不完全な人達

神崎

文字の大きさ
229 / 289
葬儀

228

しおりを挟む
 祖母の位牌などを寺に預けて、晶は携帯電話をみる。
「冬山祥吾の病院は、こっから遠くねぇな。でも面会時間までは時間がある。お前、飯でも食う?」
 最近清子は、貧血で倒れたこともあり昼でも食事をするようになったが、定食をがっつり食べれるとは思えない。
「んー。どうしようかな。」
「俺も用事は夕方じゃないとできないし、その前にちょっとでも食べたら?」
 そういって晶は車に乗り込む。
「物産館の食堂は量が多いからな。別の所にするか。」
「そうですね。」
 清子は助手席に乗ってシートベルトをすると晶は少し笑った。
「何ですか?」
「いいや。お前も変わったなって思って。」
「え?」
「前だったら車に乗るのも嫌がってたのに、今は素直じゃん。」
「……頼りにしてるからじゃないですか。」
 清子はそういうと、晶の手が頭をなでる。
「その調子で頼りにしてくれよ。」
「調子に乗らないで。」
「ははっ。」
 ギアを変えてサイドブレーキをはずす。そして車を走らせた。

 軽く食事をしたあと、晶は清子とともに病院へ向かった。山の中にぽつんとあるその病院は、病院だと言われない限り誰も病院だとは思わないだろう。
 施設のような外観に、花壇には色とりどりの花が植えられている。それも相当手入れをされていて、綺麗だった。
「別世界みたいだな。」
 晶はそういってその周りを見ていた。だが清子は落ち着かない。冬山祥吾は死にそうなのだという。意識が戻ったり無くなったりを繰り返している。それは聞いていたが、いざ現実となると気後れする。
「行こうぜ。」
 それに気が付いて晶は清子の手を引く。こう言うときも優しい男だ。
 建物の中には、受付台がある。そしてその奥がナースステーションになっているが、そこで働いているナースたちは普通のナースとは違うように見えた。白衣を着てはいるが、白ではないからか普通のポロシャツとジャージを着ている感じに見え、どちらかというと何かの施設のようだ。
「すいませーん。」
 晶が声をかけると、一人のナースが気が付いて受付台に近づく。
「面会ですか?」
「徳成祥吾って奴の。」
「徳成さんですか……今日は、意識が戻っていないんですけれど、会われますか?」
 その言葉に清子は倒れそうな足を踏みしめたのがわかった。晶はそれに気が付いて、首を縦に振る。
「最後かもしれないだろ?」
「えぇ。意識が戻ったときにいつも言ってました。姪が来るかもしれないと。あ……もしかしてあなたですか?」
「はい。徳成と言います。」
「そうでしたか。でしたら、こちらにサインを。」
 受付表の紙を差し出すと、清子はそこにサインをする。するとその下に晶もサインをした。
「久住さん。何で……。」
「いいじゃん。夫婦みたいで。」
 徳成清子と書いたその下に、名字を略して晶と書いたのだ。それを清子は責めている。
「別に本名ではなくても良いですけどね。では、通路を右、一〇八号室ですよ。」
「ありがとうございます。」
 足を進めると、清子がよろけそうだ。それを支えるように晶は手を握る。その温もりがありがたかった。
 やがて一番奥の一〇八号室にやってくる。すると清子はそのドアをノックした。
「失礼します。」
 ドアを開けると、思わず顔をしかめてしまった。それは肉が腐る匂いだったから。清子は祖母の時、晶は父の時によく嗅いだ匂いだった。本当に死が近いのだ。清子はそのときやっと実感した。
 白いベッドの上で点滴を打たれながら、口にはマスクがしてある祥吾が居た。目は閉じられていて、意識がないようだ。
「本当に意識無いんだな。」
「……冬山さん。」
 清子は側にある椅子に腰掛けると、祥吾をみる。痩せ細っているのは、もう食事が喉を通らないからだろう。思えば史と一緒にクラブへ行ったとき、祥吾は酒を一杯しか飲まなかった。酒が美味しくないといっていたから。
 だがもうそのときから味覚に異常があったのだろう。
「祖母の所に一緒に入れて良いですか。きっと叔父も、そうすると思います。そして……私が面倒を見ますから。」
「清子。あのな……。」
 晶がそれを止めようとしたときだった。薄く祥吾の目があく。
「冬山さん?」
「清子さん。来てくれたんだね。」
 話をするのも辛そうだ。なのに清子の方をじっとみようとしている。
「無理に話さなくても良いですから。」
「いいや……。君に……渡したいものがあってね……。ちょっと卑怯な手だと思ったが……そうでもしないと……君はここへ来ないだろうし……。」
 倫太郎に連絡を取ったのは、そのためだったのか。
「その……引き出しにある白い封筒を取ってくれないか。」
 テレビが置いてあるその引き出しだろう。それを開けると、中には白い封筒が一通ある。徳成祥吾様と書いてあった。そして裏を見ると、差出人に徳成清吾と書いてあった。
「父の……。」
「あぁ……。清吾の最後の手紙だ……。君に渡しておいた方がいいと思ってね。」
 消印を見ると、七年前になっている。そして差し出されたのは、北の方にある町だった。
「……君に……渡しておきたいとは思った。だが……きっと清吾は君に会いたくないと思う。」
「私も会いたくはありませんよ。」
「会わない方がいい。だが……必要だろう。これから……先が……君にはあるのだから……。」
 すると祥吾は、清子の手を握る。
「……礼を……言いたかった。」
「礼?」
「母を看取ってくれてありがとう。」
 すると清子の目に涙がたまり、それが頬に流れた。それはずっと聞きたかったことだったから。
 そして清子はバッグを手にすると、香水の瓶を取り出した。そしてそれを手の甲に振りかける。ふわんと甘い匂いがした。
「……いい香りだね。」
「祖母の……お祖母さんの匂いですよね。」
 すると祥吾の目から涙がこぼれた。そしてゆっくりうなずくと、清子の方をみる。
「私も……母をずっと追っていたんだろう。……生涯、一度だけ愛した人は、母に良く似た人だから……。」
 きっと春川のことだ。清子はそう思いながら、その手を強く握った。
「伝えておきます。あばたが……ずっと好きだったと。必ず伝えておきますから。」
「私の死が……優しく伝わればいい……。そして……今を支えてくれる人を大事にしてくれればいい……そう願っている。」
 急に手の力が抜けた。清子は驚いてその手をまた握り返した。だがもうその手が握られることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...