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葬儀
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祖母の位牌などを寺に預けて、晶は携帯電話をみる。
「冬山祥吾の病院は、こっから遠くねぇな。でも面会時間までは時間がある。お前、飯でも食う?」
最近清子は、貧血で倒れたこともあり昼でも食事をするようになったが、定食をがっつり食べれるとは思えない。
「んー。どうしようかな。」
「俺も用事は夕方じゃないとできないし、その前にちょっとでも食べたら?」
そういって晶は車に乗り込む。
「物産館の食堂は量が多いからな。別の所にするか。」
「そうですね。」
清子は助手席に乗ってシートベルトをすると晶は少し笑った。
「何ですか?」
「いいや。お前も変わったなって思って。」
「え?」
「前だったら車に乗るのも嫌がってたのに、今は素直じゃん。」
「……頼りにしてるからじゃないですか。」
清子はそういうと、晶の手が頭をなでる。
「その調子で頼りにしてくれよ。」
「調子に乗らないで。」
「ははっ。」
ギアを変えてサイドブレーキをはずす。そして車を走らせた。
軽く食事をしたあと、晶は清子とともに病院へ向かった。山の中にぽつんとあるその病院は、病院だと言われない限り誰も病院だとは思わないだろう。
施設のような外観に、花壇には色とりどりの花が植えられている。それも相当手入れをされていて、綺麗だった。
「別世界みたいだな。」
晶はそういってその周りを見ていた。だが清子は落ち着かない。冬山祥吾は死にそうなのだという。意識が戻ったり無くなったりを繰り返している。それは聞いていたが、いざ現実となると気後れする。
「行こうぜ。」
それに気が付いて晶は清子の手を引く。こう言うときも優しい男だ。
建物の中には、受付台がある。そしてその奥がナースステーションになっているが、そこで働いているナースたちは普通のナースとは違うように見えた。白衣を着てはいるが、白ではないからか普通のポロシャツとジャージを着ている感じに見え、どちらかというと何かの施設のようだ。
「すいませーん。」
晶が声をかけると、一人のナースが気が付いて受付台に近づく。
「面会ですか?」
「徳成祥吾って奴の。」
「徳成さんですか……今日は、意識が戻っていないんですけれど、会われますか?」
その言葉に清子は倒れそうな足を踏みしめたのがわかった。晶はそれに気が付いて、首を縦に振る。
「最後かもしれないだろ?」
「えぇ。意識が戻ったときにいつも言ってました。姪が来るかもしれないと。あ……もしかしてあなたですか?」
「はい。徳成と言います。」
「そうでしたか。でしたら、こちらにサインを。」
受付表の紙を差し出すと、清子はそこにサインをする。するとその下に晶もサインをした。
「久住さん。何で……。」
「いいじゃん。夫婦みたいで。」
徳成清子と書いたその下に、名字を略して晶と書いたのだ。それを清子は責めている。
「別に本名ではなくても良いですけどね。では、通路を右、一〇八号室ですよ。」
「ありがとうございます。」
足を進めると、清子がよろけそうだ。それを支えるように晶は手を握る。その温もりがありがたかった。
やがて一番奥の一〇八号室にやってくる。すると清子はそのドアをノックした。
「失礼します。」
ドアを開けると、思わず顔をしかめてしまった。それは肉が腐る匂いだったから。清子は祖母の時、晶は父の時によく嗅いだ匂いだった。本当に死が近いのだ。清子はそのときやっと実感した。
白いベッドの上で点滴を打たれながら、口にはマスクがしてある祥吾が居た。目は閉じられていて、意識がないようだ。
「本当に意識無いんだな。」
「……冬山さん。」
清子は側にある椅子に腰掛けると、祥吾をみる。痩せ細っているのは、もう食事が喉を通らないからだろう。思えば史と一緒にクラブへ行ったとき、祥吾は酒を一杯しか飲まなかった。酒が美味しくないといっていたから。
だがもうそのときから味覚に異常があったのだろう。
「祖母の所に一緒に入れて良いですか。きっと叔父も、そうすると思います。そして……私が面倒を見ますから。」
