119 / 289
受け入れたくない
118
しおりを挟む
酒を作り、清子は祥吾の前にそのグラスの入った酒を置く。そして史の前、自分の前にも置いた。そしてまたソファーに座る。その間史は何も言わなかった。清子のことを思えば、何かをしているときに話すことではないと思ったから。
「社長が、徳成さんの実家を買い取ったと聞きました。」
「あぁ。強引な奴だな。兄にとってははした金でも今は欲しいところだろう。金額は詳しくはわからないが、しばらく海外に滞在出来るくらいの金だろう。もっとも……犯罪となれば、強制送還されるというのがわからないのだろうか。そこまでは頭が回らないらしい。愚鈍な男だ。」
「確かに調べれば調べるほど胡散臭い会社ですね。」
「噂は尾ひれを付ける。ただの噂だと一蹴することも出来るだろうに、それもしないのはやはり愚鈍で更に馬鹿なのだろうな。」
グラスを持ち、その酒に口を付ける。昔は浴びるほど酒を飲んでいた時期もあったが、今はそれほど欲しいとは思わない。
「そんな兄からあなたの勤めている会社の社長はあの家を買い取りたいと話があり、それを兄は受けたのだという。右から左に買えるような金額では無いはずだが、それを買い取った社長の狙いはなんだと思う?」
「おそらく……徳成さんを会社に入れたかったから。」
その言葉に祥吾はグラスを持つ手が止まる。そこまで清子を買っているのだろうか。普通の女性に見えるが、何か特別なことでも出来るのだろうか。たかが高校中退の女だ。だから派遣に甘んじているのだと思ったのに。
「学歴がないだけです。おそらくウェブやパソコン関係のことは、その辺のエンジニアよりも知識がある。」
「それを利用したいと?」
「……実は、あまり公には出来てませんが、「三島出版」は売り上げが良くない。時代に乗っていないというか……。」
「紙が売れない時代だ。私も進んでやっていることではないが、ほかの出版社からは電子書籍に乗り換えている。うちの助手はほとんどが電子書籍だ。そちらの方が売れるらしい。」
全く面白くない時代だ。祥吾の不機嫌なのはその辺からかも知れない。自分のモノよりも助手が作っている方が売れている。決定的にそれを感じたのは、祥吾の噂が立ったときだった。
女が騒ぎはじめ、祥吾の連載が一時ストップした。その穴を埋めたのが助手だった。手を尽くしたが皮肉にも、助手が掲載した雑誌は評判が良かったことが、祥吾がいらついている原因でもある。
「だから遅れながらも、ウェブに参入しようとしている。だが知識が無く、中途半端に参入すれば痛い目に遭うこともあるかも知れない。だから知識のあるモノを入れたいと思っていた。それが……徳成さんだと思います。」
それだけの理由だろうか。それだけで家や土地を買い取るだろうか。そして会社ではなく、在宅勤務という甘いことを言うのだろうか。
「……なるほど。それが君の予想だろうか。」
「はい。」
「……清子さんはどう思う?」
祥吾は煙草を取り出して、清子をみる。この女性はとても自分が気に入っている女性によく似ている。もし姪でなければ手を出したいと思っているが、さすがに血の繋がりがあるなら気が引けた。
「正直、よくわかりません。ウェブに参入するのであれば、私の代わりはいくらでもいると思います。もっと学歴がある人であれば、私が知らないことも知っていると思いますし。」
「……ずいぶん卑下したものだ。」
「卑下でしょうか。客観的に見てそう思います。」
煙草に火をつけて、祥吾は史をみる。なるほど。おそらく史は清子に気があるのだろう。まるで恋人にするように心配している。
「そちらの社長の考えていることは、私にもよくわからない。だが、家のこととなれば、話は別だ。」
「財産分与で、叔父は家と土地をもらったといっていました。そして祖母のモノはあなたがもらったとおっしゃっていましたね。」
「あぁ。家にある。そのために買ったような家だ。」
広い日本家屋は、一人で住むには贅沢すぎる。だが家具や食器など全てを収納するには、倉庫を借りるのは味気がない。何より、祖母のモノを捨てることは出来なかったのだ。
「……以前は祖母を淫乱のように言っていたと思ってました。」
「その考えは変わらない。事実そうだった。兄は私よりもよく覚えていると思う。だから、母に結婚歴はない。そして兄弟も皆父が違う。それが股の緩い女だと卑下されて、何が悪いと思うがね。」
「ですが、その祖母のモノを使っている。そしてそのジッポーは、私がこっそり持って行ったジッポーと同じ年代のモノだと思います。」
そういって清子は自分のバッグの中からジッポーをとりだした。それを見て、祥吾は少し笑った。
「愛した人が居るそうだ。その人がそういったモノを集めるのが好きだったらしい。だが男は時になれば去っていく。母が恋い焦がれても届くことはなかった。」
その男を見たことはない。だが懐かしそうに見ていた母を思い出す。
「清子さん。それをずっと大切に使っていたのか。」
「はい。」
「……そうか……。」
