不完全な人達

神崎

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受け入れたくない

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 酒を作り、清子は祥吾の前にそのグラスの入った酒を置く。そして史の前、自分の前にも置いた。そしてまたソファーに座る。その間史は何も言わなかった。清子のことを思えば、何かをしているときに話すことではないと思ったから。
「社長が、徳成さんの実家を買い取ったと聞きました。」
「あぁ。強引な奴だな。兄にとってははした金でも今は欲しいところだろう。金額は詳しくはわからないが、しばらく海外に滞在出来るくらいの金だろう。もっとも……犯罪となれば、強制送還されるというのがわからないのだろうか。そこまでは頭が回らないらしい。愚鈍な男だ。」
「確かに調べれば調べるほど胡散臭い会社ですね。」
「噂は尾ひれを付ける。ただの噂だと一蹴することも出来るだろうに、それもしないのはやはり愚鈍で更に馬鹿なのだろうな。」
 グラスを持ち、その酒に口を付ける。昔は浴びるほど酒を飲んでいた時期もあったが、今はそれほど欲しいとは思わない。
「そんな兄からあなたの勤めている会社の社長はあの家を買い取りたいと話があり、それを兄は受けたのだという。右から左に買えるような金額では無いはずだが、それを買い取った社長の狙いはなんだと思う?」
「おそらく……徳成さんを会社に入れたかったから。」
 その言葉に祥吾はグラスを持つ手が止まる。そこまで清子を買っているのだろうか。普通の女性に見えるが、何か特別なことでも出来るのだろうか。たかが高校中退の女だ。だから派遣に甘んじているのだと思ったのに。
「学歴がないだけです。おそらくウェブやパソコン関係のことは、その辺のエンジニアよりも知識がある。」
「それを利用したいと?」
「……実は、あまり公には出来てませんが、「三島出版」は売り上げが良くない。時代に乗っていないというか……。」
「紙が売れない時代だ。私も進んでやっていることではないが、ほかの出版社からは電子書籍に乗り換えている。うちの助手はほとんどが電子書籍だ。そちらの方が売れるらしい。」
 全く面白くない時代だ。祥吾の不機嫌なのはその辺からかも知れない。自分のモノよりも助手が作っている方が売れている。決定的にそれを感じたのは、祥吾の噂が立ったときだった。
 女が騒ぎはじめ、祥吾の連載が一時ストップした。その穴を埋めたのが助手だった。手を尽くしたが皮肉にも、助手が掲載した雑誌は評判が良かったことが、祥吾がいらついている原因でもある。
「だから遅れながらも、ウェブに参入しようとしている。だが知識が無く、中途半端に参入すれば痛い目に遭うこともあるかも知れない。だから知識のあるモノを入れたいと思っていた。それが……徳成さんだと思います。」
 それだけの理由だろうか。それだけで家や土地を買い取るだろうか。そして会社ではなく、在宅勤務という甘いことを言うのだろうか。
「……なるほど。それが君の予想だろうか。」
「はい。」
「……清子さんはどう思う?」
 祥吾は煙草を取り出して、清子をみる。この女性はとても自分が気に入っている女性によく似ている。もし姪でなければ手を出したいと思っているが、さすがに血の繋がりがあるなら気が引けた。
「正直、よくわかりません。ウェブに参入するのであれば、私の代わりはいくらでもいると思います。もっと学歴がある人であれば、私が知らないことも知っていると思いますし。」
「……ずいぶん卑下したものだ。」
「卑下でしょうか。客観的に見てそう思います。」
 煙草に火をつけて、祥吾は史をみる。なるほど。おそらく史は清子に気があるのだろう。まるで恋人にするように心配している。
「そちらの社長の考えていることは、私にもよくわからない。だが、家のこととなれば、話は別だ。」
