていると思います。私の馴染みの店がありますから、そこへ行きましょう。と……その前に、清子さん。」
「はい?」
「連絡先を聞いていいだろうか。長井さん越しだとどうしても不便だ。」
「わかりました。」
 長井は心の中で舌打ちをしながら、その光景を見ていた。清子がどうしてこんなに優遇されるのかわからない。まさか祥吾までとるつもりではないのか。イヤ、それは無い。叔父なのだ。
 だが祥吾ならやりかねない。自分の娘だろうと求めれば手を出すような小説を書く人だ。ぐっと拳に力が入る。

 祥吾がつれてきたのは、仁の店からほど近いクラブだった。ママも馴染みの人らしく、軽く挨拶をしたと思ったら奥の個室に案内された。
 部屋の中は黒を基調とした部屋で、床も壁もぴかぴかだ。飾られている花も造花ではなく、生花のように見えて香りが強い。しかしどこか張りぼての豪華さに見える。
「ここはね、私の大学の時の同期の姉がしているんだ。」
「どこかでみた人だと思ってました。」
「同期は女優をしている。今や貞淑な妻をやらせたら右に出るモノはいないと、私は思うがね。」
 するとさっきのママと言われた女性が酒を持ってやってきた。凛とした美しさがある。銀鼠の和服はおそらく着こなすのが難しいだろうに、それをきちんと着こなしているのはさすがにママといったところだろう。
「いつものでよろしいですよね。先生。」
「あぁ。酒を置いたら出て行ってもらって良い。清子さん。酒は作れるだろう?」
 この場に一番ふさわしくない女性だ。色あせたジーパンと黒いセーターはきっと何年も着ているモノで、流行り廃りなどを気にしないように思えた。
「そうですね。そういうこともしたことがあります。」
「だったらお願いしよう。君たちも飲んで良い。」
「ありがとうございます。」
 ママが出て行き、清子はグラスに氷を入れる。その手際も無駄がない。それが清子がずっとしてきたことなのだろう。
 酒を作ることも、話を合わせてうなづくことも、全て清子の歩んできた道だ。それを踏み荒らすモノに怒りさえ覚えるとように史は思いながら、その工程を見ていた。それはすなわち祥吾のことだ。
「正木さん。」
 祥吾は清子が酒を作っている間、史の方をみる。
「はい。」
「……君はどこまで知っているのか。話してくれないか。」
「どこまで?」
「兄が清子さんにした仕打ちだ。」
 やはり祥吾は何もかも知っている。その上で清子に手を差し伸べなかった。この男もやはりあの海外に逃亡している兄と変わらない。
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