清子もあまり祖母と変わらない。恋い焦がれ、捨てられるのだろう。史にもいずれ捨てられる。そして離れていく自分の妻も捨てられるのだ。よく似ている女たちだからだ。
「祖母には……人はいずれ裏切る。人を信用しなければ、傷つくことはないと教わってきました。冬山さんもそう言われていましたか。」
すると祥吾は首を横に振る。
「いいや。母にはそんなことを聞いたことはない。私が見ていた母は、お人好しで惚れやすい人という感じだ。おそらく……ひどく裏切られたのかも知れない。それは今となってはわからないことだが……。」
「……このジッポーの人でしょうか。」
「だと思う。清子さん。それはいつくらいから言い出したことだろうか。そんなに幼い頃から言っているとは思えないが。」
すると清子は少し思いだしたことがある。そうだ。祖母がそう言いだしたのは、あの近所にすむ姉妹と仲が良くなってからかも知れない。
「近所に……仲が良い姉妹がいました。私が四つか五つくらいでしたか。姉が十歳近くだったので、三人でよく海へ行っていたんです。」
清子はその目の前にある酒に口を付けたあと、それを思い出していた。その言葉に、祥吾は少し身を乗り出す。
「姉妹?」
史はそう聞くと、清子はその光景を思い出しているように目を閉じた。
「海へ行って……貝を捕ったり、小さなカニや巻き貝を捕って焼いて食べたりしてました。それがおやつ代わりのようなものです。」
「ずいぶんワイルドだね。」
史にはそんな経験はない。団地住まいだった史には未知の世界だった。
「男の子は釣りなんかをしてたみたいですけど……そう。久住さんは、とても釣りが上手でお祖父さんの血を受け継いでいるのだろうって……。」
「……久住のお祖父さん?」
「確か漁師だったはずです。そのころはまだ居たはずですから。」
居たという単語を使うと言うことは故人なのだ。
「その姉妹のことは知っている?たとえば名字だとか……。」
「……あまり覚えてないです。ただ……春ちゃんとなっちゃんという名前だったことくらいしか。確か……。」
清子は目を開けると、祥吾の方をみる。
「……その姉妹は行方不明なんですよね。父親が母親を殺して、父親が自殺をして以来。」
その言葉に祥吾の顔がひきつる。しまった自然に聞き出そうと思っていたのに、感づかれてしまったかも知れない。
「詳しいことは、久住さんの方が詳しいかも知れません。」
「久住?さっきも聞いた名前だ。」
「えぇ。幼なじみで、彼は高校まであの町にいましたから。今は……同僚です。期間限定の。」
潮の匂いを思い出す。あの町に帰るには、もう一つしか選択肢がないような気がした。
「社長が、徳成さんの実家を買い取ったと聞きました。」
「あぁ。強引な奴だな。兄にとってははした金でも今は欲しいところだろう。金額は詳しくはわからないが、しばらく海外に滞在出来るくらいの金だろう。もっとも……犯罪となれば、強制送還されるというのがわからないのだろうか。そこまでは頭が回らないらしい。愚鈍な男だ。」
「確かに調べれば調べるほど胡散臭い会社ですね。」
「噂は尾ひれを付ける。ただの噂だと一蹴することも出来るだろうに、それもしないのはやはり愚鈍で更に馬鹿なのだろうな。」
グラスを持ち、その酒に口を付ける。昔は浴びるほど酒を飲んでいた時期もあったが、今はそれほど欲しいとは思わない。
「そんな兄からあなたの勤めている会社の社長はあの家を買い取りたいと話があり、それを兄は受けたのだという。右から左に買えるような金額では無いはずだが、それを買い取った社長の狙いはなんだと思う?」
「おそらく……徳成さんを会社に入れたかったから。」
その言葉に祥吾はグラスを持つ手が止まる。そこまで清子を買っているのだろうか。普通の女性に見えるが、何か特別なことでも出来るのだろうか。たかが高校中退の女だ。だから派遣に甘んじているのだと思ったのに。
「学歴がないだけです。おそらくウェブやパソコン関係のことは、その辺のエンジニアよりも知識がある。」
「それを利用したいと?」
「……実は、あまり公には出来てませんが、「三島出版」は売り上げが良くない。時代に乗っていないというか……。」
「紙が売れない時代だ。私も進んでやっていることではないが、ほかの出版社からは電子書籍に乗り換えている。うちの助手はほとんどが電子書籍だ。そちらの方が売れるらしい。」
全く面白くない時代だ。祥吾の不機嫌なのはその辺からかも知れない。自分のモノよりも助手が作っている方が売れている。決定的にそれを感じたのは、祥吾の噂が立ったときだった。
女が騒ぎはじめ、祥吾の連載が一時ストップした。その穴を埋めたのが助手だった。手を尽くしたが皮肉にも、助手が掲載した雑誌は評判が良かったことが、祥吾がいらついている原因でもある。
「だから遅れながらも、ウェブに参入しようとしている。だが知識が無く、中途半端に参入すれば痛い目に遭うこともあるかも知れない。だから知識のあるモノを入れたいと思っていた。それが……徳成さんだと思います。」