「清子。あのな……。」
晶がそれを止めようとしたときだった。薄く祥吾の目があく。
「冬山さん?」
「清子さん。来てくれたんだね。」
話をするのも辛そうだ。なのに清子の方をじっとみようとしている。
「無理に話さなくても良いですから。」
「いいや……。君に……渡したいものがあってね……。ちょっと卑怯な手だと思ったが……そうでもしないと……君はここへ来ないだろうし……。」
倫太郎に連絡を取ったのは、そのためだったのか。
「その……引き出しにある白い封筒を取ってくれないか。」
テレビが置いてあるその引き出しだろう。それを開けると、中には白い封筒が一通ある。徳成祥吾様と書いてあった。そして裏を見ると、差出人に徳成清吾と書いてあった。
「父の……。」
「あぁ……。清吾の最後の手紙だ……。君に渡しておいた方がいいと思ってね。」
消印を見ると、七年前になっている。そして差し出されたのは、北の方にある町だった。
「……君に……渡しておきたいとは思った。だが……きっと清吾は君に会いたくないと思う。」
「私も会いたくはありませんよ。」
「会わない方がいい。だが……必要だろう。これから……先が……君にはあるのだから……。」
すると祥吾は、清子の手を握る。
「……礼を……言いたかった。」
「礼?」
「母を看取ってくれてありがとう。」
すると清子の目に涙がたまり、それが頬に流れた。それはずっと聞きたかったことだったから。
そして清子はバッグを手にすると、香水の瓶を取り出した。そしてそれを手の甲に振りかける。ふわんと甘い匂いがした。
「……いい香りだね。」
「祖母の……お祖母さんの匂いですよね。」
すると祥吾の目から涙がこぼれた。そしてゆっくりうなずくと、清子の方をみる。
「私も……母をずっと追っていたんだろう。……生涯、一度だけ愛した人は、母に良く似た人だから……。」
きっと春川のことだ。清子はそう思いながら、その手を強く握った。
「伝えておきます。あばたが……ずっと好きだったと。必ず伝えておきますから。」
「私の死が……優しく伝わればいい……。そして……今を支えてくれる人を大事にしてくれればいい……そう願っている。」
急に手の力が抜けた。清子は驚いてその手をまた握り返した。だがもうその手が握られることはなかった。
「冬山祥吾の病院は、こっから遠くねぇな。でも面会時間までは時間がある。お前、飯でも食う?」
最近清子は、貧血で倒れたこともあり昼でも食事をするようになったが、定食をがっつり食べれるとは思えない。
「んー。どうしようかな。」
「俺も用事は夕方じゃないとできないし、その前にちょっとでも食べたら?」
そういって晶は車に乗り込む。
「物産館の食堂は量が多いからな。別の所にするか。」
「そうですね。」
清子は助手席に乗ってシートベルトをすると晶は少し笑った。
「何ですか?」
「いいや。お前も変わったなって思って。」
「え?」
「前だったら車に乗るのも嫌がってたのに、今は素直じゃん。」
「……頼りにしてるからじゃないですか。」
清子はそういうと、晶の手が頭をなでる。
「その調子で頼りにしてくれよ。」
「調子に乗らないで。」
「ははっ。」
ギアを変えてサイドブレーキをはずす。そして車を走らせた。
軽く食事をしたあと、晶は清子とともに病院へ向かった。山の中にぽつんとあるその病院は、病院だと言われない限り誰も病院だとは思わないだろう。
施設のような外観に、花壇には色とりどりの花が植えられている。それも相当手入れをされていて、綺麗だった。
「別世界みたいだな。」
晶はそういってその周りを見ていた。だが清子は落ち着かない。冬山祥吾は死にそうなのだという。意識が戻ったり無くなったりを繰り返している。それは聞いていたが、いざ現実となると気後れする。
「行こうぜ。」
それに気が付いて晶は清子の手を引く。こう言うときも優しい男だ。
建物の中には、受付台がある。そしてその奥がナースステーションになっているが、そこで働いているナースたちは普通のナースとは違うように見えた。白衣を着てはいるが、白ではないからか普通のポロシャツとジャージを着ている感じに見え、どちらかというと何かの施設のようだ。
「すいませーん。」
晶が声をかけると、一人のナースが気が付いて受付台に近づく。
