不完全な人達

神崎

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受け入れたくない

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 クラブを出ると、史の携帯電話がなった。その相手に、史は顔色を変えない。
「もしもし。」
 話をしている。祥吾はその様子を横目に、タクシーを捕まえようと手を挙げようとした。すると清子が祥吾に声をかける。
「冬山さん。」
「何かな。」
「……あの……もし……何かあったら連絡をしていただけますか。」
「何か?」
「叔父はしばらくこっちの国に帰ってこなければいいと思ってますし、私の父も行方不明なのでしょう?」
「あぁ。」
「ご結婚もされてないとおっしゃってましたし、何かあれば……。」
 すると祥吾は少し笑った。
「君は、本当にうちの助手に似ている。」
「え?」
「助手も勘が鋭くてね、無理矢理引きずるように私を病院へ連れていった。」
「……やはりそうだったんですね。」
 祥吾は自分の胸に手を置いて言う。
「初期段階だった。そして……再発の可能性はゼロではない。」
「あの町の病院で受診されてるんですか?」
「あぁ。古くからの付き合いがある医師が居てね。今のところ何もないと言われている。」
 嘘に聞こえる。本当は手遅れなのではないのかと疑う自分が怖い。
「清子さん。もし何かあったら、ここへ連絡を入れてくれないだろうか。」
 巾着袋の中から財布をとりだした。そしてその中から一枚の名刺を清子に手渡す。
「弁護士事務所?」
「あぁ。そこの林という人物を訪ねてくれ。信用がおける人物だ。」
 真実だろうか。それはわからない。だが祥吾を今日正面から真っ直ぐ見て、どことなく祖母と被った気がする。個室の病室で、苦しそうに息をしていた。意志の疎通は出来ず、言葉を交わすことも出来ない。そんな祖母の顔に。
「祖母は……死に間際、ずっと子供の名前を呼んでいました。圭吾、祥吾、清吾、って……。やはり私ではないのです。いくら一緒に住んでいたとは言え、私はやはり「孫」であり、子供ではなかった。だから、本当はあなたたちに会いたかったのではとずっと思ってました。」
 祥吾は清子に体を向けると、少し笑う。
「それも母の道だと思う。子供は育ててきたように育つから、看取ることもしない、葬儀にも出ないと言うのは、自分が育ててきたように育ったからそうなった。」
「私が何もかもしました。祖母を看取ったのも葬儀も四十九日も。」
「君の他に身内が居なかったからだろう。そして……私が死んでも、誰も看取らない。私もそういう道を歩んできたのだから。だから私も唯一の身内である君にそれを託した。」
 手の中の名刺を清子はぎゅっと握る。
「悪いようには言っていない。あぁ……そうだ。時間があるときでいいので、その事務所に顔を出しておくと良い。」
「はぁ……。」
「あっちも疑うのが仕事だからね。本当に私の身内なのかというのも疑ってかかると思う。」
 すると祥吾は清子の肩に手をおくと、少し笑った。
「頼んだよ。」
 肩から手を離されて、祥吾はタクシーに手を挙げた。そのとき史も電話を終えて、二人の元へ近づく。
「徳成さん。どうやら課の人たちはみんなでこの近所にある久住の家にいるらしい。」
 反射的に清子はその名刺をバッグにしまって史をみる。
「そうなんですか。」
 すると祥吾は少し笑って言う。
「大学生みたいだな。みんなで集まって飲んでいるのだろう。」
「社会人でもそんなことをすることもありますよ。特に、うちの課は未だに十代のように盛んですから。」
「若いものだ。うらやましいよ。」
「君はどうする?」
 すると清子は少し迷ったが、首を横に振る。
「私は帰ります。明日も用事があるし……いい加減化粧を落としたい。」
「そう?」
 すると祥吾の前に一台のタクシーが止まった。祥吾はそれに乗り込む前、清子に言った。
「私も君もそして正木さんもよく飲んでいる。今日のことは、酔っぱらった戯れ言だ。真実かどうかはわからないから。」
「えぇ。そうでしょうね。」
 だから本気に取るな。そう言われているようだった。
「お疲れさまです。」
 史がそう言うと、祥吾はわずかに頭を下げてタクシーに乗っていった。赤いテールランプが光り、清子は息を付く。
「本当に行かない?」
「えぇ。さすがに疲れましたし、足がもう限界で。」
「足?」
「ヒールに慣れてなかったから、足が凄く痛いんです。早く素足になりたい。」
 その言葉に史は少し笑った。清子らしいと思いながら。
「一人で大丈夫?」
「どうしてですか?」
 知りたくないことも知ってしまった。それを史は危惧していたのだ。清子が死を選ぶことも考えられる。それくらいハードな真実だった。
「今までのことを考えると、心配になるよ。」
「大丈夫です。」
 また強がった。そうだ。今日の清子はずっと強がっている。きっと社長にも会ったのだろうが、強気ではないと相手の思うままになってしまう。そう思っているのかも知れない。
 タクシーをまた捕まえようと、清子は流れる車を見ている。それを見て、史はまた携帯電話を取り出した。
「うん……騒いでいないかな。たとえば近隣の迷惑になっているとか……。大丈夫か?……そうだね。怒られるのは久住だけじゃない。会社に泥を塗るかも知れないんだ。居なくても頼んだよ。」
 史はそう言って電話を切った。
「居なくても?」
 清子は不思議そうに史を見上げる。すると史は、少しほほえんで清子を見下ろした。
「今日はついていてあげるから。」
「結構です。私の問題ですから。」
 タクシーを止める手を史は思わずつかんだ。すると清子は思わず眉をひそめる。
「やめてください。」
「一人で耐えれないと思う。俺なら、耐えれない。」
「ずっと一人だったんです。だから……。」
「嘘。」
 史はそう言ってその手のひらに手を重ねた。
「泣いても良い。俺しか見てないから。」
「泣きたくなんかありません。良いから離して。」
 あくまで祥吾の前にいたのは、会社の問題だからだ。それ以上のことは何もない。ましてや感情などで動くはずがない。
「でも……。」
「良いから離して。」
 ふりほどこうとしているのに、握られている手を離そうとしない。それどころか、史はその手を持ち上げるとその手の甲にキスをする。
「俺がいる。頼って欲しい。」
 その言葉に清子は手を下ろした。視線を逸らして少しうつむく。その頬は少し赤くなっているようだった。
「……困ります。」
「どうして?」
「一人ですから。これからも一人で生きていくんです。その決意が揺らぐから……困る。」
 その言葉に史は思わず手を引き寄せようとした。一人など言わせたくない。
「清子……。」
 そのとき、清子の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。どうやらまだ飲んでいた人がいるらしく、その集団らしい。
「タクシーを今捕まえないと乗れませんね。編集長は帰るんですか?」
 そう言って清子は腕をふりほどく。すると史は少し笑っていった。
「どっちに帰る?」
「え?」
「俺がそっちに行っても良いし、君がこっちへ来ても良い。」
「……一緒にいることが前提ですか?」
「そうだね。今日は一人にさせたくないから。」
 清子は少しため息を付くと、タクシーに手を挙げた。するとタクシーは清子の前で止まり、ドアが開いた。清子がそれに乗り込むと、史も乗り込んでくる。
「S方面へお願いします。」
「編集長。」
 たしなめるように言ったが、史は少し笑って言う。
「どちらにしても君は足が痛いとさっき言っていた。治療する道具なんかないんだろう?うちにはあるから。」
 どうして弱音を言ってしまったのだろう。清子は深くため息を付いて、その流れる景色を見ていた。
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