「財産分与で、叔父は家と土地をもらったといっていました。そして祖母のモノはあなたがもらったとおっしゃっていましたね。」
「あぁ。家にある。そのために買ったような家だ。」
 広い日本家屋は、一人で住むには贅沢すぎる。だが家具や食器など全てを収納するには、倉庫を借りるのは味気がない。何より、祖母のモノを捨てることは出来なかったのだ。
「……以前は祖母を淫乱のように言っていたと思ってました。」
「その考えは変わらない。事実そうだった。兄は私よりもよく覚えていると思う。だから、母に結婚歴はない。そして兄弟も皆父が違う。それが股の緩い女だと卑下されて、何が悪いと思うがね。」
「ですが、その祖母のモノを使っている。そしてそのジッポーは、私がこっそり持って行ったジッポーと同じ年代のモノだと思います。」
 そういって清子は自分のバッグの中からジッポーをとりだした。それを見て、祥吾は少し笑った。
「愛した人が居るそうだ。その人がそういったモノを集めるのが好きだったらしい。だが男は時になれば去っていく。母が恋い焦がれても届くことはなかった。」
 その男を見たことはない。だが懐かしそうに見ていた母を思い出す。
「清子さん。それをずっと大切に使っていたのか。」
「はい。」
「……そうか……。」
 清子もあまり祖母と変わらない。恋い焦がれ、捨てられるのだろう。史にもいずれ捨てられる。そして離れていく自分の妻も捨てられるのだ。よく似ている女たちだからだ。
「祖母には……人はいずれ裏切る。人を信用しなければ、傷つくことはないと教わってきました。冬山さんもそう言われていましたか。」
 すると祥吾は首を横に振る。
「いいや。母にはそんなことを聞いたことはない。私が見ていた母は、お人好しで惚れやすい人という感じだ。おそらく……ひどく裏切られたのかも知れない。それは今となってはわからないことだが……。」
「……このジッポーの人でしょうか。」
「だと思う。清子さん。それはいつくらいから言い出したことだろうか。そんなに幼い頃から言っているとは思えないが。」
 すると清子は少し思いだしたことがある。そうだ。祖母がそう言いだしたのは、あの近所にすむ姉妹と仲が良くなってからかも知れない。
「近所に……仲が良い姉妹がいました。私が四つか五つくらいでしたか。姉が十歳近くだったので、三人でよく海へ行っていたんです。」
 清子はその目の前にある酒に口を付けたあと、それを思い出していた。その言葉に、祥吾は少し身を乗り出す。
「姉妹?」
 史はそう聞くと、清子はその光景を思い出しているように目を閉じた。
「海へ行って……貝を捕ったり、小さなカニや巻き貝を捕って焼いて食べたりしてました。それがおやつ代わりのようなものです。」
「ずいぶんワイルドだね。」
 史にはそんな経験はない。団地住まいだった史には未知の世界だった。
「男の子は釣りなんかをしてたみたいですけど……そう。久住さんは、とても釣りが上手でお祖父さんの血を受け継いでいるのだろうって……。」
「……久住のお祖父さん?」
「確か漁師だったはずです。そのころはまだ居たはずですから。」
 居たという単語を使うと言うことは故人なのだ。
「その姉妹のことは知っている?たとえば名字だとか……。」
「……あまり覚えてないです。ただ……春ちゃんとなっちゃんという名前だったことくらいしか。確か……。」
 清子は目を開けると、祥吾の方をみる。
「……その姉妹は行方不明なんですよね。父親が母親を殺して、父親が自殺をして以来。」
 その言葉に祥吾の顔がひきつる。しまった自然に聞き出そうと思っていたのに、感づかれてしまったかも知れない。
「詳しいことは、久住さんの方が詳しいかも知れません。」
「久住?さっきも聞いた名前だ。」
「えぇ。幼なじみで、彼は高校まであの町にいましたから。今は……同僚です。期間限定の。」
 潮の匂いを思い出す。あの町に帰るには、もう一つしか選択肢がないような気がした。
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