「面会ですか?」
「徳成祥吾って奴の。」
「徳成さんですか……今日は、意識が戻っていないんですけれど、会われますか?」
その言葉に清子は倒れそうな足を踏みしめたのがわかった。晶はそれに気が付いて、首を縦に振る。
「最後かもしれないだろ?」
「えぇ。意識が戻ったときにいつも言ってました。姪が来るかもしれないと。あ……もしかしてあなたですか?」
「はい。徳成と言います。」
「そうでしたか。でしたら、こちらにサインを。」
受付表の紙を差し出すと、清子はそこにサインをする。するとその下に晶もサインをした。
「久住さん。何で……。」
「いいじゃん。夫婦みたいで。」
徳成清子と書いたその下に、名字を略して晶と書いたのだ。それを清子は責めている。
「別に本名ではなくても良いですけどね。では、通路を右、一〇八号室ですよ。」
「ありがとうございます。」
足を進めると、清子がよろけそうだ。それを支えるように晶は手を握る。その温もりがありがたかった。
やがて一番奥の一〇八号室にやってくる。すると清子はそのドアをノックした。
「失礼します。」
ドアを開けると、思わず顔をしかめてしまった。それは肉が腐る匂いだったから。清子は祖母の時、晶は父の時によく嗅いだ匂いだった。本当に死が近いのだ。清子はそのときやっと実感した。
白いベッドの上で点滴を打たれながら、口にはマスクがしてある祥吾が居た。目は閉じられていて、意識がないようだ。
「本当に意識無いんだな。」
「……冬山さん。」
清子は側にある椅子に腰掛けると、祥吾をみる。痩せ細っているのは、もう食事が喉を通らないからだろう。思えば史と一緒にクラブへ行ったとき、祥吾は酒を一杯しか飲まなかった。酒が美味しくないといっていたから。
だがもうそのときから味覚に異常があったのだろう。
「祖母の所に一緒に入れて良いですか。きっと叔父も、そうすると思います。そして……私が面倒を見ますから。」
「清子。あのな……。」
晶がそれを止めようとしたときだった。薄く祥吾の目があく。
「冬山さん?」
「清子さん。来てくれたんだね。」
話をするのも辛そうだ。なのに清子の方をじっとみようとしている。
「無理に話さなくても良いですから。」
「いいや……。君に……渡したいものがあってね……。ちょっと卑怯な手だと思ったが……そうでもしないと……君はここへ来ないだろうし……。」
倫太郎に連絡を取ったのは、そのためだったのか。
「その……引き出しにある白い封筒を取ってくれないか。」
テレビが置いてあるその引き出しだろう。それを開けると、中には白い封筒が一通ある。徳成祥吾様と書いてあった。そして裏を見ると、差出人に徳成清吾と書いてあった。
「父の……。」
「あぁ……。清吾の最後の手紙だ……。君に渡しておいた方がいいと思ってね。」
消印を見ると、七年前になっている。そして差し出されたのは、北の方にある町だった。
「……君に……渡しておきたいとは思った。だが……きっと清吾は君に会いたくないと思う。」
「私も会いたくはありませんよ。」
「会わない方がいい。だが……必要だろう。これから……先が……君にはあるのだから……。」
すると祥吾は、清子の手を握る。
「……礼を……言いたかった。」
「礼?」
「母を看取ってくれてありがとう。」
すると清子の目に涙がたまり、それが頬に流れた。それはずっと聞きたかったことだったから。
そして清子はバッグを手にすると、香水の瓶を取り出した。そしてそれを手の甲に振りかける。ふわんと甘い匂いがした。
「……いい香りだね。」
「祖母の……お祖母さんの匂いですよね。」
すると祥吾の目から涙がこぼれた。そしてゆっくりうなずくと、清子の方をみる。
「私も……母をずっと追っていたんだろう。……生涯、一度だけ愛した人は、母に良く似た人だから……。」
きっと春川のことだ。清子はそう思いながら、その手を強く握った。
「伝えておきます。あばたが……ずっと好きだったと。必ず伝えておきますから。」
「私の死が……優しく伝わればいい……。そして……今を支えてくれる人を大事にしてくれればいい……そう願っている。」
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