不完全な人達

神崎

文字の大きさ
262 / 289
北と南

261

しおりを挟む
 次の日。清子は役所にやってきた。戸籍謄本を確認するためだった。受付の女性から封筒に入れられたそれをコーヒーを飲みながら確認する。
 清子はどうやら北の地で生まれたらしい。父親は徳成清吾。母親は英子と書かれてあった。聞いたことのない母親の名前だなと思いながら、清子はそれよりもその清吾の現住所をみる。北の土地になっていた。ここへ行ったことはないが、近くの街にいたことがある。その時すれ違ったりしているのかもしれないが、顔もわからない人だ。
 そう思いながら東屋でその紙を置いた。すると携帯電話が鳴る。
「はい。」
 それは晶だった。どうやら撮影が終わったらしく、戸籍を取ってくると行っていた清子が気になって、連絡をしたらしい。公園にいることを言うと、すぐに晶はやってきた。
「どうだった。」
 清子はその戸籍謄本を晶に手渡す。すると晶も首を傾げた。
「ここは俺も行ったことはねぇな。」
「今もそこにいるのかはわかりませんが、訪ねてみる価値はありますね。」
「今度の休みにでも行くか?」
 すると清子はいぶかしげに晶をみる。
「一日で行ける距離ではないですよ。飛行機のチケットも取らないと。」
「二枚取ってよ。」
「久住さんも行くんですか?」
「良い機会になった。あっちの方でさ、湖に白鳥が来るんだよ。それが撮りたいってずっと思ってたし。」
 遊びに行くようだ。自分のことなのに。清子はため息をついてコーヒーを口に入れる。
「遊びに行くんじゃないんですけど。」
「わかってるよ。」
 少し笑って、晶は手に持っていた紙袋を開ける。そこにはコーヒーとサンドイッチがあった。
「ほら。お前の分。」
 そういって晶は、その紙袋からサンドイッチを清子に手渡した。
「こんなに大きいの食べれませんよ。」
「良いから食え。また倒れるぞ。」
 大きいとは言ってもほとんど野菜だ。レタス、トマト、キュウリ、チーズ、それにハムが挟まっている。晶のサンドイッチには、ボリュームのある鳥の照り焼きが挟まっているというのに。こう言うところは気のきく男だ。
「格安チケットなら取れますね。ん……あ、ホテル付きなら安い。」
「それ取っておけよ。たぶん、祭りをしてるからすぐ無くなるかもしれないし。」
「史は行きますかね。」
「たぶん行けねぇよ。」
 晶はそういってサンドイッチにかぶりつく。
「どうしてですか?」
「あの、例のさ、タウン誌。」
「あぁ。」
「タウン誌だけじゃなくて、ほら、スポーツ雑誌とか、文芸誌も出すだろ?それぞれの編集長と社長とか専務とかで、親睦会をかねて温泉だって。良い身分だよな。」
「久住さんは行かなくていいんですか?」
「俺は下っ端だし。」
 史がそれで冷静になっていられるのだろうか。晶と二人で旅行みたいなことをするのだ。だがそれは晶のためといっただけで、史の感情はどうなのだろう。
 夕べは帰るのもしゃくだからと、そのホテルに泊まった。もちろん晶や史は帰ったので、泊まったのは自分一人だったが。
 夕べ、抱きたい。子供が欲しいなどと言っていた割にはすんなり帰ったのが違和感だ。
「どうしたんだよ。暗い顔だな。」
「え?」
「マヨネーズじゃなかった方が良かったか?」
 サンドイッチのことを言っているのだろう。サンドイッチはマヨネーズが入っていて、少し濃厚だ。
「美味しいです。でも半分でお腹いっぱい。」
「頑張って食えよ。おーそうだ。そのサンドイッチを売ってるねーちゃんが、すげぇ良いおっぱいしててさ。」
「へー。」
「それ目当てに男の客が多いんだよ。」
「大きいのが好きですか。そうですか。」
 清子は不機嫌そうに、コーヒーを口に入れた。
「お前もちいさかねぇって。」
「別に良いです。フォローしてもらわなくても。」
「今度、挟んで。」
「は?」
 驚いたように清子は晶の方をみる。
「やりようがあるだろ?教えてやるから。」
「いいえ。結構です。」
「今夜するか。」
「帰りたい。」
「じゃあ、俺がお前の家に行くわ。」
「チェーンかけとくから。」
 悪態をついて、清子はまたサンドイッチに口を付ける。

 仕事に戻り、清子はパソコンを立ち上げた。そしてホームページの更新を始める。今週までには更新をしたいと、文章と画像のチェックをする。
「……やっぱこっちかなぁ。」
 データフォルダーを開けて別の写真に置き換えようとしたときだった。ふと隣の写真が目に映る。それはGカップを売りにしている女優が、男優の性器を胸に挟んでいる画像だった。こういうことを晶はして欲しいと思っているのかもしれないが、いくら何でもこんなに大きくはない。
 その時目の前に手が振られる。それに気がついて、清子はヘッドホンを取って史の方を見上げる。
「どうしました。」
「土日で、出張に行って欲しいと言われてね。」
「誰がですか?」
「徳成さんが。」
 驚いて、清子は史を見上げる。
「は?」
「うちの支所が北の方にあるんだけど、そこのウェブ関係の更新と、データのチェックをして欲しいらしい。」
「わかりました。」
 チケットはキャンセルをしないといけないかもしれない。まだ購入してなくて良かった。
「場所はここ。」
 紙を差し出されて、清子は驚いたように史を見上げる。
「どうしたの?」
「あ……父の本籍地に近いと思って。」
「あぁ。そうだったね。どうだった?戸籍謄本は。
 史はこの件に関してあまり乗り気ではなさそうだ。だから晶がつけ込む隙があるのだろう。
「土日にでも行ってこようかと思ってました。」
「だったら、ついでに見てくると良いよ。」
 場所はS市。大きな街なのだろう。
「俺は行けないけどね。」
「あぁ。タウン誌の方の打ち合わせだとか。」
「あぁ。ほとんど行くのに、久住は行けないらしいからね。」
 だから二人で行くことはないだろう。そう言われているようだ。だが戻ってきた晶が、上機嫌に自分のデスクにバッグをおく。
「どうした。久住。機嫌が良さそうだな。」
「土日でHへ行くから。」
「は?何?観光?」
「じゃなくて、新聞社の用事。俺、あそこ初めてだし、祭りも撮ってきたいし。」
 その言葉に史が驚いたように晶をみる。まさか晶まで行くと思っていなかったからだ。
「おみやげに期待しようかな。」
「あ、俺、焼きトウキビが良い。」
「ビール。」
「遊びに行くんじゃねぇよ。だいたい、俺行くのそんな街じゃねぇし。」
 街ではない?史はほっとしたように話を聞いていた。
「どこ行くの?」
「T。」
「徳成さんも行くって言ってたな。でも離れてるところだっけ。」
「へぇ。清子はどこに行くの?」
 しかし清子は返事をしない。もう更新を始めていて、晶の言葉など耳に入らないのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...