不完全な人達

神崎

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遺書

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 葬儀の話をしていたときも、清子は表情を変えない。淡々と仕事をしているときと変わらないようだ。著名人である冬山祥吾だから、葬儀はひっそりとというわけにはいかないだろうと思ったら、倫太郎とは意外な言葉を言う。
「有名な役者でも「家族だけで」という葬儀は結構あるんですよ。あとでお別れの会と名を打って、別会場を借りてすることもあります。」
「その場合は出版社主催になるんですか。」
「そうですね。それはそちらに任せればいいと思います。確か、助手の方がいたはずですけど、その方にお任せすればいいんじゃないでしょうか。」
 春川がそこまで面倒を見るだろうか。そう思っていたが、それは春川に任せようと、清子はまた葬儀社のパンフレットをみる。
「家がそんな状態だったら、墓とか遺影とかはどうするんだ。」
 晶はそう聞くと、清子は首を振る。
「心配はありません。以前、お墓を移動させたのでそこで埋葬しますし、許可が下りれば家に仏壇があるのでそれに祖母と一緒に並べます。」
 ただ、宗教法人に家を貸していたときに仏壇は倉庫にしまわれているはずだ。それをまた取り出さないといけないだろう。
「仏間はちゃんとあるらしいから、そこは気にしないで良いよ。」
 リフォームする家ではあるが、その辺はちゃんとしているらしい。史が社長からそう聞いていた。
「それにしてもいい会社ですね。一社員にそこまで面倒を見るなんて。」
 倫太郎の言うことも理解できる。清子はまだ社員にもなっていないのに、それを引き留めるように家と土地を買った。それは莫大な金額に上がると思う。清子の腕だけを買うのであれば、それは少しやりやりすぎような気がした。
「私にはわかりませんが、そうやってつなぎ止めたいのでしょう。」
「一からエンジニアを育てたりするよりは、費用はかからない。キャリアがあるエンジニアを引き抜けば、それなりの見返りもあるしプライドも高い。そう考えれば、清子を引き留めた方が安くつく。社長はそう言っていましたね。」
 史は社長と繋がりがある。だから言えることだろう。
「「三島出版」は社長が代替わりしたばかりですね。」
「えぇ。これからは、おそらくデジタル部門に力を入れたいと言ってました。」
「少し遅い気がしますけどね。紙は売れない時代だし。「pink倶楽部」もデジタル移行するんですか?」
 倫太郎はずっと「pink倶楽部」を読んでいた。性的な部分もあるだろうが、読み物としてはかなりレベルが高くなっている。もっと手に取りやすいようにするためには、そうしていかなけれなければいけないのだろう。
「どうでしょうね。清子。そう言ったメッセージは届いているかな。」
「……そうですね。ホームページだけではどうしても本誌のおまけのような位置づけで、内容までは深く掘り下げていません。あくまで宣伝のためのホームページですから。しかし電子書籍となると話は変わってきます。」
「金が関わるしな。」
「一点だけを買うのか、それとも定期的に月額にするのか。それは「pink倶楽部」だけではなく、会社の雑誌全般に及ぶことですから朝倉部長が今他の部署と会議を重ねています。」
「尊がねぇ……。」
 確かに真面目な男だった。そういうことも全て想定して動いているのだろう。

 結局遅くなってしまったからと、コーヒーだけでは腹が減ると晶が言い出して、ファミレスで食事をとった。それも含めて、倫太郎が支払いを済ませる。
「気にしないでください。経費で落ちますから。はい。これをみんなに。」
 倫太郎はそういってハットをかぶると、三人にドリンクのサービス券を手渡した。
「ありがとうございます。」
「話が進められて良かった。清子さん。また連絡をします。」
「土曜日に叔父の所へ行ってみます。」
「あぁ。そうしてやってください。あいつはなんだかんだ言っても寂しいんですよ。素直にそれを言えないからね。強情な奴です。」
「そんなところは似てんな。お前。」
 晶はそういうと、清子は頬を膨らませた。
「ははっ。バスは終わってしまったかもしれませんが、電車はまだ動いている。気をつけてくださいね。」
 倫太郎はそういって駐車場に止めていた車に乗り込んだ。そしてエンジンをかけると、車を進める。
 海辺のあの古い家を、清子は叔父である祖母の長男から買おうとしていたらしい。そしてそこでひっそりと暮らしていきたいと思っていた。だが思惑は長男の破滅で意外な方向へ向かった。
「それも……計算通りだったのだろうな。」
 車を運転していると、電話が鳴った。携帯電話をマイクにつなげると、スピーカーから音が流れた。
「はい……。えぇ。全てうまくいっていますよ。清子さんは何も気が付いていませんから、ご安心を。」
 電話の向こうの人物の笑い声が耳に響く。

 三人は会社の駐車場に戻ってくると、晶は自分の車に乗り込んで行ってしまった。残された史は携帯電話を見ている清子に声をかける。
「電車は出てる?」
「終電には間に合いそうですね。史はどうしますか。あのマンションから最寄り駅は少し距離がありますね。」
 一駅で行けるくらいの距離だ。だがそこからは結構歩くだろう。タクシーを捕まえた方が早い気がする。
「タクシーを捕まえるよ。」
「そうですか。でしたら、大通りに出ましょうか。」
 すると史は清子の手を引く。
「え?」
「一緒にいたい。」
「明日も仕事ですよ。」
 一緒にいればセックスをするだろう。あまり早い時間ではないのだから、ゆっくり休ませてやりたい。
「別にセックスしたいとかは思わないよ。君がしたいなら期待には応えるけどね。」
「……別にそんなことは……。」
「君が今日は一人では眠れないんじゃないかと思ってた。」
「え?」
 思い出が詰まった家を改築され、思い出があるその家財道具は処分される。それを引き取るために今まで頑張ってきたのに、その一つを失うのだ。
「俺が居てあげるから。」
 史はそういって清子の手を握る。冷たい手だ。とても寒かったのだろう。それでも一人で耐えていたのだ。だがこれからは一人など言わせない。
「史も大変なんじゃないんですか。あの……引っ越しをすると聞きましたが。」
「あぁ。例の画像で家がばれてしまったからね。別の寮を紹介して貰う。土曜日に……。」
 そうだった。土曜日に引っ越しをするといってしまったのだ。土曜日は、清子があの町へ行く日なのに。
「やっぱり日曜日にして貰おうかな。」
「いいえ。あの……私は一人で行きますから。」
「不安だよ。久住も土曜日に実家へ帰ると言っていたから。」
「え?」
「聞いてなかったのかな。実家で出ていった母親の手紙が見つかったから、それを確認しに帰るって言っていた。」
「手紙?」
「遺書みたいだったって。」
 晶の母親は漁師だった祖父が、嵐の中漁へ行きそのまま帰ってこなかった。借金を返済するために父親は身を粉にして働いた結果、家庭を省みれなかった。だから母親は出ていったのだ。
 その母親が残したものとは何だったのか、晶には想像が付かなかった。
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