不完全な人達

神崎

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プロポーズ

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 体を抱き寄せると清子の温もりや柔らかさを感じる。よけいな匂いが付いていない、女特有の匂いだけを感じる。それはいつでも変わらない。
 自分が卑怯だと思う。こんな時に史の弱いところを出して、史のイヤな部分を見せて、清子から史を離そうとしている。それがとても卑怯だと思う。だがそうしなければ清子は晶をずっと拒否するのだから。
「俺と一緒に来て。」
 そのとき清子の携帯電話が鳴った。その音に自分を取り戻したように清子は晶の体を離す。そしてテーブルに載っている携帯電話を手にした。相手は史だった。震える手でそれを取ると、通話を押した。
「もしもし……はい……。今はまだ帰ってないです。我孫子さんたちと飲んでました。もう帰ります。」
 気持ちは複雑だった。史が心配してかけてくる電話は、清子がヤクザに目を付けられているから何かあるのではないかといつも連絡を入れてくれるのだ。
 一緒に住めば、その心配はない。だから早く一緒になりたいと思っていた。そう言っていた史の言葉も嘘なのかもしれないと思うとやるせない。
 電話を切ると、清子はコートを羽織った。
「まだ、電車があるから帰ります。」
「……送るよ。」
「大丈夫。」
 清子はそう言ってバッグと携帯電話を手にした。すると晶は清子に言う。
「さっき言ったのは本当のこと。」
「……。」
「編集長が社長にいつも呼び出されているのは知ってるだろう?お前も不思議に思ってなかったか?編集長なんて課に一人はいるのに、そこまで社長に関わっているやつが居るわけじゃない。なのに編集長はいつも呼び出されてた。」
「だとしても……それが私にとって良かったと思えるようにするから。」
「清子。」
「あなたも世界をまた回りたいと思っているのかもしれない。でもそれを私にも来てほしいというのは、やっぱりあなたも私を縛り付けようとしているのよ。」
 その言葉に晶は言葉を詰まらせた。
「世界を見たいというのは楽しいことだと思う。知らない世界を見るといろんな発見があるでしょうね。その中に私以上に好きになれる人がきっと居るから。」
「いない。お前はお前しかいないから。」
 首を振って清子は晶の方を見ないまま言った。
「私ではない。私の代わりではない人を見つけてほしい。」
 玄関の方へ視線を送る。そしてそちらへ足を踏み出した。もう二度とくることはないと思いながら。だがその足が止まる。そして涙があふれて、頬に流れた。
「清子。」
 その体を背中から抱きしめる。すると清子は首を横に振る。
「駄目。」
 だが温もりを忘れられない。自分から別れを切り出したのに、流されそうになる。
「……駄目だから……。」
「お前の気持ちがどうなのか教えろよ。俺じゃなくて編集長じゃないと駄目なのか?」
 その言葉に少し戸惑った。だが首を縦に振る。
「あなたに私の代わりがいないように……私にも史しかいないから。」
 すると晶は清子を自分の方に向ける。そして清子の胸に手を当てる。
「こんなにどきどきしてるのに。」
「……。」
「俺を見ろよ。」
 そしてその目が近づいてくる。答えてはいけない。なのに近づいてきたその瞳をよけれない。
 唇に唇が重なる。しっとりと下唇が少し触れて、唇が離れた。
「晶……。」
 すると晶は少し笑った。
「やっと呼んでくれた。」
 そう言って晶はまた唇を重ねる。強いアルコールと煙草の匂いがした。それだけで酔いそうだ。
 コートを縫がして、バッグを玄関に置く。そしてジャケットを脱がそうとしたときだった。清子の携帯電話がバッグから鳴る。
「電話が……。」
「出ろよ。」
 晶から離れて、置かれたバッグから携帯電話をとる。史からの着信だった。
 清子はそれを手にすると通話を押す。
「はい……まだ街にいますけど……。え……まだ電車が……そうですか……。はい、だったら連絡を入れます。」
 電話を切った。史の声を聞くと冷静になれる。と同時に、罪悪感が襲ってきた。
「迎えに来てくださるそうです。この時間の電車で……何があるかわからないから。」
「……。」
 自分のものじゃない。だから史の行動は正しく、自分が一番間違えている。それはわかっているのに止められなかった。
「そこまで送るから。」
 そう言って晶もジャンパーに手を着ける。
「晶。」
「また来ればいい。そのときは容赦しないから。」

 会社の前で待っていると、史が車に乗ってやってきた。その前に晶は帰っていったので、我孫子以外の人と誰が飲んでいるのかはわからなかっただろう。
 だが史はその相手を聞かなかった。想像はできたから。晶の用事で清子は我孫子の大学に行っていたのだ。そしてその中に晶が居るのは必然で、当然飲みに行くと言えば晶も同席したのだろう。
「どこで飲んでたの?」
 信号で停まり史はそう聞く。すると清子は表情を変えずに言った。
「久住さんの家の近くの居酒屋で……美味しかったです。焼酎がそろってて……。」
「そっか。今度二人で行ってみようか。」
「そうですね。」
 すると史は少しほほえんで清子に言う。
「社宅の件だけど。」
「はい。」
 一緒に住むと言っていた社宅に、なかなか引っ越せないのは忙しいからだと思っていた。だが事情が少し違うらしい。
「結婚もしていないのに一緒に住むのは事情が違うって言われてね。かといって、別のアパートを見つけるのは時期が今は悪い。」
 春に向けて、異動をする人、進学をするために上京する人。そんな人が集まるから、今はあまりアパートを選べないのだ。
「引っ越しはする。家具家電は処分してね、社宅に移るよ。」
「いいんですか?」
「そのかわり、君がしゅっちゅう来てくれればいい。恋人が訪ねてくるくらいだったら、かまわないだろうし。」
 一緒に住まないと言うだけで少しほっとした自分が卑怯だ。心の中で晶の言葉がぐるぐると回る。そして本当にこのままで良いのかという疑問も浮かんでくる。
「清子。」
「はい?」
「そこに寄っていかないか。」
 史はそう言って指さした。それはラブホテルだった。
「時間的には泊まりになるかな。君の家に行きたいけど、君の家の壁は思ったよりも薄いから。」
「……。」
「駄目?」
 すると清子は首を横に振る。
「あの……でも今日は……危険で……。」
「ゴムはもってきた。ちゃんと付けるから。」
 そう言って史はウィンカーを付けて、車を中に入れた。
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