不完全な人達

神崎

文字の大きさ
130 / 289
奪う

129

しおりを挟む
 講習の会場でも、慎吾は注目の的だった。アシスタントとしてやってきている女性や、受付の女性たちが慎吾を見て何かこそこそと話をしている。しかし隣に清子が座ると、「彼女連れだ」と一気に興味が失せたようだった。
 清子とこういう講習会に来るのは、こういうメリットがある。一人で来ていればアドレスや連絡先を渡してくる女もいるが、清子がいればそういう女はほとんどいない。それに清子も講習会の内容のことしか言わないので、気が楽だ。
 やがて講習会場に講師がやってくる。清子よりも少し年上くらいの若い人だった。だが経歴を見れば、どこかの有名大学の研究者らしい。起業もしていて、言うことはない感じもする。
 座学が主な講習会で、ノートパソコンを持ってきたが使うのは昼かららしい。始まりから昼休憩までは休憩らしい休憩はなく、その講師はずっとしゃべり続けていた。
 やがて休憩に入り、一時間の時間をおかれる。清子は携帯電話を取り出すと、晶に連絡を取り始めた。
「もしもし。はい……今休憩中です。」
 清子はそう言って階段へ向かう。そのときふとその講師がこちらに向かってある居てきているのが見えた。清子の姿を見て、少し笑っているように見える。
「はい……では地下へ向かえばいいですか。」
 今晶は地下の撮影スタジオにいるらしい。だから、清子もそれに習って来て欲しいと言うことだった。清子は電話を切ると、階段を下りていこうとした。
 そのときだった。
「徳成さんっていってたかな。」
 その講師の男が不意に声をかけた。清子は不思議に思いながら、振り返る。
「はい。」
「君の噂聞いたことがある。派遣なのに、パソコン関係で実績を上げて今じゃ君を欲しいと言うところが後を絶たないと。」
「恐れ入ります。」
「どうして定職に付かないの?」
「春からは企業に入ります。」
 意外な言葉だった。どんな大きな起業が大金を積んでも行かないといっていた清子が、あっさり一つの起業に絞り込んだというのだから。
「気に入った人でもいた?」
 どうして女だから、男だからというのだろう。面倒だな。
「別に……条件が合ったから。それだけの理由です。ウェブだけを仕事にするのだったら、離れた場所でも出来るし。」
 納得したわけじゃない。だがそれしか方法はないと思う。
 会社は定年まで勤め上げれば、住んでいた家と土地は退職金代わりにするらしい。そのかわり定年まで勤めることが条件だ。そのためには、こういう講習会に出て最新の情報を得ないといけないだろう。
「SNS関係は?」
「最近はトラブルも多いので、困ります。もっと規制を強めればいいのですが。」
「難しいよね。実は、その関係の弁護士とこの後会うことがあるんだ。」
「ウェブのトラブルに詳しい弁護士ですか。」
 それは興味がある。だが今日は史が迎えに来るといっていた。無理に行くことはないだろう。
「君も同席しないか。」
「いいえ。会社の意向に従います。こればかりは一人で何とか出来ることではないし。」
「そっか……会社にいれば、勝手なことは出来ないよな。」
「では、すいません。ちょっと人を待たせているので。」
 そう言って清子は階下に降りていく。
 派遣で自由にしている人だと噂を聞いた。だが会社にはいることで、その自由が奪われていないだろうか。講師は少しそれを気にしていたのだ。

 地下の階段を下りていき厚いドアを開けると、少し埃っぽい空気が身を包んだ。忙しそうに走り回る男、着物を持っている女が居てこう言うのが映画のスタジオなんだと、清子は珍しそうに周りを見ていた。
「お、清子。こっち。」
 スタジオの一つにはいると、晶が声をかけた。そのそばには少し小太りの男がいる。若くもないが歳でもない。中年くらいの年頃の男だった。
「初めまして。牧原といいます。」
「徳成です。」
 スタジオの中は時代を感じるセットで、その舞台は明治時代か大正時代といったところだろうか。
「ウェブ関係に強いと聞いていたから、是非晶に話を付けて欲しいと言っていたんだが。」
「はぁ……私でお役に立てるのか。」
 すると牧原は、脇に置いていたタブレットを清子に手渡す。
「何ですか。」
「この映画のホームページ。公開は来年になるんだけど、一応ホームページは開設して、進行状況をブログで伝えているような感じだ。」
 清子はそのページを見て、ふと下の方にリンク先があるのに気が付いた。それはSNSのページだった。
「SNSもしているのですか。」
「うん。それが少し問題でね。」
 そこをタップすると、やはりコメント欄が荒れている。主な理由は、このキャストになるのだろう。
「AV男優を起用しているんですね。」
「そう。原作者の薦めでね。この役所は、主人公のライバルの役だ。ある考えがあってヒロインに近づいて、最後にはそれがすべて公になり、法の裁きで死罪になる。」
「……汚れた役ですね。こういうのを引き受ける人は限られるだろうし、何よりベッドシーンが多いみたいです。」
「そう。だからそのヒロインの既存のファンからかな。相当叩いてる。」
「本人はそれを知っているのですか?」
「SNSをしない人だ。こんな事は耳にも届いていないらしい。それにその余裕もない。」
 すると晶はその言葉にため息を付いた。
「元々役者を目指していたみたいだから、演技力がすげぇ。でもあんたの奥さんからは相当突っ込まれてたな。」
「うちの奥さんも相当だからね。」
 妻も女優で、参加させているのか。おそらくその妻も演技とはいえ、他の男に抱かれているのを見て冷静に「撮影だから」と言えるのだろうか。
 自分ならどうだろう。史が他の女を抱いている。それは昔、彼がAV男優としてやっていたことだ。それは仕事なのだからと納得ができる。
 だが今なら、どう思うだろう。他の女と仕事で寝る。それは仕事だからと清子は納得できるのだろうか。
 今なら自殺をしたという史の死んだ恋人の気持ちがわからないでもない。しかしそれはお互い様だ。
 クリスマスイブの日に、史以外の男と初めて来る街にいる。それで史は嫉妬しないのだろうか。
「徳成さん?」
「え……あ……すいません。えっと……荒らしのことですよね。」
「そう。どうしたらいいと思う?」
「そうですね……。荒らしはうちでも問題になっているのでしょうが、こういう人たちは……。」
 頭をすっと切り替えた。対処法がないわけじゃないのだ。その様子を晶は見て、少しほっとしていた。いつも通りの清子だと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...