それだけの理由だろうか。それだけで家や土地を買い取るだろうか。そして会社ではなく、在宅勤務という甘いことを言うのだろうか。
「……なるほど。それが君の予想だろうか。」
「はい。」
「……清子さんはどう思う?」
祥吾は煙草を取り出して、清子をみる。この女性はとても自分が気に入っている女性によく似ている。もし姪でなければ手を出したいと思っているが、さすがに血の繋がりがあるなら気が引けた。
「正直、よくわかりません。ウェブに参入するのであれば、私の代わりはいくらでもいると思います。もっと学歴がある人であれば、私が知らないことも知っていると思いますし。」
「……ずいぶん卑下したものだ。」
「卑下でしょうか。客観的に見てそう思います。」
煙草に火をつけて、祥吾は史をみる。なるほど。おそらく史は清子に気があるのだろう。まるで恋人にするように心配している。
「そちらの社長の考えていることは、私にもよくわからない。だが、家のこととなれば、話は別だ。」
「財産分与で、叔父は家と土地をもらったといっていました。そして祖母のモノはあなたがもらったとおっしゃっていましたね。」
「あぁ。家にある。そのために買ったような家だ。」
広い日本家屋は、一人で住むには贅沢すぎる。だが家具や食器など全てを収納するには、倉庫を借りるのは味気がない。何より、祖母のモノを捨てることは出来なかったのだ。
「……以前は祖母を淫乱のように言っていたと思ってました。」
「その考えは変わらない。事実そうだった。兄は私よりもよく覚えていると思う。だから、母に結婚歴はない。そして兄弟も皆父が違う。それが股の緩い女だと卑下されて、何が悪いと思うがね。」
「ですが、その祖母のモノを使っている。そしてそのジッポーは、私がこっそり持って行ったジッポーと同じ年代のモノだと思います。」
そういって清子は自分のバッグの中からジッポーをとりだした。それを見て、祥吾は少し笑った。
「愛した人が居るそうだ。その人がそういったモノを集めるのが好きだったらしい。だが男は時になれば去っていく。母が恋い焦がれても届くことはなかった。」
その男を見たことはない。だが懐かしそうに見ていた母を思い出す。
「清子さん。それをずっと大切に使っていたのか。」
「はい。」
「……そうか……。」
清子もあまり祖母と変わらない。恋い焦がれ、捨てられるのだろう。史にもいずれ捨てられる。そして離れていく自分の妻も捨てられるのだ。よく似ている女たちだからだ。
「祖母には……人はいずれ裏切る。人を信用しなければ、傷つくことはないと教わってきました。冬山さんもそう言われていましたか。」
すると祥吾は首を横に振る。
「いいや。母にはそんなことを聞いたことはない。私が見ていた母は、お人好しで惚れやすい人という感じだ。おそらく……ひどく裏切られたのかも知れない。それは今となってはわからないことだが……。」
「……このジッポーの人でしょうか。」
「だと思う。清子さん。それはいつくらいから言い出したことだろうか。そんなに幼い頃から言っているとは思えないが。」
すると清子は少し思いだしたことがある。そうだ。祖母がそう言いだしたのは、あの近所にすむ姉妹と仲が良くなってからかも知れない。
「近所に……仲が良い姉妹がいました。私が四つか五つくらいでしたか。姉が十歳近くだったので、三人でよく海へ行っていたんです。」
清子はその目の前にある酒に口を付けたあと、それを思い出していた。その言葉に、祥吾は少し身を乗り出す。
「姉妹?」
史はそう聞くと、清子はその光景を思い出しているように目を閉じた。
「海へ行って……貝を捕ったり、小さなカニや巻き貝を捕って焼いて食べたりしてました。それがおやつ代わりのようなものです。」
「ずいぶんワイルドだね。」
史にはそんな経験はない。団地住まいだった史には未知の世界だった。
「男の子は釣りなんかをしてたみたいですけど……そう。久住さんは、とても釣りが上手でお祖父さんの血を受け継いでいるのだろうって……。」
「……久住のお祖父さん?」
「確か漁師だったはずです。そのころはまだ居たはずですから。」
居たという単語を使うと言うことは故人なのだ。
「その姉妹のことは知っている?たとえば名字だとか……。」
「……あまり覚えてないです。ただ……春ちゃんとなっちゃんという名前だったことくらいしか。確か……。」
清子は目を開けると、祥吾の方をみる。
「……その姉妹は行方不明なんですよね。父親が母親を殺して、父親が自殺をして以来。」
その言葉に祥吾の顔がひきつる。しまった自然に聞き出そうと思っていたのに、感づかれてしまったかも知れない。
「詳しいことは、久住さんの方が詳しいかも知れません。」
「久住?さっきも聞いた名前だ。」
「えぇ。幼なじみで、彼は高校まであの町にいましたから。今は……同僚です。期間限定の。」
潮の匂いを思い出す。あの町に帰るには、もう一つしか選択肢がないような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる