204 / 289
プロポーズ
203
しおりを挟む
体を抱き寄せると清子の温もりや柔らかさを感じる。よけいな匂いが付いていない、女特有の匂いだけを感じる。それはいつでも変わらない。
自分が卑怯だと思う。こんな時に史の弱いところを出して、史のイヤな部分を見せて、清子から史を離そうとしている。それがとても卑怯だと思う。だがそうしなければ清子は晶をずっと拒否するのだから。
「俺と一緒に来て。」
そのとき清子の携帯電話が鳴った。その音に自分を取り戻したように清子は晶の体を離す。そしてテーブルに載っている携帯電話を手にした。相手は史だった。震える手でそれを取ると、通話を押した。
「もしもし……はい……。今はまだ帰ってないです。我孫子さんたちと飲んでました。もう帰ります。」
気持ちは複雑だった。史が心配してかけてくる電話は、清子がヤクザに目を付けられているから何かあるのではないかといつも連絡を入れてくれるのだ。
一緒に住めば、その心配はない。だから早く一緒になりたいと思っていた。そう言っていた史の言葉も嘘なのかもしれないと思うとやるせない。
電話を切ると、清子はコートを羽織った。
「まだ、電車があるから帰ります。」
「……送るよ。」
「大丈夫。」
清子はそう言ってバッグと携帯電話を手にした。すると晶は清子に言う。
「さっき言ったのは本当のこと。」
「……。」
「編集長が社長にいつも呼び出されているのは知ってるだろう?お前も不思議に思ってなかったか?編集長なんて課に一人はいるのに、そこまで社長に関わっているやつが居るわけじゃない。なのに編集長はいつも呼び出されてた。」
「だとしても……それが私にとって良かったと思えるようにするから。」
「清子。」
「あなたも世界をまた回りたいと思っているのかもしれない。でもそれを私にも来てほしいというのは、やっぱりあなたも私を縛り付けようとしているのよ。」
その言葉に晶は言葉を詰まらせた。
「世界を見たいというのは楽しいことだと思う。知らない世界を見るといろんな発見があるでしょうね。その中に私以上に好きになれる人がきっと居るから。」
「いない。お前はお前しかいないから。」
首を振って清子は晶の方を見ないまま言った。
「私ではない。私の代わりではない人を見つけてほしい。」
玄関の方へ視線を送る。そしてそちらへ足を踏み出した。もう二度とくることはないと思いながら。だがその足が止まる。そして涙があふれて、頬に流れた。
「清子。」
その体を背中から抱きしめる。すると清子は首を横に振る。
「駄目。」
だが温もりを忘れられない。自分から別れを切り出したのに、流されそうになる。
「……駄目だから……。」
「お前の気持ちがどうなのか教えろよ。俺じゃなくて編集長じゃないと駄目なのか?」
その言葉に少し戸惑った。だが首を縦に振る。
「あなたに私の代わりがいないように……私にも史しかいないから。」
すると晶は清子を自分の方に向ける。そして清子の胸に手を当てる。
「こんなにどきどきしてるのに。」
「……。」
「俺を見ろよ。」
そしてその目が近づいてくる。答えてはいけない。なのに近づいてきたその瞳をよけれない。
唇に唇が重なる。しっとりと下唇が少し触れて、唇が離れた。
「晶……。」
すると晶は少し笑った。
「やっと呼んでくれた。」
そう言って晶はまた唇を重ねる。強いアルコールと煙草の匂いがした。それだけで酔いそうだ。
コートを縫がして、バッグを玄関に置く。そしてジャケットを脱がそうとしたときだった。清子の携帯電話がバッグから鳴る。
「電話が……。」
「出ろよ。」
晶から離れて、置かれたバッグから携帯電話をとる。史からの着信だった。
清子はそれを手にすると通話を押す。
「はい……まだ街にいますけど……。え……まだ電車が……そうですか……。はい、だったら連絡を入れます。」
電話を切った。史の声を聞くと冷静になれる。と同時に、罪悪感が襲ってきた。
「迎えに来てくださるそうです。この時間の電車で……何があるかわからないから。」
「……。」
自分のものじゃない。だから史の行動は正しく、自分が一番間違えている。それはわかっているのに止められなかった。
「そこまで送るから。」
そう言って晶もジャンパーに手を着ける。
「晶。」
「また来ればいい。そのときは容赦しないから。」
会社の前で待っていると、史が車に乗ってやってきた。その前に晶は帰っていったので、我孫子以外の人と誰が飲んでいるのかはわからなかっただろう。
だが史はその相手を聞かなかった。想像はできたから。晶の用事で清子は我孫子の大学に行っていたのだ。そしてその中に晶が居るのは必然で、当然飲みに行くと言えば晶も同席したのだろう。
「どこで飲んでたの?」
信号で停まり史はそう聞く。すると清子は表情を変えずに言った。
「久住さんの家の近くの居酒屋で……美味しかったです。焼酎がそろってて……。」
「そっか。今度二人で行ってみようか。」
「そうですね。」
すると史は少しほほえんで清子に言う。
「社宅の件だけど。」
「はい。」
一緒に住むと言っていた社宅に、なかなか引っ越せないのは忙しいからだと思っていた。だが事情が少し違うらしい。
「結婚もしていないのに一緒に住むのは事情が違うって言われてね。かといって、別のアパートを見つけるのは時期が今は悪い。」
春に向けて、異動をする人、進学をするために上京する人。そんな人が集まるから、今はあまりアパートを選べないのだ。
「引っ越しはする。家具家電は処分してね、社宅に移るよ。」
「いいんですか?」
「そのかわり、君がしゅっちゅう来てくれればいい。恋人が訪ねてくるくらいだったら、かまわないだろうし。」
一緒に住まないと言うだけで少しほっとした自分が卑怯だ。心の中で晶の言葉がぐるぐると回る。そして本当にこのままで良いのかという疑問も浮かんでくる。
「清子。」
「はい?」
「そこに寄っていかないか。」
史はそう言って指さした。それはラブホテルだった。
「時間的には泊まりになるかな。君の家に行きたいけど、君の家の壁は思ったよりも薄いから。」
「……。」
「駄目?」
すると清子は首を横に振る。
「あの……でも今日は……危険で……。」
「ゴムはもってきた。ちゃんと付けるから。」
そう言って史はウィンカーを付けて、車を中に入れた。
自分が卑怯だと思う。こんな時に史の弱いところを出して、史のイヤな部分を見せて、清子から史を離そうとしている。それがとても卑怯だと思う。だがそうしなければ清子は晶をずっと拒否するのだから。
「俺と一緒に来て。」
そのとき清子の携帯電話が鳴った。その音に自分を取り戻したように清子は晶の体を離す。そしてテーブルに載っている携帯電話を手にした。相手は史だった。震える手でそれを取ると、通話を押した。
「もしもし……はい……。今はまだ帰ってないです。我孫子さんたちと飲んでました。もう帰ります。」
気持ちは複雑だった。史が心配してかけてくる電話は、清子がヤクザに目を付けられているから何かあるのではないかといつも連絡を入れてくれるのだ。
一緒に住めば、その心配はない。だから早く一緒になりたいと思っていた。そう言っていた史の言葉も嘘なのかもしれないと思うとやるせない。
電話を切ると、清子はコートを羽織った。
「まだ、電車があるから帰ります。」
「……送るよ。」
「大丈夫。」
清子はそう言ってバッグと携帯電話を手にした。すると晶は清子に言う。
「さっき言ったのは本当のこと。」
「……。」
「編集長が社長にいつも呼び出されているのは知ってるだろう?お前も不思議に思ってなかったか?編集長なんて課に一人はいるのに、そこまで社長に関わっているやつが居るわけじゃない。なのに編集長はいつも呼び出されてた。」
「だとしても……それが私にとって良かったと思えるようにするから。」
「清子。」
「あなたも世界をまた回りたいと思っているのかもしれない。でもそれを私にも来てほしいというのは、やっぱりあなたも私を縛り付けようとしているのよ。」
その言葉に晶は言葉を詰まらせた。
「世界を見たいというのは楽しいことだと思う。知らない世界を見るといろんな発見があるでしょうね。その中に私以上に好きになれる人がきっと居るから。」
「いない。お前はお前しかいないから。」
首を振って清子は晶の方を見ないまま言った。
「私ではない。私の代わりではない人を見つけてほしい。」
玄関の方へ視線を送る。そしてそちらへ足を踏み出した。もう二度とくることはないと思いながら。だがその足が止まる。そして涙があふれて、頬に流れた。
「清子。」
その体を背中から抱きしめる。すると清子は首を横に振る。
「駄目。」
だが温もりを忘れられない。自分から別れを切り出したのに、流されそうになる。
「……駄目だから……。」
「お前の気持ちがどうなのか教えろよ。俺じゃなくて編集長じゃないと駄目なのか?」
その言葉に少し戸惑った。だが首を縦に振る。
「あなたに私の代わりがいないように……私にも史しかいないから。」
すると晶は清子を自分の方に向ける。そして清子の胸に手を当てる。
「こんなにどきどきしてるのに。」
「……。」
「俺を見ろよ。」
そしてその目が近づいてくる。答えてはいけない。なのに近づいてきたその瞳をよけれない。
唇に唇が重なる。しっとりと下唇が少し触れて、唇が離れた。
「晶……。」
すると晶は少し笑った。
「やっと呼んでくれた。」
そう言って晶はまた唇を重ねる。強いアルコールと煙草の匂いがした。それだけで酔いそうだ。
コートを縫がして、バッグを玄関に置く。そしてジャケットを脱がそうとしたときだった。清子の携帯電話がバッグから鳴る。
「電話が……。」
「出ろよ。」
晶から離れて、置かれたバッグから携帯電話をとる。史からの着信だった。
清子はそれを手にすると通話を押す。
「はい……まだ街にいますけど……。え……まだ電車が……そうですか……。はい、だったら連絡を入れます。」
電話を切った。史の声を聞くと冷静になれる。と同時に、罪悪感が襲ってきた。
「迎えに来てくださるそうです。この時間の電車で……何があるかわからないから。」
「……。」
自分のものじゃない。だから史の行動は正しく、自分が一番間違えている。それはわかっているのに止められなかった。
「そこまで送るから。」
そう言って晶もジャンパーに手を着ける。
「晶。」
「また来ればいい。そのときは容赦しないから。」
会社の前で待っていると、史が車に乗ってやってきた。その前に晶は帰っていったので、我孫子以外の人と誰が飲んでいるのかはわからなかっただろう。
だが史はその相手を聞かなかった。想像はできたから。晶の用事で清子は我孫子の大学に行っていたのだ。そしてその中に晶が居るのは必然で、当然飲みに行くと言えば晶も同席したのだろう。
「どこで飲んでたの?」
信号で停まり史はそう聞く。すると清子は表情を変えずに言った。
「久住さんの家の近くの居酒屋で……美味しかったです。焼酎がそろってて……。」
「そっか。今度二人で行ってみようか。」
「そうですね。」
すると史は少しほほえんで清子に言う。
「社宅の件だけど。」
「はい。」
一緒に住むと言っていた社宅に、なかなか引っ越せないのは忙しいからだと思っていた。だが事情が少し違うらしい。
「結婚もしていないのに一緒に住むのは事情が違うって言われてね。かといって、別のアパートを見つけるのは時期が今は悪い。」
春に向けて、異動をする人、進学をするために上京する人。そんな人が集まるから、今はあまりアパートを選べないのだ。
「引っ越しはする。家具家電は処分してね、社宅に移るよ。」
「いいんですか?」
「そのかわり、君がしゅっちゅう来てくれればいい。恋人が訪ねてくるくらいだったら、かまわないだろうし。」
一緒に住まないと言うだけで少しほっとした自分が卑怯だ。心の中で晶の言葉がぐるぐると回る。そして本当にこのままで良いのかという疑問も浮かんでくる。
「清子。」
「はい?」
「そこに寄っていかないか。」
史はそう言って指さした。それはラブホテルだった。
「時間的には泊まりになるかな。君の家に行きたいけど、君の家の壁は思ったよりも薄いから。」
「……。」
「駄目?」
すると清子は首を横に振る。
「あの……でも今日は……危険で……。」
「ゴムはもってきた。ちゃんと付けるから。」
そう言って史はウィンカーを付けて、車を中に入れた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる